優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第三章 猫の余韻と自分の心

第3話 重なる心

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 カチカチと時計の針の音がやけにうるさく聞こえる。

 熱い体を横たえて二人はぼんやりと床に転がっていた。折り重なって口を合わせて舌を絡める、そんな行為を暫く続けていると体がただただ熱くなって、運動したわけでもないのに息が上がって。

 少しの休憩として体を離すも無性に何かが足りないような、更なる欲が溢れてくる。

 在琉はここで初めて恐怖した。織理を玩具として飾り立てていた頃はあんなに満足できたのに、今はこれだけ好きにしても満足できない。間違いなく人としてはこちらの方が深く繋がったはずなのに、だ。

「織さん……まだ、動けます?」
 
 心音がやけに大きく聞こえる。体を起こしながら在琉は寝転んだままの織理に視線を向ける。その目は鋭さなど一つもない、ただ不安を浮かべるだけの物だった。

「ん……、へーきだよ……? ちょっと熱いけど……」

 舌足らずに返す織理に、彼の目が揺らぐ。

「もっと、さっきのしたい……。足りない、どうしよう、織さん……」

 それは不安が溢れ出した様な震えた声。シーツを強く握りしめる手に、織理は彼の不安を感じ取った。
 慰める様に織理は在琉の背中をポンポンと撫でる。
 わからないことに怯えるその姿はまるで子供の様だった。それは本人にも自覚はある、けれど自分が自分でなくなる感覚は何事にも変えられないほど恐ろしかった。

 ――今、織さんの体に穴を開けたら満足できるのだろうか。それで満足いかなければここから先は? どうやって満足したらいいの?

 もう満たされる事がないのかも知れない。そう考えた時に訪れるのは渇きだ。情欲を理解しきれていない彼は、先が見えない恐怖に飲まれそうだった。

 彼はふと、かつて自分が織理に開けたピアスに目線を向けた。男にとっては飾りでしかない胸の突起、薄い桃色のそこに金の装飾を施していた。

 本当に無意識だった。在琉はそのピアスの根本に舌を這わせる。コリ、と僅かに芯のあるそれは不思議な触感だった。自分のはほとんど皮膚と変わらず、大した感触もないのに。ピアスの金属のせいなのだろうか、と気になって今度は軽く歯を立てる。

「っ、あ……! ざ、いる……そこ、……」

 甘い悲鳴、痛みへの悲鳴とは違うどこか燻る様な声。少しだけ面白い気がしてピアスをくい、と指で引く。また声が上がる。その声が妙にモヤモヤする様で在琉は顔を顰める。不快ではない、けれどなぜか苛々する。

「在琉、もっと……そこして……変、だけど気持ちいい、」

 ――こんなところが? 少し気になって自分の胸も触って見るがやっぱり皮膚でしかなかった。織理だけがおかしいのか、とこればかりはそう処理するしかない。

 在琉は言われた通りに舌で舐める。ザラザラとした舌で丁寧に、何度も。織理の息が荒くなり始め、僅かに体が震えてるのが見えた。たまに軽く歯を立てればわかりやすく体が跳ねる。

 段々とこの感覚がかつてに近いものに感じ始める。――織さんを自分のものにしてる気分だ。それは征服欲、小動物を狩る肉食獣の様な、しかしそれと同じくらい庇護したくなる欲。

 自分の行動で震えて鳴く織理をずっと見ていたい。
 だからただぺろぺろと舐めては噛み、たまに強く吸って指で潰す。

「あ、っ、……! ん、っ、……す、き、もっと、、イ、っく……!!」

 びくん、と一際大きく織理の体は跳ねた。はぁはぁと荒い呼吸と虚な目でぼんやりと空を仰ぐ。

「大丈夫……? 織さん、」
「はぁ、……っ、ま、って……て。頭、おいつか、な、い……」

 赤ら顔で涙を浮かべる織理に鼓動が早くなる。もっとこれが見たい、もっと……。
 在琉の中で何かが音を立てて崩れていく、いやむしろ何かが築かれていくような気持ち悪い感覚。なのに、それが嫌じゃ無い。
 織理は目尻に涙を浮かべたまま在琉の肩を弱々しく触れる。

「在琉、っ……、も、っと……して?」 

 その『お願い』を断る気にならなかった。

「……織さんが嬉しそうなら、もっと続けてあげる」


 ――――


 それからどれくらい時間が過ぎたのだろう。
 織理の体は何度かの絶頂を迎え、完全にへたり込んだ。流石にもう無理だ、体の隅々がずっと痺れているような浮遊感がある。

「ざ、いる……」

 掠れた声で在琉を呼ぶ。在琉は在琉で眠そうな目で織理の隣に横になっていた。
 結局彼等は性行為はしなかった。そこまで辿り着かなかった。ただ織理の胸を喰み、舐め続け、請われるままに在琉は与えた。恐ろしいことに彼は精を吐き出すわけでもなく、ただただ織理の反応で満足していたようだった。

「……にゃぁ」

 在琉が鳴き声で返事をする。眠りかけているからか猫性を抑える気がないのだろう。うとうとと織理の胸元に収まる様は本当に猫のようで、可愛く見える。情事擬の後とは思えないほどに穏やかな表情だった。
 そっと頬にかかる髪を避ける。傷跡のようなフェイスペイントをなぞって口の端に触れる。――この口があんなにも自分を舐めてくれたのだと思うとなんとなく恥ずかしい。
 在琉が僅かに身動いだので手を離す、猫耳が僅かにピクピクと動いていた。けれど触れない、嫌がるからと自分の体が脱力しているからと両方だ。
 ――ベタベタとする体を洗いたい。ただ疲れて動く気にもならない。織理は諦めて目を閉じる。少し休んだら風呂に入ろう、と。
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