9 / 20
第9話「瘴気の森、ひと晩で浄化」
しおりを挟む夜と朝のあいだ――世界がまだ寝ぼけている時間帯だった。
東の空は、墨を水で薄めたみたいに、じわりじわりと白んでいく。
星は一つ、また一つと色を失い、鳥たちのさえずりが、まだ掠れた声で試し鳴きを始めていた。
クレアは、そんな朝の手前を、ふらふらと歩いていた。
瘴気の森の奥から、村へ戻る道。
“道”と呼べるほど整ってはいない。
昨夜、自分が感覚だけを頼りに入り込んだ獣道をなぞるように、足を運ぶ。
寝間着の上に薄い外套をひっかけただけの格好。
裾はところどころ泥に汚れ、膝にも草の跡がついている。
自分でも、間違いなく「夜中に森へ迷い込んでました」という証拠そのものみたいな姿だと思う。
(怒られる……)
真っ先に浮かんだのがそれなのが、我ながらひどく人間らしくて笑えてくる。
マリアに見つかったら、絶対に怒鳴られる。
ノエルには、十年分くらいネタにされる。
村長には、間違いなく真顔で説教される。
でも、それでも――
(戻って、ちゃんと謝らなきゃ)
さすがに「なにもなかった顔」はできない。
ここまで来たら、むしろきっちり怒られたほうが落ち着く。
そんなことを考えながら、クレアはふと足を止めた。
森の中の空気が、さっきから変だ。
軽い。
昨日の夕方までとは、明らかに違う。
胸を満たす酸素の量が、感覚で分かる。
呼吸がこんなに楽なのは、辺境に来てからも初めてかもしれない。
振り返る。
そこには、瘴気の森――だったものが広がっていた。
「瘴気の森」という言葉が似合っていた、あの黒い塊。
夜の闇や霧とは違う、どろりとした黒さ。
木々の幹にこびりついていた汚れ。
腐った葉と死んだ獣の臭気。
それが今――
「……色が、違う」
思わず、呟いていた。
夜の闇が薄れ始めたせいだけじゃない。
森そのものの“色”が変わっている。
黒ずんでいた幹が、焦げ茶色を取り戻している。
葉の一枚一枚が、湿った緑を宿し始めている。
木々の間を流れる空気は透明で、遠くの枝の揺れまで見える。
どろりとした瘴気の霧は……もう、どこにもなかった。
代わりに、薄い朝靄が、地面のあたりにだけふわふわと漂っている。
その靄は、昨日までの「触れたら病気になりそうな霧」とは違って、ただ単に“水分”の匂いしかしなかった。
森の奥から、鳥のさえずりが聞こえる。
「……戻ってきたんだ」
鳥たちが、森を避けなくなった。
それだけでも、この変化がどれほど異常か、はっきり分かる。
クレアの足元で、草が揺れた。
小さな花が、夜露をまとったまま、ぽん、と口を開けるみたいに咲いていく。
彼女が歩いた軌跡をなぞるように、つつましい緑と白が土の上に点々と増えていく。
「ほんとに……やっちゃったんだ、私」
声に出した瞬間、胃のあたりがきゅうっと縮む。
森一つ。
たった一晩で。
浄化。
そんな言葉が、冗談でなく頭に浮かんでしまう。
(規格外って、こういうこと言うんだろうな……)
自嘲するように笑って、それからすぐに顔を曇らせる。
嬉しさと、恐怖と、実感のなさ。
感情がぐちゃぐちゃで、自分でも整理しきれない。
「……とりあえず、戻ろう」
立ち止まってばかりもいられない。
今、村のほうで何が起きているか想像するだけで、じんわり汗がにじんできた。
森の縁を抜けるとき、風がひと吹き、クレアの背中を押すように通り抜けた。
「行って来い、ってこと?」
誰に聞かせるわけでもなく、そう呟いてから、村のほうへ歩き出す。
◇ ◇ ◇
村の朝も、いつもとは違っていた。
まだ太陽が顔を出しきっていない時間帯なのに、あちこちの家の扉がばたばたと開く音が聞こえる。
「おい、起きろ! 森が!」
「なんだよ朝っぱらから……って、え、なにあれ」
「瘴気が……ない?」
眠そうな目をこすりながら、外へ飛び出してくる村人たち。
寝間着のまま、子どもを抱えている母親。
腰の曲がった老人。
肩に上着を引っかけただけの青年。
みんな、その足を同じ方向で止めていた。
