付き合って一年マンネリ化してたから振られたと思っていたがどうやら違うようなので猛烈に引き止めた話

雨宮里玖

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番外編『忘れられない』

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 それから四年。電気メーカーに就職した神尾は仕事に忙殺されながら毎日を過ごしていた。

 今日も大学時代からの友人・山本に飲みに誘われていたのに断ってしまった。急遽、病気で倒れた同僚の代わりに休日出勤することになり、疲れ切っていたからだ。

 仕事を終え、疲れた身体を引きずるようにして、帰路につく。会社の最寄り駅の改札へと向かっていたときだった。

「神尾……?」

 懐かしい声だった。名前を呼ばれただけでドクンと心臓が跳ねる。
 振り返ると樋口が立っていた。大きなスーツケースを手にしている樋口は、ジャケットこそ羽織っているが、Tシャツにカジュアルなズボンを履いていて、ラフな装いだった。

 神尾は思わず目を奪われる。
 樋口はすっかり大人の男になっていた。相変わらず爽やかな顔をしているが、そこに大人の色気が相まってやばい。
 樋口はいくつもの有名企業から内定をもらい、大手メーカーに就職を決めていた。そこでも今まで例のないほどのスピード出世をしていると聞いた。二十六歳にしてすでに部下を従えているそうだが、上からも下からも人望に厚いそうだ。

「やっぱり神尾だ。久しぶり」

 樋口はにっこりと微笑む。その笑顔ひとつでこの数年の距離が一気に近づいていく。

「樋口……」
「神尾は土曜も仕事なの?」
「あ、これは、休日出勤で……。同僚が倒れたから、俺が代わりに行くことになって」
「お人好しの神尾らしいな。でも無理するな。働き過ぎると思考停止するから、たまには断るんだぞ」
「できないよ……」

 神尾は自己主張は苦手だ。それに加えて出勤してくれと言われたら、つい頷いてしまう。誰かがやらねばならないと思うと、プライベートを削ってでも仕事を選んでしまうタイプだ。

「そっか……俺が隣にいたら、代わりに庇ってやれるのにな」

 樋口は少し寂しそうな顔をする。
 この言葉はきっと嘘じゃない。もし樋口が同じ職場にいたら、神尾を助けてくれたんじゃないだろうか。樋口は困っている人を見過ごせない奴だから。

「俺さ、出張帰りでさ。品川に美味いラーメン屋がオープンしたって聞いて、ちょっと寄って行こうかなと思ってたんだ。神尾も一緒に行かないか?」

 樋口は「奢るから、な?」と言って神尾の肩を抱いてくる。いつかの日のように。

「いいよ」

 気がついたら頷いていた。
 樋口の強い引力みたいな魅力にあっという間にのみ込まれてしまう。
 樋口と少し話をしただけで、忘れかけていたあの時の想いが一気に甦ってくる。
 神尾にとって、やっぱり樋口は特別な存在だ。




 品川駅からラーメン屋に寄ったあと、そのままひとつ隣の駅まで歩くことになった。
 国道沿いの道を、スーツケースを引っ張りながら歩く樋口に合わせてゆっくり進んでいく。その緩やかな速度が嬉しかった。駅に着いたらこの特別な時間が終わってしまう。一秒でも長く、樋口と一緒にいたかった。
 互いの近況から始まり、樋口といろんな話をする。
 会わずにいたブランクなどまったく感じない。学生のころのように、気軽に会話をすることができた。
 ついに駅舎が見えてきたころ、樋口が「ずっと気になってたんだけど」と前置きをして話し始めた。

「神尾は山本と、どこまで進んだんだ?」
「んん?」

 本当に意味がわからなかった。山本はただの友達で、大学卒業後も特に変わらず接している。

「あいつから告白された?」
「告白!?」

 思いもよらない言葉に、神尾は思わず声を強めた。

「まだなのか……? でも、もう卒業して四年も経ってるのに……」

 神尾の反応を見た樋口は首をかしげる。
 これはどういうことかと神尾は考えを巡らせる。

 山本からはよく誘いの連絡をもらう。神尾は自分から人を誘えないタイプなので、山本が声をかけてくれるのはありがたいことだと思っている。
 飲みに行ったり、野球観戦したり、仲はいいほうだと思うが、それだけの仲だ。告白めいたものはないし、そもそも山本の恋愛対象が男だとも思っていない。

 神尾自身の性的指向は男だが、自分がマイノリティなことは自覚しているし、友人を性的対象とはしない。
 ただひとり、樋口を除いて。

「じゃあ俺は何のために身を引いたんだよ……」

 煌々と明るい駅へと続く、高架橋のデッキの途中で樋口が足を止めた。それに合わせて神尾も立ち止まる。
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