付き合っているのに喧嘩ばかり。俺から別れを言わなければならないとさよならを告げたが実は想い合ってた話。

雨宮里玖

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番外編1.

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「ねぇ、如月さんてかっこよくない?」
「わかる! かっこいいのは見た目だけじゃないの! この前なんて私がミスしたのに『営業事務だけの責任じゃない』とか言って一緒に課長に謝ってくれたんだよ」
「取引先からも評判いいよね!」
「うんうん、KEホールディングスから仕事とってきちゃうんだもん。あれはびっくりした!」

 社員食堂で、たまたま陸斗の隣になったのは、営業事務の女子社員たちのグループのようだ。
 さっきから女子社員三人は、陸斗の恋人である如月大河の話ばかりをしているので陸斗は気になって、ついそば耳を立ててしまっている。

 聞こえてくるのはどれも大河を褒める言葉ばかりだ。三人にとって大河は憧れの先輩といったところだろうか。

 ——やっぱりそうだよな。大河はかっこいいし仕事もできるし優しいし。

 仕事に関しては、陸斗は大河のことを何も手伝ってはいないのだが、大河が部署の人たちに褒められているのを聞いて、陸斗まで嬉しくなる。

 ——大河の恋人でいられるなんて、俺は幸せだな。

 つくづく思う。大河がいる毎日、大河と共に歩む人生は最高だ。
 大河は、なんでもなかった陸斗の人生を色づかせてくれて、楽しい思い出をたくさんくれた。そしてこの先の未来も、大河がそばにいてくれるのならバラ色に違いない。

「如月さんて彼女いるんだよね……?」

 三人の噂話はまだ続いている。

「らしいよ。だって左手の薬指に指輪してるし、あんないい人に彼女がいないなんてことありえないでしょ」

 そうそう。大河の指にはめられているゴールドの指輪は、陸斗と色違いのペアリングだ。大河が指輪を常に身につけてくれているため、大河に言い寄る人は激減していることだろう。

「だよね。じゃあ相手はやっぱりSS食品の常務の娘さんなの?!」

 三人の話から急に具体的な大河の恋人候補の名前が飛び出してきたことに陸斗は驚いた。

「多分そうだよ。だから誰にも彼女の名前とか教えてくれないんでしょ。写真も絶対に見せてくれないし」
「そっか。言えない理由があるんだね」

 待て待て待て! 違う、大河の恋人はどっかのお偉いさんの娘なんかじゃない。ここにいる、君たちの隣に座ってる俺だ!
 ……ということなどできずに、陸斗は心の中だけ思いきり叫んで、表面上はその動揺を必死で隠して素知らぬふりをしている。

「いいなぁ。私も如月さんみたいな人と結婚したいな」
「ねー! 結婚式はふたりだけでハワイ挙式らしいよ? 羨ましい!」

 ハ、ハワイ挙式……?
 大河が?! まさか。何かの間違いだろ?!

「披露宴は日本でやるのかな——」

 三人の話は尽きないが、陸斗はもう仕事に戻らねばならない。

 聞き耳を立てた自分も自分だが、余計な噂を聞いてしまった……。

 大河に、確かめなくちゃ——。





 陸斗と大河、二人はお互いひとりよがり抱え込んでしまったから、勘違いしてすれ違ってしまった。その経験から二人の間には『疑わしきことは黙っていないですぐに本人に確認すること』というルールができた。
 だから今回のことも、今夜、家に帰ったらきちんと大河に聞いてみようと陸斗は思っていた。


 ——SS食品の常務の娘とは一体どんな関係なのか、大河本人に直接聞いてやる!

 大河のことは信じている。だからこそ聞くんだ。あの大河が裏切ることなどありえないはずだから。






 早く帰って大河と話をしたかったのに、そんな日に限って陸斗は残業せざるを得なくなった。
 必死で終わらせようと思っているのに、時刻はもう21時。このペースはやばい。帰るのは一体何時になるのだろう。

 今日、残業で遅くなることは早々に大河に連絡した。だから大河は先にひとりで夕食をとり、今ごろ家で溜まった家事でも片付けているんじゃないだろうか。平日は仕事だけで手一杯の陸斗とは違って、大河は家に帰ってきてもダラダラせず、率先して家事をしてくれているから。

 ——気合いをいれろ! さっさと帰って大河に会うんだ! 大河と話をするって決めたんだから!

 陸斗は気持ちを入れ替えて目の前のPCと格闘を始める。目がチカチカしてきたから、目薬をさして、デスクの引き出しに閉まっていたブルーライトカットのメガネをかけて。

「小林さん、お先に失礼します」
「お疲れ様です」

 残業していた同僚たちも次々に帰って行き、気がつけば周りには誰もいない。
 その事実に気がついて陸斗は一度溜め息をつき、また作業に没頭する。



「俺にも手伝えること、なんかある?」

 仕事に夢中になりすぎていて、陸斗は声をかけられるまで気がつかなかった。

 振り返るとそこには大河が立っていた。大河は手にしていたエコバッグから微糖の缶コーヒーを取り出し「差し入れ」と言って陸斗のデスクの端に置いた。

「やめろ。いつも言ってるだろ? 職場では俺に構うな。さっさと帰れ」

 二人きりでいるところを誰かに見られたらどうするんだ、会社という狭い組織の中でゲイだの男同士付き合ってるだの変な噂が立ったら取り返しがつかなくなるんだぞ! と今すぐ大河をこんこんと説教してやりたい。

「ごめん。俺も帰ろうとしてたんだけどさ、ちょっとだけ陸斗をチラ見して帰ろうと思って見たら、陸斗がすげぇ必死で仕事してるから……」

 そうだろうな。今日の俺は特に必死な顔をしていたことだろう。なぜかというと早く帰って大河に会い、話がしたかったから。

「そんな姿を見たら、なんか胸が苦しくてさ。なにかしてやりたいって思っちまったんだよ。差し入れとか、俺にも手伝えることないかな……って」

 大河は怒られた犬みたいにシュンとしている。

「陸斗、迷惑かけてごめん。俺の単なるエゴだった。お前が一番嫌がることだってわかってたのに……」

 大河は頭を下げて、その場を立ち去ろうとする。

 まったく大河は……。

 残業だという陸斗を心配して様子を見にきて、手伝いを申し入れて、差し入れして、それで「ごめん」と謝って帰る。

 そんな優しい恋人を、このまま邪険にして帰すことなど陸斗にはできない。


「大河」

 大河のスーツのジャケットの端っこを掴んで大河を引きとめる。大河は「ん? なに?」と優しい声で陸斗を振り返った。

「あの……俺さ、なるべく早く仕事終わらせるからさ、家で、俺が帰るまで起きて待っててくれないか……? ちょっとだけお前に話があって……」

 陸斗の言葉に大河はぱっと笑顔になり、うんうん頷いた。

「それと……差し入れ。あ、ありがとう」

 言ってて急に恥ずかしくなってきた。陸斗は大河のスーツの裾を掴んでいた手をさっさと離し、これ見よがしにPCに向かい合う。なんかもう大河の顔はまともに見られない。

「陸斗……」

 大河に愛おしそうに名前を呼ばれても、振り返ることなどできない。自分で顔がほてっているのがわかる。
 こんなことで顔を赤らめてるなんて大河に知られたくない。

「お前のメガネ、すっげぇ汚い」
「はぁ?!」

 思わず大河を睨みつける。
 なんだよ、せっかく人が大河は良い奴って感心してたところだったのに!

「ほら、ここ」

 大河は陸斗に顔を寄せ、陸斗のメガネのレンズを覗きこみ、汚れを確認しているようだ。

「貸せよ、拭いてやるから」

 大河は陸斗からメガネを取り上げる。
 メガネを取り去るとほぼ同時に、大河からの突然のキス。しかも唇同士の。
 

 ——えっ。

 いや、ここは職場だし。
 大河お前っ……急に何を!

「ごめん。やっぱり汚れてなかった。俺の見間違い。じゃ、また」

 大河は陸斗にメガネを戻してそのまま立ち去っていく。

「おいっ……」

 あいつ、ふざけやがって!

 こんなところで俺にキスするなよぉ……。
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