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第四章 王道をなぞれ!な学園編
第12話 夢オチだったら良かったのに【一部注意】
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※書いてる本人に意図はありませんが、そう見えるらしいので精神的他カプ注意。
――
そのまま寝落ちしていたらしい、目が覚めたら自室のベッドに寝ていた。いや、これは現実? 寝落ちも何もどこから夢だよ、と軽く笑いながら起き上がる。久々によく眠れた、夢見が良かったからだろう。
けれど体はだるい、そこはヨルハの夢のリアリティなのだろうか……。衣服は汚れてないことから夢精はしてない、それだけは救いだった。――現実ではあり得ない、とても心地よい夢だったな。夢の中の織理の感触がいまだに手に残る様だった。
現実に戻りきれない頭を落ち着けるべく、ぼんやりと壁を見つめる。
「起きた? 攪真……」
「弦先輩……、おはようございます……?」
ぼーっとしすぎた。いつの間にか弦先輩が扉を開けていた。少し心配そうな顔をしているが、そんなに長く寝ていたのだろうか。
しかし、この先輩は本物か? ――あかん、これは夢に飲まれすぎたな、ヨルハにあとで抗議しなくては。アイツの夢は感覚がリアルすぎるから起きた時に少し混乱する。
「俺、昨日どうしてました……? なんか、夢なんだか現実なんだか……」
「昨日? 何もなかったよ。帰って来て、ココア入れるねって言ったんだけど……そのまま寝ちゃったみたい」
ふふ、と笑う先輩はやっぱり色気がある。つまり帰ってからの殆どが夢ということか。少し残念な様な、良かった様な複雑な気持ちになる。織理とのあれそれも結局夢、いやあれは明らかに夢か。
攪真が1人で納得していると、弦は優しく笑う。
「落ち着いたみたいで良かった。織理も帰って来てるよ。攪真のこと待ってたみたい」
その言葉につい喜びそうになった。でもよく考えたらあれが夢だったのならどの感情で待っているのかわからない。結菜のことで迷惑をかけた手前、苦言を呈されるのかもしれない。
攪真は自室の扉を開けて出て行こうとした。だがその先に道はない。――これも夢か、入れ子構造にするなや……と悪態を吐きそうになる。
その時体が揺れ始めた。今度こそ起きれるのだろうか。
「起きろよ、攪真……」
「ざい、る?」
どこか怒りを含むような声に目を覚ます。起きて目の前にいたのは在琉だ。ただでさえ悪い目つきが更に悪く見える。
「お前何してんの本当に。織さんに相手にされないから弦さんに手を出したの?」
「……え?」
何を言ってるのか、と、ふと隣を見るとそこには弦先輩が眠っていた。少し乱れた髪、布団から見える素肌には鬱血痕が見えた。
血の気が一気に引く。――いやでもあれは確かに夢だった。景色はおかしかったし状況もおかしかった。だから抱いてはいない、抱くわけがない。
だと思っていても怖くなって先輩の体を揺する。
「せ、先輩……起きてください……俺、俺何を……」
「ん、……っ。か、くま……? おはよ~……」
とろんとした目を向けてくる先輩に思わずどきりとしてしまったが、それどころではない。
「俺、なにか……して、無いですよね?」
「ん~……何もしてないよ、一緒に横になっただけ」
そのまま寝ちゃったね、となんて事はないように言う弦先輩に少しだけ落ち着いてきた。
在琉の何か言いたそうな目を無視して先輩の様子を見る。布団をめくってみれば服は着てるし、布団だって汚れては無い……あれは夢、そこは間違ってない。在琉の勘違いだ、良かった。
安堵していると聞こえるはずのない声が聞こえた。
