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第18話「ゴミ山攻防戦――拾われなかった者たちの叫び」
しおりを挟むゴミ山は、朝焼けより先に、兵の足音で目を覚ました。
まだ空が灰色と藍色のあいだで揺れている時間。
王城の裏手――城壁の影にうずくまる巨大なゴミ置き場を、ぐるりと取り囲むように、鎧の列が並んでいた。
槍。
盾。
魔導銃。
いつもは城門や城壁に配置されている兵たちが、今は全員、ゴミの山に照準を向けている。
その前に立つのは、軍服の裾を朝風に揺らす男――ヴァルト・クロイツ。
彼の表情は、いつも以上に硬い。
「……完全包囲、完了しました」
副官が、緊張した声で報告した。
「結界測定、変わらず。 ゴミ置き場一帯に、異常な防御障壁を確認。 波長解析不能。おそらく、ネメシス・コアの出力と……リーナ・フィオレの波長が混ざり合っています」
ヴァルトは、ゴミ山を包む“膜”を見つめた。
目では見えないはずの防御障壁が、朝霧の中で薄く歪んで見える。
揺らめく空気。
波紋のような光。
その内側には、雑多なガラクタと、ボロ布と――一人の掃除婦。
「……やったな、リーナ」
かすかに、口元が歪む。
王の命令で包囲はした。
だが、あの会議室で「従えない」と告げて飛び出した少女を、武力で押し潰すことだけは、本能が拒んでいた。
(封印も、利用も……結局どっちも、“怖れの形を変えただけ”か)
リーナに突きつけられた言葉が、まだ胸に刺さっている。
彼女は、政治も戦略も知らない。
でも、“見たがらないもの”を見続けてきた目だけは、本物だ。
「将軍」
副官が、不安そうに続けた。
「攻撃命令を。 このままでは、“文明継承者が王命を拒否し、城裏で反乱を起こしている”という形が――」
「分かっている」
ヴァルトは、短く答える。
分かっている。
分かっているのだ。
ここで何もせずに立ち尽くせば、王家も軍も工房も、彼を「役立たずの指揮官」として切り捨てるだろう。
この包囲は、国内への示威でもある。
“文明継承者といえど、王権からは逃れられない”というアピール。
だが――
(だからって、本気で撃てるか?)
ゴミ山の向こう側。
そこに、怯えながらも立とうとしている少女の姿が、どうしても脳裏に浮かんでしまう。
「……全隊、第一陣形」
ヴァルトは、それでも指揮官として声を出した。
「だが――致命部分への攻撃は禁ずる。 非殺傷魔導のみ使用を許可。 結界の強度を測るための“叩き”から始める」
「しかし、将軍――」
「命令だ」
低く、重い一言。
副官は、唇を噛んで敬礼した。
背後で、兵士たちが陣形を組み替える。
殺傷用の魔導銃ではなく、拘束用の魔導弾。
破壊を目的とした砲撃ではなく、圧をかけるための衝撃波。
それでも、十分すぎるほどの暴力だ。
(リーナ、せめて――退路だけは確保しておけ)
心の中で、誰にも届かない祈りを落とす。
◇
その頃、ゴミ山の内側では。
リーナは、ゴミの斜面の上に立っていた。
見慣れた風景が、今はまったく違う姿に見える。
金属片。
壊れた魔導具。
布きれ。
木箱。
割れたガラス。
ありとあらゆる“捨てられたもの”が積み上がったこの場所が――今は、彼女にとっての城壁だ。
周囲には、古代兵器たちの気配が集まっている。
腰にはアークレール。
背中側に、折り畳まれた翼装〈フロウリア〉。
首元には、治癒護符〈セレスティア〉。
空には、浮遊眼球装置〈アイギス〉が、結界の内側を静かに巡回していた。
そして、足元のずっと下――地の底。
そこに眠るネメシス・コアの脈動が、ゴミ山全体をゆっくりと揺らしている。
『外側からの圧力、増加中』
アイギスの声が、意識の奥に響く。
『魔導波長、城の標準兵器と一致。非殺傷設定。だが、人体への負荷は軽視できないレベル』
「そうだよね……」
リーナは、ふーっと息を吐いた。
怖くないはずがない。
ゴミ山の向こう側には、武装した兵士たち。
魔導砲。
騎兵。
指揮官として立つヴァルト。
そして、王の視線。
自分の選んだ「反逆」が、こんな風に形になるとは――正直、思っていなかった。
(でも、選んじゃったしな)
戻れない。
戻らないと決めた。
マルタが、下の方で陣取っている。
