45 / 85
第四章 王道をなぞれ!な学園編
第13話 それで全てが収まるのなら
しおりを挟む
ぼーっと、ただベッドから起き上がれずに時間を過ごす。静かな部屋にいると余計なことを考えそうになる。今後のこと、織理への説明、弦先輩の後遺症……
自分の能力の怖さは理論上でしか知らない。意識を混乱させる、認識を狂わせる。織理の洗脳に比べたら使い勝手の悪いそれは、繊細な操作よりも衝動的な破壊の方が向いていると思う。確かに痛覚を麻痺させるといった使い方もしているが、細かな操作はそれくらい。それ以上の出力の制御はあまり考えたことがない。
ずっと、織理にしてみたかったのは『脳を撹拌する』事だった。俺以外を見ないでほしい、俺に頼って生きてほしい、それらを叶えることが出来る。脳を混乱させて俺の都合よく使えるようにする、それくらいは可能なのが俺の能力だった。
だから夢の中で――実際はそこが現実だったとして、とにかく夢の中で俺は思い切り使った。俺のことを見てほしい、抵抗する力を無くしてほしい、俺以外のことなんて考えられなくしたい。全部、詰め込んで。人として最低な欲望だ、けれど言い訳させてもらえるのなら、あれは夢だからそうしただけ。本当にそうする気なんて無かった。でも殺人犯は捕まった時に同じ様な事を言うよな、だから自分は最低な人間だ。そう思うことがそもそも罪なのに。
今の弦先輩はどこまで侵食されているんだろう。体が動かないのは抵抗させない為に、脳の信号を撹拌した結果だ。どこまで軽度に抑えられているのかも分からない。治ると言う言葉を信じるのも怖い。けれど自分では治せない。
「弦……さん」
少し苦しそうに眉を顰めている弦先輩の髪を掬って落とす。織理が1番想いを寄せてるように見える人、それをこんな風に後遺症を残してしまった。本人は大丈夫というけれど、それを織理にどうやって伝えたらいいのだろう。今度こそ本当に嫌われるのか、いやでもそれが当然か。俺は彼らにとって厄介な問題ごとでしかなかった。
「ん……、かくま……」
僅かに肩が動き弦先輩の目が開く。
「あ、あぁ……すんません、起こしてしもた?」
「うぅん、大丈夫……ごめん、体起こして貰える……?」
そのセリフに心臓が痛む。自力で起き上がれない、寝返りすら打てない。
――これどうしよう、弦先輩暫くはまともに生活できへんのとちゃうか。本人が幾ら大丈夫だと言おうと突きつけられる現実に何も安心できる要素がない。
ただ今は彼の求める通りに動く。腰の下に手を差入れ、ゆっくりと体を起こした。
「……ありがと。織理は10時ごろには帰ってくるから心の準備しておいてね」
なんて事をついでに言うのだろう。心の準備も何も、と壁の時計を見れば今が9時少し前。動悸が激しくなる。
「じゅ、? あと一時間、? ……どう、しよう……、俺はどうしたら」
「攪真、大丈夫。織理は多分お前の連日の行動をそんなに気にしてないから」
それはそれでグサッと来るが。嫉妬もしなければ異変とも思ってないってことか? あんなに巻き込んで結菜に絡まれたのに? ……ってそうじゃない。
「違くて、俺が……1番怖いのはアンタの事ですよ……」
弦先輩はきょとんとした顔を見せた。いつも鋭いくせに。
「俺? なんで?」
「なん、でって……俺は弦さんをこんな、こんな……」
こんな時なのに形容する言葉が浮かばない。ただこの状態で、何でこの人は平然としてるのか本当にわからなかった。もしかして全て演技なのかと疑いたくなるほどに。
すると彼は少し困ったように笑って、そして目をとろんとさせた。その表情に違う意味で心臓が痛む。まるで、夢の続きかの様に甘い表情。
「……か、くま……好き、だから……これでいいの」
その瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。
――何を、今、言った……? あれはまるで夢の中の織理の台詞だ。それを今、この人が……。
蕩けた目で、吐息を孕んで、俺にささやいた。なんで、もしかして、あの時に洗脳したから……人格に影響が出て、しまって……いる? 心臓がうるさい、悪事を隠しているときの様な騒がしい心音。背中にじわりと汗が浮かぶ。
「っふ、ふふふ……あはは!! 面白いね攪真。大丈夫、体以外はなーんにも無いから。どう? 少しどきっとしたでしょ、俺を壊したんじゃないかって」
珍しいくらいの笑い声に俺の意識は一気に現実に戻る。演技? 演技だ、彼の顔は少し無邪気に笑っている。先ほどの顔が嘘の様に。
「え、え? 演技って事? ちょっ、弦、さんそれは……! 何やねん……! もう!!」
一気に安心感に体の力が抜けた。――怖かった、脳まで後遺症を残していたらどうしようかと。それにあの顔が織理に重なって、俺も正常じゃなくなってる。恐怖がすぎるとただただ彼の仕草への興奮が残ってしまう。浅ましいほどの性欲、こんな自分が嫌いだ。
「でもこれを望んでたんでしょ、織理に……」
そう、織理にこれを求めてた。でも、今この人を見ているとそれがどれだけ恐ろしい事か分かる。人としての尊厳を破壊しかけていたのだ、織理の意志を無視しようとしていた。好きだと言った口で、彼を人形にしたかった。最低の、欲求。
「ふふ、安心した……怖いと思ってくれたなら、もう織理のこと壊そうなんてしないよね」
優しい声、目尻を下げて笑う彼は結局のところ織理のことしか考えていない様だった。
「……本当に織理のこと大切にしとるんやな、弦先輩は」
「攪真もだよね。織理のこと、壊すくらいに好きなんだから……羨ましい」
自分が壊れるほどの愛を持ってるくせに、何を言ってるんだろう、この人は。おそらく俺の激情とも取れる行動力を羨んでいるのでは、と推察はできる。自惚れではなく、この人は自分から織理に何かをする事が無いから。けれど、何もしないで織理から求められている時点で……嫌味にしかならない。
「はー……、なんか笑い疲れちゃった……ごめん、また寝る。俺の状態は俺から織理に伝えるから、攪真はただ普通に話して来てね」
すとん、とまた体から力が抜けた。それを支えて、また横たわらせた。――これも後遺症なんじゃないか、この状態で1人にするのは怖いと言うのに。
ガチャ、と玄関の扉が開いた音がした。思わず体が震える、頭が整理できてない。どこを謝る、何を告白する、弦先輩を放置していいのか……。
とにかく全て話さないと、もう嫌われても仕方ない。それが俺の起こした事なのだから。俺の身勝手な嫉妬で皆を巻き込んだんだ。この家から追い出されたとしても文句は言えない。
弦先輩に布団を掛け直して俺は部屋を出た。階段下で音に気がついた織理と目が合う。
「ただいま、攪真」
「……おかえり、織理」
織理の様子はいつもと同じだ。むしろ何か楽しそうな顔に見える。匠の家に泊まったと言うから、やはり楽しかったのだろう。尚更事の顛末を伝えにくい、もしかしたら織理は織理で自分を責めてしまうのでは無いか。
「攪真今日は落ち着いてるね。能力がちゃんと収まってる」
――そうだった、織理は俺の能力の異常に気がつけるんだ。安心した表情を向けるコイツに言葉が痞える。
「洗脳して家に帰しちゃったけど……後遺症はない? 結菜さんのことは安心して、ちゃんと……」
「……織理、俺な話したいことがあるんよ」
心配してくれている織理の話を遮った。結菜のことはこの際どうでも良かった。まず彼女じゃないし、何なら友達かも怪しい。
「……なに?」
織理は目を丸くする。ただ俺のトーンに引っ張られてからどこか声は慎重な様相だった。
言わなきゃ、言っていいのだろうか。言わなくていいって言ってた、言うべきことは他にもある……でも、考える前に息が上がる。
また、目から涙が溢れて来た。これから予想できる反応に、自分のやらかしに。
「………………俺、弦さんのこと、壊してもうた」
織理は固まった。それは理解に時間がかかっているかの様な顔。2拍置いて織理は口を開いた。
「……は? 何言ってるの……攪真……まさか、妙に落ち着いてるのって、」
察しがいい、俺は肯定するかのように首を縦に振った。瞬間、織理は横を通り過ぎて階段を上がっていった。初めて見た、険しい表情に泣き崩れそうになるのを耐えて俺も後を追う。
バン、と大きな音を立てて織理は部屋に飛び込んだ。
「弦さん!!」
「ん、……ぁ、おかえり~織理。匠くんのところ楽しかった?」
彼は寝ぼけ眼で織理を出迎える。まるでいつもと同じように。その仕草に一瞬、織理の雰囲気が軽くなりかけた。
「はい……じゃなくて、あの攪真から……」
気まずそうに後方に目を向けた、後ろをついてきていた俺を見る。
それを受けて弦先輩はため息を吐く。
「攪真~? 俺から言うって言ったでしょ……もう。織理、心配しないで。大したことはないから」
「……そう、ですか。良かった」
織理の声は全く納得していなかった。それは彼にも伝わっただろう。だが、どちらも深掘らなかった。
――居心地が悪い、2人の世界だ。きっと織理はもっと詳細を聞きたいだろうに、弦先輩がそうさせない。
俺はただ唇を噛みその場に居続ける。
「俺はしばらくお休みしてるから、2人で……」
弦先輩は明るく部屋からの退出を促した。しかし織理の顔は余計に暗くなる。
「……俺のせいですか? こんな事になってるの……」
「違うよ。俺が攪真を焚き付けただけ、能力溢れててうざかったから」
くすくす笑う弦の体が僅かに揺れた。そして自身の腕に目を向ける。もしかして、動かしたかったのか。
それは織理も感じた様で、体の動きが明らかに固まる。
「……あとでいっぱい撫でさせて、織理」
照れ笑いする先輩を織理は抱きしめた。心臓が掴まれる様に痛む、でもこれが俺のしでかした事なんだ。だから立ち尽くすしかなかった。
「……弦さんが動けないなら、俺から……抱きしめさせて」
――あぁ、本当にこの2人には勝てないんだ。織理からこんなに積極的に抱きしめてもらえて、羨ましくないわけがない。けれど今の俺には何も言う資格はなかった。俺のせいだから。
「……織理、腕、回させて……。攪真もこっち来て」
抱きしめられている先輩が顔を上げながらそう言った。織理が弦先輩の腕を持ち上げて自分の肩に乗せた。俺も、躊躇いつつも近づく。自分なんて邪魔にしかならないだろうに。
彼は俺に目を向けて笑う。顎を引いて織理の横にくる様に視線で合図した。
「……そこで見てるなら在琉も一緒に抱きしめてあげる。おいで」
弦先輩が俺の背後に目を向けていた。同じように見ると、開け放しの扉の所に在琉が立っていた。いつから居たのだろう、気配もなかったのに。
「何で在琉が」
「お前がまた暴走しないように監視してただけ。扉空いてたし……」
在琉は不機嫌そうな顔のまま近づき、膝をつく。指示されずに、弦先輩の腕を持ち上げた。そして織理と同じように、自身の肩に回した。
抱きしめるとは名ばかりのただ近くに寄っただけのそれ。けれどそれぞれの鼓動が耳に聞こえて妙に安心する。
暫くそうやって抱きついていると、沈黙を破ったのは在琉だった。
「跡になっちゃったね、腕」
「在琉が強く握ったからだね」
何のことかと目を向ければ、在琉の方にある手首には赤黒い輪のような跡があった。織理が隣で目を見開いている。
「でも傷なんてそのうち治る。だから良いんだ、とりあえずはね」
そう言って笑う弦先輩は、失礼だけどそもそもどこか壊れているのではないかと思わなくもなかった。織理の心配も、俺の罪も全部落ち着かせようとしている様で、怖い。
――――
暫くして先輩はまた眠ってしまった。そうなると気まずい空気だけが残り、静かに部屋を出ることしかできない。
「俺許さないから、攪真……。弦さんがなぁなぁにしてても」
部屋から出た織理は俺を睨む。でも凄みはない。
「……だけど弦さんが気遣ってくれたの、無駄にしたくないから……攪真のこと普通に接したい」
「織理……」
「色々させちゃった……なぁ。弦さん……」
どこか寂しげに自室へと消えていく織理を俺は追いかけなかった。今は、彼氏面する気にもならない。
ただ、ああして受け入れたのも全て弦さんのおかげかと思うと、一生埋まらない差にどこか嫉妬してしまうのだった。
自分の能力の怖さは理論上でしか知らない。意識を混乱させる、認識を狂わせる。織理の洗脳に比べたら使い勝手の悪いそれは、繊細な操作よりも衝動的な破壊の方が向いていると思う。確かに痛覚を麻痺させるといった使い方もしているが、細かな操作はそれくらい。それ以上の出力の制御はあまり考えたことがない。
ずっと、織理にしてみたかったのは『脳を撹拌する』事だった。俺以外を見ないでほしい、俺に頼って生きてほしい、それらを叶えることが出来る。脳を混乱させて俺の都合よく使えるようにする、それくらいは可能なのが俺の能力だった。
だから夢の中で――実際はそこが現実だったとして、とにかく夢の中で俺は思い切り使った。俺のことを見てほしい、抵抗する力を無くしてほしい、俺以外のことなんて考えられなくしたい。全部、詰め込んで。人として最低な欲望だ、けれど言い訳させてもらえるのなら、あれは夢だからそうしただけ。本当にそうする気なんて無かった。でも殺人犯は捕まった時に同じ様な事を言うよな、だから自分は最低な人間だ。そう思うことがそもそも罪なのに。
今の弦先輩はどこまで侵食されているんだろう。体が動かないのは抵抗させない為に、脳の信号を撹拌した結果だ。どこまで軽度に抑えられているのかも分からない。治ると言う言葉を信じるのも怖い。けれど自分では治せない。
「弦……さん」
少し苦しそうに眉を顰めている弦先輩の髪を掬って落とす。織理が1番想いを寄せてるように見える人、それをこんな風に後遺症を残してしまった。本人は大丈夫というけれど、それを織理にどうやって伝えたらいいのだろう。今度こそ本当に嫌われるのか、いやでもそれが当然か。俺は彼らにとって厄介な問題ごとでしかなかった。
「ん……、かくま……」
僅かに肩が動き弦先輩の目が開く。
「あ、あぁ……すんません、起こしてしもた?」
「うぅん、大丈夫……ごめん、体起こして貰える……?」
そのセリフに心臓が痛む。自力で起き上がれない、寝返りすら打てない。
――これどうしよう、弦先輩暫くはまともに生活できへんのとちゃうか。本人が幾ら大丈夫だと言おうと突きつけられる現実に何も安心できる要素がない。
ただ今は彼の求める通りに動く。腰の下に手を差入れ、ゆっくりと体を起こした。
「……ありがと。織理は10時ごろには帰ってくるから心の準備しておいてね」
なんて事をついでに言うのだろう。心の準備も何も、と壁の時計を見れば今が9時少し前。動悸が激しくなる。
「じゅ、? あと一時間、? ……どう、しよう……、俺はどうしたら」
「攪真、大丈夫。織理は多分お前の連日の行動をそんなに気にしてないから」
それはそれでグサッと来るが。嫉妬もしなければ異変とも思ってないってことか? あんなに巻き込んで結菜に絡まれたのに? ……ってそうじゃない。
「違くて、俺が……1番怖いのはアンタの事ですよ……」
弦先輩はきょとんとした顔を見せた。いつも鋭いくせに。
「俺? なんで?」
「なん、でって……俺は弦さんをこんな、こんな……」
こんな時なのに形容する言葉が浮かばない。ただこの状態で、何でこの人は平然としてるのか本当にわからなかった。もしかして全て演技なのかと疑いたくなるほどに。
すると彼は少し困ったように笑って、そして目をとろんとさせた。その表情に違う意味で心臓が痛む。まるで、夢の続きかの様に甘い表情。
「……か、くま……好き、だから……これでいいの」
その瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。
――何を、今、言った……? あれはまるで夢の中の織理の台詞だ。それを今、この人が……。
蕩けた目で、吐息を孕んで、俺にささやいた。なんで、もしかして、あの時に洗脳したから……人格に影響が出て、しまって……いる? 心臓がうるさい、悪事を隠しているときの様な騒がしい心音。背中にじわりと汗が浮かぶ。
「っふ、ふふふ……あはは!! 面白いね攪真。大丈夫、体以外はなーんにも無いから。どう? 少しどきっとしたでしょ、俺を壊したんじゃないかって」
珍しいくらいの笑い声に俺の意識は一気に現実に戻る。演技? 演技だ、彼の顔は少し無邪気に笑っている。先ほどの顔が嘘の様に。
「え、え? 演技って事? ちょっ、弦、さんそれは……! 何やねん……! もう!!」
一気に安心感に体の力が抜けた。――怖かった、脳まで後遺症を残していたらどうしようかと。それにあの顔が織理に重なって、俺も正常じゃなくなってる。恐怖がすぎるとただただ彼の仕草への興奮が残ってしまう。浅ましいほどの性欲、こんな自分が嫌いだ。
「でもこれを望んでたんでしょ、織理に……」
そう、織理にこれを求めてた。でも、今この人を見ているとそれがどれだけ恐ろしい事か分かる。人としての尊厳を破壊しかけていたのだ、織理の意志を無視しようとしていた。好きだと言った口で、彼を人形にしたかった。最低の、欲求。
「ふふ、安心した……怖いと思ってくれたなら、もう織理のこと壊そうなんてしないよね」
優しい声、目尻を下げて笑う彼は結局のところ織理のことしか考えていない様だった。
「……本当に織理のこと大切にしとるんやな、弦先輩は」
「攪真もだよね。織理のこと、壊すくらいに好きなんだから……羨ましい」
自分が壊れるほどの愛を持ってるくせに、何を言ってるんだろう、この人は。おそらく俺の激情とも取れる行動力を羨んでいるのでは、と推察はできる。自惚れではなく、この人は自分から織理に何かをする事が無いから。けれど、何もしないで織理から求められている時点で……嫌味にしかならない。
「はー……、なんか笑い疲れちゃった……ごめん、また寝る。俺の状態は俺から織理に伝えるから、攪真はただ普通に話して来てね」
すとん、とまた体から力が抜けた。それを支えて、また横たわらせた。――これも後遺症なんじゃないか、この状態で1人にするのは怖いと言うのに。
ガチャ、と玄関の扉が開いた音がした。思わず体が震える、頭が整理できてない。どこを謝る、何を告白する、弦先輩を放置していいのか……。
とにかく全て話さないと、もう嫌われても仕方ない。それが俺の起こした事なのだから。俺の身勝手な嫉妬で皆を巻き込んだんだ。この家から追い出されたとしても文句は言えない。
弦先輩に布団を掛け直して俺は部屋を出た。階段下で音に気がついた織理と目が合う。
「ただいま、攪真」
「……おかえり、織理」
織理の様子はいつもと同じだ。むしろ何か楽しそうな顔に見える。匠の家に泊まったと言うから、やはり楽しかったのだろう。尚更事の顛末を伝えにくい、もしかしたら織理は織理で自分を責めてしまうのでは無いか。
「攪真今日は落ち着いてるね。能力がちゃんと収まってる」
――そうだった、織理は俺の能力の異常に気がつけるんだ。安心した表情を向けるコイツに言葉が痞える。
「洗脳して家に帰しちゃったけど……後遺症はない? 結菜さんのことは安心して、ちゃんと……」
「……織理、俺な話したいことがあるんよ」
心配してくれている織理の話を遮った。結菜のことはこの際どうでも良かった。まず彼女じゃないし、何なら友達かも怪しい。
「……なに?」
織理は目を丸くする。ただ俺のトーンに引っ張られてからどこか声は慎重な様相だった。
言わなきゃ、言っていいのだろうか。言わなくていいって言ってた、言うべきことは他にもある……でも、考える前に息が上がる。
また、目から涙が溢れて来た。これから予想できる反応に、自分のやらかしに。
「………………俺、弦さんのこと、壊してもうた」
織理は固まった。それは理解に時間がかかっているかの様な顔。2拍置いて織理は口を開いた。
「……は? 何言ってるの……攪真……まさか、妙に落ち着いてるのって、」
察しがいい、俺は肯定するかのように首を縦に振った。瞬間、織理は横を通り過ぎて階段を上がっていった。初めて見た、険しい表情に泣き崩れそうになるのを耐えて俺も後を追う。
バン、と大きな音を立てて織理は部屋に飛び込んだ。
「弦さん!!」
「ん、……ぁ、おかえり~織理。匠くんのところ楽しかった?」
彼は寝ぼけ眼で織理を出迎える。まるでいつもと同じように。その仕草に一瞬、織理の雰囲気が軽くなりかけた。
「はい……じゃなくて、あの攪真から……」
気まずそうに後方に目を向けた、後ろをついてきていた俺を見る。
それを受けて弦先輩はため息を吐く。
「攪真~? 俺から言うって言ったでしょ……もう。織理、心配しないで。大したことはないから」
「……そう、ですか。良かった」
織理の声は全く納得していなかった。それは彼にも伝わっただろう。だが、どちらも深掘らなかった。
――居心地が悪い、2人の世界だ。きっと織理はもっと詳細を聞きたいだろうに、弦先輩がそうさせない。
俺はただ唇を噛みその場に居続ける。
「俺はしばらくお休みしてるから、2人で……」
弦先輩は明るく部屋からの退出を促した。しかし織理の顔は余計に暗くなる。
「……俺のせいですか? こんな事になってるの……」
「違うよ。俺が攪真を焚き付けただけ、能力溢れててうざかったから」
くすくす笑う弦の体が僅かに揺れた。そして自身の腕に目を向ける。もしかして、動かしたかったのか。
それは織理も感じた様で、体の動きが明らかに固まる。
「……あとでいっぱい撫でさせて、織理」
照れ笑いする先輩を織理は抱きしめた。心臓が掴まれる様に痛む、でもこれが俺のしでかした事なんだ。だから立ち尽くすしかなかった。
「……弦さんが動けないなら、俺から……抱きしめさせて」
――あぁ、本当にこの2人には勝てないんだ。織理からこんなに積極的に抱きしめてもらえて、羨ましくないわけがない。けれど今の俺には何も言う資格はなかった。俺のせいだから。
「……織理、腕、回させて……。攪真もこっち来て」
抱きしめられている先輩が顔を上げながらそう言った。織理が弦先輩の腕を持ち上げて自分の肩に乗せた。俺も、躊躇いつつも近づく。自分なんて邪魔にしかならないだろうに。
彼は俺に目を向けて笑う。顎を引いて織理の横にくる様に視線で合図した。
「……そこで見てるなら在琉も一緒に抱きしめてあげる。おいで」
弦先輩が俺の背後に目を向けていた。同じように見ると、開け放しの扉の所に在琉が立っていた。いつから居たのだろう、気配もなかったのに。
「何で在琉が」
「お前がまた暴走しないように監視してただけ。扉空いてたし……」
在琉は不機嫌そうな顔のまま近づき、膝をつく。指示されずに、弦先輩の腕を持ち上げた。そして織理と同じように、自身の肩に回した。
抱きしめるとは名ばかりのただ近くに寄っただけのそれ。けれどそれぞれの鼓動が耳に聞こえて妙に安心する。
暫くそうやって抱きついていると、沈黙を破ったのは在琉だった。
「跡になっちゃったね、腕」
「在琉が強く握ったからだね」
何のことかと目を向ければ、在琉の方にある手首には赤黒い輪のような跡があった。織理が隣で目を見開いている。
「でも傷なんてそのうち治る。だから良いんだ、とりあえずはね」
そう言って笑う弦先輩は、失礼だけどそもそもどこか壊れているのではないかと思わなくもなかった。織理の心配も、俺の罪も全部落ち着かせようとしている様で、怖い。
――――
暫くして先輩はまた眠ってしまった。そうなると気まずい空気だけが残り、静かに部屋を出ることしかできない。
「俺許さないから、攪真……。弦さんがなぁなぁにしてても」
部屋から出た織理は俺を睨む。でも凄みはない。
「……だけど弦さんが気遣ってくれたの、無駄にしたくないから……攪真のこと普通に接したい」
「織理……」
「色々させちゃった……なぁ。弦さん……」
どこか寂しげに自室へと消えていく織理を俺は追いかけなかった。今は、彼氏面する気にもならない。
ただ、ああして受け入れたのも全て弦さんのおかげかと思うと、一生埋まらない差にどこか嫉妬してしまうのだった。
1
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新するかもです。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、視点を追加して、倍くらいの字数増量(笑)でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています
水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。
そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。
アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。
しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった!
リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。
隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか?
これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる