聖女を追放した国が滅びかけ、今さら戻ってこいは遅い

タマ マコト

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第19話 新たな災厄と、もう一度“選ぶ”瞬間

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 それは、ゆっくりと、しかし確実に迫ってきていた。

 最初に異変を察知したのは、ノルディア王宮地下の魔術師たちだった。

「陛下。地脈の流れが、おかしいです」

 青白い光を放つ水晶盤の前で、宮廷魔術師長が顔を強ばらせる。

 水晶盤には、ノルディアと周辺国の地図が淡く浮かんでいる。
 その上を、光の線が血管のように走り、魔力の流れを示していた。

 ――一カ所だけ。

 隣国アルシェルドの中央付近から、真っ黒な染みがじわじわと広がっている。

「……瘴気、か」

 レオンが低く呟く。

 染みは、静かに、しかし止まることなく膨張していた。
 やがて国境の山脈に触れ、そこからじわりじわりと、ノルディア側にも黒いヒビを伸ばし始めている。

「アルシェルド王都地下に封じられていた“古い災厄”が、抑えきれなくなっているのでしょう」

 魔術師長の声が震える。

「封印を維持していた大規模祭儀は、聖女と王権の加護を柱として成り立っていたはず。
 そのどちらも揺らいでいる今、均衡が崩れてもおかしくはありません」

「……つまり」

 レオンは、水晶盤から目を離さぬまま言った。

「アルシェルドの崩壊に伴う“ツケ”が、周囲の国にも回ってくると」

「はい。残念ながら、“あの国だけの問題”では済まなくなりつつあります」

 魔術師長は、悔しげに唇を噛んだ。

「現時点では、ノルディア国境線付近に黒い魔力の渦が三カ所観測されています。
 このまま放置すれば、そこを起点に巨大な魔物の群れが出現する可能性が高いかと」

「出現“する可能性”ではなく――」

 レオンの瞳が、鋭く光る。

「“させるわけにはいかない”だな」



 その報告を聞いたとき、リディアは救護所で傷の手当てをしていた。

 慌てて駆け込んできたのは、カイルだ。

「リディア!」

 いつもより二割増しくらい真剣な顔で、彼はリディアの手首を掴んだ。

「陛下が呼んでる。王宮地下の魔術室」

「そんなに急ぎですか?」

「“息継ぎは道中でしろ”って言われたくらいには急ぎだ」

「それ、急ぎすぎでは」

 苦笑しつつも、カイルの顔つきで事態の深刻さを悟る。

 ノルディアに来てから、こういう「空気の変化」を読むのは少し上手くなった。

 救護所の引き継ぎを仲間に任せ、リディアはカイルとともに王宮へ向かった。



「……これが」

 魔術室の水晶盤を見たリディアは、思わず息を呑んだ。

 黒い染み。
 絡み合うヒビ。
 そこから立ち上る、冷たい気配。

 それは、目に見えるはずのない“禍々しさ”を、はっきりと視覚化していた。

 肌が粟立つ。
 背筋を氷の指で撫でられたみたいに、ぞくりとする。

「アルシェルド……」

 その名を口にした瞬間、胸の奥がざわついた。

 かつて自分が祈りで押さえ込み、
 王家の権威と共に封じていた“何か”。

 あの国が崩れゆく今、それが檻を壊して溢れ出そうとしている。

「国境付近で、魔物の群れの前駆現象が確認されています」

 魔術師長が、別の報告書を広げる。

「空に裂け目のようなものが現れ、雷を伴わない閃光、地鳴り、動物の異常行動……各地から、これまでの記録と一致する報告が次々と」

「嫌な“前例”ですね」

 リディアは、小さく息を吐いた。

「封印が揺らいだときの“揺り戻し”。
 あの頃も、何度か似たような現象は見ました」

 それでも、聖堂と王城とで何重にも儀式を重ね、被害を最小限に抑えていた。
 今は、その両方が機能していない。

 アルシェルド国内がどうなっているか、想像するのも怖かった。

