愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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8-1 被害妄想

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▼▼▼
「青色以外ならなんでもいいです」

 その時、ペイトンは内心「えっ」と思った。

 動揺を悟られないようにわざとらしく無表情を作るくらいに衝撃を受けていた。

 なにせ、ここ最近読み漁っている恋愛指南書やらロマンス小説には、恋人や妻に自分の瞳の色のドレスを贈るのが愛情ないし独占欲の証としてはよい、みたいな記述が溢れていたから。

 それをいきなりピンポイントで拒絶されて頭が真っ白になった。

 確かに自分は嫌われ夫である。嫌いな人間の目の色のドレスなど着たくないだろう。

 だからといってはっきり言い過ぎでは? もう少し言い方があるだろう、とうじうじした思考が湧いた。

 尤もそれはペイトンの被害妄想で、アデレードはペイトンの瞳の色だから拒否したわけではないし、なんならペイトンの虹彩が青かどうかを把握しているのか怪しいくらいなのだが。

 しかし、そんなことを知るすべのないペイトンは、鼻っ柱を折られて「いや、惚れられたら迷惑だから全然構わない。寧ろ良かったのだ」と振られた後で掌を返す器の小さな男よろしく、グラディスがアデレードに見本地を広げて細かく説明するのを黙って聞いていた。

 でも、その悶々とした思いは、アデレードが生地を手に取り、うんうん悩む姿を見ているうちに消え失せた。

 こんなに真剣に吟味しているならば、少なくとも迷惑がってはいない。

 ジェームスに「なんで急にドレスなんか贈るんだ」という反応をされた時、若干不安があったから、


(やはりドレスの新調を提案して良かったではないか。お礼だって言われたぞ)


 と安堵した。

 ジェームスには黙っていたが、ペイトンは昨夜の帰り道での会話もさることながら、行きの馬車で「何処かに連れて行こうか?」という誘いをすげなく断られていることに対しても地味にボディブローを受けている。

 だから、ダレスシトロン服飾店へ来訪するようにアデレードへ伝えることも、ジェームス経由で伝言した。


「自分で言えばよいでしょう」


 とジェームスが哀れなものを見るような眼差しを向けてきたが、


「いいから、店へ行って直近で一番早く予約の取れる日を指定して、日程が決まったら彼女に伝えてくれ」


 と強引に押し付けた。

 でも、今日依頼しに行って今日になるとは思っていなかった。

 フォアード侯爵家からのオリジナルドレスの発注ならば、多少無理を押しても近日中に予約を捩じ込んでくれると予測はしていたが早急すぎる。

 アデレードは基本的に暇だが、ペイトンは仕事があるのだ。

 だがそれも、何の因果か、最近無駄に会社に入り浸り、恋愛本を読む息抜きに仕事に没頭していたことが功を奏して、あっさり会社を抜け出すことができた。


「では、次はドレスの型を選んでいただきます。実物を見た方がわかりやすいのでこちらへ」


 ペイトンがあれこれ一人考えている間に、生地選びが完了し、次の工程へ流れた。

 グラディスが徐に立ち上がり衣装室へ向かう。

 ペイトンもグラディスに「小侯爵様も是非ご一緒にお選びください」と言われて付いていってはみたものの、アデレードの好みなど知らないし下手に自分がうろうろしたら気が散るだろうと入り口近くで待機することにした。
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