虚構の国のアリス達

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
10 / 31

<第十話・おいでませ、深淵の淵>

しおりを挟む
「かくれんぼで遊ぶと、人が一番探すのは何処だと思う?」

 地図に描かれていた“スタート地点”は、理科室。有純達の小学校では、理科室は一階にある。正直、あまり夜に来たいような場所ではなかった。今時の学校にどれだけ“学園の七不思議”なるものがあるかは定かではないが、あるとすればまず理科室はその舞台として選ばれるものなのではないだろうか。特に、人体模型は真夜中に勝手に動き出すだの、本来作り物であるはずの内臓が本物に置き換わっているだのというのは非常に“評判”であるところである。

「人間は誰だってついつい、自分の目線を中心にものを考える。誰だって、自分より背の高い場所や、逆に極端に低い場所というのは目が向かないものなんだ」
「確かにそうかも。……前に友達とかくれんぼしたら、全然見つからなかったことあったしな。俺、普通に木の上に上ってただけだったってのに。丸見えだったのにみーんなこっちを見ねぇんだ」
「だろう?子供は背が低いから特に、自分の足元とか物陰とかばかり見て、上に視線を向けないことが多い」

 夏騎の言う通りだった。有純はかくれんぼをするといつも見つからない、とよく言われたものである。実際は、みんなが上れないような高い場所に上るのが得意だったという、それだけのことなのだが。

「じゃあ大人の盲点はどこかというと。……まあ、ここだな」

 理科室は鍵がかかっているはず。夏騎はどうするのかと思いきや――なんと、下の出窓部分ががらりと開いたではないか。

「昼間、鍵が開いているうちにしのびこんで、内側からここの鍵を開いておいたんだ」
「さすが」
「ドアの鍵と窓の鍵をかければ問題ないと思い込むんだよな、大人は。こういう低い場所にある廊下側の窓は、施錠を怠りがちだ。開いていても気づかない。ここからなら入れるだろ」
「うん」

 幸い、廊下側には椅子もさほど積み上げられていない。下の出窓からしゃがんで中に入ることは十分可能だった。残念ながら有純の方が身体が大きいので、少し腰がつっかかりそうになってしまうこともあったわけだが。

――暗いなあ……。外から月明かりは入ってくるけど、中の様子なんかうっすらとしか見えないや……。

 幽霊の類は、そこまで苦手なわけじゃない。多分可もなく不可もなく、な程度だろうと有純は自覚している。特に新しいクラスになってからは、美桜がやたらとオバケが苦手で騒ぎがちなので、有純が多少ビビっても全く目立たなかったというのが正しい。美桜ほどではないが、夢もかなりの怖がりであったという自覚がある。有純が苦手なのはどっちかといえば、幽霊よりも突然顔面に飛来してくるブラックなGの方だった。

「電気はつけられないな。つけたら一発で職員室の先生にバレる」
「で、ですよねー……」

 そのための懐中電灯だもんな、と腹を括るしかない。そこそこ古い学校だ。どこぞの怪談映画のように木造校舎で、全体がギシギシ鳴るという恐怖はないけれど、それでも普段から生徒が頻繁に掃除する教室と比べると、少々掃除の頻度が落ちる理科室は埃っぽさを感じる。ブラックなGは夜の方が動き回っていることが多いという話を思い出してしまい、有純は思わず身震いをした。さすがにこの状況で遭遇したら、恥の外聞もなく叫んでしまう予感しかしない。
 そして同時に――悪霊なんてものが本当にいるのなら呪われるかもしれない、という嬉しくもない事前情報も、若干有純をビビらせているのは事実だった。港少年の評判を聞く限り悪い人物でなかったのは間違いないようだが、それでも夏騎の理論で行くのなら、生前良い人物であったかどうかは祟る祟らないに関係ないという。
 この行動はその港少年が遺した遺書、地図に基づいたもの。ならばそうそう、祟る対象にはならないはずと信じたいが。

「此処がスタート地点、って地図には確かに書いてあるけど、一体ここからどうやって次の場所に行けばいいんだ?俺も家で地図見て考えたけど、全然意味がわかんなかったぞ」

 ランドセルから地図を取り出し、懐中電灯で照らして確認する。そういう行動をしつつも、理科室の外への警戒は怠らない。電気をつけるよりは見回りにバレにくいとはいえ、懐中電灯の光も外から覗けば十分目立つ。気づかれないように、細心の注意は払わなければならない。

「それに、一体こんな地図まで残して、港は何を俺達に見つけてほしがってたんだ?夏騎は、宝物の正体ってやつに見当がついているのか?」
「さあ」
「さあ、って……」
「想像がつく気もするし、つかない気もする。その正体については、憶測の段階でものを言っても仕方ない。俺達がその地図にある“ゴール”まで辿りつけばそれで十分なはずだろ」
「そりゃあ、そうだけど……」

 こいつはまだ何か隠し事をしようというのだろうか。なんだか、有純としては面白くない。抱え込まないで欲しいと、さっき自分ははっきり彼に伝えたつもりであるというのに。
 そもそも、不登校の間ほとんど連絡を絶っていたのは自分のワガママと言っていたが、それはどういうことなのだろう。まさか、本当にそれが有純の為だったとでもいうのだろうか。有純は他のクラスだし、いくらなんでも“狼”の役が有純に飛ぶようなことはないと思うのだが――。