「ノルディアとしては、どう動きます?」

 リディアの問いに、レオンは即答した。

「国境に“結界線”を張る」

 その声には迷いがない。

「ノルディアの大地を直接侵される前に、“災厄の波”を弱める必要がある。
 騎士団と魔術師団、それから――」

 そこで、レオンの視線がリディアに向いた。

「聖女の力を借りたい」

 それは、義務としてではなく、あくまで“お願いとして”紡がれた言葉。

 胸の奥で、小さな火が灯る。

「行きます」

 リディアは即座に答えた。

「まだ何も“どうして”って聞いてないぞ」

「災厄がノルディアにまで来ているなら、『行きますか?』って聞かれる前に、“行きます”って言ってます」

 自分で言ってから、ちょっと笑ってしまう。

 アルシェルドなら、この会話はなかった。

 “行くか”ではなく、“行け”だった。
 選択の余地などなかった。

 今、自分は選べている。
 そのうえで、「行きたい」と思っている。

 守りたい人たちが、ここにいるから。



 国境防衛線。

 ノルディアとアルシェルドを隔てる山脈の中腹には、急ごしらえの魔法陣と陣地が築かれていた。

 空は鉛色。
 雲の間から、黒い靄がじわじわと滲み出ている。

 遠くで、地鳴りのような音がした。
 地面が震え、細かな石が跳ねる。

「……来るな」

 カイルが、剣の柄に手をかけたまま呟く。

 山の向こう側。
 アルシェルド側から、低い咆哮が幾重にも重なって聞こえていた。

 獣とも、鳥ともつかない声。
 金属をひきずるような音。
 人の悲鳴にも似た、細い笑い声。

 あらゆる「嫌な音」が混ざった、不気味なコーラス。

「聖女様」

 ノルディア魔術師団の副官が、リディアのもとへ駆け寄る。

「結界陣の中心は、こちらになります。
 陛下は――」

「前線に行くんじゃないから安心しろ、と、さっき約束した」

 低い声が背後からした。

 振り返ると、フル装備のレオンが立っていた。

 厚手のマントに、剣。
 王としての装いではなく、一人の戦士としての姿。

 それでも、その胸元にはしっかりと王家の紋章が光っている。

「……約束ですよ?」

 リディアは、わずかに目を細める。

「国境線まで出てくる時点で、十分前線な気がしますけど」

「王がまるごと城に籠もるのも、国としてどうかと思ってな」

「そういう理屈で誤魔化さないでください」

 呆れながらも、その姿勢が少し嬉しくもあった。

 アルシェルドの王は、祈りの場に出てくることはほとんどなかった。
 「聖女」と「神官」に全てを任せ、自分は安全な場所から見ているだけだった。

 今、ノルディアの王は、自らもその「場」に立とうとしている。

「俺の位置は、結界陣の外輪だ」

 レオンは、先に彼女の不安を断ち切るように言った。

「君のすぐ隣ではない。
 中心に立つべきなのは、君だ。
 だが、“中心に一人”で立たせるつもりもない」

 その言葉に、胸が少し軽くなった。

 中心。
 でも、一人じゃない。

「魔術師団は結界の維持に集中する。騎士団は、突破してきた魔物の迎撃だ」

 レオンが全軍に声をかける。

「どいつもこいつも、“全部リディアに押しつければいい”なんて思うな」

 ぴりっと空気が引き締まる。

「これは、ノルディア全体の戦いだ。
 彼女の祈りは、“最後の支柱”であって、“最初から全部任せる柱”じゃない」

 騎士たちが、一斉に胸に手を当てた。

 魔術師たちは、魔法陣の配置を再確認する。

 カイルが、リディアの隣に立って、軽く拳を突き出した。

「俺はここ、側近護衛枠です」

「護衛って言いつつ、また突っ込むつもりでしょう」

「それはそう。突っ込まないと斬れないからな」

「斬る前提なんですね……」

 口では文句を言いながらも、その存在が心強い。

 レオン、カイル、魔術師団、騎士団。
 そして、この国で出会った人たち。

 守りたい顔が、次々と脳裏に浮かんだ。

(守りたい)

