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ifルート
03.壊れた関係【攻守逆転描写有・三章6話からの分岐・弦バッドエンド】
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「何してんの攪真」
「在琉か……いや俺の部屋今織理と弦先輩が使っとってな」
「なんで?」
「いや、その……色々やで」
納得は行っていなさそうだが、在琉は追求しなかった。攪真の覇気の無さに野生の勘が働いたのだ。
「ここにおるとな、弦さんのエッロイ声が聞こえんねん。あの人やばいわ」
「何それ……なんかお前がキモい」
先ほどから聞こえる嬌声が織理の物とおそらく弦の物、興奮するとかしないとかそのレベルを超えて恐怖を抱いていた。織理が人に対してあの能力を使うのを初めて見た。実地訓練でしか受けたことがない。能力を使うのを嫌っていた様に見えたのに、それでも先輩にかけたということはそれだけ本気なのだろう。
事の話を掻い摘んで在琉に伝えれば顔を青ざめさせた。こいつは能力が効かないけれど、その織理の能動性が怖いのだろう。そそくさと離れていった。前のアイツならこのまま乗り込みそうなものを、今はまた感覚が変わったのだろうか。
しばらくすると部屋の扉が開いた。出てきたのは弦先輩の方だ、泣き腫らしたかのように赤い目はぼんやりとしていて、乱れた衣服に誤反応しそうになる。これは確かに抱かれる男の風格やわ、言わないけど。
「しきり……寝ちゃった……から、運んでおいて、くれる……? 俺もう無理……」
「あ、あぁ……任せときや。お疲れさん、……」
なんか本当に哀れになって何も言えない。こんなことになるならあの時乗り込まなかったのに、いや流石にこればかりは処理できないだろ。
その心配の通りに弦先輩はその場に崩れ落ちた。
「先輩大丈夫か!?」
流石に駆けつけてそばにしゃがむ。カタカタと震える体は恐怖に支配されているようだった。
「か、くま、……わかんない体、動かし方……」
――あぁ、織理やらかしたわ。
「もしかしてずっと体支配されとったんか……?」
そう聞けばわずかに首が縦に動く。……それがどれだけやばいのかと言えば俺と織理などの洗脳系の能力者にしか理解し合えないだろう。相手の脳を支配して体の主導権を奪う、簡単に聞こえるそれを掛けられる側は簡単に飲み込めない。だって自分の意思で体を動かすことが出来ないのだ、それは下手すれば呼吸すらも奪われかねず、いくら先輩の様に芯がしっかりしていようと生半可な恐怖ではない。俺も軽くしか受けたことが無いが、あの一瞬で自己の記憶すら消される感覚は頭がついていかない。
震える体をどうにか持ち上げる。流石にこれをそのままにしておくのは人としてどうかと思ったのだ。織理の事も心配だが、目に見えて焦燥している先輩を放置する事もできない。
「在琉おるか!? いたら変われ」
少し大声を出して奴を呼ぶ。居ないよりはマシだろう。先輩の部屋に入りそのままベッドに横たえる。ぼんやりした目は伏せられた。
これほどまでに織理の感情を揺さぶって独占する先輩が羨ましいとは思うものの、ここまでされるのは俺も少し怖い。ただきっと織理が一番後悔しているだろう、だから俺は駆けつけた在琉と交代して今度は織理の元へ向かった。
――
「織理、お前どこまでしたん……」
「攪真、どうしよう……俺、やりすぎたかも……」
ポロポロと涙を流す織理のそばに座る。その頭を抱き寄せて肩を叩く。
「捨てられたく無い……そう思ったら止まらなくて……」
「……そんだけ先輩が好きなんやったらなんも言えれんわ」
ただすぐには再起できないだろう。織理もそれは分かっている様だった、だから尚更何も言えない。自分だって感情の昂りで織理に何度も能力を使ってる(効いてないけど)訳で、説教できる立場に居なかった。言ってしまえば能力者にとっての能力は手足でしかない、制御できたところで意識せず使う事だってできるのだから
「……弦さん、ずっと可愛かった……あぁ、攪真もこんな気持ちだったのかなって」
「せやなぁ……相手の知らん顔、それも蕩けた顔を見れるのはなかなかどうして良いもんがあるよな……」
織理にも性欲が備わっていたのが今回の問題といえば問題なのか、いやそもそもあいつらが禁欲的なのがおかしいというか。とはいえ先輩の震えようは無視できない、織理も先輩もお互いが苦しくなるだけだ。それで俺だけのものになるなら、と悪い考えも浮かぶが俺だってそこまで腐ってはなさいないつもりだ。
「……とりあえずしばらくは距離置いてみようか。こっちで先輩の様子は見とくから、気が落ち着いた時に織理を呼ぶわ。それでええ?」