瘴気の森――だった場所。
そこには、朝日を浴び始めた、普通の“森”があった。
黒々としていたはずのシルエットは、柔らかな緑と茶色に塗り替えられている。
枝の隙間から差し込む光が、やわらかく地面に模様を描いていた。
しゅうしゅうと音を立てていた瘴気の霧はない。
代わりに、鳥たちが枝から枝へ飛び移り、さえずりながら翼を震わせている。
風下にいた村人たちが、おそるおそる深く息を吸い込んだ。
「……臭く、ない」
「胸が、痛くねえ……」
「目も、喉も、しみねえぞ……?」
驚きと戸惑いが混ざった声が、あちこちから上がる。
すでに服を着替え、腰に剣を下げたマリアは、駐屯地の前からその光景を見つめていた。
隣には、髪もちゃんと整える暇なく飛び出してきたノエルが立っている。
寝癖で跳ねた茶色の髪のまま、口をぽかんと開けていた。
「……夢?」
「いや、悪いけど、俺にそんなファンシーな夢の才能はねえ……」
ノエルが乾いた声で返す。
笑い事じゃないのに、口調だけはいつも通りなのが逆に異様だ。
マリアは細めた目で森を睨み続けた。
疑っている、というより、“見極めよう”としている顔。
「瘴気の反応は?」
背後にいた別の兵士に問うと、彼は慌てて胸元から小さな石を取り出した。
瘴気の濃度を簡易的に測るための魔具。
昨日の夕方には、濃い紫の光を放っていたそれを、今かざしてみる。
石は、うっすらと青く光っただけだった。
「……通常値です。森の外と、ほとんど変わりません」
「そんな馬鹿な」
マリアは低く呟く。
「昨日の夕方、あれだけ濃かったんだぞ。ひと晩で消えるわけが――」
そこで、言葉が途切れた。
森の縁。
村と森を隔てる、あの“見えない線”の向こうから、一つの影が歩いてくる。
薄汚れた雑役服。
泥にまみれた裾。
寝間着のような薄い服の上に、ずり落ちかけた外套。
乱れた金の髪。
首元で光る、古い木製のペンダント。
「……クレア?」
マリアの声には、驚きと――少しだけ、安堵が混じっていた。
ノエルの目が、あり得ないものを見たように見開かれる。
「お、おいおいおいおい……」
彼は思わず、マリアの袖を引っ張った。
「隊長、見えてる? 俺、寝ぼけてるわけじゃないよな?」
「残念ながら、私も同じものを見てる」
彼らの視線の先で、クレアはぎこちなく足を止めた。
背後には――さっきまで瘴気をたたえていた森。
今は、朝日に照らされて、瑞々しい緑の海。
その境界線に、彼女が立っている。
足元の土からは、小さな草花が顔を出していた。
白い花。
薄紫の花。
名前も知らない花たちが、彼女の一歩ごとに細い茎を伸ばしている。
朝日が昇り始めた。
地平線の向こうから、金色の光がじわりと村と森のあいだを照らしていく。
その光が、クレアの背中を縁取った。
光の輪郭の中で、彼女の姿が浮かび上がる。
村人たちは、一瞬言葉を忘れていた。
「な、に、あれ……」
「クレアお姉ちゃん……?」
「森の……後ろが……」
ざわめきが、波のように広がる。
クレアの喉が、ごくりと鳴った。
(やばい。完全に“現場”押さえられてる……)
逃げ道はない。
ごまかしようもない。
森の浄化と、自分の出入り。
その二つが、あまりにも分かりやすすぎるタイミングで重なっている。
マリアが、一歩前に出た。
鋭い眼差しでクレアの全身を確認してから、低い声で問う。
「……クレア」
「は、はい……」
「怪我は?」
予想外の問いかけに、クレアは目を瞬かせた。
「え?」
「怪我はあるかって聞いてる」
怒鳴り声ではない。
ただ、確認している。
「あ……だ、大丈夫です。ちょっと転んだだけで、あの、擦り傷くらいで……」
腕を見せると、たしかにところどころに小さな傷がある。
でも、どれも血は止まっていて、酷くはない。
マリアはそれを見て、小さく息を吐いた。
そしてようやく、怒りの色を目に宿す。
「“大丈夫”じゃねえよ、この馬鹿」
「ひっ」
短い言葉に、クレアは肩をびくっと跳ねさせた。
「なんでよりによって、夜中に、瘴気の森の奥までひとりで入ってんだ。死ぬ気か」
「す、すみません……」
その通りすぎて、反論の余地がない。
村人たちも、ざわざわとざるを撫でるような視線を向けてくる。
「でも、クレアが森から出てきた瞬間、瘴気が……」
「さっきまで、あんなだったのに……」
誰かがぽつりと言ったその言葉に、視線が一斉に森へ向かう。
黒い霧は、ない。
ただ、朝日にきらめく葉と、ゆっくりと立ち上る白い靄。
ノエルが、髪をがしがしと掻いた。
「……なあ、隊長」
「なんだ」
「俺、聞いていい?」
「やめとけ」
「いや、無理。聞かずにいられねえ。……クレア」
ノエルは、クレアのほうへ一歩近づいた。
いつもみたいに軽口で誤魔化そうとしているのか、口調はわざと緩い。
だけど、その目だけは真剣だった。
「お前、まさか……“なんかした”?」
「……!」
クレアの心臓が、ずきん、と大きく跳ねた。
「なんかした?」
その問いは、あまりにも広くて、あまりにも核心だった。
どう答えればいいか、一瞬で迷う。
本当のことを全部話す?
“世界樹の末裔”で、“自然に直結してて”“瘴気を食べる風が起きて”――
(ないないないないない!)
さすがに、そんな怪しいことをいきなりぶちまける勇気はない。
かといって、「なにもしてません」と言えば――
それはそれで嘘臭い。
森の浄化と、自分の帰還が、これだけ派手に同時に起きているのだから。
喉がカラカラに乾く。
舌が上顎に張り付くみたいで、うまく声が出ない。
クレアは、一度ぎゅっと目を閉じた。
(どうする。どう言う。何を守る)
世界樹が言っていた。
《オ前ハ、マダ選ベル》
どこまで使うか。
誰のために使うか。
なにを守るために使うか。
(今、守らなきゃいけないのは……)
“自分の秘密”だけじゃない。
村。
マリア。
ノエル。
そして、「普通の生活」。
深呼吸をひとつ。
肺に冷たい空気をいっぱい吸い込んでから、クレアはゆっくりと目を開けた。
「……ごめんなさい」
最初に出てきたのは、謝罪の言葉だった。
「勝手に、森の中に入って……。ほんとは、いけないって分かってたのに」
声が震える。
でも、それは嘘をついているからではなく、言葉を選ぶのが怖いから。
マリアが、腕を組んで見つめている。
ノエルも口を挟まない。
村人たちも、固唾を飲むみたいに沈黙した。
逃げ道は、ない。
「でも……」
喉の奥がぎゅっと痛んだ。
それでも、続ける。
「でも、森のほうから“呼ばれてる”気がして。
耳鳴りみたいな、頭の中に直接響く声みたいなのがして……」
そこまでは、完全な嘘じゃない。
事実だ。
「気づいたら、森の奥にいて……。瘴気はたしかに濃くて、怖かったけど……わたしの周りだけ、少し、楽で」
マリアの眉がぴくりと動いた。
ノエルが小さく息を飲む。
「そこで、朽ちた……大きな木を見つけて。
触ったら、なんだか、すごく懐かしい感じがして……」
どこまで言うか、慎重に線引きしながら言葉を紡いでいく。
世界樹、という単語は、まだ飲み込んだ。
「気づいたら、眠ってて。起きたら……森の空気が、変わってて」
「変わってて、って?」
ノエルが、思わず口を挟む。
「瘴気が、ほとんど感じられなくて。呼吸しても、喉も胸も痛くなくて。
……それで、あわてて戻ってきたら……」
クレアは、森のほうをちらりと振り返った。
緑。
鳥の声。
風の揺れ。
「こうなってました。……だから、その……」
足元に視線を落とす。
胸が苦しい。
“自分がやった”と認めるのが怖くてたまらない。
でも、“何もしてない”と言い張るのも、違う気がする。
「……たぶん、わたしのせい、です」
か細い声。
マリアの表情が、僅かに揺れた。
「“せい”という言い方は、どうなんだ」
ノエルが、思わず突っ込む。
「むしろこれ、“功績”のほうじゃね?」
「ノエル」
マリアが、静かに制する。
でもその声にも、完全な否定はなかった。
村人たちがざわつき始める。
「クレアが……?」
「ひと晩で、森を……?」
「そんなこと、あり得るのか?」
