君までの距離

高遠 加奈

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遥香のいる場所

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指先が震える。

「…ここなの?」

『……ええ…入口から入ってきて。当日券売り場にいるわ……』



ぷつりと通話が途切れて、信じられないと思いながら片手で携帯を閉じる。

劇場の規模に圧倒される。専用の劇場を持った劇団なんてそうはいない。知ってるのなんて、劇団四季とか宝塚しかないけど。

この劇場いっぱいの人が、高遠さんを見に来る。自分でチケットを買って、わざわざこの劇場まで足を運んでくるんだ。

まるで自分が舞台に立ったみたいに緊張している。足、震えてるじゃない…

大きく息を吸って、深呼吸してから、アタシは目の前の劇場に向けて足を踏み出した。


正面玄関の自動ドアを潜ると、吹き抜けの広いホールがあり、階段に続いている。赤い絨毯を敷き詰めたホールは、別世界のような華やかさがあって進もうとする足が重くなる。

階段から溢れた人の列がホールに達していた。ざわめきや、手にした紙からこの人達はチケットを持っているようで、席が決まっているのにも関わらず、会場が開くのを待っているのだとわかった。



遥香がいるなら、もっと上…。金曜の夜に知った公演のチケットを、日曜の昼に取れるとしたら、かなり早くから並ばないといけないはずだ。

ついアタシの足は早くなる。一段飛ばしをしかねない勢いで踊り場を曲がり、2階のカウンターまでを急ぐ。チケットを持った人の列とは別に、ぐねぐねと蛇行した列が目に入った。なんで蛇行しているのかといえば、フロアの床に思い思いにくつろいで座っているからで、疲れからか、体育座りの膝に頭を乗せ丸くなっている人もいる。

階段を駆け上がって、荒いままの息を落ち着けながら、遥香を捜す。ざっと一度見渡し、もう一度見はじめた所でアタシに手を振る人が目についた。


そばに行くまで、遥香だとわからなかった。いつも時間をかけて綺麗に巻いてある髪は、ラフにまとめてシュシュをつけていたし、服装も滅多に見ないジーンズに仕立てのいいシャツを合わせて、サングラスをつけていた。一見、リゾートでくつろぐ上流子女のようだ。ただ回りにいるのは疲労をあらわにした人の群れでしかなくて、青い海も白い砂浜もない。



ちらりとサングラスをずらし、

「…きちんと…メイクしてないの」

と恥じらう姿に、なんだか胸があつくなってしがみついた。

「遥香がキレイじゃないなんて有り得ないよ!今もすっごいキレイ。……ああもうバカねぇ……いつから居るのよ」

「……昨日も来てみたの…でも遅くてチケット取れなかったから……始発前に」

「タクシー?」

「……ええ」

「もうバカ、信じらんない」


ぎゅうっと遥香を抱きしめているので、ぐしゃぐしゃの泣き顔は見えないはずだ。
ぬぐいもしないで流した涙は、腕をつたい遥香のシャツにぽつぽつと跡を残す。


「……結構いい席が取れたの。並んでいたのが一人だけだから……一枚しか取れなかったけど……未也の誕生日プレゼントに貰って欲しいの……」

なんで人のためにこんなに出来るかな。アタシ、ここまでのこと遥香にしてあげたことってない……

「……気が早いよ。アタシの誕生日は、まだ1ヶ月も先」

「……未也が一番喜ぶことがしてあげたかったの……」

「あーもー…アタシ男だったら遥香と結婚するのに!…ありがとう遥香」

見えなくても遥香が笑った気がした。すがりつくように抱きついたアタシの背中を、あやすようにとんとんと叩きながら。

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