愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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7-2 青いドレス

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「本日はお越しくださり有難うございます。私はこの店のオーナーデザイナーをしておりますテレンダー子爵家のグラディスと申します。どうぞグラディスとお呼びください。以後、お見知りおきを」


 五十代くらいの女性が立ち上がって頭を下げる。

 オーナーデザイナーと言うから男性だと思っていた。


「こちらこそ宜しくお願いします」


 アデレードがスカートを摘んでお辞儀すると、


「可愛らしい奥様ですこと」


 とにこやかに言った。

 こういう場合、高確率で嫌味な場合が多いが、グラディスからは陰湿な気配はなかった。


「どうぞお座りください」


 勧められてペイトンの横に腰を下ろす。入室してきてから一言も言葉を交わしていないので、


「旦那様、ジェームスさんからお聞きしましたが、仕事を抜けて来てくださったのでしょう? 有難うございます。それにドレスも」


 と謝辞を述べると、


「いや。気にしなくていい」


 と足を踏んで謝まった時のような態度で返された。

 お礼の言い甲斐がないというかなんというか。


「奥様の買い物に仕事を抜け出てお付き合いくださる旦那様などそうそういらっしゃいませんよ。羨ましいですわ」


 グラディスが微笑む。

 客商売なので流石に上手いこと言う。余計な発言はせずアデレードも愛されている新妻に見えるように笑い返した。


「それで早速ですが、ドレスに関してご希望はありますか? 夜会用に、と小侯爵からお聞きしましたが、色味や形など奥様のお好みを教えてください」

「好みですか……」


 「ない」と答えたら困るだろうな、とアデレードは口篭った。

 ここ数年はレイモンドの好みに合わせたドレスばかり着ていたから、好みなど考えたことはない。

 流行り廃りのないオーソドックスで個性のないドレスだった。

 嫁いでくる時に新調したドレスも母と姉が選んだ物だった。

 ただ一つだけ条件をつけたが。


「青色以外ならなんでもいいです」


 アデレードが言うと、


「青はお嫌いですか? 奥様は色が白いからお似合いになると思いますけれど」


 グラディスが疑問符を浮かべた。

 昔は好んで着ていたが「レイモンド様の瞳の色のドレスを着てくるなんて、迷惑がられているくせに図々しい」とくすくす嘲笑されて以来着なくなった。


「青いドレスにはよい思い出がなくて……」


 アデレードが苦笑いすると、それ以上グラディスが踏み込んでくることはなく、


「承知しました。では、暖色系のお色味にしましょうか。黄色や赤色なんかもきっとお似合いになりますよ。こちらに色見本がありますから」


 とテーブルに置かれた資料を開いた。

 辞典並に分厚い。四角に切られた生地の見本が色ごとに綴られている。


「同じお色味でも生地によってまた違いますからね」


 とグラディスが説明をしてくれるのを聞きながら、昔のことをまた思い出した。

 まだ、なんの憂いもなく好きなドレスを来ていた頃、母親に連れられて行った服飾店で今と同じように沢山の見本地を見せてもらって、あれこれ悩み抜いた。

 ワクワクした気持ちで。いつからこんな風になってしまったのだろう。


「ジョンブリアンなんか綺麗だと思いますよ。このメイズとかもいいですね」


 グラディスが明るい黄色を指して言う。


「派手じゃないですか?」

「そんなことはございませんよ。奥様はお若いですし、肌もお綺麗ですから、明るい色でも燻んで見えたりしませんから」


 そう言われたら素直に納得してしまう。

 輿入れに際してドレスを作ってもらう時も、母と姉が、


「新婚の花嫁が身につけるのだからちょっとくらい華やかにしないと」


 と言っていたけれど、完成したドレスは全部淡い色だった。

 普段地味なドレスばかり着ていたから、あまり濃い派手な色にしては嫌がるかもしれないという配慮だったのだろう。

 どうでもよくて丸投げしていたことが、なんだか申し訳ない気持ちになった。


「だったらそのメイズって色にしてみます」

「畏まりました。では一着目はこちらで、二着目はどう致しましょう?」

「え?」

「小侯爵様から、三着新調するよう承っております」


 来た意味あるのか、というほど空気状態の隣に座っているペイトンを見る。

 ペイトンは、アデレードの視線をどう解釈したのか、


「いや、必要な分だけ買ったらいいが、取り敢えずの話だ」


 と言ってきた。


(誰も何も文句なんかつけてないけど)


「え、いえ、三着も必要ないです」


 この店が有名店であることはジェームスから聞いているし、オーナーデザイナーがわざわざ応対していることを鑑みても、そんなにほいほい注文するような値段のドレスではないだろう。


「夜会に出席せねばならんし、観劇にも行くだろう。最低でも三着くらいは用意する必要がある」


 この男は私が着の身着のまま嫁いできたと思っているのか、とアデレードは閉口した。


「奥様、小侯爵がこう仰っておられるのですし甘えてしまってよろしいのではないですか? 自分の妻を着飾りたいのは男心というものですよ」


 グラディスがペイトンを援護する。

 全然そういうのじゃなく契約的なアレです、と言えば誤解は解けるけど、他人にペラペラ喋ることでもないし、商売人なんだから売れる物は売りたいだろうな、とアデレードは思った。

 別にこっちも買ってくれるなら買ってもらうだけだ、とも。


「旦那様、有難うございます」

「いや、別に……」


 それから、ペイトンはまた無言になった。

 アデレードは、グラディスに勧められた赤と紫の見本地の中から結構悩んで二着目にルージュを三着目にオーキッドを選んだ。
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