天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ

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支度

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「お帰りなさいアレンシカちゃん。」

「た、だだいま帰りました。……ようこそフィラル様。」

「来たらまたアレンシカちゃんがまだまだ帰ってなかったんだもん。もうお茶も三杯目だ。」

「すみません、急いで帰ってきたんですが……。」

「いーのいーの。俺が好きでやってることだしね!」

今日も邸宅に帰るとフィラルがいた。
玄関に入れば真っ先に呼ばれ、帰ったままの格好で客間に入る。もうすっかりその様子が板についた執事であるディオールは、アレンシカがカバンを下ろすと流れるようにアレンシカの自室へと運んでいく。

「……そ、それで今日は……何を……。」

「昨日帰りに見たんだけど、街に素敵な宝石店があったんだ。それからブティックもね。俺は初めて知る店だしアレンシカちゃんもきっと知らないでしょ?だからこれから行こうと思って誘いに来たんだよね。」

「……ですがフィラル様。もう宝石は十分ありますし、もう服も困らない程度にはありますよ。」

「ダメだって!これからたくさんパーティーに行くんだから、もう少し買っておかないと!」

「ですが、そんなに買っていてもひとつひとつの使う回数が少なくなります。もったいないですよ。それに僕はそんなに宝飾品はつけませんし……。」

「パーティーごとに変えたっていいの!アレンシカちゃんだって王子の婚約者なんだし、公爵家でしょ?それくらいの威厳はあったっていいと思うけどな。」

「ですが……。」

「さあ、アレンシカちゃん!外出の支度をして!もう外で馬車は待たせてるし、すぐ行けるよ。」

フィラルはアレンシカの手を取り半ば無理やりに引っ張ると、扉の外に行こうとする。始めは支度をするまで客間で待っていたのだが、最近は一緒に自室に入りいろいろと支度を手伝おうとするのだ。
渋っているのが伝わるのか、まるで逃げ出さないように監視をするようだった。まさか将来の王配のフィラルに対して失礼なことをするつもりはないのだが、フィラルはけして逃すまいとするようにしっかりと腕を掴んでいる。
そのまま勝手知ったるフィラルに連れられて自室に入ってしまった。

「……あの、フィラル様。実はもう大事なテストまで一週間もないのです。出来れば、外出時間も勉強時間に充てたいのですが。」

「すぐに戻ってくるから大丈夫。それにアレンシカちゃんいつも十番以内に入ってるでしょ?だから少しくらい休んだって平気!俺も学生時代これだけ遊んでたって平気だったし、アレンシカちゃんの成績だったら大丈夫でしょ?」

フィラルはこういうがいつも早くに帰れた試しはなかった。用事が終わって早く帰れそうだと思っても、予定にはなかった別の店に行こうだのお茶して帰ろうだの新しい予定がどんどんと上乗せされて、やっと帰宅出来る頃にはもうすっかり遅くなってしまう。

「僕はフィラル様より優秀ではないので、勉強が必要なんです!王子の婚約者としてふさわしい学力ではありません!」

「アレンシカちゃんの成績はいつも報告してもらってるけど、申し分ない成績だよ?だからお出かけしても問題なし!」

アレンシカの訴えにもフィラルは耳を貸さない。
王子にいつも叱られてしまう成績がとてもふさわしい成績である訳ないのに、優秀なフィラルがいつもアレンシカを認めてくれるので、そのおかげもありアレンシカは頑張れると思うのだが、今回ばかりは勉強時間の少なさにそう言ってもられないと危険信号が鳴るのだ。
自分は優秀ではないから。

「……ではせめて、行商人をうちに呼びませんか?買い物をするなら行商人からでもいいと思います。」

「行商人?ダメダメ!やっぱり実際にお店の雰囲気とか見ないと。それに持ってきてない商品の方が良かったとかあるでしょ?俺は実際にお店に行く派。」

「行商人だって素晴らしい審美眼をお持ちなので、そんなことはないのでは……。」

「それに一回、騙されかけたことがあるんだよね、行商人って。」

行商人を呼べば買い物だけで用事が終わる為、他に寄り道をすることもなくなるのではと思っての提案だったが、却下されてしまった。

「あとアレンシカちゃん、勉強づくめであまり外に出ないもん。お庭と部屋を行ったり来たりでしょ?たまには休まないと、ストレスが溜まって効率のいい勉強出来ないぞー?」

「あ、いえ、外に出ないことよりも時間が……。」

「はい、コートと帽子はこれで良いでしょ?まあ今日は俺が部屋に入ってしまったから着替えられないけど、薄手の長い上着を着れば制服も見えないし、問題なし!なんなら向こうで服を買えばいいしね。」

そうこう話をしている間にいつの間にフィラルによりすっかり身支度が整えられていた。髪の毛も綺麗に整えられている。
いつの間にかフィラルに全て任せている状況にアレンシカは恥じた。

「大丈夫、アレンシカちゃん。今日は出かけて楽しもう。いっぱいお洒落していっぱい社交に出れば全部上手くいくよ。」

「……はい。」

再びアレンシカの腕が掴まれる。先程とは違う優しく促す力。
ふいにフィラルを見上げると、いつもと同じ昨日も見た明るく眩しい笑顔だった。
こんなに無理にでも連れ出そうとするのは全て自分を心配してくれているからだ。
自分が出不精で、そもそも自身があまり社交に出ないから、こんなにフィラルは手を尽くしてくれているのに。


だけどどうしても不安で、机の上に乗った参考書とノートに手を伸ばしたくなった。
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