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「ラルス。遅くなってすまなかった」
「殿下は今日、いらっしゃらないと思っていました」
本当にそうなのだ。アルバートは来られないと言っていた。だからラルスも今日はひとりで乗り切るつもりでいた。
「私も無理だと思っていた。だが、この地域のパーティーにはダンスの時間があることを思い出して、それまでには間に合うようにと帰ってきた」
「なぜ、そのような無茶を……」
「ラルスの初めてのダンスの相手は私がいい。それを他の男に取られると思った途端、居ても立っても居られなかった」
アルバートは至極真面目だ。たったそれだけの理由で、予定を変更して駆けつけてきてくれたようだ。
「僕は他の男の手をとるなどしませんよ」
ラルスだって嫌だ。アルバート以外の人と手を繋ぎ、身体を触れ合わせながら踊るなんてことはしたくない。
「そうか。その言葉が聞けて嬉しい」
ラルスの最愛の夫、アルバートはラルスの前に立ち、ひと呼吸整えた。
「では、私と踊ってもらえませんか?」
アルバートはラルスに畏まり、右手を差し出してきた。
今日のアルバートは霊祭の日に参加したためか、ひときわ華美な正装をしている。光沢のある白の生地に金色の肩章、手首の袖口にも統一感のある金色の刺しゅうが施してある。いかにも王子様といった風体で、ちょっと気恥ずかしくなるくらいだ。
ラルスはアルバートの顔をまともに見られない。
今朝別れたばかりなのに、毎日見ているはずなのに、眩しいくらいにかっこいい。
ラルスを心配して無理をしてまで駆けつけてくれたことも嬉しい。それから、大勢の前で恥ずかしげもなく「王太子妃だ」と言ってくれたことも。
「もしかして私に怒っているのか……? ひとりにしてすまなかった。これでも急いで来たつもりなのだ。ラルス、至らぬ私を許してはくれまいか?」
大変だ。ラルスが目を合わせられなかったせいで、アルバートが変な勘違いをしている。
「怒るはずがありませんっ」
ラルスは慌ててアルバートに釈明する。
「嬉しかったのです。嬉しくて……今日は殿下にお会いできないと思っていましたから。それでもひとりで頑張ろうって思っていたところに、殿下が来てくださって……」
ラルスは華やかな場所は得意ではない。それでもフィンのために頑張ろう、貴族のパーティーにも慣れなくてはと無理をしていた。
でもアルバートが来てくれてわかった。アルバートがいてくれるだけで心が楽になる。アルバートはラルスを守ってくれるし、ひとりぼっちになる不安もない。
「では、私の手を取ってくれるか?」
「ですが僕はダンスができません……」
「私が教える。一曲だけでもいい。どうしてもラルスと踊りたいのだ」
アルバートはうやうやしくラルスに頭を下げる。
その姿に周囲がどよめいている。それもそのはず、王太子に頭を下げさせるなんて前代未聞だ。
「殿下。どうぞお手柔らかにお願いします」
ラルスはアルバートの手に自分の手のひらを重ねた。するとアルバートはその手を包み込むように握りしめる。
「安心しろ。私に身を委ねていればいい」
そう言ってアルバートはラルスの手を引き、シャンデリアの輝く煌びやかな舞踏場へ連れていった。
◆◆◆
「そうだ。右足を出したら、次は左の足をここへ」
「はい、えっ、わわっ!」
アルバートの言うとおりに、一生懸命やろうとするのだが、自分の足のくせになぜかうまいこと動かせない。ラルスはまるで操り人形のごとく、妙な動きになってしまう。
「できなくなったら、私に寄りかかればよい」
「あっ……」
不意にアルバートに肩を抱かれる。
アルバートに身を預けたことで、足を間違えてもふらつかなくなった。体重が足だけにかからなくなったためだ。
ふらつく恥ずかしさと不安がなくなったことで、足の運びを覚えることに集中できるようになった。アルバートが教えてくれたのは単純なステップで、慣れてきたらステップを踏むことができるようになってきた。
少し余裕ができると、ダンスが楽しくなってきた。
失敗してもアルバートが支えてくれるし、なによりもアルバートと繋いだ手が、触れ合う身体からアルバートの想いが伝わってくる。ラルスのことを大切に思ってくれていることがわかる。
「ラルスは覚えがいい」
アルバートはラルスに微笑みかけてくる。
「殿下のおかげです。少しできるようなったら、楽しくなってまいりました」
「そうか。私も楽しい」
アルバートは再びラルスを抱き寄せる。
そのことは嬉しいが、なんとなく周囲の視線を感じる。皆、パートナーとともに踊ってはいるのだが、やはり王太子のアルバートのことは気になるようだ。
「殿下、ダンスというものは、互いの距離が近くて少し恥ずかしいですね」
「私はこれにかこつけてラルスに触れられるのだから、さっきから嬉しくて仕方がない」
「えっ?」
アルバートの言うことが信じられない。こんなに紳士的なのに、ラルスに触れることができて嬉しい!?
