掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト

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第20話「掃除婦のまま、世界の中心で」

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 ゴミ山の朝は、いつだって匂いから始まる。

 湿った紙と、乾いた木箱と、冷えた鉄の匂い。
 そこに、ほんの少しだけ香る油と古い魔力の残り香。

 そして――今は、その匂いに新しいものが混じっていた。

 インク。
 羊皮紙。
 異国の香辛料。
 見慣れない布の柔軟剤の匂い。

「……増えたなぁ、匂いの種類が」

 リーナ・フィオレは、モップを担ぎながらゴミ山の斜面を見下ろした。

 以前なら、壊れた魔導具と木箱がごちゃ混ぜになってただけの場所に、今は簡易テントがいくつも張られている。

 王国軍の臨時詰所。
 王立工房の観測小屋。
 そして他国からの交流者たちの滞在スペース。

 それでも――
 中央の一番汚くて、一番ごちゃごちゃした場所だけは、昔のままだ。

 そこは、彼女とマルタの“仕事場”だった。

「おーい、新入り。ぼーっとしてないで、今日も一山崩すよ」

「はいはい、マルタさん」

 声に振り向くと、マルタ・グレンが、相変わらずぼろぼろの靴でゴミ山を登ってきていた。

 以前より少し杖の頼り方が増えたけれど、その目つきの鋭さは欠片も鈍っていない。

「ほら、見な」

 マルタが顎で指した先には、ゴミ山の入口付近で何やら列ができていた。

「本日の“見学者様”だよ。文明継承者様のゴミ山見学会だってさ」

「やめてください、その言い方」

 リーナは、耳まで赤くなった。

 入口には、軍服に袖を通した各国使節団の護衛、工房の研究者、王都の学生たち、地方から来た商人風の人々まで、実にさまざまな顔ぶれが並んでいる。

 みんな、同じ札を首から下げていた。

 ――「古代文明記憶共有会・参加者」。

 王都の噂好きたちが、“ゴミ山サロン”だの“スクラップ・サロン”だの、好き勝手に呼び始めた場所。

 かつて最底辺のゴミ捨て場と呼ばれていたここは、今は王国直轄の「特別保護区域」になっている。

 王家の紋章が刻まれた石標が、ゴミ山の端に埋め込まれていた。

《王国特別保護区域――ゴミ集積保全区(通称:遺物保管園)》

 どれだけ立派な名前をつけられても、実際に山を片付けるのは、相変わらず掃除婦たちだ。

「……にしても」

 リーナは、小さく息を吐いた。

「人、多いなぁ」

「文句言うなさ」

 マルタは、モップを地面に立てて腰に手を当てる。

「“誰も見たくなかったゴミ”を見に来てくれる物好きがこんだけ増えたんだ。ありがたく思いな」

「ありがたいんですけど……ゴミ山って、そんな観光地みたいな場所じゃ……」

「違うよ」

 マルタの声が、少しだけ柔らかくなる。

「ここは、“見なきゃいけなかったもの”の墓場さ。  ようやく、人間がそこに顔を出すようになったってことさ」

 その言葉に、胸の奥がじん、と温かくなった。

 地の底で、ネメシス・コアが静かに同意するように揺れる。

『観測ログ増加。  この百日間で、他国使節団の訪問数、延べ一二七回』

(数えなくていいから)

『誇るべき数字だ』

(褒め方がなんかズレてるんだよなぁ……)

 胸の奥のネメシスは、もはやあの圧迫感のある存在ではない。

 そこにあるのは、小さな灯火みたいな感覚だった。
 じんわりとした暖かさと、深い呼吸のようなリズム。

 完全に“危険がなくなった”わけじゃない。
 でも、あの日みたいに暴走する気配は、もうどこにもなかった。

『騒ぎを起こすより、静かに記録を続ける方が有益だと理解した』

(いい心掛け)