 本当に、ただそれだけだった。

 義務でも、役目でも、罰でもなく。
 「そうしたい」と、自分で思っている。

 この違いが、今のリディアを支えていた。

「――始めるぞ」

 レオンの合図で、魔術師長が詠唱を開始する。

 地面に描かれた巨大な魔法陣が、淡く光を帯び始めた。
 幾重にも重なった紋様が、ゆっくりと呼吸するみたいに脈打つ。

 中央に立つのは、リディア。

 彼女の足元だけ、別の光が灯っている。
 それは、聖堂ではなく、ノルディアで新たに組み上げられた“聖女の陣”。

「……いきます」

 リディアは、静かに目を閉じた。



 魔力を呼び起こす感覚は、身体に染みついている。

 けれど、今日はそれが、以前とまるで違って感じられた。

 アルシェルドで祈っていたときの魔力は、常に引き出されすぎていた。
 井戸の底が見えているのに、なおも水を汲み上げ続けるような感覚。

 今は――。

(ちゃんと、満ちてる)

 ノルディアで休み、笑い、食べ、泣いてきた日々が、血肉になっている。

 そこからすくい上げた魔力は、濁りが少なく、軽やかで、よく伸びた。

 胸元に手を当てる。

 ノルディアの空色の衣が、指先に触れた。

(守りたい人たちが、いるから)

