優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々

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第五章 外からくる現実

エピローグ これで本当に一段落

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「そろそろ帰ってくるかな……」

 玄関に座り、開くことのないドアを眺める。
 あれから4時間をすぎて織理はずっとこの調子だった。いくら無事と分かっていてもやはり不安なものは不安。攪真の声は聞こえたけれど、弦の声は聞いていない。こんなに遅くなるなんて、やっぱり道中で具合が悪くなったり……もしかして事故にあったのでは? 自分がこうやって人を心配できることに不思議な感覚を覚えつつ、落ち着かない気持ちを燻らせる。

 その様子を見かねた在琉が織理の側にホットミルクを置く。もう夜も深まってきた時刻、初秋の玄関先は何処となく寒い。

「織さん落ち着いたら。下手すれば一泊くらいしてきてもおかしく無いんだから」
「在琉落ち着きすぎじゃない……?」 

 人形から戻った直後が嘘の様に彼はいつも通りだった。薄情と思う勿れ、焦ったところで何も変わらないのだ。救いに行く途中ならまだしも、終わった後ともなればただ帰宅を待つだけ。何も出来ることがない。

 軽くだが食事の準備もした、風呂もお湯を張った。救急箱の用意もした。自分たちが出来そうな準備はしてあるのだ、あとは帰ってくるのを待つだけ。ただ在琉の言う事もわかる。具合が悪くなれば泊まってくる方が安牌だし、攪真だってぶっ通しで運転し続けるのは大変だろう。

「織さんだってぬいぐるみにされてたわけだし。自分の身を案じた方がいいんじゃないの」
「でも……」

 ――正直、記憶がない。自分がぬいぐるみになっていく瞬間までは覚えているが、それ以降は何も。少しだけ痛む脇腹と肩、ただそれは言ってしまえば何かに殴られた時の様な痛み。気にするほどでも無かった。お風呂に入った時に確認しても青あざができているだけで他に異常もない。

 織理としては自分の状態はいつも通りだった。そしてこう言う話になると逆に心配になるのは在琉の方だった。

「在琉は本当に大丈夫? 俺なんかより全然……」
「オレはそもそも人形になった以外に何もされてないからね」

 織理の心配を在琉は首を振って否定した。人質としてすら役に立たなかった、だから織理と違って何もされなかったのだろう。それもそうだ、弦と2人きりで居た事もないし織理が人質にできるならその方が効果が高いのがわかる。せめて、蹴飛ばされるのが自分だったなら気の持ち用も違ったのに。何処までも当事者にならなかった自分を、在琉は無意識のうちに悔しく思っていた。
 何処か苦しげに見える在琉に、織理は手を握って目を合わせる。

「……在琉、そんな顔しないで」
「どんな顔だよ。別に慰められる様なこと言ってないと思うのに。オレより自分の事を心配しろよ」

 全く、と呆れた様な在琉に織理はムスッとした。強がりでも照れ隠しでもなさそうなところがなんとも難しい。彼の優しさらしきものへの切り返しはコツが掴めない。

 ――たまに見せる寂しげな在琉は可愛いのに。わかりにくいな……。

 そんな風に会話をしていると、煩いバイクの音が外から聞こえた。織理と在琉は顔を玄関に向ける。おそらく攪真の帰宅だ。

 ガチャ、とドアノブが引かれる音。暗がりの中から、黒い人影が見え始めた。織理は思わず駆け寄り、ドアを押す。

「助かるわ、ありがとな織理」

 そこにいたのは両手が塞がっていた攪真だった。

「攪真! 弦さん!」

 織理は入ってきた二人に思わず抱きついた。正確には攪真に抱えられた弦に抱きついた。外気に晒されていた体は正直冷たい、だがそんな事考えていられなかった。

「織理……! 在琉……! 無事で、よかった……!」

 弦の手が織理の腕をなぞる。安堵したような声につい涙腺が緩みかける。しかしふと、視線を移すと血の渇いた跡がびっしりとついている事に気がついた。

「弦さん……その、血は……」

 ――もしかして、怪我? だとしたら抱きついたら痛かったのでは。織理は一回手を離した。不安げに弦を見ると彼は小さく笑う。

「ごめん、汚しちゃうか」
「そうじゃなくて……痛くは……」

 織理は首を振った。汚いなんて思わない、そんなこと何も気にしてないのに。手を離さなければよかったかな、少し後悔した。

「大丈夫……じゃないか。少しだけ、痛いかな……片目逝っちゃったし」

 あははと笑いつつもその顔には疲労が浮かんでいた。顔の血は目から流れていたのかと今になって気がつく。片目が? それはどの程度の怪我なのだろう。もし自分のように失明してしまっていたら……。
 織理は攪真に目を合わせる。困ったように笑い返された。

