優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第一章 ハーレムとは

第1話 三者三様

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 教室に沈む夕暮れの光が、静かに斜めに差し込んでいた。机に突っ伏している織理しきりの髪に、それが赤く柔らかく差し込んでいる。

 「織理、好きや……! ずっと一緒に居ってほしい!」

 攪真かくまの声は、どこか焦りを帯びていた。思いが溢れてこぼれたようなその告白に、織理は顔を上げることもできず、ただ心臓の高鳴りを感じていた。

「織理は本当可愛いね。ね、俺本気でお前のこと好きだよ」

 ゆづるは笑っていた。柔らかく、優しく、けれどどこか計算されているような、そうでないような、曖昧な笑み。だがその声色は嘘ではないのだと、織理にはわかってしまう。

「織さんはオレの玩具なんだからさぁ……離れるなんて許さないから」

 在琉ざいるの声は冷ややかで、なのに妙な熱を帯びていた。遊びのようでいて、狂気を隠しているようでもある。

 ――こんな告白を、同時に受ける日が来るなんて、誰が想像しただろう。

 ――――
 
「織理モテ期到来~! おめでとう~!」

 皮肉っぽく拍手を送るのは、唯一味方と思える存在、平和島 匠へいわじま たくみだった。その軽快な手の音が教室の中で空しく響く。

「馬鹿にしてるのバレバレなんだけど」
「いやまぁ、流石に男にモテてる織理を羨ましいとも思わないわけでして……しかもなんか、弦先輩以外微妙だし」

 織理の指摘に冷静に返す匠。冗談抜きに彼は全く織理のモテ期が羨ましくなかった。彼も彼女居ない歴年齢の虚しい男子であったがそれとこれとは話が別だ。

「やめてよ~……俺はどうしたらいいのか本当にわからなくて……」

 いつも通りのやり取り。けれど織理の溜息は重く、机に突っ伏したまま小さな声で訴える。

「泣くな泣くな。don't cry! 逆に考えるんだ、侍らせておけばいいって」

 ドヤ、と指差す匠は妙なノリをしていた。テンションがやけに上がっているのは滅多にないイベントに湧いているからだろうか。
 しかし当事者は『はいそうですね』なんて言えない。

「ねぇ、匠。お前は俺の立場だった時にそうできるの?」
「……ふふ! 出来るわけないだろ! 陰キャ代表の匠さんだぞ!?」

 情けない笑い声。だがその自虐すら羨ましい。織理はまた頭を抱えた。
  人からの好意、それは本来自分なんかに向けられるわけがないものだと彼は思っていた。それがまさか同時に3人から、となれば許容範囲は軽く超える。人生の中でもトップクラスに嫌な状況だった。これが誰か1人からだったなら、もしかしたら自分は受け入れていたのではないかと思う程度に。

「どうしよう……もうみんなの記憶消したい……」

 記憶を消す、それは織理の最も得意とする能力の使い方だった。けれど匠が即座に首を振る。

「それが1番ダメな選択肢ですね。いやでもお前ならいける、ハーレムいけるよ!! 多分それがみんな幸せになれるって!」

 これは半分本気だった。匠も決して狂った訳ではないが、

「やだ、そう言うの……なんか不誠実」
「じゃあ誰か選びなよ、大丈夫。なんかあったら俺も頑張るから!」
「匠に何が出来るの……」
「織理を宥めることくらいできるよ!! ま、俺的には弦先輩かなぁ~絶対幸せにしてもらえるし」

 ――――

 その日、織理は放課後の廊下で攪真に出くわした。今会いたくなかったな、と静かに思う。
 攪真はどこか気まずそうにはにかんだ。

「あ、……織理今帰りなんか? 一緒に帰らへん?」

「攪真……」

 一瞬言葉を飲み込む。織理はまだ答えを出していない。むしろ、出せる自信がない。そんな様子を察してか、攪真は困ったように笑って言った。

「今は答えとか要らんから……一緒に帰らせてや」

 どこか寂しげな声に織理はつい頷いた。

 ――――

 別の日、弦は笑顔で手を振ってきた。まるで何もなかったかのようにいつもと同じ。

「織理~調子はどう?」
「先輩……」
「弦で良いよ。ね、今日暇ある? 前に織理が気になってたゲーム、買ったけど遊びに来ない?」

 それは少し気になる。現金だが金欠学生の織理には魅力的な誘いだ。

「でも、」

 まだ答えが決まってない。断るかすらも、そう悩んでいると弦は少し柔らかな声で返す。

「前の答えなら要らないよ。俺はただ織理が好きなだけだから、一緒に居れるだけで充分。……寧ろ顔見えない方が辛くて、なら俺のこと2番目でも3番目でも、ただの都合いい男としてでも側にいさせてよ」

 その言葉の真剣さに、織理は何も言い返せなかった。

 ――――

 放課後、薄暗い階段下の踊り場で在琉に呼び止められた。織理が通りかかるのを待っていたようだった。

「答えが遅い。織さんそろそろ答え考えた? え? オレにじゃねぇよ、他の奴らにだよ」
「お前だけは絶対やだ」

 こればかりは即答した。それが無意味なこともわかっていたが、コイツだけは本当にありえない。

「別にお前が好きって言ってるわけじゃない。ただ、他の奴らのものになられるとつまらないって話だよ? 『俺は誰のものにもなりません』一言で終わりなんだけど」

 柔らかな口調で言いながら、言葉の端々はどこか硬質だった。どこまでも読めない本心に織理は戸惑う。

「でも、それは……」

 人の好意を断るなんて、簡単にはできない。織理が戸惑っていると在琉はまた口の端を釣り上げた。

「それとも無理矢理オレが閉じ込めてやろうか? カワイイ織さんに鎖つけて家で飼ってもオレはいいけど」

 その言葉は冗談のように聞こえながらも、確かに含まれている本気に織理の背筋が凍る。視線を逸らしても、空気の圧力は変わらなかった。

「絶対嫌……と言うかお前は俺が嫌いなんでしょ、なんで」

 在琉の視線から逃げるように、織理は視線を落とした。自分でも分からない疑問が、口から出てしまっていた。

「だから玩具を取られるのが嫌って言ってるじゃん。頭空っぽなの? 織さんにもわかるように言っているつもりなんだけどなぁ」
「だって意味がわからない……嫌いな奴のそばになんて居たくないでしょ」

 震える声で織理は答える。その言葉に在琉は一瞬だけ黙った。そして鼻で笑うように呟いた。

「だってまだ遊び足りないもん」

 織理はその一言に、分かり合えないことを知る。これが好意だとは認められなかった。
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