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前日譚(読まなくても大丈夫です)
求めない手ー弦前日譚ー
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まただ。
「織理、怒ってるの? かわいいねぇ~」
「怒ってない、です。撫でるのやめて……」
どこか嫌そうなのに、顔が僅かに緩んでいる。撫でてくる手を払うこともしない。
――なんや、あの人。織理にベタベタ触りよって……。
戯黒 弦。俺たちの1つ上の先輩。それはわかっている。確かにあの人には何か惹かれる物がある、それは恋愛感情とかではなくカリスマ性と言ったらいいのだろうか。この人なら大丈夫、この人に着いていけば上手くいく……そんな感情が湧いてくる。
だが、それで盲信出来るかといえば話は別だ。
織理に対して馴れ馴れしくて、織理も心を開きかけていて……兄のポジションを脅かされているように感じる。
「先輩」
「お、攪真じゃん。お疲れ~」
織理を撫でていた手を上げてひらひらと俺に向かって手を振る先輩。とても、良い人だとは思う。気さくで面倒見がどことなく良くて。だから気に入らない。
「織理、嫌がってますよ。手ぇ離してくれません?」
「なんだ、嫉妬か? 男の嫉妬は醜いぞ~」
ケラケラと笑う先輩の言葉に返す言葉が見つからない。織理の前で何を言ってくれてるんだ、とか思うことはあるけれどそれらは俺の立場を悪くするだけだ。
「……嫌、じゃない……」
「あ、織理がデレた!! そういうところも可愛い~!」
笑い声が弾け、織理は視線を落とす。あぁ、俺は何を見せられているんだろう。だって、織理は、そりゃあ確かに可愛いところがあって。弟のように思えるほどに守ってあげたくなって、守ってやりたいと思わせる無防備さに何度も心を動かされてきた。でもその可愛さは俺だけしか、知らなくて良いはずなのに。
ドロドロとした感情が湧いてくる気がする、これ以上見ていたくなかった。
――だって織理は俺にそんな甘えた顔を見せてくれない。頭なんて、撫でたこともない。
軽く会釈だけして俺は逃げた。これ以上あそこにいると何か余計なことを言いそうだったから。
――――
「余裕のない男ってやだねー、ね、織理」
「? そう、ですね?」
弦の言葉に織理はよく分からないまま合わせる。織理にとって弦は不思議な人だった。距離を詰めるのに乱暴さがなく、弄ぶ真似をしつつも傷つけはしない。まるで『普通の人』として扱う手つきに、何度も戸惑った。
可愛いなんて冗談でも初めて言われた、頭なんて撫でられたこともなかった。少し反応に困るところもあるけれど、嫌じゃなかった。殴られなくて、罵倒もされなくて、攪真みたいに弱点を探りにもこない。程よい赤の他人、その距離感がやけに安心するような……いや、それでも揶揄われるのは自分が根本的に可笑しいからなのだと分かっているが、それでも良いと思えたのだ。
「何で……」
何で自分に構ってくれるのだろう。そう言葉にしかけて口を閉じた。それを聞いて自分はどのような答えを求めているのかも分からなかった。どこかで弦に期待している自分が居るのを織理は自覚していた。
それを察したのか弦は眉を下げてどこか困ったような、だが慈しむような顔を向ける。
「ふふ、織理が可愛い反応返してくれるからだよ。あぁ、誤解しないでね。別に織理が反応しないから離れるとかもないから」
「可愛く無い……と思います」
「いーの、俺が勝手に言ってんだから。何も求めてないからね」
それは全く責める口調ではなく。ただ不安がる織理を安心させるためだけの言葉だと、聞いている本人も分かる。何も求められていない、それはどこか簡単に崩れ去るような不安感と共に『受け止めるだけで良い』と言う呼吸のしやすさを織理に与える。勿論完全には信じていないが。
「大丈夫だよ、織理。もしもお前から離れる時はちゃんと言葉にするから」
――こうして『絶対に離れないから』と言わない所がこの安心感の理由の1つなのかもしれない。
織理はふと思う。不確実な、しかし自分に都合のいい未来を抱かせない。きっとすぐにこの興味も尽きる、その時に苦しくならないように最後の壁は崩さないで置ける。この言葉が無ければきっと自分は酷く依存していたことだろうと織理自身にも分かっていた。
「織理、怒ってるの? かわいいねぇ~」
「怒ってない、です。撫でるのやめて……」
どこか嫌そうなのに、顔が僅かに緩んでいる。撫でてくる手を払うこともしない。
――なんや、あの人。織理にベタベタ触りよって……。
戯黒 弦。俺たちの1つ上の先輩。それはわかっている。確かにあの人には何か惹かれる物がある、それは恋愛感情とかではなくカリスマ性と言ったらいいのだろうか。この人なら大丈夫、この人に着いていけば上手くいく……そんな感情が湧いてくる。
だが、それで盲信出来るかといえば話は別だ。
織理に対して馴れ馴れしくて、織理も心を開きかけていて……兄のポジションを脅かされているように感じる。
「先輩」
「お、攪真じゃん。お疲れ~」
織理を撫でていた手を上げてひらひらと俺に向かって手を振る先輩。とても、良い人だとは思う。気さくで面倒見がどことなく良くて。だから気に入らない。
「織理、嫌がってますよ。手ぇ離してくれません?」
「なんだ、嫉妬か? 男の嫉妬は醜いぞ~」
ケラケラと笑う先輩の言葉に返す言葉が見つからない。織理の前で何を言ってくれてるんだ、とか思うことはあるけれどそれらは俺の立場を悪くするだけだ。
「……嫌、じゃない……」
「あ、織理がデレた!! そういうところも可愛い~!」
笑い声が弾け、織理は視線を落とす。あぁ、俺は何を見せられているんだろう。だって、織理は、そりゃあ確かに可愛いところがあって。弟のように思えるほどに守ってあげたくなって、守ってやりたいと思わせる無防備さに何度も心を動かされてきた。でもその可愛さは俺だけしか、知らなくて良いはずなのに。
ドロドロとした感情が湧いてくる気がする、これ以上見ていたくなかった。
――だって織理は俺にそんな甘えた顔を見せてくれない。頭なんて、撫でたこともない。
軽く会釈だけして俺は逃げた。これ以上あそこにいると何か余計なことを言いそうだったから。
――――
「余裕のない男ってやだねー、ね、織理」
「? そう、ですね?」
弦の言葉に織理はよく分からないまま合わせる。織理にとって弦は不思議な人だった。距離を詰めるのに乱暴さがなく、弄ぶ真似をしつつも傷つけはしない。まるで『普通の人』として扱う手つきに、何度も戸惑った。
可愛いなんて冗談でも初めて言われた、頭なんて撫でられたこともなかった。少し反応に困るところもあるけれど、嫌じゃなかった。殴られなくて、罵倒もされなくて、攪真みたいに弱点を探りにもこない。程よい赤の他人、その距離感がやけに安心するような……いや、それでも揶揄われるのは自分が根本的に可笑しいからなのだと分かっているが、それでも良いと思えたのだ。
「何で……」
何で自分に構ってくれるのだろう。そう言葉にしかけて口を閉じた。それを聞いて自分はどのような答えを求めているのかも分からなかった。どこかで弦に期待している自分が居るのを織理は自覚していた。
それを察したのか弦は眉を下げてどこか困ったような、だが慈しむような顔を向ける。
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