12 / 31
<第十二話・遺書に残された謎>
しおりを挟む
下の戸棚は、簡単に開けることができた。元々鍵のかかるような構造ではないし、前に物が置いてあって邪魔をしているということもなかった為である。
問題は――がらりと開いたが、真っ暗で何も見えなかったということだろうか。
「……へ?」
有純は思わず中を覗き込み、懐中電灯で照らした。が。
「……どういうこと?ただの棚、だよな?何でこんなに真っ暗、なんだ?」
戸棚の広さが、そこまで広く深いものであるはずがない。にも関わらず、中をどれだけ照らしても壁がない。何も照らし出されない。物が入っているわけでもなく、逆に何も入っていない戸棚ではなく――それこそ奇妙なほど、ぽっかりと黒い穴が開いているだけなのだ。
「……何だこれは。戸棚の中に、穴がある?いやこれは……通路、か?」
「え?」
「棚をブチ抜いて、通路があるんだこれ。この部屋の向こうに……どこかに繋がってるように見えるけど。そんな馬鹿な、ここは学校で、ただの理科準備室だぞ……?」
夏騎が唖然としたように呟く。かろうじて、床部分には明かりが反射してくる。中に入ったら即落下、という構造でないことだけは確かだ。ただし、戸棚の奥がどこに繋がっているのかは全くわからない。ぱっと覗いて見える範囲に、出口がないことだけは明白だ。
秘密の通路。当たり前のように、その単語が有純の中に浮かび上がった。
「……ちょっと気になったことがあるんだけどさ」
此処に入っていいものかどうか。それも問題だが、それ以前にもう一つ、有純としては引っかかっていることがある。このままだとそれをうっかりスルーして先に行ってしまうことになりそうだ。
「あの、小倉港の遺書って……原本は、警察か先生か誰かに回収されちゃった、であってるよな?」
「多分だけどな」
「じゃあさ、俺達と同じ行動を、大人が先にしていると考えるのが自然じゃないか?少なくとも理科室に来るまでは、大人にも簡単に出来たと思うんだよ。なのになんで、人体模型に紙が挟まったまんまになってたんだ?」
そうだ、そこが妙だったのである。警察あたりが港の死んだ原因を真剣に調べようとしたのなら、あの遺書の指し示すものが何であるのか調査するのは当然だ。なら、あの人体模型に挟まっていた紙くらいは簡単に見つけられているはずなのである。
だが、紙は挟まったままになっていて、しかも文字が炙り出しされていない状態だった。つまり、誰かに使われた形跡などないということである。警察が調査済みなら、仮に紙を戻したとしても炙り出し済みになっていなければおかしいし――そもそも、紙を元に戻しておく必要がない。
「あの紙さ。……本当に港が用意したものなのか?誰かにすり替えられた後って可能性は、ないよな?」
有純が真剣にそう尋ねれば、夏騎は目をぱちくりさせた。そして。
「凄い」
いつも通り、あっさりと言ってのけるのだ。
「有純が鋭い事を言った。大変だ、明日は台風が来るんじゃないのか」
「ちょっと夏騎さん?失礼がすぎるんじゃないですかね?悪いこと言うクチはこれですか?ええっとこれですかあ!?」
「痛い痛い痛い痛い!」
ものすごくドストレートに馬鹿にしてくれた夏騎に、思わず有純は流れるように首を固めていた。そしてほっぺをひっぱってムニムニーの系である。男の子だし痩せているけれど、夏騎の頬はふにふにと餅肌で柔らかい。とってもよく伸びる。涙目になってちょっと可愛いからって容赦などしてあげないのだ、人を馬鹿にするとどうなるかを知ればいいのだ!
