身代わり閨係は王太子殿下に寵愛される

雨宮里玖

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「マリク殿ではありませんか! すっかり立派になられて。若きころのお父上を見ているようですな!」

 ワイングラス片手に調子よくマリクに話かけているのはギルフィードだ。その隣にはもちろんフィンがいるが、声の大きいギルフィードがマリクに話しかけるせいで、フィンはチラチラとマリクに視線を送るものの、何も話せずにいる。

 ギルフィードさえいなければ、フィンはマリクと話ができるかもしれないのに。
 今日はこのふたりの仲を取り持つためにここにきたのだ。

「あ、あの!」

 ラルスはギルフィードとマリクの会話を遮った。

「ギルフィード子爵! 少し折り入ってお話が!」

 ギルフィードにまったく用事なんてない。でもラルスがギルフィードと話せば、フィンはマリクと会話をする機会になると思った。

「よろしいですよ? なんでしょう。フィン殿のご友人」
「ちょっとこちらへっ」

 ギルフィードを壁際に連れ出すと、必然的にフィンとマリクが会話を始めた。
 よかった。作戦成功だ。やっとフィンがマリクと話ができるようになった。遠目で見る限りだが、ふたりはいい雰囲気に見える。
 でも、大問題がある。

「で? なんの用でしょうか?」

 ギルフィードがラルスの目の前に立ちはだかる。ラルスはギルフィードをなんとかしなければならない。呼びつけておいて

「あのですね、えーっと、王室について詳しいとおっしゃられてたので、お、教えてほしいなと思いまして……」

 他に何も思いつかなかった。ラルスにはこんなときに気の利いた会話をする力なんてない。

「では妃陛下の話でもしましょうか」
「はい、お聞きしたいです」

 ラルスが頷くと、ギルフィードは得意気に話し始めた。
 妃陛下ということは、アルバートの母親ということになる。

「私は妃陛下あってこそ、今の王室があると思っている」
「そうですね」

 妃陛下は会うたびに「息子をよろしくね」「息子が何か悪さをしたら私に話してちょうだいね」と平民出身のラルスに言ってくれる優しい人だ。あの明るくて優しい母親がいたからこそ、アルバートもあのような人格者に育ったのではないかと思う。

「妃陛下は甘い菓子がお好きでな、贈り物をするなら妃陛下お気に入りの有名な菓子職人の店がある。そこの物を選ぶとよいだろう」

 あれ……? その話は本人から聞いたことがある。みんな同じ店のものばかり贈ってくるから、食べきれずに困っているとラルスに菓子をくれたことがある。

「妃陛下は最近は果物を好んでいるようですよ」

 アルバートの両親含め、家族で朝食をとったときに妃陛下は果物が好きだと言っていた。ラルスの目の前でおいしそうに食べていたから間違いはないはずだ。

「そんなことあるものか。王室に取り入りたいのなら私の言うことを聞いたほうがいいぞ」
「はぁ……」

 ギルフィールドは人の話をあまり聞かない性格のようだ。ラルスよりも年上だし、あまり余計なことは言わないほうがいいだろう。

「それで、先程からなぜあなたが私を誘ったのかと思案しているのですが」

 ギルフィールドはラルスに近づいてきた。突然の接近にラルスは思わず後ずさりする。嫌悪感を抱いたのだ。

「まさかこのあとのダンスのお誘いですか?」
「ダ、ダンスっ?」

 驚いて声がうわずってしまった。このあとダンスの時間があるなんて知らないし、その時間をなぜギルフィードと過ごさなければならない!?

 そのとき、屋敷の者が「これより舞踏会を行いますので、隣の部屋へどうぞ」と案内を始めた。それに伴って皆が移動を始める。もれなくペアで。
 見れば夫婦やパートナーと共に来ている人たちばかりだった。皆、当たり前のように隣にはパートナーがいて、そうでない人たちも各々パートナーになってくれるよう誘いをかけている。
 だからギルフィードに変な勘違いをされたのだ。
 こんなとき、アルバートが隣にいてくれたら。



「ラルスっ」

 フィンが駆け寄り、ラルスの名を呼んだ。フィンの隣にはマリクがいる。

「マリクさまに、ダンスに誘われて……行ってきていいかな……?」

 フィンは遠慮がちに言う。ダンスのあいだ、ラルスがひとりぼっちになることを気にしているのだろう。
 でもラルスはふたりの仲を深めるためにフィンについてきたのだ。ふたりでダンスを踊るなんて、仲良くなるための絶好の機会だ。

「当たり前だよ、そんなこと聞かなくていい。行ってきて、フィン」

 フィンの背中を軽く押してやる。するとフィンは「またあとで話そう」とマリクの手をとって隣の舞踏場へと軽やかに向かっていった。
 その様子をラルスは見逃さない。
 フィンとマリクは手を繋いでいた。
 嫌いな相手にそんなことをするはずがない。フィンの嬉しそうな様子からもわかる。きっとふたりはうまくいったのだ。
 よかった。と胸を撫で下ろしたときだ。

「もしやラルス殿はオメガですね?」
「えっ……?」

 不意にギルフィードに言われてラルスはドキッとする。バース性の話題は親しくない間柄ではあまり交わされない話だ。それをどうしていきなり……。

「可愛らしい容姿に、さっきからいい匂いがするなと思っていたのです。貴族にアルファ性が多いのは当たり前ですが、私もアルファなんですよ」
「そ、そうですか。それではこれで僕は失礼いたしますっ」

 この男とダンスなんて踊りたくない。そもそもラルスはダンスは踊れない。一度もしたことがない。
 さっさとギルフィードと離れて、部屋の隅で壁になってフィンの様子を見守っていたい。それがみじめになったら、馬車の中に隠れてフィンの帰りを待っていたい。

「お待ちを」

 逃げようとしたところ、ギルフィードに手首を掴まれる。咄嗟に逃れようとしても、ギルフィードはしっかりと手首を掴んだままだ。
 嫌だ。触れられたくない。
 どうしよう。
 あまり大袈裟にしたら、せっかくの祝宴が台無しになってしまう。フィンとマリクのとっておきのダンスの時間を邪魔することになってしまう。

「あのっ、離して……っ」

 蚊の鳴くような声で訴えてみるが、ギルフィードには聞こえなかったようだ。そのとき、屋敷内がわっとどよめいたからだ。

「王家の馬車が到着しました!」

 そう叫びながら主の姿を探しているのはこの屋敷の使用人のようだ。

「王家っ?」

 ギルフィードも驚き、ラルスから手を離した。
 マリクは侯爵だが、今の王家と強いつながりを持っていないと、小さな祝宴にわざわざ王族が訪ねてくれることはない。
 王家が祝宴に来ると、そのパーティーの格があがるらしい。それはその家の力を誇示することにつながる。以前アルバートがそういった義理のために公爵家を訪ねていたことを思い出した。

「ベルトルト家にもっとも近しい王族は私なのに……誰だ? まさか第五王子のミハイル殿下か……?」

 なるほど、ギルフィードは階級は子爵でも王家とつながりがあるから、ベルトルト侯爵家にとって自分が重要な人物であるという気でいたのだ。
 そこに、本物の王家とベルトルト家がつながっていたとしたら、ギルフィードの立場がなくなる。

「王太子殿下!」

 誰かの声を聞いて、ラルスはその声のするほうを振り返る。
 この世にそう呼ばれる人はたったひとりしかいない。

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