【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

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13話 王太子の訪問と人知れぬ苦悩

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「これが、大陸の極北のアザンダ王国独自の薬草、ヒュロ草なのですか…!? この目で見られるとは思っておりませんでしたの…王太子殿下、ありがとうございます。」

興奮から頬を薄く染めて、手に持つヒュロ草をしげしげと眺めながら極上の笑みで礼を言うティアルーナにルードルフは顔色を変えないままではあるものの、その耳をトマトと見紛う程に真っ赤にして一見すれば優しげに見える笑顔で首を振る。

ティアルーナとルードルフがこうして三日に一度、公爵邸で茶会を開いて会っているのは対外に向けた王家と公爵家の婚約は継続される、というアピールのためであった。実際は、時を見計らって婚約は解消されるため会ったという事実さえあれば、中身の意味が問われない茶会であるはずだったのに、ルードルフはティアルーナが目覚めてからというものこの茶会が楽しみで仕方がなかった。

「…これは、ヒュロ草の種子だ。君が倒れていた為、誕生の日の贈り物が出来なかっただろう。この種はあの国でないと芽吹かないし、本当にこれで良いのか疑問だが…受け取ってくれ。」

「まあ…種子まで? なんとお礼を申し上げればよろしいのか、言葉を尽くしても足りません! …王太子殿下、この贈り物にとても叶うものではありませんが、私に出来ることがございましたらどのような事でもお申し付けくださいませね。」

絹でできた上質な袋に入った沢山の種子を見て、ティアルーナは瞳を輝かせる。数日前に王太子ルードルフが訪問してきた際に、誕生の日を祝う贈り物は何が良いかと聞かれ、ティアルーナは迷うことなくヒュロ草が見てみたいと口にしたのだ。その時の目を見開いて驚いた表情のルードルフは大変珍しく、初めて見たというのは公爵家のメイドから聞いた話だ。

「…今でも構わないか?」

「ええ、勿論です。何を致しましょう?」

貰いすぎてしまった贈り物の恩をすぐに返せることを思い、ティアルーナは袋を持つ手とは反対の右手を胸に当てるとやる気に溢れていることを表すように、にっこりと微笑む。

「呼び方を、改めては貰えないだろうか。婚約者なのだから、ルードルフと…名前で呼んで欲しい。」

「宜しいのですか? 時期を見て婚約解消と聞きましたし、私は覚えておりませんが以前もこう呼ばせていただいていたと聞いておりますわ。」

「……前とは、違うんだ。」

ルードルフの頼みを聞いた時、ティアルーナはきょとんとした表情を浮かべていた。そんなもの、御礼にもならないばかりかそう願う理由が全くわからなかったのだ。彼女の言う通り、ルードルフとティアルーナの婚約は水面下で婚約解消の準備が着々と進められており落ち着き次第すぐさま解消される。名前で呼べると言っても婚約が正式に解消されるまでの短い間だけ。けれど、ティアルーナはルードルフが恐らくそれらを承知の上でそう願ってくれたことがとても嬉しかった。

「問題がないのでしたら是非、そう呼ばせて頂きたいですわ。…不敬かもしれませんけれど私、ルードルフ様は初めてのお友達のように感じておりますもの。」

なぜなら、ティアルーナにとってルードルフは家族とはまた違うそれなりに親しく話が出来る、まるで''友達’’のような存在だと認識していたからにほかならない。ルードルフにも準友人くらいには想って貰えていたのだと考えると、胸が満たされるような不思議とふわふわする気分になった。その気持ちを表すかのように彼女がふんわりと柔らかく、かつ可愛らしい極上の笑みを浮かべる。
しかし、一方ルードルフの心境はそう穏やかなものではなかった。本人にそのようなつもりは無いだろうが、言外に異性として全く見ていないと宣言されたも同然なのだ。かなりの衝撃とショックから数秒ばかり固まっていたルードルフだったが、ふと部屋の隅から声が聞こえたような気がして、視線を送ればティアルーナの侍女であり、公爵夫妻とティアルーナが今のように仲睦まじくなる前までルードルフの訪問を尽く邪魔してきたメアリが堪えきれないといったふうで肩を震わせていた。

「んふ…っ!」

偶に地獄耳と陰口を叩かれる程の耳の良さでもって、笑いを堪えられなかった為に漏れたメアリの吐息のような笑い声をルードルフは聞き届けると、ぎろりとティアルーナに気が付かれぬよう少しばかりメアリを睨んだ。最も、メアリはそれさえも愉快と言わんばかりに笑い続けていたが。

(以前は、微かでも想いを寄せていてくれたというのにあの時、僕は一体何をしていたんだ…)

ルードルフは人知れず、小さくため息を吐いた。
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