「ね、攪真いい夢見れた? あなたの選んだ最高の結末だったと思うわ」
「ヨルハ……何でお前がここに」
ここは弦先輩の自室、つまり自宅であってヨルハが居るわけないのに。しかしヨルハは俺の問いには答えなかった。
「どこまで夢だと思う? 弦さん、全部隠してくれるからあなた本当に気づかなそうね」
くすくすと笑うヨルハにそれはどう言う意味だ、と言いそうになった。が嫌な予感しかしない、聞きたくない。
「これは夢じゃ無い、アンタの能力の副作用……それ知らないわけないわよね。自分の意識すら混乱させる、そこにね少しだけ」
「ヨルハさん……、何も教えないって、約束したよね」
「いいのよ、これくらい。優しさでどうにかなる攪真じゃないんだから」
その目は少し怒っている様に見えた。しかし何だ、その庇い方。それは殆ど答えなんじゃないか? いや待ってくれそうなると事実は認めたくない事しか浮かばない。本当に俺はそれだけは――
「大丈夫だよ、何もしてないから。ヨルハさんが攪真に夢を見せてくれただけ」
その声は普段と何一つ変わらない。穏やかでどこか安心させる声。とても何かあったとは思えない落ち着き方だ。
だがそれを止めるのがヨルハだった。
「隠さなくていいのに、どうせバレるんだから」
もう最悪だ、その言葉に顔を歪めたのは俺だけじゃない。弦先輩もだ。
「……言うてください、本当の事を」
絞り出した言葉に彼は戸惑いつつ、目を逸らした。
「ごめん、……少しだけ、試したくて……」
カッとなって、俺は弦先輩に掴み掛かった。馬寄りになる様に組み敷いて、その澄ました面を見下した。こいつ、伏せ目がちに今何を言った? 何を。
「なにを、……! お前何を俺にしたんや……!? どこから本当なん? 俺に抱かれた織理はお前や言うんか!??」
ギリギリと、その細い首を両手で絞める。言葉にすると本当に最悪な話だ、それを信じたくないしそう仕向けたのなら許したくもない。
「ゃ、……やめ、……かく、ま……くる、し……」
少しだけ涙が浮かぶ目を見て、急に頭が冷めていく。けれど気持ちは収まらない。手の力を緩めれば、けほ、と咳き込む音。同じ様に息を吸って、ただその鬱血痕に目を向ける。
――どれが本当なのか分からない、信じたくない事だらけで取っ掛かりがない。
「ヨルハ、お前もや……俺のこと、何やと」
「ほらそうやって話を聞かない。話をしようとしないから織理さんに逃げられるんじゃない」
ヨルハの言葉に舌打ちする。何だそれ、話をできる状態にしてないのはどっちだ。この状況で落ち着けるわけがないだろ。
組み敷いていた弦先輩が僅かに身動いだ。
「こほっ、……攪真……安心して、……俺もお前に抱かれる気ないから……」
咳こみながら涙目でそう言った。潤んだ瞳は優しく細められて俺を見る。
「攪真の能力……あれすごい、ね。……本当に意識、なくなるかと思った……今も、身体に力入らないや」
言われて気がつく、そうだ俺は夢の中で、脳を撹拌するつもりで織理を……。さっきから先輩は体を起こしてない。手を使ってない……、待ってくれそれはそれで駄目だ。いや、だってそれは俺が……。
「俺、が夢で壊したのは、弦先輩……やったってこと? でも、抱かれとらんのやろ? なら……」
だってあれは織理とキスをした後の話、たかが同居人のためにそんな事、するわけがない。
「保身に走るなよお前……お前それ織さんにしようとしてたんだよな? 弦さんがこれになって直視するべきは後遺症だろうが」
在琉の横槍に頭を殴られる。それはそう、だけどあれは夢だからそうしただけで現実でなんて……。
「……ふふ、だって攪真、今にも織理を壊しそうだったから……でも、その能力がどれくらいか……知らなかったし……」
何だそれ、壊しそうだったから試した? 自分で? 織理のために?
「でもこれは、ダメ……織理には、背負わせたくない」
少し弱々しく見える弦先輩に、行き場のない感情が湧き上がる。何でそこまで織理のために体を張れる、何でそうまでして俺を焚き付けた。何もしなければ、別に何も起きなかったかもしれないのに。
「……自己犠牲も大概にせえよ、弦先輩。なんやそれ、俺から織理を守るためって言いたいんか? お前らにとってそんなに俺は悪者扱いか」
その言葉に彼は目を逸らした。代わりに答える様に在琉が口を開く。
「……そうだよ。お前が見境なく能力をばら撒いてる現状、自分の気分すら制御出来ないでこんな凶悪な力使ってんならただの毒ガスでしかないよね。オレはいいよ? お前の混乱も織理の洗脳も効かないから。でもさぁ……弦さんですらこんなのになるような力、制御してないのは罪じゃない?」
在琉はそう言って弦の腕を掴む。抵抗なく持ち上げられた腕、ギリギリと音がするほど強く握りしめているのに、弦は表情一つ変えなかった。感覚が、通ってない……とでも言いたいのか。
「在琉くん、それやり過ぎると跡がつくから気をつけてね。……で、攪真少し落ち着いたら? あなたの最悪の選択、脳繍さんにぶつけなくてよかったわね」
ヨルハが在琉に手を添えて、弦先輩の手を離させた。まるで全部正論かの様に言うこの女が憎たらしい。
「お前が夢なんか見させるからやろが……」
「一つ教えてあげようか攪真。実のところ夢なのは弦先輩を織理と間違ったところじゃない。間違えた後からしか私は干渉してない」
ヨルハのこういうところが怖い。何一つ安心させてくれない。
「や、めてくれや……じゃあ本当に俺は、弦先輩を織理だと思い込んだってことか? 能力の暴走だけで? ありえへん、……ありえへんやろそんなん!! どうせ、なんか細工したんやろが」
俺が織理を間違えるわけがない。弦先輩に掴み掛かる。僅かに伏せられた目は弱々しくて、儚く見えて、何も考えたくなくなる。
「……まぁ少しだけ扇動はしたけどね。織理だと思って好きにしていいよって、あの言葉だけ能力は使った。とは言え俺の能力なんて……」
弦先輩の能力は強くない。ほんの少しだけ思考を、ほんの一瞬そちらに向けるだけの、弱い能力なことを俺は知っている。能力者としては最底辺の能力だ。でも、
「ほら見たことか! ならええやん、自滅でしかない、んやから……」
駄目だ、吠えてみたけれど耐えきれない。涙が落ちるのを堪えることができない。
どうしよう、だって俺のせいで先輩の、体は……。
「先輩……弦、先輩……本当に、ごめん、なさい……っあぁ、ぁ……俺、俺は何で……っ」
自分の能力、脳を混乱させる能力。痛みを誤魔化したり、相手の思考を一時的に掻き回すだけの能力。でも織理ほどではないが、脳に作用させる力。
夢で俺は自分の思い通りにできるように脱力させて、そうして夢で織理を抱いたのだから。思い切り、使い切って。そこまでした後に現実がどうなるかなど知らない。そんな使い方した事ない。
けれど、脳に障害が残る可能性は当然あるわけで。
「そのうち治るから泣かなくていいよ攪真……。半分はヨルハさんのお友達の力で誤魔化せてたし」
ヨルハの、友達?
「可哀想だからネタバラシしましょうか。抱いたあたりのは幻想よ。私の友人、人の欲望を少しだけ具現化出来るの」
よくわからない。ヨルハの近くはこの分かりにくい能力者が多すぎる。人の欲望、つまり俺の織理への欲望。具現化、だからあの織理は具現化されたもので……? でもそうすると弦先輩に後遺症が出てるのはなんでだ。
「だから、言って仕舞えばあなたの能力と弦さんの扇動、そして私の夢と友人の具現化……全部合わさってあの場を整えたわけ」
「なんで、そないなこと……」
「思い切り能力を使ってスッキリしたでしょう? 今は感情的になっているけれど、頭自体は冴えているはず」
そう言えばそう、なのかもしれない。ずっと燻っていた欲は少し晴れている気がする。でもそのために弦先輩を使ったのなら別の意味でスッキリしない。そんなことのためにこの人の自由を奪っていいわけがない。
けれど弦先輩は優しく笑う。
「ふふ、大丈夫だよ。……だから攪真は少し休んで、次に織理にあった時にあの夢で俺に伝えたこと、ちゃんと伝えてあげ、て、ね……」
ふっと目が伏せられ、掴んでいた体から力が抜けた。恐ろしくなり、思わず顔を近づければちゃんと呼吸はしている。
いやでもおかしいだろ、俺とお前は言ってしまえば恋敵で。相手に塩を贈るためにここまで体を張る意味なんてないのに。何で笑えるんだろう、この人は。
「じゃあね、攪真。私もしばらくは能力使わないからゆっくり休んで」
暗に『これ以上干渉しない』とでも言うかのようにヨルハは部屋を出ていく。残ったのは在琉だったが彼の顔はまた少し読めなかった。
「……ま、織さんに害が無ければいいですけど。オレはね。……こんなに体張ってくれる人がいて良かったですね」
どこか寂しげな声に聞こえるのは何故だろう。在琉はそう言って部屋を出ていった。結局まともに俺を糾弾してくれる人は居ない。
「弦、先輩……」
――きっと俺は織理と弦先輩の関係が1番羨ましいのかもしれない。そんな考えがよぎったのを頭を振って掻き消した。
――
そのまま寝落ちしていたらしい、目が覚めたら自室のベッドに寝ていた。いや、これは現実? 寝落ちも何もどこから夢だよ、と軽く笑いながら起き上がる。久々によく眠れた、夢見が良かったからだろう。
けれど体はだるい、そこはヨルハの夢のリアリティなのだろうか……。衣服は汚れてないことから夢精はしてない、それだけは救いだった。――現実ではあり得ない、とても心地よい夢だったな。夢の中の織理の感触がいまだに手に残る様だった。
現実に戻りきれない頭を落ち着けるべく、ぼんやりと壁を見つめる。
「起きた? 攪真……」
「弦先輩……、おはようございます……?」
ぼーっとしすぎた。いつの間にか弦先輩が扉を開けていた。少し心配そうな顔をしているが、そんなに長く寝ていたのだろうか。
しかし、この先輩は本物か? ――あかん、これは夢に飲まれすぎたな、ヨルハにあとで抗議しなくては。アイツの夢は感覚がリアルすぎるから起きた時に少し混乱する。
「俺、昨日どうしてました……? なんか、夢なんだか現実なんだか……」
「昨日? 何もなかったよ。帰って来て、ココア入れるねって言ったんだけど……そのまま寝ちゃったみたい」
ふふ、と笑う先輩はやっぱり色気がある。つまり帰ってからの殆どが夢ということか。少し残念な様な、良かった様な複雑な気持ちになる。織理とのあれそれも結局夢、いやあれは明らかに夢か。
攪真が1人で納得していると、弦は優しく笑う。
「落ち着いたみたいで良かった。織理も帰って来てるよ。攪真のこと待ってたみたい」
その言葉につい喜びそうになった。でもよく考えたらあれが夢だったのならどの感情で待っているのかわからない。結菜のことで迷惑をかけた手前、苦言を呈されるのかもしれない。
攪真は自室の扉を開けて出て行こうとした。だがその先に道はない。――これも夢か、入れ子構造にするなや……と悪態を吐きそうになる。
その時体が揺れ始めた。今度こそ起きれるのだろうか。
「起きろよ、攪真……」
「ざい、る?」
どこか怒りを含むような声に目を覚ます。起きて目の前にいたのは在琉だ。ただでさえ悪い目つきが更に悪く見える。
「お前何してんの本当に。織さんに相手にされないから弦さんに手を出したの?」
「……え?」
何を言ってるのか、と、ふと隣を見るとそこには弦先輩が眠っていた。少し乱れた髪、布団から見える素肌には鬱血痕が見えた。
血の気が一気に引く。――いやでもあれは確かに夢だった。景色はおかしかったし状況もおかしかった。だから抱いてはいない、抱くわけがない。
だと思っていても怖くなって先輩の体を揺する。
「せ、先輩……起きてください……俺、俺何を……」
「ん、……っ。か、くま……? おはよ~……」
とろんとした目を向けてくる先輩に思わずどきりとしてしまったが、それどころではない。
「俺、なにか……して、無いですよね?」
「ん~……何もしてないよ、一緒に横になっただけ」
そのまま寝ちゃったね、となんて事はないように言う弦先輩に少しだけ落ち着いてきた。
在琉の何か言いたそうな目を無視して先輩の様子を見る。布団をめくってみれば服は着てるし、布団だって汚れては無い……あれは夢、そこは間違ってない。在琉の勘違いだ、良かった。
安堵していると聞こえるはずのない声が聞こえた。
「ね、攪真いい夢見れた? あなたの選んだ最高の結末だったと思うわ」
「ヨルハ……何でお前がここに」
ここは弦先輩の自室、つまり自宅であってヨルハが居るわけないのに。しかしヨルハは俺の問いには答えなかった。
「どこまで夢だと思う? 弦さん、全部隠してくれるからあなた本当に気づかなそうね」
くすくすと笑うヨルハにそれはどう言う意味だ、と言いそうになった。が嫌な予感しかしない、聞きたくない。
「これは夢じゃ無い、アンタの能力の副作用……それ知らないわけないわよね。自分の意識すら混乱させる、そこにね少しだけ」
「ヨルハさん……、何も教えないって、約束したよね」
「いいのよ、これくらい。優しさでどうにかなる攪真じゃないんだから」
その目は少し怒っている様に見えた。しかし何だ、その庇い方。それは殆ど答えなんじゃないか? いや待ってくれそうなると事実は認めたくない事しか浮かばない。本当に俺はそれだけは――
「大丈夫だよ、何もしてないから。ヨルハさんが攪真に夢を見せてくれただけ」
その声は普段と何一つ変わらない。穏やかでどこか安心させる声。とても何かあったとは思えない落ち着き方だ。
だがそれを止めるのがヨルハだった。
「隠さなくていいのに、どうせバレるんだから」
もう最悪だ、その言葉に顔を歪めたのは俺だけじゃない。弦先輩もだ。
「……言うてください、本当の事を」
絞り出した言葉に彼は戸惑いつつ、目を逸らした。
「ごめん、……少しだけ、試したくて……」
カッとなって、俺は弦先輩に掴み掛かった。馬寄りになる様に組み敷いて、その澄ました面を見下した。こいつ、伏せ目がちに今何を言った? 何を。
「なにを、……! お前何を俺にしたんや……!? どこから本当なん? 俺に抱かれた織理はお前や言うんか!??」
ギリギリと、その細い首を両手で絞める。言葉にすると本当に最悪な話だ、それを信じたくないしそう仕向けたのなら許したくもない。
「ゃ、……やめ、……かく、ま……くる、し……」
少しだけ涙が浮かぶ目を見て、急に頭が冷めていく。けれど気持ちは収まらない。手の力を緩めれば、けほ、と咳き込む音。同じ様に息を吸って、ただその鬱血痕に目を向ける。
――どれが本当なのか分からない、信じたくない事だらけで取っ掛かりがない。
「ヨルハ、お前もや……俺のこと、何やと」
「ほらそうやって話を聞かない。話をしようとしないから織理さんに逃げられるんじゃない」
ヨルハの言葉に舌打ちする。何だそれ、話をできる状態にしてないのはどっちだ。この状況で落ち着けるわけがないだろ。
組み敷いていた弦先輩が僅かに身動いだ。
「こほっ、……攪真……安心して、……俺もお前に抱かれる気ないから……」
咳こみながら涙目でそう言った。潤んだ瞳は優しく細められて俺を見る。
「攪真の能力……あれすごい、ね。……本当に意識、なくなるかと思った……今も、身体に力入らないや」
言われて気がつく、そうだ俺は夢の中で、脳を撹拌するつもりで織理を……。さっきから先輩は体を起こしてない。手を使ってない……、待ってくれそれはそれで駄目だ。いや、だってそれは俺が……。
「俺、が夢で壊したのは、弦先輩……やったってこと? でも、抱かれとらんのやろ? なら……」
だってあれは織理とキスをした後の話、たかが同居人のためにそんな事、するわけがない。
「保身に走るなよお前……お前それ織さんにしようとしてたんだよな? 弦さんがこれになって直視するべきは後遺症だろうが」
在琉の横槍に頭を殴られる。それはそう、だけどあれは夢だからそうしただけで現実でなんて……。
「……ふふ、だって攪真、今にも織理を壊しそうだったから……でも、その能力がどれくらいか……知らなかったし……」
何だそれ、壊しそうだったから試した? 自分で? 織理のために?