 その想いを核に、祈りを紡ぐ。

「――どうか、この国の上を通る災厄を、弱めてください」

 声が、魔法陣の光に乗って広がっていく。

 形式張った言葉ではない。
 聖堂で習った定型句でもない。

 ただ、今の自分が、今この場で心から願う言葉。

「この大地を踏む人たちが、明日も笑えますように。
 ここに逃れてきた人たちが、“生きていてよかった”って思えますように」

 アルシェルドから来た人たちの顔が浮かぶ。

 熱で苦しんでいた子ども。
 「守れなくてごめんなさい」と言った自分に、「あんたのせいじゃないよ」と笑ってくれた老女。

 ノルディアで出会った人たちの顔も浮かぶ。

 パン屋の老夫婦。
 市場の子ども。
 カイル。
 ミーナ。
 レオン。

 その全員を包み込むように、魔力が膨らんでいく。

「――“国”ではなく、“人”のために」

 自分の中で、はっきり線を引いた言葉を祈りに織り込む。

 足元の陣が、一気に輝きを増した。

 眩い光が立ち上がり、空へ、地へ、周囲へと放たれていく。

 同時に、遠くから震動が迫ってくるのが分かった。



「来るぞ!」

 国境線の向こう側。

 山の裂け目から、黒い霧がもくもくと溢れ出す。
 その中から、巨大な影がいくつも現れた。

 四本脚の獣に、甲殻の鎧をまとったもの。
 翼の代わりに触手を広げるもの。
 地面を這う、うねる影。

 どれもこれも、正気を削るような形をしている。

 騎士たちが一斉に剣を抜いた。

「ノルディアの国境だ! 一歩も通すな!!」

 カイルも剣を構え、前線に躍り出る。

「おらぁ、こっちは聖女様正式採用国だぞ! 簡単に突破させるかよ!」

「何その謎の自慢」

 リディアは、つい小さく笑ってしまった。

 笑いながらも、手は止めない。

 祈りの言葉が、魔法陣の光となって結界を編んでいく。

 光の壁が、国境線に沿って立ち上がる。
 透明な膜が、世界の境界を示すように、空間を切り分けた。

 魔物たちの影が、それにぶつかる。

 ぎゃああああああっ、と耳をつんざくような悲鳴。
 光の表面がめり込み、波紋が広がる。

「持つか……!?」

 魔術師たちが歯を食いしばる。

 通常の結界なら、ここでひび割れてもおかしくない圧力だ。

 だが――。

「大丈夫です」

 リディアは、静かに言った。

「“わたし一人の力”じゃないから」

 結界を流れる魔力は、確かにリディアのものが中心だった。

 けれど、そこには、周囲の魔術師たちの力、
 大地から引き上げた力、
 この国で積み上げてきた祈りの残響が一緒に流れ込んでいる。

 ノルディアという“器”で、初めて組み上げる巨大な防御魔法。

 アルシェルドでは、聖女ひとりに――ほとんどすべてを押しつけていた。
 今は、“分かち合っている”。

「――っ」

 リディアは、一際強く祈りをこめた。

 光が、結界全体を駆け巡る。

 黒い霧とぶつかり合い、火花のような粒子が四散した。

 魔物たちが苦悶の声を上げる。
 形を保てず、霧に戻っていくものも出始めた。

「まだだ!」

 カイルが叫ぶ。

 結界をすり抜けてきた、小型の魔物が数体、地面を這ってくる。
 騎士団が一斉に迎撃に出た。

「うおおおっ!」

 剣と牙のぶつかり合う音。
 魔術師たちの詠唱。
 土と血と金属の匂い。

 戦場の匂いは、何度嗅いでも慣れない。
 それでも、リディアは目を逸らさなかった。

(守るって、こういうことだから)