いつものモップは今、杖みたいに握られていた。
「大舞台だねぇ、新入り」
「笑えないですよ、マルタさん……!」
苦笑しながら振り返る。
「逃げてても良かったのに」
「逃げた先のゴミ片付けすんのも、あたしらの仕事さ」
マルタは、肩をすくめた。
「だったら最初からここで構えてた方が、まだ効率がいい」
「効率の問題……?」
そんな掛け合いをしていると、胸の奥でアークレールが咳払いをした。
『遊んでいる場合ではないぞ』
(遊んでないよ、緊張ほぐしてるの)
『……それなら良いが』
剣の波長が、じっと外側を見据える。
ネメシス・コアも同じ方向を見ていた。
『包囲、完了。 攻撃準備の気配』
(うん、聞こえてる)
息を吸い込むと、鉄と泥と油と、古びた魔力の匂いが鼻に入った。
この匂いは、リーナにとって“安心”の印でもある。
工房にいた頃の、薬品と金属磨きと緊張の匂いとは違う。
ここには、“仕事”と“捨てられたものたち”の匂いしかない。
「ねぇ、みんな」
リーナは、小さく呼びかけた。
アークレール。
フロウリア。
セレスティア。
アイギス。
そして、ネメシス。
ゴミ山に散らばる無数の古代兵器の断片たちも、微かに震えている。
「お願いがあるんだ」
静かに言う。
「今日、ここで使う力は――“守るためだけ”にしてほしい」
沈黙。
次の瞬間、アークレールが、低く返した。
『お前はいつも、そういう無茶を言う』
(無茶かな?)
『俺たちが何に使われてきたか、忘れたわけではあるまい』
戦場の記憶。
斬られた兵士たちの悲鳴。
折れた盾。
倒れた仲間。
『だが――』
アークレールの刃の奥で、別の光が灯る。
『“もう誰も殺したくない”という点では、俺もお前と同意見だ』
フロウリアが、翼をかすかに震わせた。
『飛ぶために作られたのに、何度も爆撃の運搬に使われた』
セレスティアが、護符の奥でぼんやりと光る。
『癒やすために作られたのに、“どれだけの負傷者を救えなかったか”の記録でいっぱい』
アイギスが、レンズをゆっくりと回転させる。
『見るために作られたのに、“見たくなかったもの”ばかり見せられてきた』
ネメシス・コアが、地の底で静かに脈動した。
『守るために作られたのに、守りきれなかった』
みんな、同じ傷を抱えている。
だから――
「今度こそ、守るためだけに使おう」
リーナは、ゆっくりと微笑んだ。
「ねぇ、みんな」
ゴミ山の空気が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
兵器たちの波長が、揺れながらひとつに集まってくる。
『了解』
アークレール。
『了解』
フロウリア。
『了解』
セレスティア。
『了解』
アイギス。
『……了解』
ネメシス・コア。
いつもなら、命令文のように冷たい声なのに、今だけは、どこか人間臭い“安堵”が滲んでいるように聞こえた。
「じゃあ、お願い」
リーナは、両手を広げた。
「ゴミ山を――守って」
その言葉に応じて、地の底から光が立ち上がる。
ネメシス・コアの波長が、ゴミ山の基礎を通って、一気に外側へ走った。
全方位に広がる――と思った瞬間。
『範囲を限定する』
ネメシスが、静かに言った。
『契約条件に従い、出力の対象を“ゴミ置き場一帯”に限定。 王都全体への影響は最小限にとどめる』
(ありがと)
『守るために滅ぼすのは、二度と御免だ』
地面が、低く唸る。
ゴミ山の外周を囲むように、目には見えない“壁”が立ち上がった。
空気の歪みが濃くなり、光がわずかに屈折する。
王都全体ではなく、この狭い、汚くて、捨てられたものが集まる場所だけを、包み込む防御障壁。
ゴミ山の“城壁”が、完成した。
◇
「……結界、変化!」
外では、感知班の叫びが飛んだ。
「防御障壁の範囲が限定されました! 王都全体ではなく、ゴミ置き場一帯のみ!」
「出力は?」
「……測定不能。 ただ、先ほどより密度が上がっています。 まるで、“ここだけ絶対に通さない”とでも言うかのような――」
ヴァルトは、ゴミ山を包む空気の揺らぎを見つめた。
「……そうか」
小さく呟く。
(王都全体を巻き込むこともできたはずだ。 あの出力なら、城の結界ごと上書きすることも不可能ではない)
それを、しなかった。
