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第61話 【閑話】ジャミル 鈴木の生涯。
しおりを挟む俺の名前はジャミル.鈴木。
俗にいう異世界(日本)からの転移者だ。
勿論、ちゃんとした日本の名前もあるが、それは虐められていた過去と一緒に捨てたんだ。
あの頃の俺はこの世の地獄で生きていたからね。
だから『ジャミル.鈴木』もしくは『ジャミル』で良いんだ。
元の俺は毎日の様に虐められていた。
虐めの的にされて居た。
そう言う事だよ。
上履きが無い事は日常茶飯事だから、いつもスリッパでいた。
教科書は破かれていて、机の中はゴミだらけ、机はというと、最初はマジックだったが、今では彫刻刀で『キモイ』『死ね』など彫られている。
教師なんて宛にならない。
この机を見たなら俺が虐められている事は簡単に解かる筈だ。
だが、教師は注意一つしない。
新任教師に『あいつ等をどうにかしろ』と言っても荷が重いのも解かる。
担任の教師は若い女の先生だ。
生徒の人気者気取りだから、俺を庇った事で他の多くの生徒から嫌われたくないんだろう。
そんな奴が俺を助けてくれるわけが無い。
家は親父と二人暮らしだ。
母親は既に病気で居ない。
問題なのは親父が工場で働いている事だ。
そして虐めの中心人物の親が、その工場を傘下に持つ会社の社長に居ると言う事だ。
此処が都心部なら良かったが…片田舎だ。
それ故に働き口が限られる。
まして親父は高卒だから、この工場しか働き口がない。
俺の虐めについて親父は学校に抗議してくれたが…相手が親会社の社長の息子だと解かったら、どうする事も出来なくなった。
「…ごめんな」
俺が責めるとそれしか言わない。
親父が仕事が無くなれば俺も困るから...もうどうする事も出来ない。
そんな感じだった。
俺に魅力があれば助けてくれる女子が居たかも知れない。
運動神経が良ければ、頭が良ければ何か出来たかも知れない。
だが…俺には全てが無かった。
太った体に、醜い顔。
あははははっ、そりゃ誰も助けようとは思わんよ。
俺は大人になるまで我慢するしかない。
高校を卒業したら都心に行けばよい。
親父もそれには賛成してくれているし、俺の為にお金を貯めてくれている。
親父は弱いだけでクズじゃない。
それだけが救いだった。
その俺に人生の転機が訪れる。
何時も様に教室で暴力を振るわれていると急に床が光りだした。
そう、異世界転移に巻き込まれたんだ。
◆◆◆
次々にムカつくクラスメイトが女神からジョブを貰い転移する中『俺は最後まで待った』
もし彼奴らが異世界に行くなら、俺は此処に残るだけで助かるからな。
「どうやら、貴方で最後の様です、さぁジョブとスキルを差し上げますから」
「俺異世界になんて行きませんよ」
勇気を出して女神に言ってみた。
「何故ですか、貴方達が行かないと、その世界の人間が困るのです」
「ですが、俺は先程女神様が異世界に送った人間に虐げられていました。彼奴らの顔なんて見たく無いのです。 これで平穏に暮らせます。さぁ元の世界に戻して下さい」
これで良い。
このまま元の世界に帰れば、彼奴らが居ない生活が送れるはずだ。
「それもありかも知れません…」
何だか女神の顔が曇った顔になった気がする。
「ですが、すみません、貴方には絶対に行って貰わらないと困る事になりました」
話しを聞くと、最後に残っていたジョブを女神が確かめたら『大賢者』のジョブだった。
このジョブは五大ジョブと言って、俺が行く世界にとって、魔王討伐に絡む重要なジョブとの事だ。
「俺はあいつ等が嫌いなんですよ。どうにかして貰えませんか!」
「それなら大丈夫ですよ! 貴方のジョブは『大賢者』 他に『勇者』『聖女』『剣聖』『大魔道』が居ますが、最上級のジョブです。貴方はもう誰にも虐げられません。安全です」
「ですが『勇者』『聖女』『剣聖』『大魔道』のジョブを持った同級生が俺を虐げてきたら無理だろう?」
「そうですね…ですが」
「情報を教えて下さい。誰が5職なのか…その中に俺を虐げた奴が居なければ考えます」
「解りました」
あははははっ良かった。
いねーや。
他の4職は、虐めとは無縁の『まだましな奴』だ。
「これなら引き受けるよ」
こうして俺は異世界へと旅立った。
◆◆◆
異世界で俺は『勇者パーティ』と共に戦うのを拒んだ。
俺を直接虐めていた奴ではないとはいえ、何も手を差し伸べてくれなかった奴なんか心からは信頼は出来ない。
「仕方が無い、そこ迄嫌なら、他で頑張ってください」
貴重な大賢者のジョブ持ちだから、簡単に認められた。
話し合いの結果、俺は1人で活動して良い事になった。
ただ、その代わり将来貰える、報償はかなり削られた。
勇者パーティなら将来『伯爵』の地位が貰えるが『男爵』まで落とされ、その際の領地も小さい物になる。
そんな感じで落ち着いた。
『それで良い』嫌いなこいつ等と縁が切れるなら『それで良い』心からそう思った。
俺はこの時に名も棄てた。
いつもパシリや、蔑むときに呼びつけられたから、名前が嫌いだった。
そして 『鈴木 ジャミル』そう名乗り、冒険者証もそれで登録した。
◆◆◆
俺には趣味が無い。
正確にはあったがPCも秋葉原も無いこの世界では何も出来ない。
だから、家は住めれば良い。
そんな感じに安宿で生活していた。
ある日の事だ。
俺が歩いていると残飯を漁っている少女が居た。
みすぼらしい姿をしていた、美少女とまでは言えないが愛嬌のある子だった。
多分スラムの子だろう。
何時もなら気にしない…だがこの時何故か俺は昔の自分を思い出してしまった。
理由もなく虐められていた頃の自分を。
「これで美味しい物でも食べな」
そう言って金貨1枚渡した。
だが、これが間違いだった。
彼女はキョトンとした顔をしていた。
もしこの時に渡したのが銅貨だったなら、あるいは銀貨だったら俺の運命は違ったのかも知れない。
その日の夜に、その少女が俺の宿に押しかけてきた。
「どうかしたのか?」
「あの…金貨貰っても私には返す物が無いから…これで返させて」
そういうと、服を脱ぎ始めた。
「そう言うのは要らない」
「駄目! 私はスラムに住んでいても物乞いじゃない…ゴミは漁っても違うから」
どうしても引かない彼女に俺は受け入れる事にした。
次の日、起きると彼女は居なかった。
これだけならギリギリ美談だよな?
だが、ここからが違った。
毎日の様に俺に声を掛ける奴が増えてきた。
金貨1枚が不味かったんだ。
金貨1枚は日本円にして約10万円。
日本なら高級フーゾク店と余り変わらない。
だが、此の世界は凄く貧しい。
高級娼婦ですら銀貨3枚も出せば充分。
その辺りの娼婦等銀貨1枚も取らない。
スラム街なら、金貨1枚で家族三人が1か月暮らせる。
それが1晩で手に入るんだ…スラムの人間なら体位は使ってくる。
「ねぇ、あたい、まだ初物だよ?良かったら今晩どうかな?」
「良かったら家の妻抱きませんか? くたびれているから銀貨5枚で良いですよ?へへへ、テクニックは抜群だから」
「婚約者が借金作って…金貨1枚必要なんです。5日間言いなりになりますから、どうにかしてくれませんか?」
俺は困った。
身なりを見れば解るが靴さえ持ってない人間も多くいた。
金が無いと困る人間なのは良く解った。
最初はただで渡そうかと思ったが…止めた。
この状況で、そんな事したら、これ以上に収集がつかなくなる。
まぁ『所詮はこの間まで童貞だった人間ですよ』言い値で買う事にした。
俺は本当に容姿が良くない。
そんな俺に媚を売って抱かれなければ生きていけない。
そんな女が山ほど居る世界。
そして貧しいからこそ『女の体に価値はない』
戦後日本でもお金が無かった時代にゆで卵1個、おむすび2個で体を売った人が居ると書いた本を読んだ事がある。
多分、それに近い。
人妻を買って抱いても、旦那さんがお礼を言う。
実の娘の売春を親が斡旋し、買えば親からも感謝される。
そこ迄この世界のスラムは貧しかった。
必死に狩りをし、お金を手に入れては女を買う生活。
それを続けたら…可笑しな事に皆から感謝された。
「ジャミル様のお陰で娘が助かりました、ありがとう」
「俺はただ買っただけだ」
「こんなくたびれた27歳の女銀貨3枚で買ってくれるのはジャミル様位ですよ」
何でだよ。
「ジャミル様、ありがとう」
俺はただ買っただけだ。
「ジャミル様があたいを抱いてくれたおかげで今度屋台を出すんだよ、屋台と権利が手に入ったのは金貨であたいを買ってくれたからだ」
困った。
俺はただお金で女を買っただけなのに…感謝される。
「私みたいな体の女に金貨1枚も払ってくれるなんて、本当に良い女になった気分だよ…ありがとう」
中には笑顔で感謝してくる者も居る。
ただ狩りをして女を抱くだけの生活。
そんな生活をしていたら『勇者パーティが魔王獣を倒した』という報告を受けた。
俺達の召喚は魔王退治でなく魔王獣退治だった。
これで、俺達は自由。
もし、また魔獣や魔王が現れたら、それは新しく召喚された異世界人が行うからもう俺達には関係ない。
俺達は、これからは、倒す方で無く守る方の仕事がメインになる。
俺は魔王獣討伐に参加しなかったが、それでも金目当てが本音だが、沢山の魔族や魔物を倒したから問題無く 男爵位と領地が貰えた。
この領地にスラムは無い。
だが、同じ位貧しい者も居る。
そして、今度は困った事に俺は領主。
つまり、税金を取り立てる立場だ。
『金が無く、税金が払えない、そういう存在が山ほど居た』
日本みたいに甘くない。
税金が払えないなら、奴隷落ちか死ぬしかない。
しかも、スラムの時の様に金貨1枚で済むような金額でない額の者が多い。
今回も仕方なく、スラムの時の様に『女を買ってやることにした』
これが良くないのは俺にも解かる。
だが、真面に税金を取り立てたら、奴隷落ちしかないんだ。
女なら、家族と一生会えないで、娼館で働く生活になるのは目に見えている。
なら、不細工とはいえ1晩抱かれて済むなら、その方が幸せだろう。
そう考え、関係を持った。
だが、それが不味かった。
この辺りはスラム街と違い封建的だった。
俺が買った女は『傷物女』として周りから蔑まされているようだった。
◆◆◆
最終的に俺が考えたのは1か月以上自由にさせてくれれば、一生家族で暮らせる金をやる。
そういう方法だった。
もっと条件を楽にしようか考えたが止めた。
楽して金を貰えたら、本来困って無い人間まで、やるに決まっている。
流石に1か月も家族を差し出すのは、周りからクズ扱いされる。
だが、奴隷落ちしなければ生きられない。
もう死ぬしかない、そんな人間が沢山いる。
『1か月の地獄』『クズ扱い』それを天秤にかけても、それが必要な人間を助ける手段だ。
『理由を幾らつけてもお前のやっている事はクズだ』
多くの人間はそう言うだろう。
そんな事は解っている。
だが、俺みたいなクズが必要な人間もいる。
だから…1か月で金貨1000枚(1億円)の報酬にした。
これだけあれば、借金や払わなかった税金を清算して、この街を出て好きに暮らせる。
この世界なら一生楽に暮らせる。
避妊紋を相手に解らない様に自分に刻み込んで貰った、これで妊娠という不幸は避けられる。
だが、それは教えない。
『地獄だった』それで良い。
『最低の男に女を差し出したくない』それで頑張ってくれた方がありがたい。
俺はクズだ。
自分でもそう思う。
恨まれても仕方が無い。
だが、俺は馬鹿だから、これしか思いつかなかったんだ。
◆◆◆
ジャミルが死んだあと葬儀が行われた。
恨まれている…ジャミルはそう思っていたが、貴族は殆ど葬儀に来なかったが…平民の多くが涙で彼の葬儀に出ていた。
その大半は女性で棺桶に縋りついて泣く者までいた。
ジャミルが思っている程皆は『馬鹿』では無かった。
『たかが平民の女に1か月で金貨1000枚(1億円)も出す存在はいない』
その金額を出せばエルフの奴隷すら買えるし、平民の女奴隷なら綺麗処が何十人も買える。
そんな事、普通の人間なら直ぐに気がつく。
ジャミルは女をある意味舐めていた。
1か月も毎日肌をあわせていれば、相手の気持ち位は解ってくる。
ジャミルは…知らないうちに口ではキツイ事を言っても優しく抱いていた。
『ジャミルという領主は歪んでいたが優しい人間だった』
領民は知っていた。
知らなかったのはジャミル本人だけ。
だからこそ、涙して彼を見送ったのだ。
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