付き合って一年マンネリ化してたから振られたと思っていたがどうやら違うようなので猛烈に引き止めた話

雨宮里玖

文字の大きさ
5 / 10

番外編 『忘れられない』神尾(受)視点

しおりを挟む
 樋口との出会いは突然だった。
 樋口とは大学が一緒で、同じ学部に学科だ。明るい陽キャの典型みたいな樋口は、百八十センチを優に超える長身と、テニスで少し日焼けをした凛々しい顔で、学科を超えて「イケメン」だと噂になるような男だった。

 神尾はどちらかと言えば大人しいタイプだ。広い教室の隅でひとりで黙々と講義を受けるタイプで、友人も少ない。今受けている線形代数の講義には知り合いはいなかった。

 同じ講義に友達がいなくても普段は困らない。困るなと思うのはテストのときだ。
 テストでひどい点数を取った神尾は再テストになった。もともと苦手分野だったが、自分なりに頑張って勉強してテストに臨んだ結果がこれでは、これ以上の対策のしようがない。

「神尾、一緒に勉強しないか?」

 教室で途方に暮れているときに、不意に声をかけてきたのが樋口だった。

「お前も再テストなんだろ? 吉田もなんだよ。吉田に教えるついでに教えてやる。俺の線形代数攻略法はマジで完璧だぞ」

 樋口の隣には、樋口とよく一緒にいる吉田がいる。吉田は「樋口、頼む!」と冗談めいて樋口を拝んでいた。

「えっ……」

 友人の吉田に勉強を教えてやるのはわかる。でも、赤の他人の神尾にどうして親切にしてくれるのか、いまいち理解できなかった。

「ひとり教えるのもふたり教えるのも一緒だから。再テストは二週間後だろ? 今日の午後は? 空いてる?」
「あ、空いてる……」
「じゃあ早速今日からやろう! あ、連絡先教えて」

 さらりと言われて、神尾は樋口と連絡先を交換する。
 正直助かった。ひとりきりで再テストになってしまい、途方に暮れていたから。


 後になって気がついたことだが、樋口は困っている人を見つけるとつい手を差し伸べたくなるタイプの男だった。

 樋口は知っていたのだろう。この講義には神尾の知り合いがいないことと、神尾が再テストをくらって落ち込んでいたことを。それを見かねて声をかけてきた。

 樋口が人気がある理由は顔だけじゃなかった。きっとこの優しい性格にあったのだろう。
 誰に対しても分け隔てなく優しいから、樋口は人気なのだ。
 神尾に対する優しさも、特別なものじゃない。樋口は、困っている人がいたら誰彼構わず助けてやるに違いない。

 あの爽やかな笑顔も、神尾にだけ向けられているものじゃない。
 勘違いするな、と神尾は心に予防線を張った。



 大学のフリースペースで樋口が先生になり、吉田と神尾は並んで樋口の向かい側に座る。そこで懇切丁寧に線形代数を教わる。樋口は本当に教え方がうまかった。今まで勘違いして覚えていたことが、樋口の教えてくれた理論のおかげでするすると理解できた。
 樋口は単元ごとに何度も根気強く教えてくれた。一回二時間ほどの勉強会を、すでに五回ほど重ねていた。

 勉強会が終わると三人で帰る。途中、一人暮らしの吉田と別れ、駅に着くころには樋口とふたりきりになった。 

「あのさ、神尾はラーメン好き?」
「……好きだけど」

 ラーメンは神尾の大好物だ。いつもひとりで行列に並んでしまうくらいに好きだ。

「池袋にめっちゃ美味しいラーメン屋があるんだよ。大◯軒で修行した人が出したお店で、この前のラーメングランプリで入賞したんだぜ」

 樋口は少し興奮気味に話している。樋口もラーメン好きなのかもしれないなと思った。

「神尾、今からそこ食いに行かねぇ?」
「今から!?」
「そう。行こう! マジで美味いらしいから。損はさせない。な?」

 樋口に肩を抱かれて、神尾はドギマギした。

 神尾は実は男が好きなのだ。
 男なら誰でもいいというわけじゃない。触れてきたのが樋口だから、こんな気持ちになるのだ。

 樋口にはその気がないのはわかっている。でも、この高鳴る心臓は止めることはできない。

「付き合ってくれよ、神尾」

 この場合の「付き合ってくれ」はただラーメン屋に一緒に行こうと誘っているだけだとわかっている。それなのに神尾の耳には恋愛のそれに聞こえてしまってたまらない気持ちになる。

「うん。いいよ」
「おっ? やったーっ! 神尾は本当にいい奴だな! 惚れちゃう!」

 樋口が神尾の首に腕を回して抱きついてきた。

 そんなことされたら神尾は悶絶だ。樋口の腕の温もり、ふわりと感じる樋口の匂い、「惚れちゃう」などとのたまう樋口の心地よい声。

 気がついたら、すっかり樋口のことを好きになっていた。
 見たところ、樋口はゲイじゃない。過去付き合っていた話をしていたとき、普通に彼女がいたと言っていた。
 どうしてそんなノーマルの男に惹かれてしまうんだと思いながらも、樋口に触れられるたびにドキドキする。

 樋口が優しすぎるのがいけないんだ。

 優しくされることに慣れていない神尾はすぐに陥落してしまう。

 神尾はひとり、大きなため息をついた。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった

近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。 それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。 初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息

「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された

あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると… 「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」 気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 初めましてです。お手柔らかにお願いします。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しております

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...