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7-3 似合うか似合わないかより
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「では、次はドレスの型を選んでいただきます。実物を見た方がわかりやすいのでこちらへ」
隣室へ促される。
衣装室になっているらしい。入ってみると壮観、の一言に尽きた。
応接間とはまるで違い広い部屋の壁一面がドレッサーになっており、グラディスがデザインした歴代のドレスが所狭しと掛けられている。
ドレスには流行り廃りがあるが、永続的に愛されている版権フリーの古典的な型も存在するし、その古い型に今風のアレンジを施すニューレトロなんてのが最先端だったりする。
アデレードは実物のドレスを見ると急に購買意欲を掻き立てられた。心が躍る、というのか、自然に顔が綻ぶのを感じた。
グラディスの他にアシスタントの女性が二人来て、あれでもないこれでもないそれがいい、と散々悩み抜いた。
その間ペイトンは一切口を挟まず、かといって応接室に座っているわけでもなく、衣装室の入り口に黙って立っていた。
「仕事に戻ってください」と言うのは金だけ払わせて追い出すようで躊躇われるので、アデレードは放置していたが、流石にグラディスは無視できず、
「小侯爵様は如何思われます?」
みたいなことを何度か尋ねるが、
「彼女が好きなようにしてやってくれ」
とだけ返される無意味な会話が続いた。
ただ、面倒くさそうとか不機嫌な様子は全くないのがアンバランスだった。
(掴みどころのない人ね)
とはいえあまり待たせるのも申し訳ないので、型だけでも早く選んでしまおうと思った。それが終われば採寸になるから、ペイトンは流石に先に帰るはずだ。
「オーキッドとルージュはこちらの型で作成しますね。メイズは、如何しましょう?」
ただ、最後のドレスだけがなかなか決まらなかった。
アデレードの選んだドレスとグラディスの勧めるドレスの型が異なったから。
別にアデレードが強気で押せば済む話だが、デザイナーが勧める方が自分に合っているのかもしれない、と考えると下手に意見を言わない方が良い気がしてくる。
アデレードが選んだのは、全体にフリルが施されたプリンセスラインのドレスで、結構ボリュームがある。
三年前、デビュタントの時に選ぼうとして止めたドレスに似ている。
当時大人気だった歌劇のプリマドンナが着用していたドレスだった。
デビュタント前となれば、誰がどんなドレスを着て参加するか噂が飛び交っていて、プリマドンナを真似たドレスを選ぶ子は多くいた。
学園一の美人と評判のルグオン伯爵令嬢もその型を選んだと聞いた。
だから、アデレードはそのドレスはやめた。
レイモンドは両親の手前エスコートを引き受けてくれたけれど、会場に行くと他の女の子達に囲まれるに違いない。
ルグオン伯爵令嬢とも仲が良いことは知っている。
美男美女の二人が睦まじくする横で、その美人と同じドレスを着た自分。
どちらが似合っているかなんてお察しすぎる。
結局アデレードは「これを選んでおけば間違いない」という定番のクラシカルなドレスを選んだのだ。
そして、奇しくも今グラディスが勧めるのはクラシカルデザインだった。
色が華やかだからシンプルに仕上げると美しい、と。
多くの令嬢のドレスを見立ててきたグラディスの審美眼に従う方がきっと正しい。
夜会で挨拶周りするのに、不似合いな衣装を着るわけにはいかない。
何を着てもビシッと似合う美人だったら良かったなぁ、と思いながらアデレードは、わざとらしいくらい明るい声で、
「……私にはそっちの方が似合いますか?」
と言った。
質問してみたが殆ど答えは決めていた。が、
「君が好きな方を選べばいいじゃないか」
返答したのはグラディスではなくペイトンだった。
余計なところでいらぬ世話を焼いてくる人物だと、昨夜の時点で大体掴んでいたが、ここでも口を挟んでくるとは予測しなかった。
ずっと彫刻みたいに動かなかったから。
「……私あまりセンスのよい方ではないので。結婚して初めての夜会に参加するなら、少しでも似合っている服装の方がいいと思いまして」
「似合うか似合わないかより、君が好きか嫌いかで決めればいい」
男性が妻を着飾らせるのは周囲に愛する妻を自慢するためだったりするんじゃないのか。
ペイトンにとって自分はそういう対象でないことは理解できるが、似合わなくていいとか本人に言う? ただ、全く不快な気持ちにはならなくて、
(私は誰に遠慮してたんだろう)
と、何かがストンと落ちたように感じた。
自分の好みは二の次で、レイモンドに好かれるように、気に入られるように、ということばかりに神経をすり減らせてきた。
幸いペイトンはこっちに興味がないし、妻の服装にとやかくいうタイプでもないらしい。
だったら、好きなドレスを着て人生楽しまないと損じゃないか、と。
「……そうですね。だったら、こっちの型にします」
アデレードは手に持っていたドレスを自分に宛てがいながら言った。
「そちらも十分お似合いになりますよ」
グラディスがフォローするように言ってくれた。
しかし、ペイトンは何故急に横槍を入れてきたのか謎すぎるくらいに、再び石像みたいに反応しなくなった。