「でも実際……」
言葉が、恐怖と期待と混乱の色を帯びて、あちこちから飛び出してくる。
“化け物”
“聖女”
“加護持ち”
そんな単語が、口に出される一歩手前で行き場を失っている空気だった。
クレアは、それを痛いほど肌で感じていた。
(そうだよね。普通じゃないよね、これ)
自分で自分を理解しきれていないのに、どうやって他人に理解してもらえるというのか。
胸の奥の灯りが、かすかに揺れる。
世界樹の声は、今は沈黙していた。
「ここから先は、自分でやれ」とでも言われているみたいだった。
「……で」
沈黙を破ったのは、マリアだった。
彼女は一度、大きく息を吐き、それからクレアをまっすぐに見据える。
「勝手に森に入った件については、あとでまとめて怒る」
「ひいっ」
「“ひい”じゃない。兵士でも村人でも、あそこに夜中ひとりで入ったら、普通死ぬ。
自分が無事だからって、それが軽くなるわけじゃない」
「……はい」
これは、疑いようもない事実だった。
マリアの声には、怒りだけでなく、本気で心配していた色が乗っていて――それが、クレアの胸を少し痛く、そして少し温かくした。
「ただ」
マリアは森のほうへ視線を投げる。
「この状況を見れば、お前が“何かあった”のは否定しようがない。
瘴気が薄れたのは、実際、ありがたい」
その言葉に、村人たちの顔がぱっと明るくなる。
誰もが、昨夜の不安を覚えている。
瘴気に侵されて死んだ家畜。
咳き込む子ども。
遠くから聞こえた魔獣の咆哮。
それが、「ひと晩で軽くなった」と言われれば――
怖さより、先に安堵が出てしまうのは仕方ない。
「だから、ひとまず」
マリアはクレアに向き直り、言った。
「……“ありがとう”だけ先に言っておく」
「え」
あまりに想定外の言葉に、クレアの目が丸くなる。
「な、なんでマリアさんが謝謝……じゃなくて、えっと、ありが……」
「言われ慣れてなさすぎだろ、お前」
ノエルが思わず笑いながら突っ込む。
「いや、隊長の言うとおりだよ。森がこのまま瘴気まみれだったら、俺らマジで近々詰んでたし」
「ノエル」
「だから、クレア」
ノエルは口元だけ笑いながら、目だけは真剣なまま、クレアを見る。
「勝手に森入ったのはダメ。超ダメ。超絶ダメ」
「すみません……」
「でも、“もう大丈夫だと思います”って言葉に――ちょっとだけ、お前の自信が混ざってたの、俺は見逃してねえからな」
「えっ」
クレアは、反射的に頬を押さえた。
そんなつもりはなかった。
自信なんて、とても言えない。
ただ、「もう大丈夫になってほしい」という願いだけは、本気だった。
「だから……そうだな」
ノエルは頭をかきながら、にやりと笑う。
「とりあえず一回分、“命の恩人”枠でチャラにしてやるよ。森の件」
「軽く言うな」
マリアが容赦なくノエルの頭をはたく。
ごつん。
「いってえ!」
「チャラにはならん。後でちゃんと話はする」
「ですよね」
クレアは肩をすくめた。
怒られるのは確定。
でも、さっきまで想像していた“怖い怒られ方”とは、すこし違う。
マリアの言葉にも、ノエルの軽口にも。
そこには、“クレアがここにいる前提”があった。
この村で、共に怒ったり笑ったりする人間としてのクレア。
それが、たまらなく嬉しかった。
「……あの」
おずおずと、クレアは口を開いた。
「ひとつだけ、言っておきたいことがあって」
マリアとノエル、村人たちの視線が一斉に集まる。
緊張で、また喉が乾いた。
それでも、言わなきゃいけない気がした。
「わたし、自分でも……自分のことがよく分からなくなってきてて。
森のことも、どう説明したらいいか、分からないんですけど」
胸元のペンダントを握る。
木の感触が、少しだけ心を落ち着かせてくれる。
「それでも、ひとつだけ確かに言えるのは――」
言葉を探す。
“正解”なんて分からない。
ただ、その場で絞り出せる、精一杯。
「わたし、ここで……この村で、マリアさんたちの“役に立ちたい”って思ってるってことです。
