優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第一章 ハーレムとは

第9話 逃避

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 正直、この生活があまり楽に感じなくなってきた。

 人の好意を受け続けるにはそれを受け止めるだけの器が必要で。自分にはそれが無かった。
 ――きっと皆本心で俺を求めてくれている。それは流石にわかる。仮に演技だとしたら彼らは俳優にだってなれるし、詐欺師にだってなれる。

 弦先輩は優しい。俺に寄り添って俺を尊重しようとして、いつか来るであろう俺の心変わりにずっと投資しているかのようだった。俺が好きに動くことを望んで、何も押し付けようとしない。それは自分には難しいことではあるけれど、落ち着くのも事実だった。

 在琉は正直よくわからない。俺の事を嫌っているくせに、いや嫌っているからこそ、ここにいるのだろうか。痛くて、苦しくて、でも俺の呼吸を楽にしてくれる不思議な存在。きっと攪真に言ったら怒られるけれど、在琉に意思を呑まれていくのは自分によく向いていた。ただ痛いのだけが嫌だった。
 それに彼はどこか側に居なくては壊れてしまいそうな……妙な感覚を覚えさせてくる。
 
 攪真はその中間にいる感じがする。優しいのに強引で、けれど絶対に俺を傷つける気は無い。ただ無意識に溢れている能力だけが面倒臭くて、けれどそのせいでそれだけ攪真が俺の事で、心を乱しているのが嫌でも伝わってくる。彼は多分、俺が逃げたら壊れるだろう。俺が誰か一人に偏ったら壊れるだろう。それが分かるから、俺は動き方がよくわからなくなる。

 それに思うのだ。そもそもここまで好意を向けられるような人間では無いと。百歩譲って彼らの好みの姿をしていたとして、けれど自分のような性格の悪く面白味もない奴にいつまでも熱を上げられるとも思えない。その期待に応えられるほど気量も良くない。
 言ってしまえばもう逃げたかった、もしくはもう目覚めたく無かった。

 このふかふかとした、ここに来るまではまず一生触れることのなかったような寝心地のいいベッドで寝続けたい。そうして気がついたら終わっていればいいのに、とまたこんな事を考えている。
 ……何もしたくない。最近は本当に眠くて、起きたくなくて。それが現実逃避だと分かっていても止められなかった。
 ベッドに体を横たえて軽く目を閉じればそれだけで意識が飲まれていきそうだった。何も現状を打開する方法はわからないけど、今だけは何も考えなくて済むから。

 ――その時。
 部屋をノックする音。返事をする気力もなく、ただ眠り続けるふりをした。

「……織理、入るよ」

 静かに扉が開く。足音が近づき、ベッドの淵が沈む気配。

「……ごめんね。在琉との話し合い、やっぱりうまくいかなくて」

 弦さんの声だ。落ち着いているのに、どこか疲れている響き。髪を撫でられ、細い指が額をすくう。優しさに胸が痛む。

「織理も疲れてるよね。……ごめんね。俺たちのエゴに付き合わせて」

 ――違う。謝らなくていいのに。謝るべきは俺の方なのに。
 心の中でそう叫んでも、声にはできなかった。いま起きて向き合う勇気が無い。

「俺もさ、みんな仲良くなんて信じてるお人好しじゃない。ただ俺の目の届く範囲の均衡くらい保てると思ったんだよ。でも……」

 自嘲するような吐息。弦さんらしくない。

「思ったよりも恋愛って人を馬鹿にするんだね。知能のないアホを制御できるわけがない。だって聞く耳がないんだから」

 弦さんは説得が上手い。話を聞いてもらっていると、不思議と安心してしまう。きっとそういう力があるんだろう。本人は軽く触れるだけのつもりでも、聞いている側にすれば心に響く言葉になる。
 きっと大勢の人を動かせるんだろうなと思うほど。だから余計に彼は悩んでしまっているのではないかと思ってしまう。

「軽率だった、本当にごめんね……織理。お前が楽に生活してくれる日だけ、俺が楽しみなのはそれだけだったのに」
 額に落ちる、儚い口づけ。胸の奥が痛い。聞いてはいけない独白を聞いてしまった気がして、織理は布団の中で拳を握りしめた。
 やがて弦さんは立ち上がり、静かに扉を閉めた。
 残されたのは、暗闇と、自分の息の音だけ。
 ――あの人の献身に、俺はどう応えればいいのだろう。
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