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9 カメと臨時講師と俺の受難
しおりを挟むそれから……。
銀髪白衣の濃厚キャラこと、臨時講師のシオン先生は、校内のあちこちで神出鬼没に出没し、生徒たちとキャッキャウフフしていた。
中庭で女子とタルトの焼き加減の重要性について語っていると思えば、廊下で男子の悩み相談に首を突っ込んでいるなどしていた。ついでに昼休みには、家庭科室の前で簡単なスイーツを作って生徒に振舞い、家庭科の先生にめっちゃ怒られていた。アホなのか?
そしてなぜ俺がそれを知っているかといえば、偶然にも何度も都合よくそういった現場に遭遇しているからである。なんでだよ。呪いか。
その状況をレンが納得したように解説する。
心なしか楽しそうに見えるのは気のせいか。
「ふむ、タツミは今日から超一級フラグ建築士と名乗るといい」
「そんな設計資格は持ってねえよ」
「気になる相手のことは、視界によく入るというが……」
「どう考えても奇行のせいだろ」
『気になる』の意味が違うんだよ。
「どうせまた巻き込まれるんだろうな」
「お前がフラグを立てようとするな」
でもその可能性が否定できない。
よし決めた。今日こそ誰とも関わらない、空気のように過ごす。気配を消し、忍者のように隠密に。
……そのはずだった。
「タツミくんっ! 放課後ちょっとお手伝いをお願いしていいかな?」
……見つかった。
はい、ロックオン。
丁重にお断りしようと思った。
けれど周りのクラスメイトたちが、当然手伝うだろうという信頼の視線を向けてくる。中には親指を立てるやつまでいた。ゲームでよくある、『逃げる』の選択肢に『逃げられない』と返ってくるような絶望。
これもこの教師が積み上げた人望の賜物か。
「……はあい」
断れない空気に逆らえず、俺は諦めて放課後を待った。
===
放課後になって呼び出されたのは、校内の理科室だった。
薬品の匂いが漂う怪しい空気。授業もやっていない今は、しんとして妙に薄気味悪い。ホラー映画だったら最初に消えそうだ。もう帰ろうか?
「ああ、来てくれてありがとう、タツミくん。ちょっと人手が欲しくてね」
シオン先生が、手袋をはめながら爽やかに微笑む。
水槽には一匹のカメがぽっかりと口を開けて、のほほんと空を見上げていた。
「カメ……」
「このカメさんの水槽を掃除するんだけど、作業中に脱走しないよう見張っていて欲しいんだ」
脱走。果たしてカメに人間を振り切れるほどの脚力はあるのだろうか……。
俺、別にいらないんじゃないかな?
そう思いながら、水槽からカメを取り出す。カメはのそりと俺の手に擦り寄ってきた。俺の意思を無視して、ちゃかりと居場所を確保したつもりらしい。図々しいやつ。
でも、その動きが妙にゆるゆるで、俺は地味に癒されてしまった。
「ふふ、やっぱりカメさんもタツミくんを気に入ったようだね」
そう言いながら先生が微笑んだ。
「僕の見る目に狂いはなかった」
「どんな目ですか」
そんな絶妙ジャンルの見る目は聞いたことがない。
「いやー、タツミくんは動物に好かれるタイプだと思ったんだよ」
「そうでも無いと思いますけど?」
「いやいや、初対面なのにこんなに懐いてる。カメさんも、僕もね」
「えっ」
いや、カメはともかく先生は勝手に懐かないでくれ。
「動物に好かれるタイプっていうのは、人間にも好かれるものだよ」
「女の子に好かれるなら大歓迎なんですけどねー」
……と、そんなことを言っていたら、いつの間にかカメが俺のボタンにかじりついていた。
「うわっ、やめろ。喉に詰まらせたらどうするの。ペッしなさい、ペッ!」
「ははは、嫉妬してるのかもね」
一人ウケてるシオン先生。
脱走したいのは、カメじゃなくて俺の方なのかもしれない。
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