それだけは、本当で。……たぶん、ずっと、前から」
エルフォルト家では、一度も口にできなかった言葉。
「家のため」と言われ続け、「役立たずだ」と否定され続ける中で、ずっと胸の内に押し込めてきた願い。
それを、こんな形でこぼしてしまうことになるなんて。
マリアは、少しだけ目を見開いた。
ノエルは「あー」と頭をかいて、顔をそらす。
気まずい沈黙が数秒。
それから。
「……面倒な子を拾ったなあ、私も」
マリアは呆れたように、でもどこか柔らかく笑った。
「クレア」
「はい」
「“役に立ちたい”って言うのは勝手だ。こっちは、人手はいくらあっても困らない」
「えっと……はい」
「だから、その言葉に見合う分だけ働け。
森をひと晩で浄化しようがしまいが、雑役は雑役だ。今日は水汲みからな」
「……はい」
思わず、笑いそうになった。
世界樹だの末裔だの、瘴気の浄化だの。
そんな途方もない話をしたあとで、「水汲みから」。
でも、その地に足のついた現実が、今は何よりありがたかった。
「ノエル」
「へい」
「クレアは今日一日、絶対にこき使うな。倒れたら意味がない」
「“絶対に”の意味分かってます?」
「分かってるから言っている」
「へいへい。じゃあ、“ほどほどに”こき使う方向で」
そんなやり取りに、周囲の村人たちからも小さな笑いが漏れた。
緊張が、少しずつ解けていく。
森の異変の衝撃はまだ消えないけれど、人々の顔からは、濃い不安が一枚剥がれ落ちていた。
クレアは、その輪の中に立ちながら、胸の奥で静かに息を吐く。
(……よかった)
すべてが解決したわけじゃない。
むしろ、始まったばかりだ。
自分が何者なのか。
世界樹の末裔として、どこまで責任を負うのか。
この力を、誰に、どう見せるのか。
考えなきゃいけないことは山ほどある。
それでも。
ひと晩で森が浄化されて、村人たちはその異変に怯えながらも安堵し、
自分は怒鳴られながらも、ちゃんとここに立っている。
その事実が、クレアの胸に、静かな熱を灯していた。
「……それにしても」
ノエルが、こっそりクレアの横に並んで小声で囁く。
「“もう大丈夫だと思います”って、お前、さらっと言ったけどさ」
「え?」
「瘴気の森に向かって、その台詞は反則級だろ。
かっこよすぎて、ちょっと惚れかけたわ」
「な、なに言ってるんですかノエルさんは!」
「冗談だよ冗談。半分くらいは本当だけどな」
「半分本当なんですか!?」
「しっ。隊長に聞こえたら殺される」
ひそひそ話の声が、少しだけ森のほうへ逃げていく。
その森の奥――朽ちた世界樹の分枝が眠る場所で、風がひと吹き、枝を揺らした。
あたかも、「見ているよ」とでも言うように。
ひと晩で浄化された瘴気の森と、
薄汚れた雑役服のまま、その前に立つ一人の少女。
まだ誰も、うまく言葉にできない。
だからこそ、その場にいた誰もが――
彼女の震える声での「もう大丈夫だと思います」を、胸のどこかに刻み込んでいた。
306
あなたにおすすめの小説
騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました
藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、
騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。
だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、
騎士団の解体と婚約破棄。
理由はただ一つ――
「武力を持つ者は危険だから」。
平和ボケした王子は、
非力で可愛い令嬢を侍らせ、
彼女を“国の火種”として国外追放する。
しかし王国が攻められなかった本当の理由は、
騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。
追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、
軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。
――そして一週間後。
守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。
これは、
「守る力」を理解しなかった国の末路と、
追放された騎士団長令嬢のその後の物語。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
【完結】愛より金貨!〜虐げられ令嬢、脳内の守銭奴妖精と不遇を吹っ飛ばす〜
恋せよ恋
ファンタジー
「愛より金貨が信じられますわ!」守銭奴令嬢は今日も叫ぶ。
正統な血筋ながらも、「望まれぬ子」として侯爵家の離宮に
幽閉され、野生児のように育ったアニエス。
孤独だけれど元気な彼女の救いは、差し入れをくれる
優しい兄と、脳内に響く「銭ゲバ妖精」の声だった。
「冴えない無能」を演じつつ、裏で巨万の富を築くアニエス。
狡猾な義母と義母妹の罠に、慕っていた婚約者も奪われる。
――泣く?喚く?いいえ、違う。金貨の輝きこそすべて。
ぐんぐん突き進むアニエスの強欲な快進撃に、周囲は恐れ、
そしていつの間にか心酔していく。「人たらし令嬢」恐るべし!
守銭奴令嬢が金と知略で全てを奪い返し、愛を手に入れる。
不遇の幼女が、逆境をはね返す痛快大逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
🔶表紙はAI生成画像です🤖
本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜
あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい!
ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”
ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで?
異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。
チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。
「────さてと、今日は何を読もうかな」
これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。
◆小説家になろう様でも、公開中◆
◆恋愛要素は、ありません◆
悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます
タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、
妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。
家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、
何もなく、誰にも期待されない北方辺境。
そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
追放エンドだと思ったら世界が私を選んだ、元聖女のざまぁ再生記
タマ マコト
ファンタジー
聖女として祈り続け、使い潰された少女セレフィアは、
奇跡が起きなくなった夜に「役立たず」と断じられ、雪の中へ追放され命を落とす。
だがその死を世界が拒否し、彼女は同じ世界の十数年前へと転生する。
エリシア・ノクス=セレスティアとして目覚めた彼女は、
祈らずとも世界に守られる力を得て、
二度と奪われない生を選ぶため、静かに歩き始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる