優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第四章 王道をなぞれ!な学園編

第13話 それで全てが収まるのなら

 ぼーっと、ただベッドから起き上がれずに時間を過ごす。静かな部屋にいると余計なことを考えそうになる。今後のこと、織理への説明、弦先輩の後遺症……

 自分の能力の怖さは理論上でしか知らない。意識を混乱させる、認識を狂わせる。織理の洗脳に比べたら使い勝手の悪いそれは、繊細な操作よりも衝動的な破壊の方が向いていると思う。確かに痛覚を麻痺させるといった使い方もしているが、細かな操作はそれくらい。それ以上の出力の制御はあまり考えたことがない。

 ずっと、織理にしてみたかったのは『脳を撹拌する』事だった。俺以外を見ないでほしい、俺に頼って生きてほしい、それらを叶えることが出来る。脳を混乱させて俺の都合よく使えるようにする、それくらいは可能なのが俺の能力だった。

 だから夢の中で――実際はそこが現実だったとして、とにかく夢の中で俺は思い切り使った。俺のことを見てほしい、抵抗する力を無くしてほしい、俺以外のことなんて考えられなくしたい。全部、詰め込んで。人として最低な欲望だ、けれど言い訳させてもらえるのなら、あれは夢だからそうしただけ。本当にそうする気なんて無かった。でも殺人犯は捕まった時に同じ様な事を言うよな、だから自分は最低な人間だ。そう思うことがそもそも罪なのに。

 今の弦先輩はどこまで侵食されているんだろう。体が動かないのは抵抗させない為に、脳の信号を撹拌した結果だ。どこまで軽度に抑えられているのかも分からない。治ると言う言葉を信じるのも怖い。けれど自分では治せない。

「弦……さん」

 少し苦しそうに眉を顰めている弦先輩の髪を掬って落とす。織理が1番想いを寄せてるように見える人、それをこんな風に後遺症を残してしまった。本人は大丈夫というけれど、それを織理にどうやって伝えたらいいのだろう。今度こそ本当に嫌われるのか、いやでもそれが当然か。俺は彼らにとって厄介な問題ごとでしかなかった。

「ん……、かくま……」

 僅かに肩が動き弦先輩の目が開く。

「あ、あぁ……すんません、起こしてしもた?」
「うぅん、大丈夫……ごめん、体起こして貰える……?」

 そのセリフに心臓が痛む。自力で起き上がれない、寝返りすら打てない。
 ――これどうしよう、弦先輩暫くはまともに生活できへんのとちゃうか。本人が幾ら大丈夫だと言おうと突きつけられる現実に何も安心できる要素がない。

 ただ今は彼の求める通りに動く。腰の下に手を差入れ、ゆっくりと体を起こした。

「……ありがと。織理は10時ごろには帰ってくるから心の準備しておいてね」

 なんて事をついでに言うのだろう。心の準備も何も、と壁の時計を見れば今が9時少し前。動悸が激しくなる。

「じゅ、? あと一時間、? ……どう、しよう……、俺はどうしたら」
「攪真、大丈夫。織理は多分お前の連日の行動をそんなに気にしてないから」

 それはそれでグサッと来るが。嫉妬もしなければ異変とも思ってないってことか? あんなに巻き込んで結菜に絡まれたのに? ……ってそうじゃない。

「違くて、俺が……1番怖いのはアンタの事ですよ……」

 弦先輩はきょとんとした顔を見せた。いつも鋭いくせに。

「俺? なんで?」
「なん、でって……俺は弦さんをこんな、こんな……」

 こんな時なのに形容する言葉が浮かばない。ただこの状態で、何でこの人は平然としてるのか本当にわからなかった。もしかして全て演技なのかと疑いたくなるほどに。

 すると彼は少し困ったように笑って、そして目をとろんとさせた。その表情に違う意味で心臓が痛む。まるで、夢の続きかの様に甘い表情。

「……か、くま……好き、だから……これでいいの」

 その瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。

 ――何を、今、言った……? あれはまるで夢の中の織理の台詞だ。それを今、この人が……。
 蕩けた目で、吐息を孕んで、俺にささやいた。なんで、もしかして、あの時に洗脳したから……人格に影響が出て、しまって……いる? 心臓がうるさい、悪事を隠しているときの様な騒がしい心音。背中にじわりと汗が浮かぶ。

「っふ、ふふふ……あはは!! 面白いね攪真。大丈夫、体以外はなーんにも無いから。どう? 少しどきっとしたでしょ、俺を壊したんじゃないかって」

 珍しいくらいの笑い声に俺の意識は一気に現実に戻る。演技? 演技だ、彼の顔は少し無邪気に笑っている。先ほどの顔が嘘の様に。

「え、え? 演技って事? ちょっ、弦、さんそれは……! 何やねん……! もう!!」

 一気に安心感に体の力が抜けた。――怖かった、脳まで後遺症を残していたらどうしようかと。それにあの顔が織理に重なって、俺も正常じゃなくなってる。恐怖がすぎるとただただ彼の仕草への興奮が残ってしまう。浅ましいほどの性欲、こんな自分が嫌いだ。

「でもこれを望んでたんでしょ、織理に……」

 そう、織理にこれを求めてた。でも、今この人を見ているとそれがどれだけ恐ろしい事か分かる。人としての尊厳を破壊しかけていたのだ、織理の意志を無視しようとしていた。好きだと言った口で、彼を人形にしたかった。最低の、欲求。

「ふふ、安心した……怖いと思ってくれたなら、もう織理のこと壊そうなんてしないよね」

 優しい声、目尻を下げて笑う彼は結局のところ織理のことしか考えていない様だった。

「……本当に織理のこと大切にしとるんやな、弦先輩は」
「攪真もだよね。織理のこと、壊すくらいに好きなんだから……羨ましい」

 自分が壊れるほどの愛を持ってるくせに、何を言ってるんだろう、この人は。おそらく俺の激情とも取れる行動力を羨んでいるのでは、と推察はできる。自惚れではなく、この人は自分から織理に何かをする事が無いから。けれど、何もしないで織理から求められている時点で……嫌味にしかならない。

「はー……、なんか笑い疲れちゃった……ごめん、また寝る。俺の状態は俺から織理に伝えるから、攪真はただ普通に話して来てね」

 すとん、とまた体から力が抜けた。それを支えて、また横たわらせた。――これも後遺症なんじゃないか、この状態で1人にするのは怖いと言うのに。
 
 ガチャ、と玄関の扉が開いた音がした。思わず体が震える、頭が整理できてない。どこを謝る、何を告白する、弦先輩を放置していいのか……。

 とにかく全て話さないと、もう嫌われても仕方ない。それが俺の起こした事なのだから。俺の身勝手な嫉妬で皆を巻き込んだんだ。この家から追い出されたとしても文句は言えない。

 弦先輩に布団を掛け直して俺は部屋を出た。階段下で音に気がついた織理と目が合う。

「ただいま、攪真」
「……おかえり、織理」

 織理の様子はいつもと同じだ。むしろ何か楽しそうな顔に見える。匠の家に泊まったと言うから、やはり楽しかったのだろう。尚更事の顛末を伝えにくい、もしかしたら織理は織理で自分を責めてしまうのでは無いか。

「攪真今日は落ち着いてるね。能力がちゃんと収まってる」

 ――そうだった、織理は俺の能力の異常に気がつけるんだ。安心した表情を向けるコイツに言葉が痞える。

「洗脳して家に帰しちゃったけど……後遺症はない? 結菜さんのことは安心して、ちゃんと……」
「……織理、俺な話したいことがあるんよ」

 心配してくれている織理の話を遮った。結菜のことはこの際どうでも良かった。まず彼女じゃないし、何なら友達かも怪しい。

「……なに?」

 織理は目を丸くする。ただ俺のトーンに引っ張られてからどこか声は慎重な様相だった。
 言わなきゃ、言っていいのだろうか。言わなくていいって言ってた、言うべきことは他にもある……でも、考える前に息が上がる。
 また、目から涙が溢れて来た。これから予想できる反応に、自分のやらかしに。

「………………俺、弦さんのこと、壊してもうた」

 織理は固まった。それは理解に時間がかかっているかの様な顔。2拍置いて織理は口を開いた。

「……は? 何言ってるの……攪真……まさか、妙に落ち着いてるのって、」

 察しがいい、俺は肯定するかのように首を縦に振った。瞬間、織理は横を通り過ぎて階段を上がっていった。初めて見た、険しい表情に泣き崩れそうになるのを耐えて俺も後を追う。


 バン、と大きな音を立てて織理は部屋に飛び込んだ。

「弦さん!!」

「ん、……ぁ、おかえり~織理。匠くんのところ楽しかった?」

 彼は寝ぼけ眼で織理を出迎える。まるでいつもと同じように。その仕草に一瞬、織理の雰囲気が軽くなりかけた。

「はい……じゃなくて、あの攪真から……」

 気まずそうに後方に目を向けた、後ろをついてきていた俺を見る。
 それを受けて弦先輩はため息を吐く。

「攪真~? 俺から言うって言ったでしょ……もう。織理、心配しないで。大したことはないから」
「……そう、ですか。良かった」

 織理の声は全く納得していなかった。それは彼にも伝わっただろう。だが、どちらも深掘らなかった。

 ――居心地が悪い、2人の世界だ。きっと織理はもっと詳細を聞きたいだろうに、弦先輩がそうさせない。
 俺はただ唇を噛みその場に居続ける。

「俺はしばらくお休みしてるから、2人で……」

 弦先輩は明るく部屋からの退出を促した。しかし織理の顔は余計に暗くなる。

「……俺のせいですか? こんな事になってるの……」
「違うよ。俺が攪真を焚き付けただけ、能力溢れててうざかったから」

 くすくす笑う弦の体が僅かに揺れた。そして自身の腕に目を向ける。もしかして、動かしたかったのか。
 それは織理も感じた様で、体の動きが明らかに固まる。

「……あとでいっぱい撫でさせて、織理」

 照れ笑いする先輩を織理は抱きしめた。心臓が掴まれる様に痛む、でもこれが俺のしでかした事なんだ。だから立ち尽くすしかなかった。

「……弦さんが動けないなら、俺から……抱きしめさせて」

 ――あぁ、本当にこの2人には勝てないんだ。織理からこんなに積極的に抱きしめてもらえて、羨ましくないわけがない。けれど今の俺には何も言う資格はなかった。俺のせいだから。

「……織理、腕、回させて……。攪真もこっち来て」

 抱きしめられている先輩が顔を上げながらそう言った。織理が弦先輩の腕を持ち上げて自分の肩に乗せた。俺も、躊躇いつつも近づく。自分なんて邪魔にしかならないだろうに。
 彼は俺に目を向けて笑う。顎を引いて織理の横にくる様に視線で合図した。

「……そこで見てるなら在琉も一緒に抱きしめてあげる。おいで」

 弦先輩が俺の背後に目を向けていた。同じように見ると、開け放しの扉の所に在琉が立っていた。いつから居たのだろう、気配もなかったのに。

「何で在琉が」
「お前がまた暴走しないように監視してただけ。扉空いてたし……」

 在琉は不機嫌そうな顔のまま近づき、膝をつく。指示されずに、弦先輩の腕を持ち上げた。そして織理と同じように、自身の肩に回した。
 抱きしめるとは名ばかりのただ近くに寄っただけのそれ。けれどそれぞれの鼓動が耳に聞こえて妙に安心する。

 暫くそうやって抱きついていると、沈黙を破ったのは在琉だった。

「跡になっちゃったね、腕」
「在琉が強く握ったからだね」

 何のことかと目を向ければ、在琉の方にある手首には赤黒い輪のような跡があった。織理が隣で目を見開いている。

「でも傷なんてそのうち治る。だから良いんだ、とりあえずはね」

 そう言って笑う弦先輩は、失礼だけどそもそもどこか壊れているのではないかと思わなくもなかった。織理の心配も、俺の罪も全部落ち着かせようとしている様で、怖い。
 

――――


 暫くして先輩はまた眠ってしまった。そうなると気まずい空気だけが残り、静かに部屋を出ることしかできない。

「俺許さないから、攪真……。弦さんがなぁなぁにしてても」

 部屋から出た織理は俺を睨む。でも凄みはない。

「……だけど弦さんが気遣ってくれたの、無駄にしたくないから……攪真のこと普通に接したい」
「織理……」

「色々させちゃった……なぁ。弦さん……」

 どこか寂しげに自室へと消えていく織理を俺は追いかけなかった。今は、彼氏面する気にもならない。

 ただ、ああして受け入れたのも全て弦さんのおかげかと思うと、一生埋まらない差にどこか嫉妬してしまうのだった。
 
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