「ラルスは可愛い。あたふたするラルスも、素直に私に寄りかかってくるラルスも、全て可愛い」
アルバートはラルスの腰を抱く手にさらに力を込めてきた。
「殿下っ……」
「好きな人と踊るとこんなに楽しいものなのだな」
「だから殿下ったら!」
「妃に愛情を示すことの何が悪い? 私がどれほどラルスのことを想っているのか皆に理解してほしいと思っているくらいだが」
アルバートに言われてラルスは赤面する。アルバートは仲のよさを隠すどころか、周囲に見せつけようとしているようだ。
「殿下……」
アルバートには側室はいない。だが、貴族の中には側室がいる者がいる。そのようなとき、主人に愛されていればいるほど側室の地位が高くなるということがあるらしい。
アルバートはラルスのことを人前でも大切にしてくれる。だからそれを見た周囲もラルスを一目置いている。ちょっと恥ずかしいが、アルバートのはっきりとした態度によって結果的に守られている、というのはあるかもしれない。
「ラルス。お前の心根は素晴らしい。もっと自信を持て。この私が選んだ相手なのだぞ?」
アルバートの言葉にラルスはハッと顔を上げる。
そうだ。もう自分は王太子妃で、ラルスの挙動はラルスだけの評価になるわけではない。アルバートのためにも、堂々とした振る舞いをしなければ。
「はい、殿下」
ラルスはアルバートの肩にそっと頭を寄せる。
ずっとアルバートのそばにいたい。
そう願うなら、もっと王太子妃らしくならないと、とラルスは小さな決心をした。
「殿下は今日、いらっしゃらないと思っていました」
本当にそうなのだ。アルバートは来られないと言っていた。だからラルスも今日はひとりで乗り切るつもりでいた。
「私も無理だと思っていた。だが、この地域のパーティーにはダンスの時間があることを思い出して、それまでには間に合うようにと帰ってきた」
「なぜ、そのような無茶を……」
「ラルスの初めてのダンスの相手は私がいい。それを他の男に取られると思った途端、居ても立っても居られなかった」
アルバートは至極真面目だ。たったそれだけの理由で、予定を変更して駆けつけてきてくれたようだ。
「僕は他の男の手をとるなどしませんよ」
ラルスだって嫌だ。アルバート以外の人と手を繋ぎ、身体を触れ合わせながら踊るなんてことはしたくない。
「そうか。その言葉が聞けて嬉しい」
ラルスの最愛の夫、アルバートはラルスの前に立ち、ひと呼吸整えた。
「では、私と踊ってもらえませんか?」
アルバートはラルスに畏まり、右手を差し出してきた。
今日のアルバートは霊祭の日に参加したためか、ひときわ華美な正装をしている。光沢のある白の生地に金色の肩章、手首の袖口にも統一感のある金色の刺しゅうが施してある。いかにも王子様といった風体で、ちょっと気恥ずかしくなるくらいだ。
ラルスはアルバートの顔をまともに見られない。
今朝別れたばかりなのに、毎日見ているはずなのに、眩しいくらいにかっこいい。
ラルスを心配して無理をしてまで駆けつけてくれたことも嬉しい。それから、大勢の前で恥ずかしげもなく「王太子妃だ」と言ってくれたことも。
「もしかして私に怒っているのか……? ひとりにしてすまなかった。これでも急いで来たつもりなのだ。ラルス、至らぬ私を許してはくれまいか?」
大変だ。ラルスが目を合わせられなかったせいで、アルバートが変な勘違いをしている。
「怒るはずがありませんっ」
ラルスは慌ててアルバートに釈明する。
「嬉しかったのです。嬉しくて……今日は殿下にお会いできないと思っていましたから。それでもひとりで頑張ろうって思っていたところに、殿下が来てくださって……」
ラルスは華やかな場所は得意ではない。それでもフィンのために頑張ろう、貴族のパーティーにも慣れなくてはと無理をしていた。
でもアルバートが来てくれてわかった。アルバートがいてくれるだけで心が楽になる。アルバートはラルスを守ってくれるし、ひとりぼっちになる不安もない。