――って、思うのは俺がまだ……本当にヤバイいじめってヤツを見かけたことがないから、なのかな。

 “狼”を押し付けられた人間は、一人や二人ではなかったという。順繰りに、女王様の気に食わない生徒が標的にされていったというではないか。ということはつまり人間の心理としては――いかに自分が標的にされないように立ち回るか、を全力で考えるようになるものであるはずである。
 それは裏を返せば、いかにして自分以外の人間に“狼”を押し付けるか、ということ。
 いじめの加害者以外の生徒達の間でも、水面下でそういった攻防が日常的に行われるようになっていたとしたら。想像するだけで背筋が凍りそうだ。控えめに言って、地獄だろう。今隣で笑っている友人さえ信じられなくなってしまう時が来るかもしれない。自分が標的にされないために、どうやってうまく立ち回り、女王陛下の機嫌を損ねず誰かに恨まれないポジションに収まるか。そして、その場所にいた誰かを蹴落とす作業を行うか。
 それがおかしい、と声をあげられる人間などいなかったのだろう。いたとしたらそういう者は真っ先に目立ち、狼の役を満場一致で押し付けられるだろうことは想像に難くない。一体何を間違えたら、クラスがそんな状態まで泥沼化していくのだろうか。確かにその女王様な少女は、非常に悪どい人間であったと見て間違いないのだろうが。事件の原因は、果たしてそれだけで片付けられるものなのか。

――もし、そんなクラスになってしまったら。俺だったら一体……何ができたんだろう。

「……ここがスタート地点なのは、わかるんだけど」

 夏騎は地図を見、置かれた人体模型を睨んで頭をひねっている。

「ここから先にどう進むべきか、だな。人体模型が鍵だというのは想像がつくけども」
「何でそう思うんだよ、夏騎」
「決まってる。地図には“理科室”と“人体模型”としか書いてない。キーワードじゃなかったらわざわざ表記しないだろ」

 言われてみればその通りだ。有純は恐る恐る、学校の怪談では主役を張ることも少なくない模型を下から見上げる。小学生の女子としてはかなり長身であるはずの有純でさえ見上げるほど背が高い。2mくらいあるように見える。多分、生徒に内臓の位置などをはっきり見えやすくし、説明しやすくできるように大きめに作ってあるのだろう。

――まさか、動き出したりしないよなあ……?

 まじまじと観察したいものではない。なんで準備室じゃなくて理科室の方に置いてあるんだよ、なんてこともつっこんではいけないのだろう。多分どこかの学年では、丁度人体の仕組みについてでも勉強していて、出しっぱなしにしてあるのだきっと。いや、そもそも地図に描いてあるのだから、出しっぱなしにしたとしたら港が自殺する前から、ということになるのだろうか。
 幼い頃見た映画を思い出してしまう。人体模型に襲われたと思ったら、内臓が本物になっていて――間近でグロテスクな内臓がどくどくと脈を打つ様を見てしまい、悲鳴を上げるというシーンがあったのだ。あれは子供心に意識が遠くなったものである。怖い話への耐性は並程度だが、グロテスク耐性はその限りではないのだ。

――う、うん。本物の内臓に変わってるなんでことはない!みんなプラスチック……。

「ひいい!」
「!?どうした、有純」

 思わず引きつった悲鳴を上げてしまった。人体模型の腹部あたりに、何かもぞりと動くものを見つけてしまったためである。
 それが、内臓か虫のようで、昔見た映画とダブって目の前が真っ白になったのだ。思わず尻餅をついて、そちらを指差す有純。

「じ、じ、じんたい、もけ……何か、なんか動っ……」

 そんな有純の様子を見て、訝しげに眉をひそめると――夏騎は立ち上がった。有純がぶるぶる震える指で指し示す方向をじっと見つめる。そして、そろそろと人体模型に近づいていく。

「き、気をつけて夏騎い……!」

 我ながらみっともない声だと思うが、状況が状況なのだから許して欲しい。いや、そもそも尻餅をついた拍子にうっかりチビらなかった自分を誰か褒めて欲しいくらいである。

「これ……!」

 やがて人体模型の大腸のあたりを覗き込んだ夏騎が、徐にそのプラスチックの臓器の中に指を突っ込んでいた。再度悲鳴を上げそうになり、思わず口元を抑える有純。何でそんなに度胸があるんだ、と思う。夜中の人体模型が全く怖くないなんて、正直どうかしているような気がしてしまうのだが。

「有純」
「な、な、何……何……!?」
「ビビリすぎ。落ち着け。内臓が動いたわけでもなければ虫が動いたわけでもないんだから。……棚の中から、マッチとアルコールランプ出してくれない?ボロなうちのガッコならまだあるだろ。もしくはガスバーナー」
「え」

 マッチとアルコールランプ?ガスバーナー?予想外のキーワードにきょとんとする有純に、夏騎は取り出した何かを掲げて見せた。

「風で揺れたんだよ、挟まってたこれが」

 それは、一枚のメモ帳サイズの紙切れだ。

「うっすら何か書いた形跡がある。炙り出しで文字が出るかもしれない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...