『……お前に言われると、複雑だ』

 アークレールが、腰のあたりで小さく震えた。

『本日の“共有会”、何時からだ?』

「昼過ぎかな。軍と工房と、他国使節の人たちが揃ってから」

『今日のテーマは?』

「えっと、“古代都市の日常生活”だったかな」

 アイギスが空をふよふよ飛びながら、資料用の映像ログを整理しているのが見えた。

 兵器たちは、今や“講義用資料”の宝庫でもある。

 ネメシスの深層記録から抽出された映像。
 崩壊する前の日常の断片。
 兵器として使われる前の、ただの技術と暮らしの記録。

 それを切り出して、皆で見るための会が、定期的に開かれていた。

 ゴミ山の真ん中で。

 壊れた椅子を並べただけの即席会場で。

「……リーナ!」

 斜面の下の方で、慌ただしい声がした。

 聞き慣れた声。

 リーナが振り向く前に、足元の石ころがカン、と鳴る。

 ドタドタと駆け上がってきた青年が、一瞬バランスを崩し――

「うわっ、っとととっ!」

 ギリギリで踏ん張った。

「カイル、走らないでって何度――」

「分かってる! 分かってるけどっ!」

 カイル・エンバートは、額に汗を浮かべながら、手に抱えた書類束をこちらに突き出した。

 王立工房の制服ではない。
 今は、「特別保護区域付・測量技官補佐」の制服――袖に王家と工房の両方の紋章が刺繍された、ちょっとだけややこしい服だ。

「午前分の観測ログ、まとめ終わった!」

「ありがとう。……そんなに急がなくても良かったのに」

「いや、今日の共有会には、ガルディアスも代表送ってくるって話だろ?」

 カイルは、息を整えながら空を見た。

 青空の向こう、遠くにあるはずの軍事国家の影。

「俺……もう、“あとから後悔する”のは嫌なんだ」

 視線が、少しだけリーナに向けられる。

 あの日。
 工房で、彼女の言葉を守れなかった日。

 その悔いは、まだ彼の中から完全には消えていない。

「だから、今度は最初から隣にいる。  あんたの“見てる波”を、“一緒に測る”」

 カイルは、少し照れくさそうに笑った。

「測量師なんだしさ。  “測れない波長”だって、一緒に見てればいつか何か分かるかもしれないだろ?」

「……うん」

 胸の奥がじわっと熱くなる。

 あの頃、工房の窓辺で“誰にも分かってもらえない波の話”を聞いてくれた少年。

 あの時は途中で黙ってしまった彼が、今は、はっきりと自分の居場所を選んでここに立っている。

「じゃあまずは、足元の石ころ測ってみる?」

「そこじゃない!」

 思わずツッコミを入れて、リーナは笑った。

 笑い声に、アークレールが呆れたようなため息をつく。

『重要案件の前に、いつも通りの調子を取り戻すとは……お前らしい』

(緊張しっぱなしじゃ、疲れちゃうし)

『その辺の図太さは、見習いたいものだ』

 地の底で、ネメシス・コアが黙って微かに共鳴した。

 ――図太いことは、生き延びる上で重要な要素、と。

「おーい!」

 今度は、ゴミ山の外側から声が飛んできた。

 軍の陣から、ヴァルト・クロイツが手を振っている。

 鎧ではなく、簡易軍装。
 いつものきっちりした将校モードから、少しだけ肩の力を抜いた“仕事着”だ。

「リーナ、今日の防衛計画の説明をしたい」

「はーい!」

 リーナはモップを立てかけ、斜面を降りていく。

 結界の厚さが、前より薄く感じる。

 危険性が下がったわけじゃない。
 ただ、“閉ざすため”から、“調整するため”に役割が変わっただけだ。

「将軍、今日もご苦労様です」

「将軍と呼ぶな。ここでは“ヴァルト”でいい」

 ヴァルトは、少し眉をしかめながらも、その呼び方を受け入れていた。

「ゴミ山の主に敬礼する将軍なんて、形にならん」

「形より中身で勝負しましょうよ」

「それは君の台詞だろう」

 ヴァルトは、手に持っていた図面を広げた。

 王都の地図。
 城壁と、街路と、新しく追加された防衛線。

「兵器に頼り切らない防衛体制――“多層防御網”の実験を始めた」

 ヴァルトの指が、地図の上を滑る。

「結界と兵士と、非致死性の防衛機構を組み合わせる。  その一部には、ここで修復した“古代の非殺傷装置”も利用するが……それはあくまで“最後の網”だ」

「最後の網?」

「敵国が攻めてきたとき、“殺す前に止める”ための網だ」

 ヴァルトの目が、静かに光った。

「兵器に“殺すこと”を任せるのではなく、兵器に“殺さないための時間稼ぎ”をさせる」

 それは、戦場を知る彼なりの答えだった。

「……難しくないですか、それ」

「難しいとも」

 ヴァルトは、素直に頷いた。

「だが、簡単な戦争など存在しない。  簡単に勝てる戦争を求めた結果が、兵器に依存しすぎたあの時代だ」

 ネメシスが、地の底から静かに揺れる。

『同意』

「だから俺は、兵士たちに“見せたい”と思っている」

 ヴァルトは、ゴミ山の方を見やった。

「君と、兵器たちと、ネメシスが見てきたものを」

 彼の脳裏には、先日の“記憶の波長”の共有がまだ焼き付いている。

 崩壊する塔。
 泣き叫ぶ子ども。
 止められなかった兵士の手。

「兵士は、“命令に従うだけの機械”ではない。  守るものを知り、守れなかったときの痛みを知り、それでも前に立つ覚悟を、自分で選ばなければならない」

 その言葉は、ネメシスの記憶に出てきた“最後の科学者たち”の声にも、どこか似ていた。

「そのためにも、ここは必要なんだよ」

 ヴァルトは、ゴミ山に視線を落とした。

「封印して、見ないふりをする場所じゃなくて。  見るために足を運ぶ場所として」

「……じゃあ、ちゃんと掃除しないと」

 リーナは、照れくさそうに笑った。

「大事な場所だからこそ、綺麗じゃなくてもいいけど、“ちゃんと息ができる匂い”にはしておきたい」

「それは……頼もしいような、文句を言われているような」

「褒めてます」

 マルタが、いつの間にか背後に立っていて、ヴァルトの背中をバシンと叩いた。

「アンタさ、ここ半年で顔つき変わったね」

「……そうか?」

「戦場に行く前より、“怖い顔”になってる」

 マルタは、にやりと笑う。

「怖いもん知って、なお前に立とうとしてる顔だ」

 ヴァルトは、少しだけ目を伏せ――その評価を、素直に受け取った。

    ◇

 昼過ぎ。
 ゴミ山の中央、少しだけ広く均された場所に、人の輪ができていた。

 壊れた椅子と木箱が並べられ、その上には王国の軍人、工房の研究者、他国の使節、学生、商人、掃除婦見習いまで――立場も身分もばらばらな人たちが、ぎゅうぎゅうに座っている。

 その前に、リーナが立った。

 エプロンのポケットから、少しくたびれた布切れが覗いている。

 腰には、いつものようにアークレール。
 頭の上には、アイギスがくるくる回っていた。

「えっと」

 リーナは、頬をぽりぽり掻いた。

「本日は、遠路はるばる“ゴミ山”までお越しいただきありがとうございます」

 場に、くすくすと小さな笑いが広がる。

 他国の使節団の一人が、通訳越しに首を傾げながら微笑んだ。

「発表者が“文明継承者”なのに、肩書きが“掃除婦”というのは、君くらいのものだろうな」

「肩書きはどっちでもいいです」

 リーナは、えへへと照れ笑いを浮かべた。

「私の仕事は、変わらないので」

 静かに言葉を継ぐ。

「ゴミって言われたものを拾って、磨いて、本当の姿を取り戻してあげること」

 その一言に、場の空気が少しだけ引き締まった。

 後方で、マルタが腕を組んで頷いている。

 横で、カイルが緊張した様子で測量器を抱えている。

 ヴァルトは、兵士たちと一緒に壁際に立ち、工房長代理の席には――今日はグラツィオではなく、後任の穏やかな眼鏡の男が座っていた。グラツィオは、今は他国との交渉窓口に回されて使節団と頭を突き合わせているらしい。

「今日は、古代文明の“普通の一日”を、少しだけ見てもらいます」

 リーナは、アイギスに合図を送った。

 空中で、光がふわりと広がる。

 ゴミ山の上に、透明な幕のような映像が浮かび上がった。

 そこには――普通の街の朝が映っていた。

 屋台の準備。
 空中歩道を走る子ども。
 翼装〈フロウリア〉の初期型みたいな道具で通勤する人々。
 浮遊盤でパンを焼く屋台。
 魔導スクリーンで天気予報を確認するおじさん。

 誰も、滅びのことなんて考えていない日常。

「この人たちは、ネメシスが暴走する何年も前に生きていました」

 リーナの声が、静かに響く。

「兵器や装置は、“便利な道具”としてそこにあって。  空を飛べたり、怪我が治ったり、遠くの声が聞けたりすることに、みんな普通に喜んでいました」

 映像では、子どもが転んで膝を擦りむき、母親が携帯型セレスティアで傷を癒やしている。

 泣き笑いする顔。
 それを見て笑う周りの人たち。

「でも……ある時から、この人たちの周りで“怖い噂”が増え始めました」

 映像の空気が変わる。

 街頭スクリーンに、緊張した面持ちの政治家たちが映っている。

 隣国の兵器開発。
 新型装置の性能。
 抑止力のバランス。

「“相手がこんな兵器を作ったらしい”って。  “じゃあ、うちも負けないようにもっと強い兵器を作らないと”って」

 リーナの声に、微かな震えが混じる。

「普通の人たちは、最初はあまり気にしていませんでした。  でも、少しずつ、少しずつ、空の色が変わっていきました」

 映像の空が、ほんの少しずつ灰色がかっていく。

 兵士たちが増える。
 街角の検問が厳しくなる。
 人々の足取りが、徐々に速くなる。

「その中で、“守るための最後の装置”として作られたのが、ネメシス・コアです」

 ネメシスが、胸の奥で静かに震える。

『記録再生、同意』

「“守るために作られた兵器”なのに。  “守れたもの”より、“守れなかったもの”の方が、多くなってしまった」

 映像が、最後の方で一瞬だけ、崩壊の記憶と重なる。

 それ以上は見せない。

 今日は、“日常”がテーマだから。

「……私たちは、ここから何を学べるでしょう」

 リーナは、映像をふっと消した。

 ゴミ山の上に、再び現実の空が広がる。

「“兵器は悪”って言いたいわけじゃありません」

 腰のアークレールをぽん、と叩く。

「アークレールたちは、今もここにいて、“守りたい”って言ってくれてます」

『ああ』

「ネメシスも、“もう誰も滅ぼしたくない”って言ってます」

『……ああ』

「大事なのは、“全部押しつけないこと”だと思うんです」

 リーナは、自分の胸を指さした。

「“守るためにどうするか”を、兵器に任せきりにしないこと。  “怖いから見たくないこと”を、ゴミ山みたいな場所に押し込んで知らないふりをしないこと」

 視線を、周りの人たちにゆっくりと向けていく。

「だから、ここに来てほしいんです」

 小さく笑う。

「ゴミ山って呼ばれてた場所が、こんな感じで人に溢れてるの、実はすごく嬉しいんです」

 マルタが、遠くで照れ隠しみたいに咳払いをした。

「ここには、“拾われなかったもの”がたくさんあります。  壊れた兵器も。  失われた技術も。  誰かが諦めた夢も」

 リーナは、足元に転がっていた小さな錆びた歯車を拾い上げた。

 親指と人差し指のあいだで、くるくると回す。

 歯車は、光を受けて鈍くきらりと光った。

「これが何の一部だったか、私はまだ知りません」

 リーナは、素直に言う。

「壊れた時計かもしれない。  忘れられた兵器の部品かもしれない。  大きな装置の、ほんの片隅だったのかもしれない」

 その一つ一つに、かつて“誰か”がいた。

「でも、これには確かに、“誰かの時間”や“誰かの願い”がかつて宿っていました」

 胸が、じんと熱くなる。

「私の仕事は、それを完全に元通りにすることじゃありません」

 歯車についた錆を、そっと布で拭う。

「全部直して、全部再現して、全部を元の場所に戻すなんて、きっと無理です」

 布に茶色い汚れが移る。

「だから、せめて“もう一度見てあげる”」

 リーナは、磨き終えた歯車を太陽に透かして見せた。

「“ここにあったよ”って。  “誰かが生きてた証拠だよ”って」

 その言葉に、誰かが小さく鼻をすする音がした。

 前列の学生の一人が、涙を拭っている。

「世界だって、きっと同じだと思います」

 リーナは、歯車を自分の胸元にそっと当てた。

「何度滅びかけたって。  何度“終わった”って言われたって」

 ゴミ山の向こうに広がる王都の夕焼けが、頭の中に浮かぶ。

「誰かが拾って、磨き直せば――」

 絞り出すように、言葉を重ねる。

「きっとまた動き出せる」

 胸の奥で、ネメシス・コアがふわりと震えた。

『動き出す。  そうだな……』

 アークレールが、小さく笑う。

『止まっている世界ほど、退屈なものはない』

 フロウリアが、翼を揺らす。

『何度でも飛び直せるなら、落ちることも怖くない』

 セレスティアが、護符の奥で光を灯す。

『傷が残っていても、その上から新しい皮膚は張れる』

 アイギスが、空から全体を見渡す。

『崩れた街の上に、新しい街が建つ。その繰り返しの中に、記録が蓄積されていく』

 兵器たちの波が、リーナの言葉と共鳴して広がる。

 それは、昔のような“圧”ではない。

 淡く、柔らかく、胸の奥に降り積もる感覚。

 ゴミ山の向こうで、夕焼けが王都の屋根を黄金色に染めていく。

 瓦屋根も。
 石畳も。
 市場の屋台も。
 公園の木々も。

 そして、そのすべてを見守る城の塔も。

 どれも、ネメシスが一度焼き尽くしてしまった“星の表面”とは違う、新しい層だ。

「……だから、私は掃除を続けます」

 リーナは、静かに言った。

「文明継承者とか、兵器のキーとか、難しい名前は全部後回しでいいです」

 エプロンの裾を、ぎゅっと握る。

「私の仕事は変わらない。  ゴミって言われたものを拾って、磨いて、“本当はどういうものだったのか”を見つけてあげること」

 マルタが、背後でニッと笑った。

 カイルが、隣でこくこくと頷いた。

 ヴァルトが、壁際で静かに目を閉じた。

 他国の使節団の一人が、小さな声で「素晴らしい」と母国語で呟いた。

 その全部を受け止めながら、リーナは小さく笑った。

「この城のゴミ置き場は、きっとずっとゴミ置き場のままです」

 見栄えのいい博物館にはならない。

 磨き上げられた展示室にはならない。

 埃っぽくて、くさいかもしれない。
 足場も悪くて、靴が汚れるかもしれない。

「でも、ここは――」

 リーナは、拾い上げた歯車を掌に乗せたまま、空を見上げた。

「滅びた文明と、これから生きる人たちをつなぐ、いちばん大切な“宝物庫”です」

 宝物庫。

 それは、金銀財宝が積まれた金庫のことじゃない。

 誰かが諦めたもの。
 誰かが見なかったもの。
 誰かが捨ててしまった願い。

 その全部を、一度ここに預かる場所。

「だから、これからもどうか――」

 リーナは、集まった人たちを見渡した。

「ここに、ゴミを捨てに来てください」

 ざわっと、笑いが広がる。

「ちゃんと拾って、ちゃんと磨いて、一緒に見ますから」

 それは、世界に向けた宣言でもあり、招待状でもあった。

 最底辺の掃除婦だった少女は、今日もモップと布切れを手に、世界の未来をそっと磨き続ける。

 ゴミ山の斜面に、夕陽が差し込む。

 錆びた鉄が、金色に光る。
 割れたガラスが、宝石みたいに輝く。
 古い魔導器の残骸が、ひとときだけ、昔の栄光を取り戻したようにきらめく。

 ここが、世界の中心だなんて、誰も信じなかった場所。

 今、その真ん中で、掃除婦のエプロンをつけた文明継承者が、拾い上げた小さな歯車を胸に抱きしめて笑っている。

 その光景こそが――
 この国にとって、世界にとって、そして滅びた文明にとっての、いちばんの“救い”なのかもしれなかった。
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