「では、私の手を取ってくれるか?」
「ですが僕はダンスができません……」
「私が教える。一曲だけでもいい。どうしてもラルスと踊りたいのだ」
アルバートはうやうやしくラルスに頭を下げる。
その姿に周囲がどよめいている。それもそのはず、王太子に頭を下げさせるなんて前代未聞だ。
「殿下。どうぞお手柔らかにお願いします」
ラルスはアルバートの手に自分の手のひらを重ねた。するとアルバートはその手を包み込むように握りしめる。
「安心しろ。私に身を委ねていればいい」
そう言ってアルバートはラルスの手を引き、シャンデリアの輝く煌びやかな舞踏場へ連れていった。
◆◆◆
「そうだ。右足を出したら、次は左の足をここへ」
「はい、えっ、わわっ!」
アルバートの言うとおりに、一生懸命やろうとするのだが、自分の足のくせになぜかうまいこと動かせない。ラルスはまるで操り人形のごとく、妙な動きになってしまう。
「できなくなったら、私に寄りかかればよい」
「あっ……」
不意にアルバートに肩を抱かれる。
アルバートに身を預けたことで、足を間違えてもふらつかなくなった。体重が足だけにかからなくなったためだ。
ふらつく恥ずかしさと不安がなくなったことで、足の運びを覚えることに集中できるようになった。アルバートが教えてくれたのは単純なステップで、慣れてきたらステップを踏むことができるようになってきた。
少し余裕ができると、ダンスが楽しくなってきた。
失敗してもアルバートが支えてくれるし、なによりもアルバートと繋いだ手が、触れ合う身体からアルバートの想いが伝わってくる。ラルスのことを大切に思ってくれていることがわかる。
「ラルスは覚えがいい」
アルバートはラルスに微笑みかけてくる。
「殿下のおかげです。少しできるようなったら、楽しくなってまいりました」
「そうか。私も楽しい」
アルバートは再びラルスを抱き寄せる。
そのことは嬉しいが、なんとなく周囲の視線を感じる。皆、パートナーとともに踊ってはいるのだが、やはり王太子のアルバートのことは気になるようだ。
「殿下、ダンスというものは、互いの距離が近くて少し恥ずかしいですね」
「私はこれにかこつけてラルスに触れられるのだから、さっきから嬉しくて仕方がない」
「えっ?」
アルバートの言うことが信じられない。こんなに紳士的なのに、ラルスに触れることができて嬉しい!?
「ラルスは可愛い。あたふたするラルスも、素直に私に寄りかかってくるラルスも、全て可愛い」
アルバートはラルスの腰を抱く手にさらに力を込めてきた。
「殿下っ……」
「好きな人と踊るとこんなに楽しいものなのだな」
「だから殿下ったら!」
「妃に愛情を示すことの何が悪い? 私がどれほどラルスのことを想っているのか皆に理解してほしいと思っているくらいだが」
アルバートに言われてラルスは赤面する。アルバートは仲のよさを隠すどころか、周囲に見せつけようとしているようだ。
「殿下……」
アルバートには側室はいない。だが、貴族の中には側室がいる者がいる。そのようなとき、主人に愛されていればいるほど側室の地位が高くなるということがあるらしい。
アルバートはラルスのことを人前でも大切にしてくれる。だからそれを見た周囲もラルスを一目置いている。ちょっと恥ずかしいが、アルバートのはっきりとした態度によって結果的に守られている、というのはあるかもしれない。
「ラルス。お前の心根は素晴らしい。もっと自信を持て。この私が選んだ相手なのだぞ?」
アルバートの言葉にラルスはハッと顔を上げる。
そうだ。もう自分は王太子妃で、ラルスの挙動はラルスだけの評価になるわけではない。アルバートのためにも、堂々とした振る舞いをしなければ。
「はい、殿下」
ラルスはアルバートの肩にそっと頭を寄せる。
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