「でもこれは、ダメ……織理には、背負わせたくない」
少し弱々しく見える弦先輩に、行き場のない感情が湧き上がる。何でそこまで織理のために体を張れる、何でそうまでして俺を焚き付けた。何もしなければ、別に何も起きなかったかもしれないのに。
「……自己犠牲も大概にせえよ、弦先輩。なんやそれ、俺から織理を守るためって言いたいんか? お前らにとってそんなに俺は悪者扱いか」
その言葉に彼は目を逸らした。代わりに答える様に在琉が口を開く。
「……そうだよ。お前が見境なく能力をばら撒いてる現状、自分の気分すら制御出来ないでこんな凶悪な力使ってんならただの毒ガスでしかないよね。オレはいいよ? お前の混乱も織理の洗脳も効かないから。でもさぁ……弦さんですらこんなのになるような力、制御してないのは罪じゃない?」
在琉はそう言って弦の腕を掴む。抵抗なく持ち上げられた腕、ギリギリと音がするほど強く握りしめているのに、弦は表情一つ変えなかった。感覚が、通ってない……とでも言いたいのか。
「在琉くん、それやり過ぎると跡がつくから気をつけてね。……で、攪真少し落ち着いたら? あなたの最悪の選択、脳繍さんにぶつけなくてよかったわね」
ヨルハが在琉に手を添えて、弦先輩の手を離させた。まるで全部正論かの様に言うこの女が憎たらしい。
「お前が夢なんか見させるからやろが……」
「一つ教えてあげようか攪真。実のところ夢なのは弦先輩を織理と間違ったところじゃない。間違えた後からしか私は干渉してない」
ヨルハのこういうところが怖い。何一つ安心させてくれない。
「や、めてくれや……じゃあ本当に俺は、弦先輩を織理だと思い込んだってことか? 能力の暴走だけで? ありえへん、……ありえへんやろそんなん!! どうせ、なんか細工したんやろが」
俺が織理を間違えるわけがない。弦先輩に掴み掛かる。僅かに伏せられた目は弱々しくて、儚く見えて、何も考えたくなくなる。
「……まぁ少しだけ扇動はしたけどね。織理だと思って好きにしていいよって、あの言葉だけ能力は使った。とは言え俺の能力なんて……」
弦先輩の能力は強くない。ほんの少しだけ思考を、ほんの一瞬そちらに向けるだけの、弱い能力なことを俺は知っている。能力者としては最底辺の能力だ。でも、
「ほら見たことか! ならええやん、自滅でしかない、んやから……」
駄目だ、吠えてみたけれど耐えきれない。涙が落ちるのを堪えることができない。
どうしよう、だって俺のせいで先輩の、体は……。
「先輩……弦、先輩……本当に、ごめん、なさい……っあぁ、ぁ……俺、俺は何で……っ」
自分の能力、脳を混乱させる能力。痛みを誤魔化したり、相手の思考を一時的に掻き回すだけの能力。でも織理ほどではないが、脳に作用させる力。
夢で俺は自分の思い通りにできるように脱力させて、そうして夢で織理を抱いたのだから。思い切り、使い切って。そこまでした後に現実がどうなるかなど知らない。そんな使い方した事ない。
けれど、脳に障害が残る可能性は当然あるわけで。
「そのうち治るから泣かなくていいよ攪真……。半分はヨルハさんのお友達の力で誤魔化せてたし」
ヨルハの、友達?
「可哀想だからネタバラシしましょうか。抱いたあたりのは幻想よ。私の友人、人の欲望を少しだけ具現化出来るの」
よくわからない。ヨルハの近くはこの分かりにくい能力者が多すぎる。人の欲望、つまり俺の織理への欲望。具現化、だからあの織理は具現化されたもので……? でもそうすると弦先輩に後遺症が出てるのはなんでだ。
「だから、言って仕舞えばあなたの能力と弦さんの扇動、そして私の夢と友人の具現化……全部合わさってあの場を整えたわけ」
「なんで、そないなこと……」
「思い切り能力を使ってスッキリしたでしょう? 今は感情的になっているけれど、頭自体は冴えているはず」
そう言えばそう、なのかもしれない。ずっと燻っていた欲は少し晴れている気がする。でもそのために弦先輩を使ったのなら別の意味でスッキリしない。そんなことのためにこの人の自由を奪っていいわけがない。
けれど弦先輩は優しく笑う。
「ふふ、大丈夫だよ。……だから攪真は少し休んで、次に織理にあった時にあの夢で俺に伝えたこと、ちゃんと伝えてあげ、て、ね……」
ふっと目が伏せられ、掴んでいた体から力が抜けた。恐ろしくなり、思わず顔を近づければちゃんと呼吸はしている。
いやでもおかしいだろ、俺とお前は言ってしまえば恋敵で。相手に塩を贈るためにここまで体を張る意味なんてないのに。何で笑えるんだろう、この人は。
「じゃあね、攪真。私もしばらくは能力使わないからゆっくり休んで」
暗に『これ以上干渉しない』とでも言うかのようにヨルハは部屋を出ていく。残ったのは在琉だったが彼の顔はまた少し読めなかった。
「……ま、織さんに害が無ければいいですけど。オレはね。……こんなに体張ってくれる人がいて良かったですね」
どこか寂しげな声に聞こえるのは何故だろう。在琉はそう言って部屋を出ていった。結局まともに俺を糾弾してくれる人は居ない。
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