ただ、アデレードの気分は頗るよかった。
一生に一度のデビュタントに好きなドレスを着なかったことだけは、今更悔やまれたのだけれど。
隣室へ促される。
衣装室になっているらしい。入ってみると壮観、の一言に尽きた。
応接間とはまるで違い広い部屋の壁一面がドレッサーになっており、グラディスがデザインした歴代のドレスが所狭しと掛けられている。
ドレスには流行り廃りがあるが、永続的に愛されている版権フリーの古典的な型も存在するし、その古い型に今風のアレンジを施すニューレトロなんてのが最先端だったりする。
アデレードは実物のドレスを見ると急に購買意欲を掻き立てられた。心が躍る、というのか、自然に顔が綻ぶのを感じた。
グラディスの他にアシスタントの女性が二人来て、あれでもないこれでもないそれがいい、と散々悩み抜いた。
その間ペイトンは一切口を挟まず、かといって応接室に座っているわけでもなく、衣装室の入り口に黙って立っていた。
「仕事に戻ってください」と言うのは金だけ払わせて追い出すようで躊躇われるので、アデレードは放置していたが、流石にグラディスは無視できず、
「小侯爵様は如何思われます?」
みたいなことを何度か尋ねるが、
「彼女が好きなようにしてやってくれ」
とだけ返される無意味な会話が続いた。
ただ、面倒くさそうとか不機嫌な様子は全くないのがアンバランスだった。
(掴みどころのない人ね)
とはいえあまり待たせるのも申し訳ないので、型だけでも早く選んでしまおうと思った。それが終われば採寸になるから、ペイトンは流石に先に帰るはずだ。
「オーキッドとルージュはこちらの型で作成しますね。メイズは、如何しましょう?」
ただ、最後のドレスだけがなかなか決まらなかった。
アデレードの選んだドレスとグラディスの勧めるドレスの型が異なったから。
別にアデレードが強気で押せば済む話だが、デザイナーが勧める方が自分に合っているのかもしれない、と考えると下手に意見を言わない方が良い気がしてくる。
アデレードが選んだのは、全体にフリルが施されたプリンセスラインのドレスで、結構ボリュームがある。
三年前、デビュタントの時に選ぼうとして止めたドレスに似ている。
当時大人気だった歌劇のプリマドンナが着用していたドレスだった。
デビュタント前となれば、誰がどんなドレスを着て参加するか噂が飛び交っていて、プリマドンナを真似たドレスを選ぶ子は多くいた。
学園一の美人と評判のルグオン伯爵令嬢もその型を選んだと聞いた。
だから、アデレードはそのドレスはやめた。
レイモンドは両親の手前エスコートを引き受けてくれたけれど、会場に行くと他の女の子達に囲まれるに違いない。
ルグオン伯爵令嬢とも仲が良いことは知っている。
美男美女の二人が睦まじくする横で、その美人と同じドレスを着た自分。
どちらが似合っているかなんてお察しすぎる。
結局アデレードは「これを選んでおけば間違いない」という定番のクラシカルなドレスを選んだのだ。
そして、奇しくも今グラディスが勧めるのはクラシカルデザインだった。
色が華やかだからシンプルに仕上げると美しい、と。
多くの令嬢のドレスを見立ててきたグラディスの審美眼に従う方がきっと正しい。
夜会で挨拶周りするのに、不似合いな衣装を着るわけにはいかない。
何を着てもビシッと似合う美人だったら良かったなぁ、と思いながらアデレードは、わざとらしいくらい明るい声で、
「……私にはそっちの方が似合いますか?」
と言った。
質問してみたが殆ど答えは決めていた。が、
「君が好きな方を選べばいいじゃないか」
返答したのはグラディスではなくペイトンだった。
余計なところでいらぬ世話を焼いてくる人物だと、昨夜の時点で大体掴んでいたが、ここでも口を挟んでくるとは予測しなかった。
ずっと彫刻みたいに動かなかったから。
「……私あまりセンスのよい方ではないので。結婚して初めての夜会に参加するなら、少しでも似合っている服装の方がいいと思いまして」
「似合うか似合わないかより、君が好きか嫌いかで決めればいい」
男性が妻を着飾らせるのは周囲に愛する妻を自慢するためだったりするんじゃないのか。
ペイトンにとって自分はそういう対象でないことは理解できるが、似合わなくていいとか本人に言う? ただ、全く不快な気持ちにはならなくて、
(私は誰に遠慮してたんだろう)
と、何かがストンと落ちたように感じた。
自分の好みは二の次で、レイモンドに好かれるように、気に入られるように、ということばかりに神経をすり減らせてきた。
幸いペイトンはこっちに興味がないし、妻の服装にとやかくいうタイプでもないらしい。
だったら、好きなドレスを着て人生楽しまないと損じゃないか、と。
「……そうですね。だったら、こっちの型にします」
アデレードは手に持っていたドレスを自分に宛てがいながら言った。
「そちらも十分お似合いになりますよ」
グラディスがフォローするように言ってくれた。
しかし、ペイトンは何故急に横槍を入れてきたのか謎すぎるくらいに、再び石像みたいに反応しなくなった。
ただ、アデレードの気分は頗るよかった。
一生に一度のデビュタントに好きなドレスを着なかったことだけは、今更悔やまれたのだけれど。
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