「……有純の馬鹿力でそういうことをすると死人が出る。マジで、やめてほしい……」
少しげっそりした後、夏騎は告げた。
「すり替えられた後である可能性。そもそも遺書が偽である可能性。そのあたりも考えた。有純の言う通り、警察があの紙を調査してないのはおかしいし、それがそのまま残っているっていうのはあまりにも不自然だ。だったら、誰かにすり替えられたと思うのもわからない話じゃない。……でも、俺はその可能性も低いと思ってる」
「何でさ?」
「簡単だ。何故そんなことをする必要がある?港が自殺すれば、遺書がすぐに警察に回収されるだろうなんてこと誰にだってわかってるはず。つまり、アレを見るのも本来なら警察だけのはず。そして、警察が調査した後で誰かが偶然見に来る可能性がどれだけ低いと思う?今回俺達が此処にいるのは、文字通りお前の友達が“たまたま”遺書をコピーしていたからってだけじゃないのか」
「あ」
それは、確かにその通りかもしれない。遺書のメモがそのまま残っているのはおかしい、ならすり替えられたかもしれない――と安易に考えてしまっていたが。すり替えるならそれは“後にやってくる誰かを欺く為”以外に有り得ない。ただ、じゃあそれは誰を標的にしているのだ?という話だ。警察が調査した後で調べに来る誰かがいると、想定できることがまずおかしい。普通はそこで終わり、誰も見に来ることなどないはず。
確かに人体模型は普通に理科室に置いてあるし、遺書を知らない無関係の人間がたまたまメモだけ見つける可能性もゼロではなかっただろうが――。
「強いてその可能性がある人物を挙げるなら……この遺書そのものをすり替えて、あるいは捏造してお前に渡した奴だろう」
夏騎の言葉にピンと来た。彼が誰を疑っているのかわかったからだ。
「……夢のこと、疑ってんのかよ?」
「あくまで現実的な理由と可能性の話をしている。そもそも俺達が此処に来るように誘導したのは相田夢だ。この遺書が、相田夢が作ったものであり、小倉港のものではない可能性はゼロではないと思ってる。……大前提として言っておくなら、俺はお前に対しては一定の信頼があっても、他の人間までそういうわけじゃない。そもそも、相田夢とは今年初めて同じクラスになったんだ。少しばかり話をしたことのあるだけの相手を、そう簡単に信用しろなんて無理な話だと思わないか?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど……!」
いくらなんでもそれはあんまりだ、と思ってしまう自分は盲信がすぎるのだろうか。確かに、それを言ったら有純だって夢との付き合いは今年に入ってからである。美桜と仲良しの、美桜よりも大人しい印象の夢。でも二人とも誠実で素直、優しくて話しやすい少女だった。女の子だけれど、男の子っぽい趣味趣向にも興味を示してくれたというのも大きい。
夢に関して、知っていることなんてその程度のものであるのは事実。けれど、有純は彼女がそんな、無意味に人を騙すような人間であるとは到底思えない。
「勘違いしているようだけど、俺は何も“相田夢が遺書を捏造した”と決め付けているわけでもないし、仮にそうだとしても“相田夢が悪意を持って俺達を誘導した”と決め付けているわけでもないからな?」
顔を顰める有純に、夏騎は釘を刺してきた。
「仮に捏造であっても、それが港の指示であった可能性もあるし……相田夢本人が、誰かを助けたいなどの事情があって遺書を作った可能性も十分ある。そもそも、俺が言っているのはあくまで“何者かがすり替えたと仮定するならその最大の容疑者は相田夢だ”と言っているだけであって、すり替えそのものが起きてないということも十分考えられると思っている」
「すり替えが起きてないなら、なんでメモはそのまま残ってたんだよ?警察がアレを見つけられなかったとでも?」
「それもなくはない、と思ってるんだ」
「はあ!?なくはないって……」
「悪いけどこれ以上は不確定なことが多すぎて何とも言えない。それこそ、超常現象などが理由で、あんな簡単な遺書が大人には読み解けなかったかもしれない……なんて可能性も視野に入れたらキリがないレベルだと思わないか?推理の大前提が破綻するだろう」
間違ってはいない。夏騎が言うことは間違っていないが――なんとなく、納得がいかない有純である。