「うん……謝って済むとも思ってないし……少し頭を冷やしてくる」
織理の声は諦めが混じっていた。本当にここに来て色々な織理を見ている気がする、それらを全部引き出しているのが先輩だと思うと悔しくて仕方ない。とはいえ織理に抱かれたかった訳でもないのでこれは見なくてもよかった側面なのかもしれない。複雑だ。
「……ねぇ、攪真」
「どないしたん?」
「もし……いやなんでもない。ごめん、忘れて」
そのまま織理は部屋を出て行った。何を言おうとしたのかはわからないが今はそっとしておくしかないだろう。自分のベッドの上の惨状を見つつ俺は俺で頭を抱えるしかないからだ。片付けは俺がやるしかないんか、と。
――
「弦さん大丈夫? はい、水」
在琉は弦の側にペットボトルの水を置く。
「あ、りがと……」
震えの混じる声で返事をしながら弦はボトルを手にしようとした。が、うまく掴めない。力の入れ方がわからない。
それを見て在琉はため息を吐いた。
「本当織さんの能力って凄いですね。アンタでもダメになるんだ。……ほら口元に当てますから口開いて」
少し体を起こして足を挟み、支えながら在琉は弦の口元にボトルを当てる。薄く空いた口にゆっくりと水を流し込んだ。僅かに口の端から水が伝うものの、ある程度は飲めているのだろう。
「他には? 体でもお拭きしましょうか?」
少し圧のある言い方だが在琉なりに弦を気遣ってはいた。かつて織理との戯れの後に弦からアドバイスされた後始末をただ提示しているだけだが。
「お願い、できるなら……」
「まぁ弱ってる人をいたぶる趣味はありませんので」
「後、ごめん……匠呼べる? 俺の携帯に入ってる、から」
匠って誰だっけ、と在琉は思いながら携帯を手に取る。パスワードを聞き、画面を開く。
「もしもーし、アンタ匠? すぐ来れる? なんでって弦さんが呼べって。あ、そう? 早くこいよ」
なんとなく来てくれるのだろう雰囲気が伝わる。なんで匠? と在琉は思ったが割とどうでも良いのでそのまま放置した。
「タオル持ってくるんで少し待っててください」
部屋を出ていく在琉を見送りつつ、弦はその意外なほど素直な在琉に驚きつつあった。
本当、織理の影響は計り知れない、そこを嬉しく思いつつもどこか恐怖に抗えない自分に苦しく思う。
――
「弦さん大丈夫ですか!!?」
匠は駆けつけるとすぐさま弦の元へと向かう。彼は織理の親友であると同時に配信者としての弦のファンであった。
「匠……、来て早々だけど、お願いがあって」
「俺にできることならどうぞ」
「匠の能力、使って、貰えない……かな。恐怖、取り除いて欲しいんだけど」
匠の能力は「ルシーン」だ。弦はこの恐怖が風化するまで待つには時間がかかると判断して、匠に頼ることにした。
まさかこの人からそんなことを頼まれると思ってもなかった匠だが、その弱々しい姿に断る気持ちは消えた。
「取り除くだけで平気ですか? 何かと差し替えは……」
「それは平気……、恐怖さえなければ織理のそばに行ける。きっと、今苦しいのは彼だし……」
え、織理と何かでこうなってんの? となれば弦の治療後は織理の部屋に行かなければと匠は判断する。とにかく今は目の前の弦に対して能力をかけることとした。
まるで四肢から感覚が抜けていくような感触。多少はその感情の余波を喰らうことはあるが、なるほどこれは重い恐怖だなと匠は無心で取り除きにかかる。そりゃこんな状態で恐怖しないわけがない、末端だけ死んでいる感じだ。間接的にしかわからない自分でも怖い。
「……これ他の感情に結びついててかなり根深いんですけど、どうしますか? 薄ら残すか、その感情を削るか」
「結びついてるのは人への好意とか? だったらそのままで良いよ……そこ削ると、多分もっと逃げたくなるから」
まぁ流石の匠も察する、織理への好意に恐怖が混ざったのだろう。そしてその好意を削ればここにいる意味すら怪しくなる。ここが自分の能力の使えないところだ、根本から取り除くのが苦手、まっさらに書き換えて積み直すことが出来れば早いのに。
「やれるだけやりますわ。ちょっとしばらく滞在するけど許してね~」
在琉に向かって匠は一応声を掛ける。在琉は別にどうでも良さそうに頷いた。彼は正直普段は人に興味などないのだ、だから匠が何者かもどうでも良い。記憶力があっても留めて置く気にならないので放置するだけ。
それから暫く、一時的に作業を止めた匠は息を吐く。全てを除去するにはもう少し時間がかかるが、ずっと続けるには匠の体力にも限界がある。
「弦さん、少し休憩して来ます。多少は動けそうですか?」
「うん……、ありがとう……。手が、動いてる気がする」
