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四話 ミティルニアと父
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一方、ほぼ同時刻にアーレンフェスト伯爵家では当主の執務が行われる一室で重苦しい雰囲気に包まれてミティルニアとその父、アーレンフェスト伯爵が言葉を交わしていた。
「お父様、お約束通り昨日のうちに婚約を解消して参りました」
特に何の感情も篭っていないように聞こえる硬い声音でミティルニアはまるで政務連絡をするかのように婚約解消を父に伝える。
それを聞いた伯爵も、大した感慨もなくその言葉に頷く。
「…そうか。本当にやるとはな、お前の頑固さも誰に似たのだか…それで、そうまでする『恋愛結婚』とやらができなかった場合は私の言う通りの相手と婚約を結び、婚姻すると言っていたがそれに変わりはないな?」
「はい。わたくしが、ディアルガ様に再び婚約を申し込んでいただけなかった場合にはどのような方がお相手でも慎んでお受け致します」
伯爵の言葉にミティルニアがこくりと頷く。一見すれば、無感動にそうしているように見えるがしかし、よくよく見てみればミティルニアの白く細い腕は微かに震えていた。
「ふん…では、精々努力するがいい。もう用は無いな? 出て行け」
「はい。失礼致します、お父様」
ミティルニアが震えているのに気が付いているのかいないのか、どちらかは分からないが伯爵は特に娘を気遣うような言葉をかけるわけでもなく、冷たい視線と命令を告げる。
それを受けたミティルニアは小さく膝を折って礼をし、執務室を退出する。しかし、分厚い扉を閉めた瞬間に強ばっていた身体中から力がどっと抜け、思わずそのまま床に座り込んでしまう。廊下に控えていた侍女や執事がミティルニアの行動に驚き焦って駆け寄るが周囲の目を気にする余裕は今の彼女にはなかった。
「ぅううう、怖かったぁ…!」
それを零れさせることはないが、ミティルニアのはちみつ色の瞳はじわりと涙に濡れて透き通るような肌はほんのりと薔薇色に染っている。入室する前から身体を強ばらせて緊張に微かに震えていたミティルニアを見送った彼女の専属侍女はゆっくりとそのほっそりとした腰を支えて立ち上がらせる。
「お嬢様、大丈夫ですか? 」
「っ、うん…でも、絶対に呆れられてしまったわ。せっかく婚約していたのに、それを解消してしまうだなんて…駄目な娘と思われて」
収まり始めた涙がまたじわりじわりと滲み出したことに慌てて侍女は励ましの言葉をかける。
「まあそんな。お嬢様の初めての我儘じゃありませんか、旦那様も内心ではきっと応援されていらっしゃいますわ」
「……ありがとう」
(──ごめんなさい。ディアルガ様に振り向いて頂こうなんて、ほんとうは思っていないのよ。そんなの、不可能だもの)
ふわりと浮いた仄暗い気持ちに気付かれないよう蓋をして、ミティルニアはなんでもないように明るく振る舞う。彼女が欲しいのは、ディアルガを振り向かせる機会ではなく、他の誰かに嫁ぐ覚悟を決める時間なのだ。
「お父様、お約束通り昨日のうちに婚約を解消して参りました」
特に何の感情も篭っていないように聞こえる硬い声音でミティルニアはまるで政務連絡をするかのように婚約解消を父に伝える。
それを聞いた伯爵も、大した感慨もなくその言葉に頷く。
「…そうか。本当にやるとはな、お前の頑固さも誰に似たのだか…それで、そうまでする『恋愛結婚』とやらができなかった場合は私の言う通りの相手と婚約を結び、婚姻すると言っていたがそれに変わりはないな?」
「はい。わたくしが、ディアルガ様に再び婚約を申し込んでいただけなかった場合にはどのような方がお相手でも慎んでお受け致します」
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「ふん…では、精々努力するがいい。もう用は無いな? 出て行け」
「はい。失礼致します、お父様」
ミティルニアが震えているのに気が付いているのかいないのか、どちらかは分からないが伯爵は特に娘を気遣うような言葉をかけるわけでもなく、冷たい視線と命令を告げる。
それを受けたミティルニアは小さく膝を折って礼をし、執務室を退出する。しかし、分厚い扉を閉めた瞬間に強ばっていた身体中から力がどっと抜け、思わずそのまま床に座り込んでしまう。廊下に控えていた侍女や執事がミティルニアの行動に驚き焦って駆け寄るが周囲の目を気にする余裕は今の彼女にはなかった。
「ぅううう、怖かったぁ…!」
それを零れさせることはないが、ミティルニアのはちみつ色の瞳はじわりと涙に濡れて透き通るような肌はほんのりと薔薇色に染っている。入室する前から身体を強ばらせて緊張に微かに震えていたミティルニアを見送った彼女の専属侍女はゆっくりとそのほっそりとした腰を支えて立ち上がらせる。
「お嬢様、大丈夫ですか? 」
「っ、うん…でも、絶対に呆れられてしまったわ。せっかく婚約していたのに、それを解消してしまうだなんて…駄目な娘と思われて」
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「まあそんな。お嬢様の初めての我儘じゃありませんか、旦那様も内心ではきっと応援されていらっしゃいますわ」
「……ありがとう」
(──ごめんなさい。ディアルガ様に振り向いて頂こうなんて、ほんとうは思っていないのよ。そんなの、不可能だもの)
ふわりと浮いた仄暗い気持ちに気付かれないよう蓋をして、ミティルニアはなんでもないように明るく振る舞う。彼女が欲しいのは、ディアルガを振り向かせる機会ではなく、他の誰かに嫁ぐ覚悟を決める時間なのだ。
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