君までの距離

高遠 加奈

文字の大きさ
78 / 80

二階の部屋

しおりを挟む

それからアタシは毎週、書き上げたシナリオを持って花山さんの仕事場に押しかけた。

花山さんはすぐに見てくれることもあったけれど、仕事が入っている時は預けて帰らなければいけないこともあった。

それでも二、三日中には電話をくれて朱の入ったシナリオを返してくれた。

その細かい朱の文字を追っていると、細やかな神経を使って作品を見てくれているのを感じられた。

花山さんに作品を見てもらうと、アタシのなかに息づいていた人物が形や熱を持ってそこに存在しているように立ち上がってくる。

ただの自己満足で、ネット小説を書いていた時は自分さえ楽しかったら良かった。仕事として皆で作りあげる登場人物は、誰かに好きになってもらうことが前提にある。

好きになってもらえるだけの魅力を持っていないと、作品として成り立たない。


打ち合わせを終えて、次の日時を確認して解散になる。

「渡辺、のもっか」

上機嫌の花山さんが、片手でグラスを煽る仕草をする。

「すみません、今日は無理です」

いつもなら嬉しい花山さんの誘いも今日だけは断ることにする。

「なに~渡辺つれない~渡辺のくせに~」

「渡辺のくせにって…アタシだって用事がある時もあるんです」

花山さんは子供の問題で悩む母親のように、机に肘をつきうなだれている。


「あんただけはアタシの誘いを断らないと思ってた~」

「ヒマって意味で?」

うんうんと頭が上下に振られる。


「なぁんかさ~渡辺って回り見えないタイプじゃない?猪突猛進、みたいな」

「そりゃもう必死ですよ。人生かかってるんですから。ただ、今日会う人は特別なんです。アタシに未来をくれた人なんです」

高遠さんのことを考えただけで、自然と顔がほころぶのがわかった。

そんなアタシを見て、頬杖をついた花山さんが口角を上にあげる。

「うん。い~顔してる。それじゃ仕方ないから行っといで。後でみっちり聞くから」

ぱちんと音のしそうなまつげが、ひらめいた。






「二階に部屋を用意してあるから、上がって待っているといい」

勝次さんは笑顔のまま促してくるので、お礼を言って階段を上がる。

いつかこのお店の格に合うような人間になって食事をしてみたいと思っていた。

芸能人が来るということで、敷居が高いと感じていた。

芸能人が来るお店だとしても、高遠さんは大学生の頃から通っていて、芸能人となった今も足を運んでいるだけだった。

ただ、勝次さんのご飯が食べたいから。理由はシンプルなものだ。

美味しい物を食べたいということに普通の人も、芸能人もないのに、アタシは自分で敷居を高くしていた。

ここに来れば、高遠さんに会える可能性があったから、今まで我慢していた。中途半端な状態で、高遠さんの足手まといにはなりたくなかった。

アタシは、すべて高遠さんに寄り掛かって甘えられるような人間じゃなかったんだ。



それは自分でも知らない一面だった。彼氏ができたら、甘えて、なんでも我が儘を叶えてもらう…それはアタシにとって夢や幻だったようだ。


時計を確認すると、まだ時間がある。パソコンを立ち上げて、今日の変更箇所を直しはじめた。






しばらくパソコンに向かい合って直していると、くすりと笑う声が背中でした。
慌てて振り向くと、高遠さんが笑いながら後ろに座っていた。

「知ってる?百面相をしながら打ってるよ」

声が耳のすぐ後ろからして、肩に高遠さんの体の重みを感じた。寄り掛かった高遠さんの頭が、アタシの肩に乗っていることになる。

「…ち…近すぎです」

「そんなことないよ。離れていた分を埋めないとね」


笑い声が耳にかかり顔が熱くなっていく。

「このままじゃ緊張して打てません」

「じゃあ代わりに打ってあげようか?」

後ろから包み込むように腕を伸ばし、手を重ねる。抱きしめられるような体勢で、触れている部分があたたかい。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛情に気づかない鈍感な私

はなおくら
恋愛
幼少の頃、まだ5歳にも満たない私たちは政略結婚という形で夫婦になった。初めて顔を合わせた時、嬉し恥ずかしながら笑い合い、私たちは友達になった。大きくなるにつれて、夫婦が友人同士というのにも違和感を覚えた私は、成人を迎えるその日離婚をするつもりでいた。だけど、彼は私の考えを聞いた瞬間豹変した。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

執着彼氏と別れるのはいつ?

鳴宮鶉子
恋愛
執着彼氏と別れるのはいつ?

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

2人のあなたに愛されて ~歪んだ溺愛と密かな溺愛~

けいこ
恋愛
「柚葉ちゃん。僕と付き合ってほしい。ずっと君のことが好きだったんだ」 片思いだった若きイケメン社長からの突然の告白。 嘘みたいに深い愛情を注がれ、毎日ドキドキの日々を過ごしてる。 「僕の奥さんは柚葉しかいない。どんなことがあっても、一生君を幸せにするから。嘘じゃないよ。絶対に君を離さない」 結婚も決まって幸せ過ぎる私の目の前に現れたのは、もう1人のあなた。 大好きな彼の双子の弟。 第一印象は最悪―― なのに、信じられない裏切りによって天国から地獄に突き落とされた私を、あなたは不器用に包み込んでくれる。 愛情、裏切り、偽装恋愛、同居……そして、結婚。 あんなに穏やかだったはずの日常が、突然、嵐に巻き込まれたかのように目まぐるしく動き出す――

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

処理中です...