付き合っているのに喧嘩ばかり。俺から別れを言わなければならないとさよならを告げたが実は想い合ってた話。

雨宮里玖

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12.新しいペアマグカップ

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 朝、陸斗が目を覚まし、部屋を出ると、コーヒーやパンの焼ける匂いがする。キッチンには大河が立っている。少し懐かしい、いつもの光景。


「おい、大河、何やってんだよ」

 二人が一緒に暮らしていた頃は、朝食は基本的に大河の担当だった。大河はいつものように二人分の朝食を作って並べている。

「顔洗ってこいよ。あと少しでできるから」

 いや、大河。二人が別れた事実を忘れたとは言わせない。付き合ってる頃みたいに接せられても困る。


 訳がわからないまま、とりあえず顔を洗ったりのルーティンをこなし、なんとなくの流れでダイニングテーブルに座る。

 大河は陸斗の目の前に木製のプレートに盛りつけされたチェダーチーズとベーコンのホットサンドやフルーツ入りのヨーグルトを並べていく。
 大河の朝食レパートリーは和洋幅が広くて、手際よくパッパと洒落た朝食を作ることを思い出した。


 大河はコーヒー入りの二つのマグカップをテーブルに置く。そのマグカップには全く見覚えがない。

「今度はブラウンとベージュ。陸斗、どっちがいい?」

 なんだよこいつ。当たり前みたいにペアのマグカップを用意しやがって……。

「おい、大河っ!」

 俺達もう別れただろ。今さらこいつは何をしてるんだ……?

 しかもマグカップを置く時の大河の手元を見ていて気がついた。大河の左手の薬指にゴールドの指輪が戻っている。
 付き合ってる時に指輪を外し、別れてから指輪をする奴なんていない。普通は逆だろ。


「陸斗。昨日は酔った俺を追い出さずに泊めてくれてありがとう」

 大河は椅子にも座らず立ったまま、陸斗に笑みを向けてきた。

「別にいい。気にするな」

 あんな状態の人間を放っておくことはできない。しかも他人ではないのだから。

「酔って帰る家を間違えたんだろ? この朝メシはお詫びのつもりか? そんなに気を遣うなよ」
「ごめん。まだお前と暮らしてた時の癖が抜けてないんだよな……。お前と離れるなんてやっぱり無理なのかもしれない。俺にはお前しかいない。陸斗がいないと俺はどうにかなりそうだ」
「なんだよ、今さら……」

 別れ話をした時は、あっさり出て行ったくせに。


「陸斗が浮気なんてする訳がないのに、信じきれなかった俺が悪いんだ。だから馬鹿みたいな勘違いをして、お前を勘繰ったり、お前にツラく当たったりして、本当にごめん……」
「何の話だよ」

 陸斗には大河の話の意味がわからない。

「だから、俺はお前が新井のことが好きなのかと勘違いして……」
「俺が?!」
「新井も、総務の小林が好きだって話をしてたしさ……」
「おまっ……まさか、小林麗花の話を俺のことだと思ってたのか?!」

 大河は総務に小林が二人いるのを知らずに、新井の相手を陸斗と勘違いしたようだ。だから、総務に小林が二人いる事実を知った時あんなに驚いていたのか。




「……ごめん。全部誤解だった。だってお前は新井とマグカップもお揃いだし、昼メシを二人で食いに行ったりすごく仲良さそうだしさ」

 大河は会社では目も合わせないくせに、陸斗の行動を密かに見ていたのか。

「新井は俺が総務部だから、同じ総務の小林麗花との仲を取り持って欲しいって頼んできたんだよ。それでアレコレ作戦練って協力してただけだ」
「でも、俺は見たんだ。新井はお前と肩組んだり、お前のケツを撫で回しやがっただろ?! なんとか耐えたが、あと一歩で新井を『俺の陸斗に手ェ出すな!』ってぶん殴るところだったんだぞ!」

 大河は本当に危ないな。そんなことをしたら新井に一発アウトで二人の関係がバレるだろ。

「あれは全部、お前が俺にやったことの真似だよ……」
「どういうことだ?!」

 大河は怪訝な顔をしている。ここまできたら話したくないことでも、大河に話すしかない。

「新井と『どうやったら相手を口説き落とせるか』の話になって、アドバイスって言っても俺は恋愛経験が乏しくて、大河とのことしかわからないから……」

 陸斗の今までの交際歴は大河のみだ。

「憶えてないか? 俺達が付き合う前、大河は俺の話に大笑いして『お前は最高だ』って肩組んできただろ? そのあとお前は俺のケツを撫でてきやがった! その時初めて俺は、大河のことを友達以上に思ってるって気付いたんだ。そんなところをお前に触られて、俺は……嫌になるどころか、大河をもっと意識しちゃって、俺は大河をそういう目で見てたことに気付いたから……」

 こんな話、大河に話すことはないと思っていた。大河に尻を触られて嬉しかった話なんて恥ずかしくて黙っている気でいたのに。

「だから新井にもさりげなくボディタッチをするのがいいんじゃないかと勧めたら、『自然なやり方がわからない』って言われて、俺が大河にやられた方法を話したんだ。そっから簡単にシュミレーションしてみようってことになって……」

 大河は口説き上手だったと思う。出会った頃はただの会社同期だったのに、気がついたら大河に惹かれていた。
 ボディタッチだけじゃない、他にも新井に『大河にやられて陸斗が惹かれたこと』を実体験とは言わず、アドバイスとして話しているが、大河に話したら「お前あの時そんなことで俺を好きになったの?!」と笑われそうなので大河に話すのは必要最低限にしよう。




「マグカップのこともそうだ。大河はよく俺とペアのものを使いたがるだろ? そういうプレゼントもいいんじゃないかとアドバイスしたら、新井はそれもまるパクリしたんだよ。俺達が昔使ってたマグカップと全く同じデザインのものを買って、小林麗花はゴールドの取っ手の方のマグカップを会社で使ってる。新井はシルバーの取っ手の方を持ってる。ただそれだけのことだよ」

 ここまで話せば大河もわかってくれるだろうか。新井と陸斗の間には恋愛関係なんて一切ないことを。



「大河、お前ひどいな。勝手に俺を浮気者にしてたのか!? 俺が、俺が浮気なんてするわけないのに……」

 別れる前の地獄の数ヶ月は、大河の誤解が原因だったのか……?

「それで、大河は俺のことを避けるようになったんだな……。会話は減ったしさ、俺が出掛けようとするたびに毎回毎回『どこ行くんだ』とか『行くな!』とか束縛して、俺が出掛けると急に怒り出すしさ……」

 悲しかった。大河との数少ない会話も気がつけば罵り合いのケンカに発展して、どうして大河は冷たい人間になってしまったのか考えても考えてもわからなかった。
 陸斗は、結局それで大河は俺のことを嫌いなったんだという結論に至ったのだ。

「それに一緒に暮らしてるのに、今まではいつも一緒に寝てたのに、急に抱いてくれなくなった。俺にそういう魅力がなくなったんだと思って……それって恋人でいる意味なんかないんじゃないかって思って、本当に辛かった……」

 恋人に求められなくなるのは辛かった。世の中には身体の関係などなくても仲のいいカップルはいる。
 でも、陸斗にはそれは無理だった。自分を否定された気持ちになり、大河は俺の身体に飽きたんだと酷く落ち込んだ。

「だからごめんって謝ってる。本当に俺はバカだったと思ってる。そんな勘違いで、陸斗に嫌われたって思い込んで、陸斗のことを避けて……。これじゃお前に見切りをつけられるのも当然だと思ってる」

 見切りなんてつけてない。陸斗は大河を嫌いになったから別れを告げた訳じゃない。
 大河に嫌われたと思ったから、大河が言えないなら自分から大河のために別れを言わなくちゃと思っただけだ。
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