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第14話 『暴走と抱擁、選ぶのは誰か』
しおりを挟む山の空気が、妙に重かった。
いつもなら、風はもっと軽い。
岩肌にぶつかって、からからと転がっていく感じなのに。
この日は、違った。
ぴり、と肌を刺すような気配。
空気に、鉄と油の匂いが混じる。
「……いやな匂い」
エリーナは足を止めて、風上のほうを見上げた。
峰の向こう。
まだ姿は見えない。
けれど、胸の紋章がじり、と熱を帯びる。
『主』
頭の中で、アークヴァンの声が低く響いた。
『来る』
「うん、分かる」
風が告げる。
竜の感覚が告げる。
近づいているのは、魔物ではない。
竜でもない。
もっと、人間臭い、“狩る側”の匂い。
「……前にも、嗅いだ匂いだね」
カイも、手にした杖を少し強く握りしめた。
「竜狩り、だ」
◆
斜面の向こうから、まず、甲冑のきしむ音が聞こえた。
続いて、金属がぶつかる鈍い音。
人間たちのざわめき。
魔具のかすかな唸り。
崖の上に、黒い影が次々と現れる。
鎧。
弓。
魔導銃。
竜専用の拘束具。
前に襲ってきた竜狩りの傭兵団が、さらに人数と装備を増やして戻ってきていた。
「随分、手厚いお出迎えだね」
カイが、乾いた声で呟く。
「前回、派手に追い払っちゃったからね……」
エリーナは、自分の掌を見た。
あのときは、まだ余裕があった。
怖かったけど、“戦える”感覚はあった。
今は──胸の奥に、別の重さがある。
古竜王の視線。
アークヴァンの悪夢。
「世界を選ぶ者」という言葉。
それら全部が、心のどこかに重石として残っていた。
(今ここで、また“選ばされる”のかな)
『主』
アークヴァンの声が、少しだけ硬くなる。
『戦いを避けるという選択肢もある』
「逃げろってこと?」
『無闇に傷を増やす必要はない』
「でも──」
視線を滑らせた先に、小さな煙が見えた。
山の麓。
林の切れ目。
そこには、小さな集落があった。
石を積んだだけの家。
細い畑。
子どもたちが走り回れるだけの、ささやかな広場。
あの位置関係。
この風向き。
(ここで派手に戦ったら、多分巻き込む)
逆に、ここで逃げれば──
竜狩りたちは、「竜の主を追え」と言われてあの集落の近くまで降りていくかもしれない。
(逃げても、戦っても、どこかには波がいく)
「……逃げ場、あんまりないね」
「ないね」
カイが、苦笑した。
「前から来て、下には村、後ろは崖。
戦場としては最低だ」
「辛辣」
「でも、“最低の場所”だからこそ、選ぶことがはっきりする」
彼は、杖を構えた。
「俺は、“ここより下に被害を出したくない”ほうに賭ける」
「……うん」
エリーナは、胸に手を当てる。
『アークヴァン』
『うむ』
「ここで止めよう。
この山より下に、あいつら行かせたくない」
『了解した』
竜の声が、鋭くなる。
『では、人間どもには、“ここが限界だ”と教えてやろう』
山岳の空気が、わずかに震えた。
◆
竜狩りの傭兵団の先頭には、見覚えのある顔があった。
前に襲ってきたときのリーダー格の男。
頬に一本、斜めに走る傷。
「よォ、災厄竜の娘!」
彼は、相変わらず下品な笑い方で叫んだ。
「こうまで分かりやすく匂い残してくれると、追いかけるのも楽で助かるぜ!」
「匂いって言い方ひどいな」
「事実でしょ?」
カイのツッコミも、今日は少し乾いている。
男は、後ろに並ぶ仲間に顎をしゃくった。
「見ろよ、前回と違って、今回はスポンサー付きだ!」
その言葉に、エリーナは眉をひそめる。
「スポンサー……?」
竜狩りたちの装備は、明らかにグレードアップしていた。
分厚い魔導鎧。
竜の鱗を模した反射盾。
精巧な魔導銃。
そして──
「……精神干渉型の魔具」
カイの声が、低くなる。
男の腰に下がった黒い箱。
その表面には、見慣れない紋章が刻まれている。
「“竜の主の心を砕くため”のやつだね」
男は、誇らしげに箱を叩いた。
「どっかの国の偉いさんがよ、“白竜を生け捕りにして、竜の主を降ろせ”ってさ。
おかげで、こっちはいい装備と前金たっぷりよ」
どこかの国。
どこの国かは言わない。
でも、背後に「国家」が絡んでいるという事実だけで、状況は一段階重くなる。
(国単位で、“竜を狩りたい”ってことだ)
「ごめん、スポンサーさん」
エリーナは、騎士団相手にするみたいな調子で言った。
「わたし、その仕事、成功させる気ないから」
「こっちも、拒否権聞いてねえんだよなァ」
男は、箱の蓋を開けた。
「やれ」
短い号令。
次の瞬間、黒い箱から、透明な波が広がった。
◆
音は、なかった。
這うような気配だけが、空気を伝ってくる。
耳では聞こえない。
目でも見えない。
でも、脳が、直接揺さぶられた。
「っ……!」
エリーナの視界が、一瞬ぐにゃりと歪む。
白いノイズが、視界の端を侵食していく。
(なに、これ)
『主』
アークヴァンの声が、遠くなる。
耳が詰まったみたいだ。
頭の中に、ざらざらした砂を流し込まれたような感覚。
過去の断片。
未来の不安。
誰かの叫び。
それらが、全部一緒になって押し寄せてくる。
(や、だ)
堪えようとするけど、思考が滑っていく。
精神干渉。
心を直接かき乱すための波。
「エリーナ!」
カイの声が、どこかから聞こえた。
それだけが、辛うじて現実の方向を示す。
『人間どもめ……!』
アークヴァンの怒りが、烈火のように燃え上がる。
その怒りが、リンクを通じてエリーナの胸にも流れ込んできた。
燃える。
焼ける。
真白な怒り。
『主の心を弄ぶとは──』
周囲の空気が、一瞬で熱を帯びる。
『許さぬ』
アークヴァンの翼が、天を裂いた。
白銀の鱗から、光が漏れる。
胸の奥から、竜魔法の奔流が溢れ出す。
エリーナは、精神干渉波のせいで膝をつきながら、その気配だけははっきりと分かった。
(まずい)
前に見た怒りとは、質が違う。
王宮を吹き飛ばしたあの夜の怒りが、「瞬間的な爆発」だとしたら。
今目の前にあるのは、「蓄積された絶望ごと燃え上がる炎」だった。
心の底に残っていた、「守れなかった」という感情。
古竜王に、過去の破滅を突きつけられた記憶。
それら全部が、「主をもう傷つけさせない」という決意に火をつける。
『もう誰も奪わせない』
その叫びが、リンクを通じてエリーナにも突き刺さる。
胸が、締め付けられた。
アークヴァンの怒りと恐怖と、過去の絶望が、洪水みたいに流れ込んでくる。
「っ……あ、ああ……」
息が苦しい。
頭が割れそうだ。
視界の端で、竜が吠えるのが見えた。
『――――ッ!!』