気がする、と言うのはそれを認識できないからだ。脳は確かに手を上げ下げするように指示をしているのに触覚がないからかわからない。ただ目に映る手が動いているから良くなってはいる。
「無理はしないで、眠れそうなら眠ってください。……在琉、弦さんのこと見ててよ。この状態、錯乱しないでいるのが奇跡なんだから」
匠は在琉に託して一度部屋を出ていく。在琉は在琉で弦の側に近寄り、じっとその姿を見た。そして腕を掴んで軽く持ち上げる。
特に反応のない弦に不気味なものを感じる。
「まだ織さんと話す余裕あるんだ。怖いくらいの執念ですね、弦さん。こんなガラクタにされても壊れないんだ」
「……どうかな、もう壊れ、てるのかもね……。嫌いになれないんだから」
「……なんか織さんが羨ましいかも。あんたはきっと無条件にあの人を甘やかせるんだ」
――いっそ狂気とも言えるその献身に焦がれる気持ちがある。そこまでの執着を持ってみたかった、結局自分は織理が変わらないことでしかこの気持ちを維持できそうになかったからだ。
織理が好きなのは嘘じゃない、けれど織理に伝えた通り『主導権を握り続ける』それがなければ在琉は側にいられない。弦のように主導権を握られ壊されるなど、自分に降りかかってきたならば逃げるしかない。だから素直に弦が羨ましい、その人間らしくもない執念が自分と対極にあるから。
――
「織理、部屋入っていい?」
匠は織理の部屋の扉を叩く。扉を開けたのは攪真だった。
「ちょっと憔悴しとるけど、多分話せる筈や」
攪真は匠と入れ替わるように外に出て行った。なんにしても今は慎重にならざるを得なかった。
匠が部屋に入れば、織理はベッドに座り呆然とした様子だった。
「匠……なんで」
「弦先輩に呼ばれて。ほら、俺って先輩のシンパだから? 連絡先交換してあるんだよね」
匠はそのまま織理の隣に座る。織理は何を言っていいかわからないのか、黙ったままだ。
「弦先輩のことは俺がどうにかするから織理は心落ち着けてね。落ち着いたらちゃんと謝ること、もし必要なら能力かけるけど……どうする?」
「いい……要らない。自分でやったことだから、自分で呑み込む……」
「了解~。無理はすんなよ、下手に思い詰めて暴発させたらもっと酷いことになるからな」
「分かってるよ。……弦さんの様子は……?」
「まだ動けないし、暫くは織理に会えないと思う。でもかなり前向き、治すために俺呼ぶくらいだから。織理愛されてんね~」
うりうりと匠は織理の頬を両手に挟む。こうでもしなければ織理の顔はずっと俯いているからだ。匠からすれば謝れば済む話になっているように見える。勿論当人の気持ちは晴れなくとも、被害者である弦が受け入れる姿勢なのだから。
ただ時間が必要なだけ、それも心の傷を癒すと言うより怪我を治すに近い状態。少し羨ましいほどに弦は織理を愛しているようだった。
「いーなー、玉の輿じゃん。弦先輩ってさ、フォロワー数だってミリオンクラス、ちゃんとしたインフルエンサーだから金も持ってるし……あの人格だろ? 僻む以外でアンチもわかない凄い人な訳。それを落としたんだからお前は誇っていい」
「そう、なの?」
弦の素性を織理はよく知らない。ただの先輩だとしか思ってなかったが、そんなに凄い人なのかと驚く。確かにお金持ちではあると思っていたが。であればそんな凄い人をこうして害した自分は、本人が許してくれたとしても世間に許されないのではないか。そんなことを思ってしまう。
「いやそれは大丈夫でしょ、弦先輩はそう言うこと公表するタイプじゃないし。だから織理はとりあえず考えをまとめて、俺が先輩を治せた時にちゃんと告白して。それで多分どうにかなるから」
匠の楽観的な言葉に半信半疑ながら頷く。自分の考え、それが今一番見えていないのは事実だった。合わせる顔もない、ではなくどうに償うかを考える。
「弦……さん、俺は、自分を抑えられないくらいにあの人が好き……」
「多分喜ぶよあの人は。……さてと、織理のためにも先輩の治療再開するかね」
匠はそう言って立ち上がる。織理はそれを見上げる。
「ありがとう……匠」
「いいのいいの、俺の能力はカウンセリングごっこしか出来ないんだから」
バイバイと軽く手を振り匠は織理の部屋を後にした。
――
それから3日間、匠は駐在し弦を治す。そしてその時はきた。
「……ありがとう、匠。動けるし、もう怖くも無い……あの感覚を忘れちゃった」
恐怖を取り除くには四肢の感覚を失っていた事実を風化させるしか無い。故にあれほど怖かった物まで薄れていた。
「一時的な物ですから、同じことがあれば前より悪化しますよ。……多分大丈夫だと思うけど、念のため」
「本当に助かった。ありがとうね、匠……」
「いやー、尊敬する先輩の役に立てて俺も感無量ですわ。織理のこと、頼みましたよ」
「はは、自分なりのやり方でね」
見送る匠に手を小さく振り、弦は部屋を出て行った。
「織理、居る?」
部屋の扉を叩きながら弦は声をかける。その声に織理は体を震わせた、ついに来たのだと。
恐る恐る、織理は扉を開けた。
「怖がらないで、織理……もう大丈夫だから」
不安そうな織理を安心させるように弦は優しく声をかける。
「弦、さん……あの、」
「ごめん、ね織理……もっとわかりやすく愛を伝えられなくて」
「……なんで、貴方が謝るんですか。悪いのは全部俺なのに」
織理は理解できなかった。なんでも許してくれそうな先輩だとは思っていたがここまでしても責めないのかと。それがあまりにも苦しくて織理は絞り出すような声で返事する。
弦は軽く笑った。
「それだけ俺を好きだと思ってくれたんでしょ? 俺を壊したいほどに」
「……はい。弦さんを壊して、支配して……二度と離れられないように…………不安で、……」
一つこぼせば連なって出てくる。声にするほどに自分の身勝手な想いの陰湿さに涙が出る。
弦はただ静かにそれを聞いていた。織理の纏まらない言葉、だからこそ本心だと伺える。
「どうして、……俺を責めてくれないんですか」
「どうして? なんで織理のために責めなきゃならないの?」
「……やっぱり怒って、ますか?」
弦の言葉にどこか棘を感じる。いつもの穏やかな口調では無い。
「そう思う? ならそうかもね。織理のこと、好きだからこそ俺はこれを許さない。本当に怖かった、初めて殺して欲しいって感覚を覚えたよ」
織理は何も言えなかった。自分の能力の感覚は知らないが、手足を無理やり縛ったような物なのだから怖いのも当然だと思う。
「あぁ、織理にとって俺って結局信用ならないんだ。俺の価値は体にしか無いんだ、って悲しくて」
弦にしては珍しい責め立てるような語気に織理は身体をこわばらせ続ける。どうしよう、嫌いって言われたら立ち直れない。弦は初めて安心できた人なのに、それを失うかもしれない、自分のせいで。
「……なんて、思えたら良かったのにね。ダメだった、あんな事されても織理のこと嫌いになれなかった……自分でもおかしいなって思うよ。でもきっとそれが俺の代償、自分の言葉に責任を持たないといけない代償……織理を可愛いと言ったのも、都合の良い男でいいって言ったのも全部俺だからその責任はこれで取るよ」
だが続く言葉にやっぱり織理は理解できなかった。あまりにも自分に都合の良い言葉、もしかして今は夢なのかもしくはまだ弦を支配したままだったのかと疑うほどに。
それを弦は気が付いていた。だから諦めたように笑い、どこか皮肉めいたニュアンスが混ざる。
「抱きたいなら抱いていいよ。支配したければすれば良い。信用ならないなら信用できる俺に書き換えればいい。……それで織理が満足するならね」
「なんで……なんでそこまで」
織理は沈黙を破った。何かを言わなくては、弦の言葉はまるで自分に愛想をつかした様な冷たい響きにもとれたから。
「ちがう、……違うんです弦さん……俺は、本当はただ……弦さんに求められたくて……肌を重ねて、……貴方の精を受けて、満たされたかった……だから……」
弦は何も返さず聴いていた。それがどちらの表情なのかもわからなくて織理はポロポロと涙を溢して言葉を吐き出す。
「ごめん、なさ……い、ゆづ、るさん……でも.どうしていいかわからない、んです……甘えたい、俺のことずっと離さないで欲しい……そう思うと、うまく、コントロール出来なくて」
全部言い訳に聞こえる、そんな言葉しか出てこない自分に嫌悪しかなかったが言えることなんてこんなことだ。だってそれが本心、あの時の感情。好きだから、だから許してとは言わないけれどこれが本心。
「……こっちからは離す気なんてなかったよ。ずっと一緒にいたいって、伝えたつもりなんだけどなぁ」
――確かに言っていた、でもそれじゃ足りなかったから動いた。側にいるだけでは満足できなかったから。
織理がそれを伝えるか伝えまいか悩んでいれば、察したのか弦はいつもと同じ優しい声で織理に問いかける。
「じゃあ、織理はどうしたい?」
「……弦さんと一緒にいたい……壊れちゃうくらいに可愛がって欲しい……です」
織理はそう告げて恐る恐る弦の袖を掴む。弦はそれを振り払わなかった。だから織理はそのまま弦に抱きつく。まだ不安はある、嫌われたのかもしれないと思う気持ちは消えない。これまで過ごしてきて、弦は幾らでも感情を取り繕える人だと思っているから。
ただ、それでも軽く回された腕に安堵する。
「壊れるくらいに、ね……」
――織理のこの破滅願望はどうしたら抜けるのだろう。あまりにも根深いそれに弦は抱きしめ返した腕の力を強めた。
「ずっと一緒にいようね、織理」
だから今返せる言葉はこれしかなかった。壊してあげるとは言えない、ただ唇を重ねて甘やかすことしか今の弦に取れる物はなかった。
「在琉か……いや俺の部屋今織理と弦先輩が使っとってな」
「なんで?」
「いや、その……色々やで」
納得は行っていなさそうだが、在琉は追求しなかった。攪真の覇気の無さに野生の勘が働いたのだ。
「ここにおるとな、弦さんのエッロイ声が聞こえんねん。あの人やばいわ」
「何それ……なんかお前がキモい」
先ほどから聞こえる嬌声が織理の物とおそらく弦の物、興奮するとかしないとかそのレベルを超えて恐怖を抱いていた。織理が人に対してあの能力を使うのを初めて見た。実地訓練でしか受けたことがない。能力を使うのを嫌っていた様に見えたのに、それでも先輩にかけたということはそれだけ本気なのだろう。
事の話を掻い摘んで在琉に伝えれば顔を青ざめさせた。こいつは能力が効かないけれど、その織理の能動性が怖いのだろう。そそくさと離れていった。前のアイツならこのまま乗り込みそうなものを、今はまた感覚が変わったのだろうか。
しばらくすると部屋の扉が開いた。出てきたのは弦先輩の方だ、泣き腫らしたかのように赤い目はぼんやりとしていて、乱れた衣服に誤反応しそうになる。これは確かに抱かれる男の風格やわ、言わないけど。
「しきり……寝ちゃった……から、運んでおいて、くれる……? 俺もう無理……」
「あ、あぁ……任せときや。お疲れさん、……」
なんか本当に哀れになって何も言えない。こんなことになるならあの時乗り込まなかったのに、いや流石にこればかりは処理できないだろ。
その心配の通りに弦先輩はその場に崩れ落ちた。
「先輩大丈夫か!?」
流石に駆けつけてそばにしゃがむ。カタカタと震える体は恐怖に支配されているようだった。
「か、くま、……わかんない体、動かし方……」
――あぁ、織理やらかしたわ。
「もしかしてずっと体支配されとったんか……?」
そう聞けばわずかに首が縦に動く。……それがどれだけやばいのかと言えば俺と織理などの洗脳系の能力者にしか理解し合えないだろう。相手の脳を支配して体の主導権を奪う、簡単に聞こえるそれを掛けられる側は簡単に飲み込めない。だって自分の意思で体を動かすことが出来ないのだ、それは下手すれば呼吸すらも奪われかねず、いくら先輩の様に芯がしっかりしていようと生半可な恐怖ではない。俺も軽くしか受けたことが無いが、あの一瞬で自己の記憶すら消される感覚は頭がついていかない。
震える体をどうにか持ち上げる。流石にこれをそのままにしておくのは人としてどうかと思ったのだ。織理の事も心配だが、目に見えて焦燥している先輩を放置する事もできない。
「在琉おるか!? いたら変われ」
少し大声を出して奴を呼ぶ。居ないよりはマシだろう。先輩の部屋に入りそのままベッドに横たえる。ぼんやりした目は伏せられた。
これほどまでに織理の感情を揺さぶって独占する先輩が羨ましいとは思うものの、ここまでされるのは俺も少し怖い。ただきっと織理が一番後悔しているだろう、だから俺は駆けつけた在琉と交代して今度は織理の元へ向かった。
――
「織理、お前どこまでしたん……」
「攪真、どうしよう……俺、やりすぎたかも……」
ポロポロと涙を流す織理のそばに座る。その頭を抱き寄せて肩を叩く。
「捨てられたく無い……そう思ったら止まらなくて……」
「……そんだけ先輩が好きなんやったらなんも言えれんわ」
ただすぐには再起できないだろう。織理もそれは分かっている様だった、だから尚更何も言えない。自分だって感情の昂りで織理に何度も能力を使ってる(効いてないけど)訳で、説教できる立場に居なかった。言ってしまえば能力者にとっての能力は手足でしかない、制御できたところで意識せず使う事だってできるのだから
「……弦さん、ずっと可愛かった……あぁ、攪真もこんな気持ちだったのかなって」
「せやなぁ……相手の知らん顔、それも蕩けた顔を見れるのはなかなかどうして良いもんがあるよな……」
織理にも性欲が備わっていたのが今回の問題といえば問題なのか、いやそもそもあいつらが禁欲的なのがおかしいというか。とはいえ先輩の震えようは無視できない、織理も先輩もお互いが苦しくなるだけだ。それで俺だけのものになるなら、と悪い考えも浮かぶが俺だってそこまで腐ってはなさいないつもりだ。
「……とりあえずしばらくは距離置いてみようか。こっちで先輩の様子は見とくから、気が落ち着いた時に織理を呼ぶわ。それでええ?」
「うん……謝って済むとも思ってないし……少し頭を冷やしてくる」
織理の声は諦めが混じっていた。本当にここに来て色々な織理を見ている気がする、それらを全部引き出しているのが先輩だと思うと悔しくて仕方ない。とはいえ織理に抱かれたかった訳でもないのでこれは見なくてもよかった側面なのかもしれない。複雑だ。
「……ねぇ、攪真」
「どないしたん?」
「もし……いやなんでもない。ごめん、忘れて」
そのまま織理は部屋を出て行った。何を言おうとしたのかはわからないが今はそっとしておくしかないだろう。自分のベッドの上の惨状を見つつ俺は俺で頭を抱えるしかないからだ。片付けは俺がやるしかないんか、と。
――
「弦さん大丈夫? はい、水」
在琉は弦の側にペットボトルの水を置く。
「あ、りがと……」
震えの混じる声で返事をしながら弦はボトルを手にしようとした。が、うまく掴めない。力の入れ方がわからない。
それを見て在琉はため息を吐いた。
「本当織さんの能力って凄いですね。アンタでもダメになるんだ。……ほら口元に当てますから口開いて」
少し体を起こして足を挟み、支えながら在琉は弦の口元にボトルを当てる。薄く空いた口にゆっくりと水を流し込んだ。僅かに口の端から水が伝うものの、ある程度は飲めているのだろう。
「他には? 体でもお拭きしましょうか?」
少し圧のある言い方だが在琉なりに弦を気遣ってはいた。かつて織理との戯れの後に弦からアドバイスされた後始末をただ提示しているだけだが。
「お願い、できるなら……」
「まぁ弱ってる人をいたぶる趣味はありませんので」
「後、ごめん……匠呼べる? 俺の携帯に入ってる、から」
匠って誰だっけ、と在琉は思いながら携帯を手に取る。パスワードを聞き、画面を開く。
「もしもーし、アンタ匠? すぐ来れる? なんでって弦さんが呼べって。あ、そう? 早くこいよ」
なんとなく来てくれるのだろう雰囲気が伝わる。なんで匠? と在琉は思ったが割とどうでも良いのでそのまま放置した。
「タオル持ってくるんで少し待っててください」
部屋を出ていく在琉を見送りつつ、弦はその意外なほど素直な在琉に驚きつつあった。
本当、織理の影響は計り知れない、そこを嬉しく思いつつもどこか恐怖に抗えない自分に苦しく思う。
――
「弦さん大丈夫ですか!!?」
匠は駆けつけるとすぐさま弦の元へと向かう。彼は織理の親友であると同時に配信者としての弦のファンであった。
「匠……、来て早々だけど、お願いがあって」
「俺にできることならどうぞ」
「匠の能力、使って、貰えない……かな。恐怖、取り除いて欲しいんだけど」
匠の能力は「ルシーン」だ。弦はこの恐怖が風化するまで待つには時間がかかると判断して、匠に頼ることにした。
まさかこの人からそんなことを頼まれると思ってもなかった匠だが、その弱々しい姿に断る気持ちは消えた。
「取り除くだけで平気ですか? 何かと差し替えは……」
「それは平気……、恐怖さえなければ織理のそばに行ける。きっと、今苦しいのは彼だし……」
え、織理と何かでこうなってんの? となれば弦の治療後は織理の部屋に行かなければと匠は判断する。とにかく今は目の前の弦に対して能力をかけることとした。
まるで四肢から感覚が抜けていくような感触。多少はその感情の余波を喰らうことはあるが、なるほどこれは重い恐怖だなと匠は無心で取り除きにかかる。そりゃこんな状態で恐怖しないわけがない、末端だけ死んでいる感じだ。間接的にしかわからない自分でも怖い。
「……これ他の感情に結びついててかなり根深いんですけど、どうしますか? 薄ら残すか、その感情を削るか」
「結びついてるのは人への好意とか? だったらそのままで良いよ……そこ削ると、多分もっと逃げたくなるから」
まぁ流石の匠も察する、織理への好意に恐怖が混ざったのだろう。そしてその好意を削ればここにいる意味すら怪しくなる。ここが自分の能力の使えないところだ、根本から取り除くのが苦手、まっさらに書き換えて積み直すことが出来れば早いのに。
「やれるだけやりますわ。ちょっとしばらく滞在するけど許してね~」
在琉に向かって匠は一応声を掛ける。在琉は別にどうでも良さそうに頷いた。彼は正直普段は人に興味などないのだ、だから匠が何者かもどうでも良い。記憶力があっても留めて置く気にならないので放置するだけ。
それから暫く、一時的に作業を止めた匠は息を吐く。全てを除去するにはもう少し時間がかかるが、ずっと続けるには匠の体力にも限界がある。
「弦さん、少し休憩して来ます。多少は動けそうですか?」
「うん……、ありがとう……。手が、動いてる気がする」
気がする、と言うのはそれを認識できないからだ。脳は確かに手を上げ下げするように指示をしているのに触覚がないからかわからない。ただ目に映る手が動いているから良くなってはいる。
「無理はしないで、眠れそうなら眠ってください。……在琉、弦さんのこと見ててよ。この状態、錯乱しないでいるのが奇跡なんだから」
匠は在琉に託して一度部屋を出ていく。在琉は在琉で弦の側に近寄り、じっとその姿を見た。そして腕を掴んで軽く持ち上げる。
特に反応のない弦に不気味なものを感じる。
「まだ織さんと話す余裕あるんだ。怖いくらいの執念ですね、弦さん。こんなガラクタにされても壊れないんだ」
「……どうかな、もう壊れ、てるのかもね……。嫌いになれないんだから」
「……なんか織さんが羨ましいかも。あんたはきっと無条件にあの人を甘やかせるんだ」
――いっそ狂気とも言えるその献身に焦がれる気持ちがある。そこまでの執着を持ってみたかった、結局自分は織理が変わらないことでしかこの気持ちを維持できそうになかったからだ。
織理が好きなのは嘘じゃない、けれど織理に伝えた通り『主導権を握り続ける』それがなければ在琉は側にいられない。弦のように主導権を握られ壊されるなど、自分に降りかかってきたならば逃げるしかない。だから素直に弦が羨ましい、その人間らしくもない執念が自分と対極にあるから。
――
「織理、部屋入っていい?」
匠は織理の部屋の扉を叩く。扉を開けたのは攪真だった。
「ちょっと憔悴しとるけど、多分話せる筈や」
攪真は匠と入れ替わるように外に出て行った。なんにしても今は慎重にならざるを得なかった。
匠が部屋に入れば、織理はベッドに座り呆然とした様子だった。
「匠……なんで」
「弦先輩に呼ばれて。ほら、俺って先輩のシンパだから? 連絡先交換してあるんだよね」
匠はそのまま織理の隣に座る。織理は何を言っていいかわからないのか、黙ったままだ。
「弦先輩のことは俺がどうにかするから織理は心落ち着けてね。落ち着いたらちゃんと謝ること、もし必要なら能力かけるけど……どうする?」
「いい……要らない。自分でやったことだから、自分で呑み込む……」
「了解~。無理はすんなよ、下手に思い詰めて暴発させたらもっと酷いことになるからな」
「分かってるよ。……弦さんの様子は……?」
「まだ動けないし、暫くは織理に会えないと思う。でもかなり前向き、治すために俺呼ぶくらいだから。織理愛されてんね~」
うりうりと匠は織理の頬を両手に挟む。こうでもしなければ織理の顔はずっと俯いているからだ。匠からすれば謝れば済む話になっているように見える。勿論当人の気持ちは晴れなくとも、被害者である弦が受け入れる姿勢なのだから。
ただ時間が必要なだけ、それも心の傷を癒すと言うより怪我を治すに近い状態。少し羨ましいほどに弦は織理を愛しているようだった。
「いーなー、玉の輿じゃん。弦先輩ってさ、フォロワー数だってミリオンクラス、ちゃんとしたインフルエンサーだから金も持ってるし……あの人格だろ? 僻む以外でアンチもわかない凄い人な訳。それを落としたんだからお前は誇っていい」
「そう、なの?」
弦の素性を織理はよく知らない。ただの先輩だとしか思ってなかったが、そんなに凄い人なのかと驚く。確かにお金持ちではあると思っていたが。であればそんな凄い人をこうして害した自分は、本人が許してくれたとしても世間に許されないのではないか。そんなことを思ってしまう。
「いやそれは大丈夫でしょ、弦先輩はそう言うこと公表するタイプじゃないし。だから織理はとりあえず考えをまとめて、俺が先輩を治せた時にちゃんと告白して。それで多分どうにかなるから」
匠の楽観的な言葉に半信半疑ながら頷く。自分の考え、それが今一番見えていないのは事実だった。合わせる顔もない、ではなくどうに償うかを考える。
「弦……さん、俺は、自分を抑えられないくらいにあの人が好き……」
「多分喜ぶよあの人は。……さてと、織理のためにも先輩の治療再開するかね」
匠はそう言って立ち上がる。織理はそれを見上げる。
「ありがとう……匠」
「いいのいいの、俺の能力はカウンセリングごっこしか出来ないんだから」
バイバイと軽く手を振り匠は織理の部屋を後にした。
――
それから3日間、匠は駐在し弦を治す。そしてその時はきた。
「……ありがとう、匠。動けるし、もう怖くも無い……あの感覚を忘れちゃった」
恐怖を取り除くには四肢の感覚を失っていた事実を風化させるしか無い。故にあれほど怖かった物まで薄れていた。
「一時的な物ですから、同じことがあれば前より悪化しますよ。……多分大丈夫だと思うけど、念のため」
「本当に助かった。ありがとうね、匠……」
「いやー、尊敬する先輩の役に立てて俺も感無量ですわ。織理のこと、頼みましたよ」
「はは、自分なりのやり方でね」
見送る匠に手を小さく振り、弦は部屋を出て行った。
「織理、居る?」
部屋の扉を叩きながら弦は声をかける。その声に織理は体を震わせた、ついに来たのだと。
恐る恐る、織理は扉を開けた。
「怖がらないで、織理……もう大丈夫だから」
不安そうな織理を安心させるように弦は優しく声をかける。
「弦、さん……あの、」
「ごめん、ね織理……もっとわかりやすく愛を伝えられなくて」
「……なんで、貴方が謝るんですか。悪いのは全部俺なのに」
織理は理解できなかった。なんでも許してくれそうな先輩だとは思っていたがここまでしても責めないのかと。それがあまりにも苦しくて織理は絞り出すような声で返事する。
弦は軽く笑った。
「それだけ俺を好きだと思ってくれたんでしょ? 俺を壊したいほどに」
「……はい。弦さんを壊して、支配して……二度と離れられないように…………不安で、……」
一つこぼせば連なって出てくる。声にするほどに自分の身勝手な想いの陰湿さに涙が出る。
弦はただ静かにそれを聞いていた。織理の纏まらない言葉、だからこそ本心だと伺える。
「どうして、……俺を責めてくれないんですか」
「どうして? なんで織理のために責めなきゃならないの?」
「……やっぱり怒って、ますか?」
弦の言葉にどこか棘を感じる。いつもの穏やかな口調では無い。
「そう思う? ならそうかもね。織理のこと、好きだからこそ俺はこれを許さない。本当に怖かった、初めて殺して欲しいって感覚を覚えたよ」
織理は何も言えなかった。自分の能力の感覚は知らないが、手足を無理やり縛ったような物なのだから怖いのも当然だと思う。
「あぁ、織理にとって俺って結局信用ならないんだ。俺の価値は体にしか無いんだ、って悲しくて」
弦にしては珍しい責め立てるような語気に織理は身体をこわばらせ続ける。どうしよう、嫌いって言われたら立ち直れない。弦は初めて安心できた人なのに、それを失うかもしれない、自分のせいで。
「……なんて、思えたら良かったのにね。ダメだった、あんな事されても織理のこと嫌いになれなかった……自分でもおかしいなって思うよ。でもきっとそれが俺の代償、自分の言葉に責任を持たないといけない代償……織理を可愛いと言ったのも、都合の良い男でいいって言ったのも全部俺だからその責任はこれで取るよ」
だが続く言葉にやっぱり織理は理解できなかった。あまりにも自分に都合の良い言葉、もしかして今は夢なのかもしくはまだ弦を支配したままだったのかと疑うほどに。
それを弦は気が付いていた。だから諦めたように笑い、どこか皮肉めいたニュアンスが混ざる。
「抱きたいなら抱いていいよ。支配したければすれば良い。信用ならないなら信用できる俺に書き換えればいい。……それで織理が満足するならね」
「なんで……なんでそこまで」
織理は沈黙を破った。何かを言わなくては、弦の言葉はまるで自分に愛想をつかした様な冷たい響きにもとれたから。
「ちがう、……違うんです弦さん……俺は、本当はただ……弦さんに求められたくて……肌を重ねて、……貴方の精を受けて、満たされたかった……だから……」
弦は何も返さず聴いていた。それがどちらの表情なのかもわからなくて織理はポロポロと涙を溢して言葉を吐き出す。
「ごめん、なさ……い、ゆづ、るさん……でも.どうしていいかわからない、んです……甘えたい、俺のことずっと離さないで欲しい……そう思うと、うまく、コントロール出来なくて」
全部言い訳に聞こえる、そんな言葉しか出てこない自分に嫌悪しかなかったが言えることなんてこんなことだ。だってそれが本心、あの時の感情。好きだから、だから許してとは言わないけれどこれが本心。
「……こっちからは離す気なんてなかったよ。ずっと一緒にいたいって、伝えたつもりなんだけどなぁ」
――確かに言っていた、でもそれじゃ足りなかったから動いた。側にいるだけでは満足できなかったから。
織理がそれを伝えるか伝えまいか悩んでいれば、察したのか弦はいつもと同じ優しい声で織理に問いかける。
「じゃあ、織理はどうしたい?」
「……弦さんと一緒にいたい……壊れちゃうくらいに可愛がって欲しい……です」
織理はそう告げて恐る恐る弦の袖を掴む。弦はそれを振り払わなかった。だから織理はそのまま弦に抱きつく。まだ不安はある、嫌われたのかもしれないと思う気持ちは消えない。これまで過ごしてきて、弦は幾らでも感情を取り繕える人だと思っているから。
ただ、それでも軽く回された腕に安堵する。
「壊れるくらいに、ね……」
――織理のこの破滅願望はどうしたら抜けるのだろう。あまりにも根深いそれに弦は抱きしめ返した腕の力を強めた。
「ずっと一緒にいようね、織理」
だから今返せる言葉はこれしかなかった。壊してあげるとは言えない、ただ唇を重ねて甘やかすことしか今の弦に取れる物はなかった。
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