優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第三章 猫の余韻と自分の心

第2話 猫耳在琉

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 ――変な耳が生えてる。先日織さんに生えてたやつだ。と言うか攪真だけじゃなく、オレまでかよ。
 在琉は迷わずその猫耳を引っ張った。しかし取れないどころか普通に痛い気がする。だが根本からならいけるか、といつも持っている護身用のナイフを耳の生え際に当てた。

 自分の頭上というのはどうにも当て難い、在琉は少しだけ格闘していた。そんな時だった。

「在琉、何してるの……? 刃物、危ないよ」

 後ろから織理に声をかけられた。耳に集中していて全く気が付かなかったことに在琉は負けた気がした。

「変な耳生えたから取ろうと思って」
「可愛いのに」

 在琉の返答に織理はそう返した。彼には自分が猫化していた時の記憶がない。そしてその間の醜態を誰も彼には教えなかった。だからこその素直な言葉、ただの猫耳だと思っているのだろう。

 とは言えあんな織理を見ておいて、これを放置するほど在琉はバカではない。獣と同じ仕草など人間がするものでもない、だから切るのだ。

 だと言うのに織理がじっと耳に目を向けるものだから刃を通しにくい。流血沙汰を態々、彼に見せたいとは思わなかった。それは優しさというよりも面倒臭さ、下手に心配されてヨシヨシされるのはうざい。

「あっち行って。アンタに断面見せるのちょっとヤダ」
「でも、無理矢理は……」

 食い下がる織理に在琉は舌打ちする。

「うるさい、オレの体なんだからほっといてくれます? 早くしないと、にゃ、にが……」

 そして自らの喉を締めた。――ほら言わんこっちゃない、ゆっくり時間をかけているから言語野に障害が出始めた。
 しかし織理としては耳の切断を見過ごすわけにもいかない。幾ら自分の体ではないとは言え、そんなことをしたら何が起こるかわからない。後付けのパーツを無理矢理に取ることに反対だった。

「織さん、のせいで……悪化したんだけど?」

 喉を抑えながら在琉は睨みつけた。

「ご、ごめんなさい……でも、可愛い」

 謝りつつもどこかうっとりとした織理に在琉はたじろぐ。甘く、愛おしいものを見る目。そんなもの、知らない在琉からすれば恐怖にしかならない。
 ――そう言えば、攪真に耳が生えた直後も喜んでたな。

「……アンタもしかしてこの耳ついてれば誰でも可愛いって思うわけ?」
「みんなではないと思う……在琉は、元々少し……可愛いし」

 何言ってんだこの人、在琉は苦虫を噛む様に顔を歪めた。依然として可愛いと言う言葉の意味は測りかねる。以前織理本人から可愛いも言って欲しい、とお願いされたから使い方はわかる。つまり、織理のようにか弱くて無力な玩具を可愛いと表すのだ。そこに自分が分類されていると? それは全く嬉しくない。

 腑に落ちない言葉に黙っていると織理はおずおずと手を胸の辺りで握りしめた。そして僅かに視線を下から在琉の目に合わせた。

「在琉……、その耳触らせて」
「え、やだ」

 何をもだもだしているのかと思えば。頭なんて誰にも触らせたくない、と在琉は即断った。

「……だめ?」
 
 しかし織理も諦めなかった。
 どこか舌足らずに、少し怯えた様に身を縮こませて上目遣いに頼む。
 最近の彼は少しだけ自信がついていた。自分の甘え仕草が自然に出るようになった。無意識ながらあの記憶のない2日間の副産物。
 本来ならそんな仕草気持ち悪い、と捨てる織理だったが、少なくともこの3人には自分が可愛く見えるのだと認識したのだ。だから多少弱々しく頼むとなんか喜ばれるのも覚えた。最悪の学習能力である。

 そしてやはり効果はある、在琉は一瞬押し黙り、舌打ちを一つ。

「……ま、アンタみたいな雑魚に怯えるのもらしくないか。触れば? その代わり後でまた抱きしめてよ」

 決して言い間違いではない。在琉は織理に抱きしめられる事が認めたくないが好きだった。

「! うん! ありがと、在琉……大好き」

 照れながらそんなことを言うのだから在琉の頭は普通に思考停止した。たまに見せる織理のその顔がどうにもむず痒くて落ち着かない。

 織理はゆっくりと在琉の頭に手を伸ばす。頭上で少しだけ停止してから、そっと触れた。在琉の体が震える、恐怖からの震えだった。それに気がつき織理は手を引っ込める。

「在琉……、怖い?」
「怖くない。反射だから気にしなくていい」

 在琉の言葉は強がっている様子でもなかった。本当にただの反射だと思っている口調。
 織理は少し考えた末、頭を撫でるのを諦めその体を抱きしめる。

「織さん、」

 戸惑う様な声にさらに力を強めた。

「ん……在琉」

 どちらともなく顔を擦り付ける。先ほどの攻防が嘘の様にどこか心臓が高鳴る。
 そして在琉が抱きしめられたままに、織理をその場に押し倒した。

「……本当、これ変な感じ。絶対知らなくて良かった感覚だと思う」

 織理の首筋を軽く噛む。ぴくん、と一瞬体が跳ねた織理はそれを隠すように在琉の首に腕を回して抱きしめ直す。

「そ、う? 俺は……在琉とこうできて、嬉しいけど……」
「変だよ。このまま織さんと混ざれたら気持ちいいだろうなって、思う……」
「あ、それわかる……こう、ぎゅってし続けたら重さで一つになれそう……みたいな」

 お互いに愛ある行為を深くは知らない。だから今はまだその程度の認識しかなかった。圧迫される体が妙に満足しているのも、そうして織理を押し潰している自分にも、ただ心地よさだけを本能で嗅ぎ分けているだけ。
 どことなく息に熱が籠っていくような、朦朧とした感覚が二人を包む。

「ざ、いる……ぁ、なんか、あつい……」
「は、……奇遇……オレも本当に変になりそう」
「在琉……、キス、しよ。ねぇ……」

 織理から在琉に口を合わせた。軽く触れるように、そして少しだけ舌を差し出す。とはいえ在琉はキスのやり方なんて詳しく知らない。その舌を自分の舌に合わせて見るだけ。ただそれだけでも繋がったような、もっと欲しくなるような得体の知れない感情が湧いてくる。

 ――もっと、欲しい。それは無意識だった、在琉はそのまま織理の舌を自分の舌と絡めて吸う。少し苦しげな声と共に、織理の目には軽く涙が浮かぶ。

「っ、は……苦しい? 織さん……」
「だ、いじょうぶ……これ、気持ちいい、ね……」

 蕩けた目で吐息を孕みながら素直に言う織理に、理解できない感覚を覚える。

「織さんって、少しマゾヒストな所ありますよね……。じゃあ、もう少しさせて……、オレもこれ、好きかも」

 再び二人は口を合わせた。今度は簡単には止める気もなかった。
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