音が、消えた。
代わりに、白が満ちた。
白い炎。
それが、アークヴァンの口から溢れ出した。
山肌が、抉れる。
岩が、灰になる。
竜狩りたちの前線が、一瞬で消し飛んだ。
悲鳴を上げる暇もなく、ただ、光に飲み込まれる。
「な、なんだこの出力は──!」
「退避しろ、馬鹿ども!」
後ろにいた傭兵たちが、恐慌状態に陥る。
それでも、炎は止まらない。
白炎は、敵だけを燃やす賢い炎ではなかった。
そこにあるもの全部を、灰にしようとする。
少し離れれば、小さな森が見える。
その向こうには、さっき見た集落がある。
このままでは──
その未来が、あまりにも鮮明に見えてしまって、エリーナの心がさらに乱れた。
(やだ)
声にならない声。
(やだ、そんなの)
アークヴァンの怒りに共鳴しながら、別の方向に引きずられる。
「守りたい」と「壊したくない」が、胸の中でぐちゃぐちゃに絡まる。
『主』
誰かの声。
『主──!』
誰の声か、分からない。
アークヴァンか。
カイか。
自分自身か。
全部が、遠い。
◆
「エリーナ!」
現実側の音が、必死に届こうとしていた。
カイは、竜魔法の白炎の熱を避けながら、エリーナのもとに駆け寄る。
彼女は、地面に片膝をつき、肩で息をしていた。
目は開いている。
でも、焦点が合っていない。
胸の紋章が、異常なくらい明るく光っている。
「エリーナ、聞こえる!?」
「……」
返事はない。
代わりに、竜の咆哮が山々を揺らす。
白炎が、空を食う。
(このままじゃ)
アークヴァンの暴走が、竜狩りを焼き尽くす前に、エリーナの精神を焼き切る。
どちらにとっても、破滅だ。
「エリーナ!」
考えるより早く、身体が動いた。
カイは、彼女を正面から抱きしめた。
腕の中に、細い肩。
冷えた指先。
震える背中。
「エリーナ、戻ってこい!」
耳元で叫ぶ。
声が掠れるのも構わず、何度も繰り返す。
「戻ってこい、ここに! 今に!」
彼女の頬が、自分の肩に当たる。
呼吸が早い。
心臓の鼓動が、やたらと速い。
「君がここにいてくれなきゃ──」
喉の奥から、言葉が溢れた。
「俺は嫌だ」
理屈も、立場も、矜持も、全部後回しになった。
「古竜王が見てようが、世界がどう揺れようが、そんなのどうでもいい」
腕に力がこもる。
「俺は、“今ここにエリーナがいること”が、一番大事なんだよ!」
その言葉は、多分、自分でも止められなかった本音だった。
◆
遠くから、声が聞こえた。
何重にも重なっていたノイズの中で、その声だけが、妙に輪郭を持っていた。
くぐもっているのに、はっきり分かる。
(……カイ)
名前を思い出した瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。
白い世界の中で、一本だけ太いロープが垂れているイメージが浮かぶ。
そこに、「今ここ」の感覚がぶら下がっている。
「君がここにいてくれなきゃ、俺は嫌だ」
言葉が、胸の奥で反響した。
竜の怒り。
過去の絶望。
古竜王の視線。
「守れなかった」という記憶。
それら全部が、自分の中で巨大な波になって荒れ狂っていた。
でも、その波の手前に、小さな灯りがひとつ。
カイの声。
カイの体温。
カイの、腕の力。
(……わたしは)
誰のために、ここにいる?
誰のために、竜の主でいる?
「……っ」
唇が、震えた。
「やだ、そんな言い方……」
震えながら、どうにか言葉を絞り出す。
「そんな、言い方されたら──」
世界が、ぐらりと揺れた。
白炎が、視界の向こうで暴れる。
竜の咆哮が、骨の髄まで響く。
その中で、エリーナは、胸の紋章に手を当てた。
「アークヴァン」
かすれた声で、呼びかける。
『……主』
返ってきた声は、炎の中から滲んでいた。
怒りと恐怖と絶望が混ざって、何重にもなっている。
『邪魔をするな。
こやつらを焼き尽くさねば──』
「分かるよ」
エリーナは、目を閉じた。
「怖いよね。
また、“守れなかった”って思いたくないよね」
過去の焼け野原。
墜ちていく翼。
血に染まった大地。
あの悪夢が、アークヴァンの中でまだ生々しく残っている。
「でも──」
胸の奥で、カイの鼓動が、現実を叩く。
「今、わたしたちが選んだのは、“ここより下を守ること”だよ」
『……』
「“全部焼き払うこと”じゃない」
声を震わせながら、言葉を押し出す。
「殺すためじゃない。
守るために、力が欲しかったんだよね」
『主……』
「だったら、一緒に止めよう」
エリーナは、カイの腕の中で姿勢を変えた。
彼の抱擁から、少しだけ顔を上げる。
そこから見える空の端に、白炎に包まれたアークヴァンの姿があった。
まるで、自分自身を燃やしているみたいな、凄まじい光。
「一緒に、止めよう」
もう一度、はっきりと言う。
「わたしだけじゃ無理だよ。
アークヴァンだけでも、きっと止まりきれない」
だから。
「ふたりで、止めよ」
竜魔法のリンクが、きしむ。
魂の鎖が、ぎりぎりと音を立てる。
(“世界”なんて知らない)
今、この瞬間だけを見つめる。
この山と。
この集落と。
この竜と。
この青年と。
目の前の全部を、守りたいから。
(お願い)
祈るように念じる。
(わたしを見て、アークヴァン)
『…………』
長い沈黙。
白炎の中で、竜の瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。
黄金の目が、炎の白を貫いてエリーナを捉える。
『主』
その声は、さっきより少しだけ、静かだった。
『共に、止めるか』
「うん」
『我が炎を、共に収束させるか』
「うん」
『ならば──』
アークヴァンの翼が、ぐっと畳まれた。
暴れ狂っていた炎が、少しずつ螺旋を描き始める。
無差別に広がっていた白炎が、「向かうべき方向」を取り戻す。
敵のいるほうへ。
山肌のむき出しの岩へ。
森と集落から、少しでも逸れるように。
「“竜障・輪縁”!」
エリーナは、紋章から竜魔法を引き出した。
今度は、防御の陣。
山の斜面に、半円状の光の壁が展開される。
白炎が、その壁に沿って滑り、いなし、削られていく。
竜の力と、人の制御。
ふたつの意志が、炎の形を変えていく。
竜狩りたちの前線は、ほとんど消し飛んでいた。
後ろにいた者たちの多くも、武器を放り出して逃げ散っていく。
「化け物だ……!」
「こんなもん、金もらっても相手したくねぇ!」
恐慌状態。
誰一人、前に出てこようとしない。
炎は、やがて細い線になり、そして消えた。
白い残光だけが、山肌にかすかな痕跡を残す。
周囲の岩は抉れ、土は焦げている。
遠くの森の端が、少しだけ焦げて煙を上げていた。
けれど──
集落は、無事だった。
◆
静寂。
さっきまで世界を埋め尽くしていた咆哮も、炎の轟きもない。
ただ、燃え残りの草がぱちぱちと音を立てている。
エリーナは、ぐったりとカイの胸にもたれたまま、荒い息を吐いた。
「……は、あ……」
全身が、だるい。
心も、身体も、使い切った感じ。
「エリーナ」
耳元で、カイの声がした。
「戻ってきた?」
「……うん」
かすれた声で答える。
「ただいま、って言ったほうがいい?」
「それもいいね」
彼が、小さく笑ったのが分かった。
そこで、エリーナはようやく、自分がまだカイに抱きしめられていることを、ちゃんと認識した。
両腕、がっつり回されてる。
距離、近すぎる。
心臓、うるさすぎる。
「……っ」
顔に、じわじわと血が上がってくる。
「え、あの、カイさん……?」
「ん?」
「ちょっとその……そろそろ、離れていただけると……」
「あ、ごめん」
カイは、はっとして腕をゆるめた。
けれど、完全に離れはしない。
まだ、片腕だけはエリーナの背中に残している。
「今のは、ほんとに緊急時だから」
早口で言い訳する。
「過呼吸対策とか、意識の固定とか、そういう意味でこうしてただけで」
「うん、うん」
「別に、その、抱きしめたかったとか、そういうアレじゃ」
「うん、うん」
「……何その顔」
「どんな顔に見えてるの」
「なんか、“本当は離したくないけど建前として離れたことにしとくか”みたいな顔」
「観察鋭いな君」
カイは、観念したように笑った。
「そうだね。本音言うと、今すぐ手を離すの、ちょっと怖い」
「……」
「さっきまで、ほんとに、“ここからいなくなるんじゃないか”って怖かったから」
その言葉に、エリーナの胸の奥がきゅっとなる。
「だから、もう少しだけ……」
『人間』
そこで、第三者の声が、空から降ってきた。
『人間同士の距離が、近すぎる』
アークヴァンが、ゆっくりと降りてきた。
白銀の竜の瞳が、じっとふたりを見下ろしている。
その表情はいつも通り無表情なのに、なぜか「もやもや」が滲んで見えた。
「やき……」
『言うな』
食い気味に遮られた。
分かりやすい。
『主よ』
「なに、アークヴァン」
『我にも触れろ』
「…………」
一瞬、時間が止まった。
「えっと、それは、どういう」
『主の心の安定には、我との接触も必要だ』
ものすごくもっともらしい理屈をつけているが、要するに「自分にも構え」という話だ。
『さっきは、人間の胸にだけしがみついていたではないか』
「それ言われたら何も言えない……!」
エリーナは、顔を覆った。
さっきの過呼吸のとき、本能的に一番近い温度にしがみついただけだ。
でも、竜から見れば、「人間ばっかりずるい」ということらしい。
「……分かった」
エリーナは、小さくため息をついて立ち上がった。
まだ足取りはおぼつかないけれど、アークヴァンの鼻先まで歩いていく。
「アークヴァン、こっち向いて」
『向いている』
「もうちょっと下」
『こうか』
巨大な頭が、ぐっと下がる。
目の前に、白銀の額。
冷たい鱗。
エリーナは、そっと両手を伸ばした。
片方の手で、アークヴァンの額に触れる。
もう片方の手は──まだ彼女の傍に立っているカイの袖を掴んでしまっていた。
「ちょ、エリーナ?」
「いや、なんか、バランス取らないと倒れそうで……」
『主』
竜の声が、少しだけ柔らかくなる。
『それは、“我と人間の両方に触れている”ということか』
「そうだね」
カイが、少し苦笑しながら言う。
「竜と、人と。
どっちも“目の前”で、どっちも“触ってたい”ってことじゃない?」
「言い方が恥ずかしいんだけど!」
エリーナは、耳まで真っ赤になった。
それでも、両手を離さない。
冷たい鱗と。
あたたかい布と。
ふたつの違う温度が、掌から胸へ伝わってくる。
『主よ』
アークヴァンが、目を細めた。
『今、我は、先ほどの炎よりも穏やかな熱を感じている』
「実況しないで……!」
「でも、さっきよりずっといい“熱”だよね」
カイの言葉に、エリーナは反論できなかった。
竜の暴走。
炎の暴力。
世界を焼き尽くす怒り。
その全部を、「守りたい」という気持ちと、「ここにいてほしい」というわがままで、なんとか繋ぎ止めた。
選んだのは、世界じゃない。
巨大な正義でも、大義でもない。
目の前の竜と。
目の前の人と。
目の前の小さな集落と。
その全部を、できる限り守るという、わがままな選択。
(世界を選ぶなんて、やっぱり無理だけど)
エリーナは、両方の手の温度を確かめながら、そっと笑った。
(“誰の隣にいたいか”くらいなら、ちゃんと選べる)
世界規模ではなく、腕の届く範囲で。
暴走しかけた竜魔法と。
抱きしめてくれた腕と。
「触れろ」と拗ねてくる竜の額と。
その全部を、今この瞬間、選び取っているという感覚が、胸の奥にじんわりと灯り続けていた。
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