優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

文字の大きさ
11 / 85
第一章 ハーレムとは

第8話 手当と下心

しおりを挟む

「あちゃー……ほんまに腫れとるな……」

 攪真の指が服の下を這い、そっと織理の胸に触れる。ピリッとした感覚に目を一瞬閉じた。

「これ、一回外した方がええんちゃうか。てかなんで急にまた……」

 恥ずかしがる織理は服を脱ごうとしない。だから、こんなふうに服の上から手を入れて、まるで「触診ごっこ」のように患部を探るしかなかった。
 攪真の指先が、ピアスの根本を優しくなぞる。こんなに過剰な装飾をつけられては、皮膚が悲鳴を上げるのも当然だろう。そもそも、なぜこんなところにピアスを開けているのか。聞かずとも、十中八九、在琉の仕業に決まっている。攪真は、在琉の悪趣味さに嫌悪しつつ、そこにわずかな興奮を覚えてしまう自分にも嫌悪した。
 織理は恥ずかしそうに視線を逸らし、ぽつりと言う。

「……実は、その……在琉に……新しいの開けられて」
「はぁ、あいつはほんま……ここだけか?」

 やっぱりな。流石に織理が自分で開けるわけないし、弦は織理の嫌がることは基本しない。
 攪真の問いに織理は無言で自身の下腹部に手を置いた。いやまさかそんな、と彼は一度織理に目を向けてもう一度での指す方へ視線を動かす。

「臍下……? まさか……ちょっとみてもええか」
「流石に恥ずかしい……」
「いや医療行為ってことで一つ。もしくはここで抱いたってええんやけど」

 冗談めかして笑う攪真に、織理は俯いた。攪真と織理の関係は、まだキスまで。いや、そもそも性行為にまで発展した相手などいない。在琉とのそれだって、行為そのものに及んだわけではないのだ。
 そうなると、体を晒すことは最初の関門になる。自分の貧相な体を見せたくない、それに見合わない過剰なピアスなど、なおさらだった。
 どちらとも答えず黙り込む織理に、攪真は苦笑しつつ、軟膏を取り出した。

「ほんまに、そこ腫れたら生活に支障出るやろ。で、多分そのピアス抜くのも怖いんじゃないんか?」

 正確には簪なのだが、見てもいない攪真には知る由もなかったし織理もその辺りは気にしていない。
 織理は少し悩んで頷く。実際、直視するのも躊躇われるほど在琉の刺した簪はジクジクと痛みを放っていて、どうにかしたい気持ちは嘘じゃ無い。

「せや、これから織理の脳を混乱させて、痛みを緩和してから抜いたるわ」

 彼の能力は【混乱】。脳を撹拌させ思考を乱す能力、彼自身も怪我の際、痛覚を誤魔化すために使っているものだった。
 なんてことはないかのように言う攪真に、織理もただ身を任せることにした。実際、自分でこれを抜くのは本当に怖かった。痛みと、わずかに起こる快楽で手が止まってしまうからだ。
 攪真は織理の頭に手を翳し、軽く能力をかける。
 僅かにとろんと下がった目と、抵抗をなくした体。本人が気を許すほどに効果が上がるこれに、なんとなく攪真は嬉しくなった。
 とはいえやることは一つだ。織理の服を軽く脱がせ、その患部を見る。流石に顔も引き攣ると言う物だ、本当に無遠慮に差し込まれていたのだから。

「酷いことしよるわ、在琉も……織理、抜くで」
「うん……」

 半分意識のない織理はぼんやりとした返事を返す。攪真は簪の上部を掴み、ゆっくりとそれを抜く。意識を誤魔化していても僅かに震える体に耐え難い物を感じながら。

「織理、えっろいなぁ……はぁ、なんでここまで来て抱けへんのやろ」

 思わず呟く。いっそこの簪を使って奥を突きたいくらいだ。交わりながらそんなことをすれば、もしかしたら織理は自分とのセックスに溺れてくれるのではないか、なんて虚しい考えが頭をよぎる。

 ――でもそれじゃただの快楽依存でしか無い。俺じゃなくても良くなってしまう。それじゃ困る、自分が拓いた身体をあいつらに横取りされるのが目に見えている。
 だから心を落とさなくては、『俺でなくてはいけない』そう思ってもらえるように。
 燻る熱をごまかすように深呼吸し、簪を最後まで抜き切った。その際、やはり織理の体は大きく震えた。混乱した頭ではそれを自覚もできないだろう。だからこそ、余計にエロく感じる。ぼんやりした目で、体を震わせる。なんて背徳的なのだろう。

 攪真は煩悩を払うように再度深呼吸した。流石に本人に悟られるわけにはいかない。

「終わったで、織理……起きてええよ」

 その言葉と同時に織理の目は焦点が戻る。

「ぁ、……ぅ、これ、頭変になりそう…………でも、ありがとう、攪真……」

 夢の中のように浮ついた世界で身体だけは快楽を拾っていた。本人に自覚がなくとも。
 熱い吐息を溢しながら、攪真に礼を言う。

「なんかされたら俺に言ってな? 先輩も頼りになるかもしれんけど、こう言った痛みへの対処は俺の方が優れとるからな」

 それは自賛ではなく事実だ。脳を誤魔化して手当てできる分、攪真はこう言ったことには利がある。

「うん……頼る、ね攪真……」

 攪真はあれ? と思った。いや嬉しいのだが、漠然と何か違和感がある。

「……織理、少し顔が赤いままやな……もしかして熱でもでとるんか」

 混乱を解いたのに、とろんとしたままの顔に、攪真は唾を飲み込みつつ額に手を当てた。じんわりと、しかし平熱よりは熱い気がする。
 ――体の防御反応が出ているのか。
 攪真は織理を抱き上げ、自身のベッドに横たわらせた。

「今氷嚢持ってくるわ。織理は寝とれよ」
「そこまでは……しなくても」
「こう言う時は甘えとけ! 身体がショック受けてんねや、今は休んどけよ」

 戻ってきた時、織理はぼんやりと天井を見つめていた。その視線を追いながらも、攪真はそっと氷嚢を織理の頭に乗せる。

「きもち、いい……ね。はじめて、かも……、こう言う時に、人がそばにいるの」

 織理はどこか嬉しそうに笑った。笑ったのだ、攪真に対して。それだけで攪真の中には大輪の花が咲く、そっと織理の髪を撫でた。

「これからはずっと、側におるよ。だから安心して休みや」
「かくま、……あり、がと……」

 薄く笑って、そのまま織理は目を閉じた。少し荒い呼吸が部屋に響く。
 攪真はそんな織理のそばに腕を組んで突っ伏した。

「俺……暫くはお前のこと健全に愛してられそうや……だから、これからも俺のこと頼ってくれ」

 それはきっと織理には聞こえていない。けれど夢の中で聞こえたならいいのにと馬鹿なことを考えながら攪真は呟く。
 いずれは性欲に負けるだろう、その日が来る前に彼を自分のものにしたくて仕方がなかった。


 ――――


 目が覚めた時、空はすっかり暗くなっていた。暗い部屋の中、うっすらと黒い影が見える。

「攪真……?」

 声をかけると、顔を上げた攪真が優しく笑った。も。もしかしてずっとここにいてくれたのだろうか。だとしたら申し訳ない。

「お、おはようさん。少しは楽になったか?」
「少しだけ……まだ身体熱い……気がする」
「少し触れるで」

 攪真はまた織理の首元に手を当てる。熱くて脈も早いように感じた。まだ下がり切ってはいないようだった。

「攪真……、あの、簪残ってる?」
「簪……って在琉のか? 残っとるけど……」
「あれ、もう一度、刺さないと……外したら次は本当に、穴を開けるって」

 震えながら言う織理に攪真は舌打ちをこぼす。そんなの、もはやただの脅迫だ。と言うか同じ男ならそれがどれだけ痛いかくらいはわかるだろうに、と怒りが湧いてくる。
 だがアイツはやる奴だ。冗談で言わない、そもそもそこに性欲も絡んでいないとなれば一筋縄では行かない。
 ただ喘ぐ織理が見たいから、だったならどれだけ楽だったことか。在琉は本当に織理を玩具として、半分以上人間扱いしていない気がする。だからこれもただ玩具に好きなシールを貼っているだけ、携帯にストーンを貼るのと同じ。ただ純粋に飾りたいだけなのだから救いがない。

 織理も織理だ。恐怖から従順になり掛けているのはわかるが仮にもお前は人を支配できるはずだろ、と。
 そう思ったが、それが在琉に効かないのだから無駄だった。つまり自分混乱だってあいつには効かない。もしも、能力が効くならアイツの記憶も混濁させて織理を忘れさせたのに。攪真は自分の無力さに奥歯を噛み締めた。

「……そんなことせんで良い。俺が奴に手は出させんようにしたるから」

 織理は戸惑う視線を向ける。考えていることは同じなのだろう、有効打の無い攪真になにができるのかと。

「ええから織理は休め。熱でとるんやから……それに、あんなヒョロイ奴、鉄パイプでもなんでもぶつければ応えるやろうし」

 嘲り混じりの本音。暴力などと言う原始的な方法は能力者としての喧嘩とは言えなかったが、背に腹は変えられない。
 しかし織理は首を振る。

「暴力は……ダメ、だよ。一緒に暮らす……人なんだから」
「織理はアイツのこと多少は好きなんか?」

 問い詰める声に、織理は長く考え込む。

「……わからない。怖い、けど……たまに、可愛い、のかな……放って置けない……」

 攪真は返す言葉を失った。これはDV彼氏に何故か依存するバカ女の思考なのか、それとも本当に織理の前でだけなにか態度が違うのか測りかねたからだ。もしくは、何か共鳴するところがあるのか。
 だが、はいそうですかと頷けるものでも無い。織理のようなタイプはそうやって身を削りかねない。

「……俺は織理に泣いてほしくないねん。アンタは俺にとって、大切な人だから」
「攪真……、ごめん、ね」
「謝んな。織理の性格を考慮できひん俺たちも悪い、ただ出来るなら自分を大切にしてくれ。……勿論その痛みに快感を覚えるってなら止めんけど」

 織理は思い切り首を振った。その姿に笑いが溢れる、たまに見せるこの普通の反応が愛おしい。その時だけ俺たちは本当の学友になれたような、恋人とは違う楽な雰囲気を感じる時がある。

「織理、とりあえず今は休みや。もし在琉と向き合うにしても、拒絶するにしても今のままじゃ押されてまうからな」

 織理の布団を整えて体を倒す。

「……どうしたら、誰も傷つけないで終われるんだろう」

 その呟きに攪真は言葉を飲む。終わる? それは誰との事を言っているのか。まさかこの同棲自体が嫌だと言うのか? 聞きたいことはあるが聞きたくない気がした。
 そのまま織理は眠ったようで後に残ったのは静かな吐息だけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新するかもです。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、視点を追加して、倍くらいの字数増量(笑)でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

処理中です...