超常現象が起きて、遺書が大人には読み解けない状態になっていた、なんて。まさかそんなオカルトを、夏騎は本気で信じているのだろうか。
確かに、まるで港の呪いのような悲惨な事故で、女王だった市川美亜は未だに入院するハメになっているわけだが。
「ただ、一つ確かなことは。すり替えが起きていても起きていなくても……実際にあの遺書とメモは誰かの手によって用意されたものであることに違いはなく、それが紛れもない誰かの意思であることも確実だってことだ」
再び、抜け道を覗き込む夏騎。思ったより広いな、と呟く声がやや反響して聞こえる。
「ランドセルを下ろせば、お前でも四つん這いで入れるだろう。俺が先に入るから、お前は懐中電灯で照らしつつ後からついてこい」
「ちょ、ちょっと夏騎それは……!」
本当に入るつもりなのか、危なくはないのか、というか正直怖くなってきたんだけど――なんてこと、言える筈もない。中途半端に口ごもらせる有純の顔を夏騎はじっと見て、ああ、と得心したように手を叩いた。
「先に入りたいのか?」
「何でそういう結論になるのか聞いてもいい?」
「だって躊躇っているみたいだったから。でも先に入るのはおすすめしない。危ないかもしれないし、それに」
「それに?」
「万が一急に有純が立ち止まったら、有純の尻に俺の頭が激突することになるんだが、それでもいいのか?俺は嫌だ」
「セクハラかよ!そして嫌なのかよ!」
わかっていたが、こいつは頭はいいのにどこまで天然なんだろうか。思わず思い切りツッコミの要領で夏騎の頭をはたいてしまった。やっぱり痛い、としょんぼりしているがそんなこと知ったこっちゃないのである。斜め上の答えばっかり返してくる方が悪いのだ。
というか、自分はツッコミではないと言いたい。むしろ誰かさん相手にツッコミ役など定着したら圧倒言う間に倒れるわと叫びたいところである。
「いいからお前先に行きたいなら行けよバカァ!」
結局、そんなコメディのようなノリのままぐいぐいと夏騎の肩を押すことになったのだった。夏騎も最初からそのつもりであるらしく、特に抵抗する様子もなくランドセルを下ろして暗闇の中へと身体を潜らせていく。
もしかしたら、これが誰かの手による悪意ある罠かもしれないのに、どうしてそんなに躊躇いがないのだろう。怖いと思わないのだろう。
その勇敢さが羨ましいと同時に、酷く不安になる有純である。
――もうちょっと、慎重に動けよ馬鹿。……それと、心配してくれてるってなら、もうちょい言葉選べよな、まったく。
なお、夏騎に先に行って貰った結果――目の前に夏騎の綺麗なお尻を見続けるハメになり、有純の方が赤面することになったのはここだけの話である。
問題は――がらりと開いたが、真っ暗で何も見えなかったということだろうか。
「……へ?」
有純は思わず中を覗き込み、懐中電灯で照らした。が。
「……どういうこと?ただの棚、だよな?何でこんなに真っ暗、なんだ?」
戸棚の広さが、そこまで広く深いものであるはずがない。にも関わらず、中をどれだけ照らしても壁がない。何も照らし出されない。物が入っているわけでもなく、逆に何も入っていない戸棚ではなく――それこそ奇妙なほど、ぽっかりと黒い穴が開いているだけなのだ。
「……何だこれは。戸棚の中に、穴がある?いやこれは……通路、か?」
「え?」
「棚をブチ抜いて、通路があるんだこれ。この部屋の向こうに……どこかに繋がってるように見えるけど。そんな馬鹿な、ここは学校で、ただの理科準備室だぞ……?」
夏騎が唖然としたように呟く。かろうじて、床部分には明かりが反射してくる。中に入ったら即落下、という構造でないことだけは確かだ。ただし、戸棚の奥がどこに繋がっているのかは全くわからない。ぱっと覗いて見える範囲に、出口がないことだけは明白だ。
秘密の通路。当たり前のように、その単語が有純の中に浮かび上がった。
「……ちょっと気になったことがあるんだけどさ」
此処に入っていいものかどうか。それも問題だが、それ以前にもう一つ、有純としては引っかかっていることがある。このままだとそれをうっかりスルーして先に行ってしまうことになりそうだ。
「あの、小倉港の遺書って……原本は、警察か先生か誰かに回収されちゃった、であってるよな?」
「多分だけどな」
「じゃあさ、俺達と同じ行動を、大人が先にしていると考えるのが自然じゃないか?少なくとも理科室に来るまでは、大人にも簡単に出来たと思うんだよ。なのになんで、人体模型に紙が挟まったまんまになってたんだ?」
そうだ、そこが妙だったのである。警察あたりが港の死んだ原因を真剣に調べようとしたのなら、あの遺書の指し示すものが何であるのか調査するのは当然だ。なら、あの人体模型に挟まっていた紙くらいは簡単に見つけられているはずなのである。
だが、紙は挟まったままになっていて、しかも文字が炙り出しされていない状態だった。つまり、誰かに使われた形跡などないということである。警察が調査済みなら、仮に紙を戻したとしても炙り出し済みになっていなければおかしいし――そもそも、紙を元に戻しておく必要がない。
「あの紙さ。……本当に港が用意したものなのか?誰かにすり替えられた後って可能性は、ないよな?」
有純が真剣にそう尋ねれば、夏騎は目をぱちくりさせた。そして。
「凄い」
いつも通り、あっさりと言ってのけるのだ。
「有純が鋭い事を言った。大変だ、明日は台風が来るんじゃないのか」
「ちょっと夏騎さん?失礼がすぎるんじゃないですかね?悪いこと言うクチはこれですか?ええっとこれですかあ!?」
「痛い痛い痛い痛い!」
ものすごくドストレートに馬鹿にしてくれた夏騎に、思わず有純は流れるように首を固めていた。そしてほっぺをひっぱってムニムニーの系である。男の子だし痩せているけれど、夏騎の頬はふにふにと餅肌で柔らかい。とってもよく伸びる。涙目になってちょっと可愛いからって容赦などしてあげないのだ、人を馬鹿にするとどうなるかを知ればいいのだ!
「……有純の馬鹿力でそういうことをすると死人が出る。マジで、やめてほしい……」
少しげっそりした後、夏騎は告げた。
「すり替えられた後である可能性。そもそも遺書が偽である可能性。そのあたりも考えた。有純の言う通り、警察があの紙を調査してないのはおかしいし、それがそのまま残っているっていうのはあまりにも不自然だ。だったら、誰かにすり替えられたと思うのもわからない話じゃない。……でも、俺はその可能性も低いと思ってる」
「何でさ?」
「簡単だ。何故そんなことをする必要がある?港が自殺すれば、遺書がすぐに警察に回収されるだろうなんてこと誰にだってわかってるはず。つまり、アレを見るのも本来なら警察だけのはず。そして、警察が調査した後で誰かが偶然見に来る可能性がどれだけ低いと思う?今回俺達が此処にいるのは、文字通りお前の友達が“たまたま”遺書をコピーしていたからってだけじゃないのか」
「あ」
それは、確かにその通りかもしれない。遺書のメモがそのまま残っているのはおかしい、ならすり替えられたかもしれない――と安易に考えてしまっていたが。すり替えるならそれは“後にやってくる誰かを欺く為”以外に有り得ない。ただ、じゃあそれは誰を標的にしているのだ?という話だ。警察が調査した後で調べに来る誰かがいると、想定できることがまずおかしい。普通はそこで終わり、誰も見に来ることなどないはず。
確かに人体模型は普通に理科室に置いてあるし、遺書を知らない無関係の人間がたまたまメモだけ見つける可能性もゼロではなかっただろうが――。
「強いてその可能性がある人物を挙げるなら……この遺書そのものをすり替えて、あるいは捏造してお前に渡した奴だろう」
夏騎の言葉にピンと来た。彼が誰を疑っているのかわかったからだ。
「……夢のこと、疑ってんのかよ?」
「あくまで現実的な理由と可能性の話をしている。そもそも俺達が此処に来るように誘導したのは相田夢だ。この遺書が、相田夢が作ったものであり、小倉港のものではない可能性はゼロではないと思ってる。……大前提として言っておくなら、俺はお前に対しては一定の信頼があっても、他の人間までそういうわけじゃない。そもそも、相田夢とは今年初めて同じクラスになったんだ。少しばかり話をしたことのあるだけの相手を、そう簡単に信用しろなんて無理な話だと思わないか?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど……!」
いくらなんでもそれはあんまりだ、と思ってしまう自分は盲信がすぎるのだろうか。確かに、それを言ったら有純だって夢との付き合いは今年に入ってからである。美桜と仲良しの、美桜よりも大人しい印象の夢。でも二人とも誠実で素直、優しくて話しやすい少女だった。女の子だけれど、男の子っぽい趣味趣向にも興味を示してくれたというのも大きい。
夢に関して、知っていることなんてその程度のものであるのは事実。けれど、有純は彼女がそんな、無意味に人を騙すような人間であるとは到底思えない。
「勘違いしているようだけど、俺は何も“相田夢が遺書を捏造した”と決め付けているわけでもないし、仮にそうだとしても“相田夢が悪意を持って俺達を誘導した”と決め付けているわけでもないからな?」
顔を顰める有純に、夏騎は釘を刺してきた。
「仮に捏造であっても、それが港の指示であった可能性もあるし……相田夢本人が、誰かを助けたいなどの事情があって遺書を作った可能性も十分ある。そもそも、俺が言っているのはあくまで“何者かがすり替えたと仮定するならその最大の容疑者は相田夢だ”と言っているだけであって、すり替えそのものが起きてないということも十分考えられると思っている」
「すり替えが起きてないなら、なんでメモはそのまま残ってたんだよ?警察がアレを見つけられなかったとでも?」
「それもなくはない、と思ってるんだ」
「はあ!?なくはないって……」
「悪いけどこれ以上は不確定なことが多すぎて何とも言えない。それこそ、超常現象などが理由で、あんな簡単な遺書が大人には読み解けなかったかもしれない……なんて可能性も視野に入れたらキリがないレベルだと思わないか?推理の大前提が破綻するだろう」
間違ってはいない。夏騎が言うことは間違っていないが――なんとなく、納得がいかない有純である。
超常現象が起きて、遺書が大人には読み解けない状態になっていた、なんて。まさかそんなオカルトを、夏騎は本気で信じているのだろうか。
確かに、まるで港の呪いのような悲惨な事故で、女王だった市川美亜は未だに入院するハメになっているわけだが。
「ただ、一つ確かなことは。すり替えが起きていても起きていなくても……実際にあの遺書とメモは誰かの手によって用意されたものであることに違いはなく、それが紛れもない誰かの意思であることも確実だってことだ」
再び、抜け道を覗き込む夏騎。思ったより広いな、と呟く声がやや反響して聞こえる。
「ランドセルを下ろせば、お前でも四つん這いで入れるだろう。俺が先に入るから、お前は懐中電灯で照らしつつ後からついてこい」
「ちょ、ちょっと夏騎それは……!」
本当に入るつもりなのか、危なくはないのか、というか正直怖くなってきたんだけど――なんてこと、言える筈もない。中途半端に口ごもらせる有純の顔を夏騎はじっと見て、ああ、と得心したように手を叩いた。
「先に入りたいのか?」
「何でそういう結論になるのか聞いてもいい?」
「だって躊躇っているみたいだったから。でも先に入るのはおすすめしない。危ないかもしれないし、それに」
「それに?」
「万が一急に有純が立ち止まったら、有純の尻に俺の頭が激突することになるんだが、それでもいいのか?俺は嫌だ」
「セクハラかよ!そして嫌なのかよ!」
わかっていたが、こいつは頭はいいのにどこまで天然なんだろうか。思わず思い切りツッコミの要領で夏騎の頭をはたいてしまった。やっぱり痛い、としょんぼりしているがそんなこと知ったこっちゃないのである。斜め上の答えばっかり返してくる方が悪いのだ。
というか、自分はツッコミではないと言いたい。むしろ誰かさん相手にツッコミ役など定着したら圧倒言う間に倒れるわと叫びたいところである。
「いいからお前先に行きたいなら行けよバカァ!」
結局、そんなコメディのようなノリのままぐいぐいと夏騎の肩を押すことになったのだった。夏騎も最初からそのつもりであるらしく、特に抵抗する様子もなくランドセルを下ろして暗闇の中へと身体を潜らせていく。
もしかしたら、これが誰かの手による悪意ある罠かもしれないのに、どうしてそんなに躊躇いがないのだろう。怖いと思わないのだろう。
その勇敢さが羨ましいと同時に、酷く不安になる有純である。
――もうちょっと、慎重に動けよ馬鹿。……それと、心配してくれてるってなら、もうちょい言葉選べよな、まったく。
なお、夏騎に先に行って貰った結果――目の前に夏騎の綺麗なお尻を見続けるハメになり、有純の方が赤面することになったのはここだけの話である。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる