この記憶、復讐に使います。

SHIN

文字の大きさ
1 / 31

これが私の意地

しおりを挟む



 その日は一年で数日もない晴天だった。
 まさに雲ひとつ無いとはこの事を指すのだろう。

 私は一台の馬車の横に立ち、向かい合う別の馬車の団体に文句を言われながらその時を待つ。


 ここは、獣人族の国ととある人族の国との境目にある人気の無い渓谷です。
 この日、我々人族の姫の一人が獣人族との和平の為に嫁入りする予定である。

 本来なら双方が揃った所で獣人族の国に移動するのだが姫様が伝えて約束の時間まで待って貰っているのです。

 それも残り数分。

 相手方の従者は数分なんぞどうでも良いではないかと文句を何度もなげかけているが私は無表情のままで時間がくるまで耐えている。

 きっと彼らは気付かないだろうが私の掌には小さな刃物が隠されていた。

 姫様は仰っていた。
 この手でアイツを刺せと。

 心音が早くなっているように感じる。じわりといよいよの緊張で汗があふれでてきた。

 悟られてはいけない。

 悟られたら私の想いはここで終わってしまう。



 どこかで、昼を示す鐘が響いた。
 

 相手方の馬車の扉が開き、一人だけ雰囲気が違う男がこちらに向かってきた。褐色の肌に濃いめの茶色の長い髪、翡翠のように美しい瞳。
 まだ、幼さの残る顔立ちは生意気そうな笑みを浮かべていて、他の従者が遮るのもお構い無しにこちらにきている。
なぜ、この人は出て来てしまったのか。でも、私にとっては好機でしかない。


 その距離は私の手が届くぐらいになった。

 ここならイケると思ったと同時に私の唇が震え、男に言葉を紡ぎだす。


から伝言です。『わたくし、貴方達の様な野蛮な所に嫁ぎたくありませんの。なので、死んでいただけません?』」


 言葉と同時に、刃物の隠された手が男に伸ばされた。


ガッ───


 しかし、その手は拒まれる。

 私のもう片方の手によって…


「…何の茶番劇だ?」


 目の前の男がどことなくふくみのある声色で訪ねてきた。
 男の従者達が急いで私と男の前に入り私をにらんでいる。数人は背後の馬車が空なのを確認してまた騒いでいる。

 煩いなぁ

 と思っていたら目の前の男もそう思っていたらしく、喉の奥から低い獣の様な唸りを上げて威嚇をして黙らせていた。
 私はふふと久しぶりに笑い声をあげると、いまだに反抗を見せる手を血を滴せ痛みに我慢し押さえつけながら、で声を出した。


「先ほどは不敬な発言失礼しました。これから死にゆく私の言葉をどうか聞いてくださいませんか?」
「……話せ。」
「あの女は最初から来てません。私にを出して今や護衛の男達と不埒な旅行に勤しんでいることでしょう。」
「で?」


 で?と言う男の目は早く言いたいことを言えと語っている。
 確かにまどろっこしいのは私も嫌いだし、早くしなければならない事情ができた。


「簡潔ではありませんが早く言えば、私に殿を襲わせて良くて一撃後に殺され、最低でも返り討ちにて死ねば、自分は侍女に助けられて命からがら逃げた悲劇の姫。獣人の国に戦争を仕掛けるきっかけにしようとしていました。」


 ずきずきと痛む手が、熱を帯びドクドクとした嫌な感覚に変わってきていた。

 まあ、あの女がただの刃物を渡すわけが無いことは分かっていたけど、保険をかけといて良かった。


「証拠を遺しておきました。私の髪止め、録音機能があるんです。それで、あの女に…。」


 いざというときに売れるように長く伸ばしていた髪を、纏めるようにとあの人がくれた髪止め。
 
 『これは二人だけの秘密だよ。』

そう言って痩せた指先で髪止めの秘密を教えてくれた優しい人。

 もう良いよね。

 
 段々と意識に黒いもやがかかってきている。あの女はどうやら刃物に毒を仕込んでいたよう。
どこまでも、陰険な人だわ。


「ギャフンと言わせて…。」

 
 そんな姿を私も見たかったけどもうダメね。
  足元から力が抜け、地面に膝が着いた。そのまま身体も痙攣を起こしながら土に倒れ泥にまみれる。近いけどどこか遠くに荒げた声を聞いた気がして意識が途切れた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

竜の花嫁 ~夫な竜と恋愛から始めたいので色々吹き込みます~

月親
恋愛
前世で恋愛結婚に憧れたまま亡くなった美愛(みあ)が転生したのは、アルテミシアという美少女だった。 アルテミシアが生まれた世界は、ファンタジーな異世界。オフィスラブな物語が大好きだった美愛は世界観にがっかりするも、村長の養女である今世なら結婚はできそうだと思っていた。 ところが、その村長である叔父から言い渡された結婚相手は『湖』。旱魃の雨乞い儀式にて、湖に住む水神の花嫁になれという。 結婚という名の生け贄にまさになろうとしたそんなとき、アルテミシアの前に一体の竜が現れた。 竜は番であるアルテミシアを迎えに来たという。 今度こそ憧れの結婚ができるのではと思ったアルテミシア。それは思い違いではなかった。なかったが、いきなり手籠めにされかけた。 アルテミシアはシナレフィーと名乗った竜に提案した。恋愛から始めませんか、と。 その提案に、面白そうだとシナレフィーは乗ってくれた。さらに彼がアルテミシアに付けた愛称は、奇しくも『ミア』だった。 シナレフィーを前にアルテミシアは考える。人間のデートを知らない彼なら、何でもやってくれるのではないかと。そう、恋愛物語でしか見ないようなベタ展開も。 よし、色々シナレフィーに吹き込もう。アルテミシアはそう思い立ち、実践することにしたのだが―― ※この作品は、『魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~』に登場するシナレフィー&ミア夫妻の馴れ初め話ですが、単体でも読めるようになっています。 ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

処理中です...