ネメシス・コアとリーナは、“ゴミ山だけ”を守る選択をした。
「将軍、どうしますか」
副官が、焦りを隠せない声で問う。
「このままでは、我々は包囲しているだけで――」
「攻撃開始」
ヴァルトは、あえて淡々と命じた。
「だが、繰り返す。殺傷は禁止だ。 これは“破壊戦”ではない。“説得のための圧力”だ」
自分で言っていて、情けなくなる。
説得に武力を使っている時点で、どの口が「説得」だと言えるのか。
それでも、今は指揮官としての役割を手放すわけにはいかなかった。
「第一隊、衝撃波準備――!」
号令と共に、魔導砲の先端に光が集まる。
次の瞬間、一斉に放たれた衝撃波が、ゴミ山を包む防御障壁にぶつかった。
ドン、と空気が鳴る。
だが――結界は、一ミリも揺れなかった。
「……反応なし?」
「いえ、反応はありましたが……吸収されました」
感知班の声が震える。
「衝撃波のエネルギーが、結界に触れた瞬間に“拡散”され、無害化しています。 まるで、衝撃をすべて地面に流しているみたいな……」
ヴァルトは、眉をひそめた。
(守り方が、変わっている)
ただ弾くのではない。
ただ跳ね返すのでもない。
衝撃を受け止め、分散させ、どこかへ流している。
ネメシス・コアと、ゴミ山に散らばる防御系兵器たちの協調――。
「第二隊、魔導弾!」
非殺傷の魔導弾が、雨のように結界へ降り注ぐ。
しかし――それらも、すべて“飲み込まれた”。
光が弾ける。
波が走る。
そのすべてが、障壁の表面で柔らかく吸収され、霧のように消えていく。
外から見れば、そこにはただ“静かなゴミ山”があるだけだ。
でも、その内側では――。
◇
『圧力、低下。 外部攻撃、無害化完了』
アイギスが、淡々と報告する。
『威力としては中程度。 現在の防御出力であれば、問題なし』
(よかった……)
リーナは、胸を撫で下ろした。
魔力の流れはきつい。
ネメシスの力を借りているとはいえ、防御障壁を維持するだけで、かなりの集中力を持っていかれる。
でも、それでも――“守れている”。
攻撃が届かない。
ゴミ山が、兵器たちが、マルタが、安全圏の中にいる。
『だが、このまま受け続けるのは得策ではない』
アークレールが、静かに言った。
『外側は、“理解しないまま撃っている”』
(……うん)
リーナは、ゴミ山の斜面から外を見下ろした。
兵士たちの顔は、結界越しにぼんやりとしか見えない。
でも、その表情は――どこか、自分が工房にいた頃の顔に似ていた。
「異常はない」と言いながら、どこかで“異常を見たくない”と怯えている目。
「ねぇ、ネメシス」
リーナは、胸の奥に問いかける。
「“攻撃”じゃなくて、“見せること”って、できる?」
『見せる』
「うん。 外にいる人たちに――あなたたちが見てきたものを、少しだけ」
兵器たちの記憶。
古代文明の崩壊。
守れなかった人たちの最後。
それをそのまま流し込むのは危険だ。
精神が壊れるかもしれない。
でも、“断片”なら。
『可能だ』
ネメシス・コアの声が、わずかに低くなる。
『だが、それは――』
「“攻撃”じゃないよ」
リーナは、きっぱりと首を振った。
「“脅し”でも、“洗脳”でもなくて。 ただ、“知らないふりをやめてもらう”ための手段にしたい」
ネメシスはしばし沈黙した。
その沈黙の中で、アークレールが呟く。
『……お前は本当に、面倒な道を選びたがる』
(知ってる)
『剣で叩きのめす方が、よほど簡単だぞ』
(それ、一番やりたくないやつ)
フロウリアが、翼を震わせる。
『空から見せることはできる。 高度を上げて、彼らの頭上に“影”を投影することも』
セレスティアが、静かに囁く。
『痛みの再現は、最小限にとどめるべき。 共有しすぎれば、今度は彼らが壊れる』
アイギスが、観測モードを切り替える。
『断片記録、抽出開始』
兵器たちが、それぞれの記憶を“少しだけ”開き始める。
ネメシス・コアが、それをひとつに束ねる。
『了解。 “見せる”波長を、結界膜に重ねる』
ゴミ山を包む防御障壁が、内側から光を帯びた。
淡く。
静かに。
世界のどこにもない色。
そしてその光は、じわりじわりと外側へ染み出していく。
◇
「……なんだ?」
ゴミ山を取り囲む兵士の一人が、目を細めた。
結界の向こう側から、薄い光が滲んでくる。
最初は、朝霧に反射した光かと思った。
だが――違う。
目の前の風景が、二重に見え始める。
ゴミ山の輪郭の上に、まったく別の“影”が重なっていく。
高い塔。
空を渡る橋。
光の柱。
「……都市、だ」
誰かが、息を呑んだ。
見たこともない都市。
古代文明の街。
空中を走る乗り物。
空に浮かぶ庭園。
人々の笑い声。
それが一瞬だけ、兵士たちの目の前に広がる。
「な、何だこれ……?」
「幻術か?」
誰かが呟いた瞬間――景色が変わった。
塔が崩れる。
光の柱がねじ切れる。
空が裂ける。
空中庭園が、炎に包まれて落ちてくる。
悲鳴。
泣き声。
爆発音。
そのすべてが、“音”ではなく“感覚”として兵士たちの頭に流れ込んでくる。
「っ……!」
胃がひっくり返るような感覚。
鼻の奥に、焼けた鉄と肉の匂いがこびりつく。
手が、何かを抱えている感覚。
腕の中で、誰かの体温が冷えていく感覚。
その一つ一つが、“自分の記憶ではない”と分かっているのに、あまりにも鮮明だ。
「やめろ……やめろ……!」
膝をつく兵士が出た。
槍を握っていた手が、震えて落ちる。
それでも、映像は止まらない。
フロウリアの視界から見た空。
セレスティアが受け止めた痛み。
アイギスが観測した崩壊。
ネメシスが焼いてしまった星の表層。
全部は無理だ。
だからこそ、“断片”だけ。
だが、その断片でさえ、今の兵士たちには強すぎた。
「うっ……!」
吐きそうになる感覚。
喉の奥を焼く酸味。
魔導銃を構えていた手が、震えて引き金から外れる。
「こ、こんな……」
若い兵士が、顔を真っ青にして呟いた。
「こんなもの……俺たちは、知らない……」
攻撃命令だけを聞いてきた。
敵を排除しろと教えられてきた。
そこに“守りきれなかった記憶”なんて、含まれていなかった。
ヴァルトもまた、その波を受けた。
空。
塔。
崩壊。
彼は、唇を強く噛み締めた。
(これが――)
ネメシス・コアが見てきた世界。
兵器たちが見せられてきた結末。
(これが、“封印して見なかったことにした結果”か)
胸の奥が、焼けるように痛い。
戦場で死ぬ兵士たちの姿を、彼は嫌というほど見てきた。
だが、その一つ一つに「守りきれなかった兵器の後悔」がくっついてくる感覚は、初めてだった。
「……こんな思いを」
その時、ゴミ山の上から、声が響いた。
結界を通して、直接鼓膜に届く声。
リーナ・フィオレの声。
「こんな思いを、誰かにまたさせたくない……!」
叫び。
それは、魔力を伴った“揺さぶり”でもあった。
ネメシス・コアが、その叫びを増幅する。
兵器たちが、その叫びを支える。
ゴミ山を包む結界が、音もなく震えた。
“声”が、王都全体に広がっていく。
王城の塔。
貴族の館。
工房の研究室。
市場の路地裏。
あらゆる場所にいる人たちの意識の片隅に、ほんの一瞬だけ、その叫びが届く。
――こんな思いを、誰かにまたさせたくない。
古代兵器たちの後悔。
文明を焼き尽くしてしまったネメシスの慟哭。
そして、ゴミ山の真ん中で震えながら立っている一人の掃除婦の祈り。
それら全部が、ひとつの波となって、王都を揺らした。
◇
工房の一室。
カイル・エンバートは、測量器を前に膝から崩れ落ちた。
眼前の水晶が、あり得ない波形を描いている。
「これは……」
リーナの波長。
ネメシスの波。
兵器たちの残響。
その全部が、測量器の中で混ざり合い、「計れないはずのもの」を無理やり可視化しようとしている。
そして――リーナの叫びが、彼の胸を突いた。
「こんな思いを、誰かにまたさせたくない……」
幼い頃。
リーナが、“見えない波長”の話をしていたとき。
カイルは、それを「面白い」と言って聞いていた。
でも、工房で立場を守るために、彼女の言葉を無視することを選んだ。
その結果が、今だ。
「俺は……」
喉の奥で、言葉が詰まる。
「また、見なかったふりをするのか……?」
拳が震える。
◇
王城の最上階。
会議室の窓から外を眺めていたレオナルド王も、またその波を受けていた。
ゴミ山。
結界。
兵士たち。
そして、リーナの叫び。
「……見せてくるか」
小さくつぶやく。
封印でもなく。
破壊でもなく。
討伐でもなく。
ただ、“見てほしい”と訴えかける力。
「文明継承者という名は、やはり、余には荷が重すぎたかもしれんな」
苦笑混じりに、自嘲する。
彼は王だ。
決断しなければならない立場だ。
だが、本当に世界を動かすのは、ああやって震えながらも叫べる者なのかもしれない。
◇
ゴミ山の外で、兵士たちの足が止まった。
命令に従うだけのはずだった足が、動かない。
手が、武器から離れる。
ゴミ山の中からは、攻撃は一切こない。
飛んでくるのは、“記憶”だけだ。
“後悔”だけだ。
“守れなかった痛み”だけだ。
「俺たちは――」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「俺たちは、本当に“守るために”ここにいるのか……?」
その問いは、ヴァルトの胸にも刺さった。
守るための軍。
国を守るための力。
だが、守るために誰かを捨てていないか。
守るために、誰かに“全部押しつけて”いないか。
「……っ」
ヴァルトは、頭を振った。
このままでは、指揮官として崩れる。
「全隊――」
声を張り上げようとしたところで、別の音が割り込んだ。
鐘の音。
城内の高い塔から、警鐘が鳴り響く。
「侵入者――! 城内に不審な魔力反応! ガルディアスの波長と類似――!」
報告の声に、ヴァルトは顔を上げた。
(シグル・ハーヴェイ……!)
ゴミ山を包囲している間に、別の場所で動き出した影。
リーナを守るためだけに集中している余裕はない。
「将軍!」
副官が叫ぶ。
「どうしますか!? このままゴミ置き場を包囲し続ければ、城内が――」
――“守るもの”が、ひとつではない。
王都。
王。
民。
そして、ゴミ山。
ヴァルトは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
そして――決断した。
「……包囲線を縮小する」
兵士たちが、ざわめく。
「ゴミ置き場の外周を最低限に絞れ。 残りは城内防衛に回せ」
「しかし、それでは――」
「命令だ!」
怒号に近い声が飛ぶ。
「ゴミ山を完全封鎖するだけの戦力を割いている余裕はない! 今、城そのものが危険に晒されているんだ!」
それは、軍事的には正しい判断だった。
同時に――ゴミ山にとっては、“少しだけ息ができる猶予”でもあった。
(リーナ)
ヴァルトは、結界越しに、見えない少女へと心の中で呼びかける。
(今は、お前を撃たない。 だから――)
だからどうか、その間に。
自分たちの“怖れ”と向き合う準備くらいは、させてくれ。
◇
ゴミ山の上で、リーナは、息を切らしながら膝に手をついた。
「……はぁ、はぁ……」
叫びを増幅させるのは、想像以上に消耗する。
喉が焼けるように痛い。
胸の奥も、ぎゅっと掴まれているみたいだ。
でも――
『外側の圧力、低下』
アイギスが、淡々と伝える。
『包囲線の一部が崩れた。 兵力の再配置を確認』
「……止まってくれた、かな」
『完全ではない。 だが、“撃ち続けるだけ”の状況からは変化した』
アークレールが、少しだけ柔らかい声を出した。
『十分な成果だ』
(そっか……)
リーナは、空を見上げた。
灰色だった空が、少しずつ朝の色に変わっていく。
王都の屋根。
城壁。
遠くの塔。
その全部が、同じ空の下にある。
ここにいる人たちも。
外にいる兵士たちも。
みんな、この星に住んでいて、守りたいものがあって、怖いものがあって、それでも生きている。
「……こんな思いを、誰かにまたさせたくない」
もう一度、小さく繰り返した。
それは、ネメシス・コアへの約束でもあり。
古代兵器たちへの誓いでもあり。
兵士たちへの願いでもあり。
そして――何より、自分自身への戒めでもあった。
ゴミ山の上で。
捨てられたものたちに囲まれながら。
文明継承者であり、掃除婦であり、怖がりであり、それでも前に進もうとする少女の声は、今日もまた、世界のどこかを静かに揺らし続けていた。
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その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
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