身代わり閨係は王太子殿下に寵愛される

雨宮里玖

文字の大きさ
17 / 20

17.

しおりを挟む
皆のざわつきと敬礼の中、一直線にこちらに向かってくるその人は、今朝ベッドの中でまどろんでいるときに、ラルスの額に「行ってきます」のキスをしてきた愛する人だ。

「な、なぜこんなところまで殿下が……!」

 ギルフィードはすっかり固まっていたが、アルバートが視線を向けると、「殿下、お会いできて光栄です!」と、これでもかというくらいに頭を下げた。

「本当はもっと早くに着きたかった。だが、なんとかダンスが始まる前には間に合ったようだな」
「ダンス? 殿下はいったい誰と……」

 アルバートはギルフィードとラルスを見た。ふたりの周囲には他に人はおらず、ちょっと離れて野次馬がざわざわしながらアルバートを遠目で見ている。

「ギルフィード子爵、まさかラルスにダンスの申し込みをしていたのか?」
「えっ、で、殿下っ! こ、この者がひとりきりで余っていましたので、それで……っ!」

 ギルフィードは震えている。アルバートに話しかけられただけで、極度の緊張状態にあるようだ。

「大変申し訳ないが、私はこの世でラルスだけは誰にも譲れない。ラルスに触れることも、ましてやダンスなど言語道断。ラルスが許しても私は絶対に許せない。他のアルファになど、渡すものか」
「へっ……? フィン殿のご友人は、殿下の知り合いなのですか……?」
「知り合い……?」

 アルバートは怪訝な顔をする。

「ラルスは王太子妃だ」
「お、王太子妃っ!?」

 ギルフィードは驚きを隠せない表情でラルスを見る。一度だけじゃない、何度も見返している。

「知らずにラルスと話していたのか? ああ。婚礼のときには遠い関係の者までは招待していないから、お前は王太子妃の顔も知らなかったのだな」
「も、申し訳ございませんっ! 王太子妃とは知らずにご無礼を!」

 ギルフィードは慌ててラルスに謝罪してきた。

「わたくしめは、ベルトルト領の隣の領地を治めておりますギルフィードと申します! 王太子妃にお目にかかれるとはなんという幸運! どうか、今後とも深く長いお付き合いをさせてくださいっ」

 ギルフィードは手のひらを返したようにラルスにすり寄ってきた。やはりギルフィードは相手の身分によって態度を変える、やましい男だったようだ。
 驚いているのはギルフィードだけじゃない。周りもラルスの素性を知らない者ばかりだったようで、「王太子妃ですって」「王太子妃がこの祝宴にいらっしゃっていたとは」とざわざわ声が聞こえる。

「ギルフィード子爵は王家と親しいと言っていたけど、王太子妃さまの顔も存じ上げていないなんて……」

 誰かの声が耳に飛び込んできた。
 たしかにアルバートとの婚礼のときには、数えきれないほどの人々が招待されていた。ラルスの顔を知らないということは、そこにも招待されないほどの希薄な関係だということだ。あんなに偉ぶってみんなに王家を語っていたくせに、ギルフィードの無知が白昼のもとにさらされ、もはや形無しだ。

「ラルス。子爵と親しくする必要はない」

 アルバートはラルスとギルフィードのあいだに割って入ってきた。

「ラルスのことも知らずに、それでよく王家とつながっていると我がもの顔で言えたものだな。今回ばかりは見逃してやるが、今後一切、ラルスに対する侮辱は許さない。私はやると言ったら徹底的にやる男だ。覚悟しておけ」
「は、はいぃーーっ! 申し訳ございませんでした!」

 ギルフィードはひたすらに謝り続けている。アルバートに嫌われたら自分の身がどうなるか、容易に想像できる。爵位を取り上げることすら、アルバートには簡単にできてしまうことだろう。

 ひとしきり謝ったギルフィードは「今日は退出させていただきます……」と野次馬の人をかき分けて、姿を消してしまった。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

悪役令息はもう待たない

月岡夜宵
BL
突然の婚約破棄を言い渡されたエル。そこから彼の扱いは変化し――? ※かつて別名で公開していた作品になります。旧題「婚約破棄から始まるラブストーリー」

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】

おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。

弟を溺愛していたら、破滅ルートを引き連れてくる攻めに溺愛されちゃった話

天宮叶
BL
腹違いの弟のフィーロが伯爵家へと引き取られた日、伯爵家長男であるゼンはフィーロを一目見て自身の転生した世界が前世でドハマりしていた小説の世界だと気がついた。 しかもフィーロは悪役令息として主人公たちに立ちはだかる悪役キャラ。 ゼンは可愛くて不憫な弟を悪役ルートから回避させて溺愛すると誓い、まずはじめに主人公──シャノンの恋のお相手であるルーカスと関わらせないようにしようと奮闘する。 しかし両親がルーカスとフィーロの婚約話を勝手に決めてきた。しかもフィーロはベータだというのにオメガだと偽って婚約させられそうになる。 ゼンはその婚約を阻止するべく、伯爵家の使用人として働いているシャノンを物語よりも早くルーカスと会わせようと試みる。 しかしなぜか、ルーカスがゼンを婚約の相手に指名してきて!? 弟loveな表向きはクール受けが、王子系攻めになぜか溺愛されちゃう、ドタバタほのぼのオメガバースBLです

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

処理中です...