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第11話 逆ハーみたいで、ぜんぜん甘くない
しおりを挟む夜の図書塔は、紙の匂いが濃い。
ランプの灯りの下でページをめくる音は、雨音みたいに規則的で、心臓の焦りを少しだけ薄めてくれる。
でも、薄まるだけだ。消えない。
王城で触れた聖具の欠損は、指先の記憶として残ったまま、ずっと皮膚の内側をくすぐってくる。
(壊れるように作られてた)
壊れる“偶然”じゃない。
壊す“意志”だ。
リリア=エヴァンスはメモ帳を開き、ペン先で紙を軽く叩いた。
机の上には、ユリウスが貸してきた専門書。
レオンが持ってきた訓練記録の写し。
エリオットが投げてきた、雑に折られた紙片――裏の噂の断片。
机が、戦場みたいだ。
武器は剣じゃなく情報。
刺すのは腹じゃなく真実。
「で、結論」
背後から声。
振り返らなくても分かる。
ユリウスの声は、低くて、少し苛立っている。
苛立ちは私にじゃない。
“世界が思い通りじゃない”ことに。
「整備記録を改竄できるのは誰か、って話なら」
リリアはペンを置き、指を折った。
「貴族上層か、王城の文官。現場の管理官一人じゃ無理。印章と閲覧権限が必要」
ユリウスが机の端に腰を預ける。
目が紙面を追い、計算が回っている顔。
「改竄ができるのは“書く側”だけじゃない。“認可する側”もだ」
「うん」
リリアは頷く。
「だから中枢。だから腐敗」
言いながら、胸の奥が少しだけ冷える。
“中枢が腐っている”って、口にするほど現実味が増す。
現実味が増すほど、背後が近づく。
扉が、コン、と鳴った。
ノックじゃない。
扉が勝手に押し開かれる音。
「ここ、集会所?」
軽い声。
軽いのに、足音がない。
影みたいに入ってくる男。
エリオット=フェイン。
彼は笑っている。
でも目は笑っていない。
目はいつも通り、観察者の目。
「鍵、かかってたけど。開けといた」
「犯罪者みたいに言わないで」
リリアが言うと、エリオットは肩をすくめた。
「犯罪者じゃないよ。便利屋」
そして、紙を一枚ひらひらさせる。
「噂、拾ってきた。王城の文官街でね」
ユリウスが不機嫌そうに眉を寄せる。
「噂など信用できるか」
「噂は証拠じゃない」
エリオットが笑う。
「でも、証拠の場所は教えてくれる」
その会話の途中で、今度は足音がした。
重い。規則正しい。
土の匂いを連れてくる足音。
「遅れた」
レオン=グレイヴが入ってきた。
外套の肩に、まだ夜風の冷たさが残っている。
手袋を外しながら、彼はリリアを見た。
「騎士団の内部で動きがある。聖具庫の巡回が増えた。しかも、増えた理由が『魔獣対策』だ」
「魔獣」
リリアが呟くと、レオンの眉が歪む。
「……俺も納得してない」
部屋の空気が、ぴたりと一つの形に固まった。
ユリウス。
エリオット。
レオン。
乙女ゲーム的には、“逆ハー開始”みたいな配置。
だけど甘さが一滴もない。
香りは薔薇じゃなく、焦げた紙と血の匂い。
リリアは深呼吸して、三人を見た。
視線が交差する。
それぞれの温度が違う。
ユリウスは冷たい理性。
エリオットは薄い笑いの裏の刃。
レオンは真っ直ぐな正義。
そして私は、――私は、もう泣かされない女。
「勘違いしないで」
リリアの声は静かだった。
静かだからこそ、部屋の空気が一段張り詰める。
「私は誰かに守られるために動いてない。協力するなら、同じ目的で。恋とか好意とか、そういうのはいらない」
言い切ると、レオンが真っ直ぐ頷いた。
迷いがない頷き。
「目的は同じだ。理不尽を許さない」
その言葉が、胸に温かく刺さる。
優しさじゃない。
覚悟の温度だ。
ユリウスは悔しそうに目を伏せた。
唇を噛み、そして吐き捨てるみたいに言う。
「……君の方が正しいことが多いのが腹立つ」
エリオットが吹き出しそうになって、でもちゃんと笑った。
「素直じゃん」
ユリウスが睨む。
エリオットは笑いながら、リリアの机に紙片を置いた。
「王城の文官街で、最近“整備記録の写し”が高値で動いてるらしい。売ってるのは裏の書記。買ってるのは表の誰か」
「写しが動くってことは」
リリアが呟く。
「原本に触れた人間がいる」
ユリウスがすぐに言葉を繋ぐ。
「写しを作るには閲覧許可が要る。許可は王城の印章で出される。つまり、印章を持つ者か、印章を偽造できる者」
「偽造なら、偽物の香水瓶と同じ匂い」
リリアが言うと、レオンが頷く。
「雑になるのは焦ってる証拠だ」
「焦らせたのは君」
エリオットがリリアを見る。
「君、王城で欠損を口にしたでしょ。あれで向こうは“早める”」
リリアは目を細めた。
自分の発言が、刃になった感覚。
切れ味が良いほど、返り血が怖い。
「……なら、こっちも早める」
リリアはメモ帳を開き、ページの中央に大きく書いた。
【真犯人:整備記録改竄の権限者】
そして矢印を二つ引く。
【貴族上層】 【王城文官】
「カミラは駒」
リリアは言った。
「駒に仕掛けさせるのは、手が汚れないから。手が汚れない人間は、上にいる」
レオンの目が硬くなる。
「じゃあ、カミラを問い詰めても意味がない?」
「意味はある」
リリアは即答する。
「駒は、糸を知ってる場合がある。知らなくても、糸の匂いはついてる」
ユリウスが机に置かれた専門書を開く。
「聖具欠損の再現を試みた。君が言った通り、要の循環を細くすれば、負荷が集中して破損する」
彼は苦々しく言う。
「しかも、それは“整備”の名目でできる。補強に見せかけて、実際は弱体化だ」
リリアの背筋が冷える。
「……つまり」
レオンが言う。
「壊す準備は、整備の顔で進む」
「そう」
リリアは頷く。
「そして壊れた瞬間、罪を着せる相手が必要」
エリオットが軽く指を鳴らした。
「君、だね」
沈黙が落ちる。
ランプの灯りが揺れ、影が机の上で伸び縮みする。
その影はまるで、見えない大人の手みたいに見えた。
リリアは息を吸った。
怖い。
でも、怖いから黙らない。
「私は“避けない”。真正面から潰す」
言葉にした瞬間、胸の奥で火が強くなる。
逃げる未来を、自分で消す火だ。
「作戦」
リリアは指を折る。
「一、管理官に会う。暗殺未遂の目撃と、消された記録の内容を聞く」
「生きてるのか?」
レオンが問う。
「分からない。だから急ぐ」
リリアは即答する。
「二、聖具の整備記録の“写し”を入手。原本と突き合わせる」
ユリウスが頷く。
「写しを扱う裏の書記を特定すれば、線が出る」
「三、聖具の欠損を“客観的に証明”する測定」
「俺が魔導具を作る」
ユリウスが言い切る。
「……君の指先の感覚だけじゃ、誰も信じない」
リリアは小さく頷いた。
分かってる。
女の勘は、証拠にならない。
だから証拠を作る。
「四、騎士団内で“魔獣事故”として処理したい勢力を探る」
レオンが拳を握る。
「分かった。内部を洗う」
その言葉は、正義の刃だ。
自分の組織を疑う痛みを、引き受ける刃。
エリオットが軽く手を挙げる。
「じゃあ僕は、裏の書記に接触する」
「危なくない?」
リリアが言うと、エリオットは笑う。
「危ないよ。でも君も危ない」
そして、さらりと付け足す。
「危ないのを嫌うなら、最初からこんなゲームしてない」
リリアは苦笑しない。
ただ、認める。
「……ありがとう」
「礼はいらない」
エリオットは肩をすくめる。
「観察が楽しいだけ」
ユリウスが鼻で笑った。
「性格が悪い」
「褒め言葉?」
「違う」
レオンが困ったように二人を見る。
この空気の中で、少しだけ緩む瞬間。
恋の甘さじゃない。
戦友の呼吸が合い始める音。
リリアは机の端を指で叩き、最後に言った。
「もう一回言う。私は守られない」
視線を巡らせ、三人の目を順番に見る。
逃げない目。
「守る守られるの形にすると、また物語に回収される。私が欲しいのは、勝つための協力。勝ったあとも、それぞれが自分で立てる関係」
レオンが頷く。
ユリウスが目を伏せて、短く言う。
「……面倒な女だ」
「今さら?」
リリアが返すと、エリオットが笑った。
「いいね。面倒な女、嫌いじゃない」
「口を慎め」
ユリウスが睨む。
レオンが咳払いして、話を戻す。
「リリア。カミラの件はどうする?」
「放置しない」
リリアは言う。
「駒でも、駒は動く。動く駒は、人を刺す」
その瞬間、リリアの頭に嫌な予感が走った。
空気が冷える。
ランプの炎が、ふっと揺れた。
まるで――誰かがこの会話を聞いているみたいに。
リリアは目を細める。
図書塔の窓の外は暗い。
でも、暗い場所には人が立てる。
(見られてる。狙われてる。もう時間がない)
恋愛ゲームなら、ここでドキドキする。
「誰を選ぶ?」なんて甘い問いが出る。
でも今の問いは、違う。
――誰と戦う?
――誰を信じる?
その答えを、私はもう選び始めている。
そしてその選択は、恋の代わりに信頼を育てていく。
甘さのない、でも確かな温度で。
リリアはペンを握り直した。
指先が少し震える。
震えるのは怖いから。
でも、震えたまま書ける。
書けるなら、進める。
「……行こう」
小さく呟く。
「この世界の“整備”を、私たちの手で暴く」
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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