 自分だけが綺麗な場所にいて、祈りだけでどうにかする――そんな時代は終わった。

 共に立って、共に戦って、共に守る。

 その中心で、自分は“自分にしかできないこと”を全力でやればいい。

 義務だからではなく。

 守りたいから。

「――聞いてください」

 誰にともなく、しかし世界そのものに向けるように、リディアは言葉を重ね続けた。

「ここにいる人たちが、これ以上奪われないように。
 これ以上、失わなくて済むように」

 アルシェルドで、あまりにも多くを奪われたから。
 だからこそ、“奪われない”ことを、今度こそ全力で守りたかった。

 光が、さらに強くなる。

 結界は、最初よりも厚みを増していた。

 押し返す力が、こちら側からも働いているのが分かる。

 ノルディアの大地が、祈りに応えて震えていた。



 どれくらいの時間が経ったのか、正確には分からなかった。

 瞬きの合間に、何度も景色が白んでは戻る。

 魔力の奔流。
 魔物の悲鳴。
 騎士たちの叫び。
 魔術師たちの詠唱。

 全てが混ざり合って、ひとつの大きなうねりになっていた。

 やがて――。

 ふ、と。

 耳鳴りが止んだ。

 黒い霧が、嘘みたいに薄れていく。
 空を覆っていた雲が、裂け目から青を覗かせ始めた。

 リディアの足元の魔法陣も、光を弱めていく。

 結界はまだある。
 けれど、全力で押し返す必要はなくなっていた。

「……収まった?」

 カイルが、息を切らしながら周囲を見渡す。

 山の向こう側から聞こえていた咆哮は、ほとんど消えていた。

 残っているのは、遠くで崩れ落ちる岩の音と、荒い息だけ。

「国境線の向こう側の魔力反応、急速に低下!」

 魔術師の一人が、測定器を覗いて叫ぶ。

「黒い瘴気も、拡大を停止! むしろ、徐々に縮小し始めています!」

「よし」

 レオンが、短くそう言って剣を下ろした。

「……リディア」

 名前を呼ばれて、リディアは我に返る。

 膝が、がくんと笑った。

 瞬間、横からカイルが支えてくれる。

「おっと!」

「すみません……」

「謝るなって。今の光景見て、“謝らなきゃ”って思えるのが逆にすげーよ」

 カイルは、呆れたように笑ったあと――真顔になった。

「マジで、ありがとうな」

 その一言が、やけにまっすぐ胸に届く。

 自分の祈りが、誰かの口からの「ありがとう」に変換される瞬間。

 アルシェルドでも何度も経験したはずなのに、今日は全く違う温度で感じられた。

 そこへ、騎士たちが次々と集まってくる。

「聖女様!」

「結界の中で踏ん張れたのは、あなたのおかげです!」

「俺たちも頑張りましたけどね!」

 それぞれが笑っていて、泣きそうになっていて、息を切らしていて。

 誰も、「全部あなたのおかげだ」とは言わない。
 その代わり、「一緒に守れた」と、ちゃんと自分たちの役割も誇っている。

 それが、たまらなく嬉しかった。

 少し離れた場所から、避難していた人々も顔を出し始める。

 ノルディアの民。
 アルシェルドから逃れてきた人たち。

 そのどちらもが、国境線の向こうを不安げに見つめて――帰ってきた騎士や魔術師の姿を認めると、走り寄ってきた。

「よかった……!」

「生きてる……!」

「ありがとう、みんな……!」

 その波の中で、誰かが叫んだ。

「ありがとう、聖女様!!」

 それを皮切りに、あちこちから同じ言葉が飛び出す。

「ありがとう!」

「本当に、ありがとう、聖女様!!」

「うちらを守ってくれてありがとう!!」

 涙声も、笑い声も、しゃくりあげる声も混ざっている。

 リディアは、その全部を真正面から受け止めた。

 アルシェルドで同じ言葉を浴びていたとき、それはどこか空虚だった。

 感謝は確かにそこにあるのに、その裏に透けて見えていたのは、“もっとやってくれるよね?”という無言の期待。
 「聖女なんだから」「当然ですよね」という空気。

 今、ここで浴びている「ありがとう」は、違う。

 “あなた一人に全部背負わせたくないけど、それでもあなたがいてくれてよかった”。

 そんな、複雑で、やさしい温度をしていた。

「――どういたしまして」

 リディアは、小さく、でもはっきりと返した。

 胸のあたりが、じんわりと熱い。

 さっきまでの祈りの熱とは違う。
 もっと柔らかくて、溶けてしまいそうな温度。

「……リディア」

 レオンが、そっと彼女の隣に立った。

「よく、やった」

 短い言葉の中に、どれだけの信頼と安堵が詰め込まれているか――
 今のリディアには、ちゃんと分かる。

「今日は、国のために祈ったというより、“ここにいる人たち”のために祈ってました」

 少し照れくさくなって、そう打ち明けた。

「それでいい」

 レオンは即答する。

「そのほうが、きっとこの国は強くなる」

 国全体を一人で守ろうとするより。
 目の前の誰かのために、皆が少しずつ力を出し合うほうが。

 その中心に、リディアがいてくれたら――
 ノルディアは、きっとこれからもやっていける。

 リディアは、ゆっくりと空を見上げた。

 さっきまで黒い靄が渦巻いていた空は、今は驚くほど澄んだ青を見せている。

 ノルディアの空の色。

 自分がまとっている衣の色と、同じ。

 アルシェルドで祈っていた頃、空を見上げる余裕なんてほとんどなかった。
 目の前の傷と、減らない祈りの列と、数字だけを見ていた。

 今は違う。

 守りたい人たちがいて。
 支えてくれる人たちがいて。
 “選んでここにいる自分”がいる。

(――また、選べた)

 災厄が迫ってきたとき。

 ノルディアを守るために。
 この空の下で笑う人たちを守るために。

 “祈る自分”を、もう一度選んだ。

 今度は、“義務だから”ではなく。
 “そうしたいから”。

 その違いが、今日の奇跡を、かつてアルシェルドで使っていたどの時よりも強く、鮮やかにしていた。

「……レオンさん」

「なんだ」

「次、“また何かあったとき”も、多分わたし、迷わずここに立つと思います」

 自分で自分に、宣言するみたいに言う。

「そのときは――」

「うん」

 レオンが、彼女の言葉の先を静かに引き受ける。

「そのときも、俺たちは隣にいる」

 カイルが、遠くから「おーい、勝手にイイ感じの空気出すなー!」と叫んでくる。

 侍女たちがこっそり目元を拭きながら、笑い合っている。

 涙と笑いと感謝が混ざった、騒がしくて温かい空気。

 その真ん中で、元聖女リディアはようやく――
 “ありがとう、聖女様”という言葉を、真正面から受け取ってもいい自分になりつつあることに、気づいていた。
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