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皆のざわつきと敬礼の中、一直線にこちらに向かってくるその人は、今朝ベッドの中でまどろんでいるときに、ラルスの額に「行ってきます」のキスをしてきた愛する人だ。
「な、なぜこんなところまで殿下が……!」
ギルフィードはすっかり固まっていたが、アルバートが視線を向けると、「殿下、お会いできて光栄です!」と、これでもかというくらいに頭を下げた。
「本当はもっと早くに着きたかった。だが、なんとかダンスが始まる前には間に合ったようだな」
「ダンス? 殿下はいったい誰と……」
アルバートはギルフィードとラルスを見た。ふたりの周囲には他に人はおらず、ちょっと離れて野次馬がざわざわしながらアルバートを遠目で見ている。
「ギルフィード子爵、まさかラルスにダンスの申し込みをしていたのか?」
「えっ、で、殿下っ! こ、この者がひとりきりで余っていましたので、それで……っ!」
ギルフィードは震えている。アルバートに話しかけられただけで、極度の緊張状態にあるようだ。
「大変申し訳ないが、私はこの世でラルスだけは誰にも譲れない。ラルスに触れることも、ましてやダンスなど言語道断。ラルスが許しても私は絶対に許せない。他のアルファになど、渡すものか」
「へっ……? フィン殿のご友人は、殿下の知り合いなのですか……?」
「知り合い……?」
アルバートは怪訝な顔をする。
「ラルスは王太子妃だ」
「お、王太子妃っ!?」
ギルフィードは驚きを隠せない表情でラルスを見る。一度だけじゃない、何度も見返している。
「知らずにラルスと話していたのか? ああ。婚礼のときには遠い関係の者までは招待していないから、お前は王太子妃の顔も知らなかったのだな」
「も、申し訳ございませんっ! 王太子妃とは知らずにご無礼を!」
ギルフィードは慌ててラルスに謝罪してきた。
「わたくしめは、ベルトルト領の隣の領地を治めておりますギルフィードと申します! 王太子妃にお目にかかれるとはなんという幸運! どうか、今後とも深く長いお付き合いをさせてくださいっ」
ギルフィードは手のひらを返したようにラルスにすり寄ってきた。やはりギルフィードは相手の身分によって態度を変える、やましい男だったようだ。
驚いているのはギルフィードだけじゃない。周りもラルスの素性を知らない者ばかりだったようで、「王太子妃ですって」「王太子妃がこの祝宴にいらっしゃっていたとは」とざわざわ声が聞こえる。
「ギルフィード子爵は王家と親しいと言っていたけど、王太子妃さまの顔も存じ上げていないなんて……」
誰かの声が耳に飛び込んできた。
たしかにアルバートとの婚礼のときには、数えきれないほどの人々が招待されていた。ラルスの顔を知らないということは、そこにも招待されないほどの希薄な関係だということだ。あんなに偉ぶってみんなに王家を語っていたくせに、ギルフィードの無知が白昼のもとにさらされ、もはや形無しだ。
「ラルス。子爵と親しくする必要はない」
アルバートはラルスとギルフィードのあいだに割って入ってきた。
「ラルスのことも知らずに、それでよく王家とつながっていると我がもの顔で言えたものだな。今回ばかりは見逃してやるが、今後一切、ラルスに対する侮辱は許さない。私はやると言ったら徹底的にやる男だ。覚悟しておけ」
「は、はいぃーーっ! 申し訳ございませんでした!」
ギルフィードはひたすらに謝り続けている。アルバートに嫌われたら自分の身がどうなるか、容易に想像できる。爵位を取り上げることすら、アルバートには簡単にできてしまうことだろう。
ひとしきり謝ったギルフィードは「今日は退出させていただきます……」と野次馬の人をかき分けて、姿を消してしまった。
「な、なぜこんなところまで殿下が……!」
ギルフィードはすっかり固まっていたが、アルバートが視線を向けると、「殿下、お会いできて光栄です!」と、これでもかというくらいに頭を下げた。
「本当はもっと早くに着きたかった。だが、なんとかダンスが始まる前には間に合ったようだな」
「ダンス? 殿下はいったい誰と……」
アルバートはギルフィードとラルスを見た。ふたりの周囲には他に人はおらず、ちょっと離れて野次馬がざわざわしながらアルバートを遠目で見ている。
「ギルフィード子爵、まさかラルスにダンスの申し込みをしていたのか?」
「えっ、で、殿下っ! こ、この者がひとりきりで余っていましたので、それで……っ!」
ギルフィードは震えている。アルバートに話しかけられただけで、極度の緊張状態にあるようだ。
「大変申し訳ないが、私はこの世でラルスだけは誰にも譲れない。ラルスに触れることも、ましてやダンスなど言語道断。ラルスが許しても私は絶対に許せない。他のアルファになど、渡すものか」
「へっ……? フィン殿のご友人は、殿下の知り合いなのですか……?」
「知り合い……?」
アルバートは怪訝な顔をする。
「ラルスは王太子妃だ」
「お、王太子妃っ!?」
ギルフィードは驚きを隠せない表情でラルスを見る。一度だけじゃない、何度も見返している。
「知らずにラルスと話していたのか? ああ。婚礼のときには遠い関係の者までは招待していないから、お前は王太子妃の顔も知らなかったのだな」
「も、申し訳ございませんっ! 王太子妃とは知らずにご無礼を!」
ギルフィードは慌ててラルスに謝罪してきた。
「わたくしめは、ベルトルト領の隣の領地を治めておりますギルフィードと申します! 王太子妃にお目にかかれるとはなんという幸運! どうか、今後とも深く長いお付き合いをさせてくださいっ」
ギルフィードは手のひらを返したようにラルスにすり寄ってきた。やはりギルフィードは相手の身分によって態度を変える、やましい男だったようだ。
驚いているのはギルフィードだけじゃない。周りもラルスの素性を知らない者ばかりだったようで、「王太子妃ですって」「王太子妃がこの祝宴にいらっしゃっていたとは」とざわざわ声が聞こえる。
「ギルフィード子爵は王家と親しいと言っていたけど、王太子妃さまの顔も存じ上げていないなんて……」
誰かの声が耳に飛び込んできた。
たしかにアルバートとの婚礼のときには、数えきれないほどの人々が招待されていた。ラルスの顔を知らないということは、そこにも招待されないほどの希薄な関係だということだ。あんなに偉ぶってみんなに王家を語っていたくせに、ギルフィードの無知が白昼のもとにさらされ、もはや形無しだ。
「ラルス。子爵と親しくする必要はない」
アルバートはラルスとギルフィードのあいだに割って入ってきた。
「ラルスのことも知らずに、それでよく王家とつながっていると我がもの顔で言えたものだな。今回ばかりは見逃してやるが、今後一切、ラルスに対する侮辱は許さない。私はやると言ったら徹底的にやる男だ。覚悟しておけ」
「は、はいぃーーっ! 申し訳ございませんでした!」
ギルフィードはひたすらに謝り続けている。アルバートに嫌われたら自分の身がどうなるか、容易に想像できる。爵位を取り上げることすら、アルバートには簡単にできてしまうことだろう。
ひとしきり謝ったギルフィードは「今日は退出させていただきます……」と野次馬の人をかき分けて、姿を消してしまった。
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