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五話 ''元''婚約者の訪れ
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翌朝、何やら様子のおかしな伯爵から客人の接待を申し付けられたミティルニアは急遽、応接室に向かっていた。自室でのんびりと紅茶を楽しんでいた所になんの前触れも無く伝えられたものだから、既に客人は応接室で待っていると言われて驚き焦って向かっている。
マナーぎりぎりの速度で歩き、到着した応接室を数回のノックの後で扉を開く。その向こうに見える姿に一礼をするまでもなく、ミティルニアはその人物に大きく目を見開く。
「でぃ、ディアルガ様…!」
「ああ、ミティルニア。昨日ぶりだな」
思わず大きな声を出してしまい、はぐっと口を噤んだミティルニアを特に気にする様子もなく、ディアルガは至っていつも通りにミティルニアに言葉をかける。それにつられてミティルニアも多少なりとも平常心を取り戻し、へらりと微笑むと一礼をしてから入室する。
「急いで来たのだろう? 伯爵に君に対応を頼みたいと我儘を言ったものだから、すまない」
「いいえ…特に用事もございませんでしたもの。ディアルガ様はどのようなご用向きで?」
本当に申し訳なさそうに謝罪をするディアルガにミティルニアはぶんぶんと手を横に振り、気にしていない旨を伝える。幼少よりの親しい仲ということもあって、昨日の婚約解消による気まずさはあまりないが、何か下手なことを口を滑らせてしまったりしないようにミティルニアは早く本題に入りたかった。
「ああ…母から、商会に関することで手紙を預かっていて、伯爵に手渡して欲しいんだ」
「? 父に、ですか。かしこまりました」
ディアルガが差し出したのは確かにラルドラ侯爵家の印が捺された手紙であったが、ディアルガは先程アーレンフェスト伯爵に直接会ったはずだ。その時に手渡さずに、わざわざミティルニアを呼びつけて彼女を通して手渡せることに疑問を覚えるが、ミティルニアは特に何も言わずにそれを受け取る。
これで要件は終わりなのかと内心ミティルニアが首を傾げているとディアルガは彼らしくなく、何処かそわそわと落ち着かない様子で視界の端でちらりとミティルニアを見る。
「その、それは母が用意した建前で…本当は、君ともう一度話をしてくるようにと言われたんだ。俺自身も少し引っかかることがあって」
「………なんでしょう?」
十中八九、婚約解消の話についてだろうとミティルニアが身構える。それを見てとったディアルガは少しばつの悪そうな表情をすると口を開く。
「言いたくなければ言わなくていい。ただ、俺が知る限りミティルニアは婚約者が居るにも関わらず他の人間に思いを寄せたり、さらにはそれを理由に婚約を解消するなどという不誠実なことはしない人だ。昨日俺に伝えたことは偽りでは無いのか…と、気になってしまってな」
(そんな風に、思っていてくださったのね…)
胸の真ん中あたりがじんわりと温まるような気持ちを覚え、ミティルニアは頬をゆるめる。嘘を看破されたことは決して良い事では無いはずなのに、他でもない想い人であるディアルガに見抜かれたことが、何故か嬉しくて仕方がなかった。
「…申し訳ありませんでした。確かに昨日、ディアルガ様にお伝えしたことは全てではなくても偽りの混ざったものでした」
腰掛けたままの状態で軽く頭を垂れ、謝意を表す。無言で頷いたディアルガが説明を望んでいることを感じ取り、ミティルニアは言葉を続ける。決して、ディアルガに対する恋情を曝け出すことはしないけれど、もう嘘偽りを伝える気にはならなかった。
「想う方がいるのは、本当です…でも、想いを成就させる為に婚約の解消をしたというのは嘘になります。わたくしがこの恋を叶えることは、生涯無いでしょうから」
ミティルニアのその言葉に、ディアルガは息を飲むと少し思案する。
「…では、何故俺との婚約を解消するんだ。叶えるつもりがないのなら、婚約を続けていれば良かったじゃないか」
「わたくし自身が、ディアルガ様に相応しくないと思うからです。貴方様にはもっと素敵な方がいらっしゃるはずですもの」
最もらしいディアルガの言葉にミティルニアは即座に首を横に振る。ディアルガがミティルニアのことを考え、再婚約を感じさせるような言葉をかけてくれることは嬉しく思うが、それに頷くつもりは欠片も無かった。
(わたくしがこれ以上ディアルガ様の近くにいては、必ず貴方に政略以上の感情を望んでしまう…そんな無様で迷惑な存在にはなりたくないのです)
ディアルガの中のミティルニアの像は何時までも小綺麗なままでいて欲しい。恋に身と心を焦がし、相手にまでそれを望んでしまう前に早く離れたかった。
「レディに失礼な質問というのは重々承知の上だが、ならば誰と婚約するつもりだ。俺ではなく、他の誰と…」
ディアルガも、自身でもよく分からない感情に押されて握った拳を震わせながら常よりも数段低い声で問いかける。ミティルニアはそんなディアルガの様子に少しだけ怯むが、すぐさま持ち直してその小さな唇を開いた。
「………父の決める方と」
その答えを聞いた途端、押さえつけていた感情が溢れ出したように抑えが効かず、普段幼い頃より感情に支配されることなどなかったディアルガが初めて荒れる感情のままに席を立ち、乱暴な所作で扉へ向かう。
「そうか! …ではもう要件も済んだことだ。帰るとしよう、見送りは不要だ」
そう吐き捨てるように言い残して去っていってしまうディアルガにミティルニアは思わず行かないで、と言ってしまいそうになるが、既の所で口を抑え、黙ってその後ろ姿を見送った。
マナーぎりぎりの速度で歩き、到着した応接室を数回のノックの後で扉を開く。その向こうに見える姿に一礼をするまでもなく、ミティルニアはその人物に大きく目を見開く。
「でぃ、ディアルガ様…!」
「ああ、ミティルニア。昨日ぶりだな」
思わず大きな声を出してしまい、はぐっと口を噤んだミティルニアを特に気にする様子もなく、ディアルガは至っていつも通りにミティルニアに言葉をかける。それにつられてミティルニアも多少なりとも平常心を取り戻し、へらりと微笑むと一礼をしてから入室する。
「急いで来たのだろう? 伯爵に君に対応を頼みたいと我儘を言ったものだから、すまない」
「いいえ…特に用事もございませんでしたもの。ディアルガ様はどのようなご用向きで?」
本当に申し訳なさそうに謝罪をするディアルガにミティルニアはぶんぶんと手を横に振り、気にしていない旨を伝える。幼少よりの親しい仲ということもあって、昨日の婚約解消による気まずさはあまりないが、何か下手なことを口を滑らせてしまったりしないようにミティルニアは早く本題に入りたかった。
「ああ…母から、商会に関することで手紙を預かっていて、伯爵に手渡して欲しいんだ」
「? 父に、ですか。かしこまりました」
ディアルガが差し出したのは確かにラルドラ侯爵家の印が捺された手紙であったが、ディアルガは先程アーレンフェスト伯爵に直接会ったはずだ。その時に手渡さずに、わざわざミティルニアを呼びつけて彼女を通して手渡せることに疑問を覚えるが、ミティルニアは特に何も言わずにそれを受け取る。
これで要件は終わりなのかと内心ミティルニアが首を傾げているとディアルガは彼らしくなく、何処かそわそわと落ち着かない様子で視界の端でちらりとミティルニアを見る。
「その、それは母が用意した建前で…本当は、君ともう一度話をしてくるようにと言われたんだ。俺自身も少し引っかかることがあって」
「………なんでしょう?」
十中八九、婚約解消の話についてだろうとミティルニアが身構える。それを見てとったディアルガは少しばつの悪そうな表情をすると口を開く。
「言いたくなければ言わなくていい。ただ、俺が知る限りミティルニアは婚約者が居るにも関わらず他の人間に思いを寄せたり、さらにはそれを理由に婚約を解消するなどという不誠実なことはしない人だ。昨日俺に伝えたことは偽りでは無いのか…と、気になってしまってな」
(そんな風に、思っていてくださったのね…)
胸の真ん中あたりがじんわりと温まるような気持ちを覚え、ミティルニアは頬をゆるめる。嘘を看破されたことは決して良い事では無いはずなのに、他でもない想い人であるディアルガに見抜かれたことが、何故か嬉しくて仕方がなかった。
「…申し訳ありませんでした。確かに昨日、ディアルガ様にお伝えしたことは全てではなくても偽りの混ざったものでした」
腰掛けたままの状態で軽く頭を垂れ、謝意を表す。無言で頷いたディアルガが説明を望んでいることを感じ取り、ミティルニアは言葉を続ける。決して、ディアルガに対する恋情を曝け出すことはしないけれど、もう嘘偽りを伝える気にはならなかった。
「想う方がいるのは、本当です…でも、想いを成就させる為に婚約の解消をしたというのは嘘になります。わたくしがこの恋を叶えることは、生涯無いでしょうから」
ミティルニアのその言葉に、ディアルガは息を飲むと少し思案する。
「…では、何故俺との婚約を解消するんだ。叶えるつもりがないのなら、婚約を続けていれば良かったじゃないか」
「わたくし自身が、ディアルガ様に相応しくないと思うからです。貴方様にはもっと素敵な方がいらっしゃるはずですもの」
最もらしいディアルガの言葉にミティルニアは即座に首を横に振る。ディアルガがミティルニアのことを考え、再婚約を感じさせるような言葉をかけてくれることは嬉しく思うが、それに頷くつもりは欠片も無かった。
(わたくしがこれ以上ディアルガ様の近くにいては、必ず貴方に政略以上の感情を望んでしまう…そんな無様で迷惑な存在にはなりたくないのです)
ディアルガの中のミティルニアの像は何時までも小綺麗なままでいて欲しい。恋に身と心を焦がし、相手にまでそれを望んでしまう前に早く離れたかった。
「レディに失礼な質問というのは重々承知の上だが、ならば誰と婚約するつもりだ。俺ではなく、他の誰と…」
ディアルガも、自身でもよく分からない感情に押されて握った拳を震わせながら常よりも数段低い声で問いかける。ミティルニアはそんなディアルガの様子に少しだけ怯むが、すぐさま持ち直してその小さな唇を開いた。
「………父の決める方と」
その答えを聞いた途端、押さえつけていた感情が溢れ出したように抑えが効かず、普段幼い頃より感情に支配されることなどなかったディアルガが初めて荒れる感情のままに席を立ち、乱暴な所作で扉へ向かう。
「そうか! …ではもう要件も済んだことだ。帰るとしよう、見送りは不要だ」
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