「……とりあえず弦さんの手当てからしよう。お風呂は入れてあるから……」

 織理は2人の前から離れ、道を開ける。

「気が効くやん、織理……ちょっと血ぃ流してきましょか、弦先輩」
「うん……織理、またあとでね。あとでもう一度抱きしめさせて……」
「はい、幾らでも……!」

 手を振りながら弦はそのまま風呂場に運ばれていった。――自分が運べたなら手当してあげたかったな、織理は少し残念に思う。こればかりは仕方ない、身長だけは覆せない。でも弦の様子自体は変わっていなそうに見えたのは幸いだった。怪我は心配だが、それ以上に精神面が傷ついていないかが不安だった。
 脱衣所の方に視線を向けて、ただ息を吐く。

「感動の再会終わった?」

 離れた所で見ていた在琉は織理の隣に近寄った。

「在琉も呼ばれてたんだから抱きつけばよかったのに」
「あんまり無理させても良くないでしょ。明らかに重症なんだから」
「じゃあ止めてよ……」

 織理は在琉の気遣いなんだからよくわからない理論に苦笑する。でも確かに冷静に考えれば先に手当てだったな、と少し反省した。こう言う時の在琉の冷静さが羨ましい。

「……ま、弦さんは織さんの無事が何より安心できと思うから良いんだけど」

 これは在琉なりのフォローだった。彼も彼で同居人が無事だった事には安心している節がある。

「在琉も後で弦さんにちゃんと姿見せなよ」
「風呂の後でね」

 はぐらかす様に在琉はそのままキッチンへと向かってしまった。

 20分ほどで弦と攪真は風呂場から出てきた。あれだけ血に塗れていた顔は綺麗になり、どこか血色も良い。ただ閉じられたままの右目だけが視線を奪う。

「ごめんねぇ、心配かけて。驚いたでしょ、血まみれで」
「……怪我は?」

 織理は何よりそこが心配だった。攪真に壊された手足だって元に戻っていないのに、また傷が増えては幾らなんでも悲惨だと思って。

「どうだろうね。片目はもしかしたらもう治らないかも、開けるのが今は痛い、裂けちゃったかな~」 

 内容に合わない明るい声、正直に言ってくれたのは嬉しいが同じテンションでは聞けない。質問したのはこちらなのに返答ができなかった。
 ただそれを隣で攪真が顔を顰める。

「弦お前ほんまその空元気やめろや。痛い言うから痛覚麻痺させてるんやぞ、こっちが」

 そうなの? 織理は攪真の能力がそんな風に使えたことを思い出した。あまりにも人を壊す以外に使わないから忘れていたが。

「だって……隠すのも違うでしょ? でも、どんな風に言ったら……心配かけさせずに済むかなって」

 困った様に笑って弦は俯いた。

「ありがと、攪真……全部助けてもらっちゃった。本当に、感謝してる」
「いやほんまにな? ちゃんと感謝してくださいよ先輩……あー、やっと借りが返せた気分やわ」

 笑う攪真の声は明るく、漸く空気が軽くなってきた。そういえば攪真に怪我は無いのだろうか、元気そうだから何も心配していなかった。見たところは血もついていないし、服が破けたりもしていない。

「攪真は……怪我ない?」
「俺は全くない。気がついたら終わっとったしな」

 案の定だった。割と織理の中で、攪真は怪我をしないイメージがあった。――なんというか……生命力が強そう。何より自分と同じく洗脳系の能力者であることが一番大きい。人間相手ならどうにでもできてしまう、それだけの信頼があった。

 安心した織理の腕に冷たい指が合わせられる。弦の指だ、お風呂上がりなのに冷たい。こんなに体温の低い人だったっけ、そう思うほどに。

「……ね、織理……。今日一緒に寝てくれない? 在琉も、攪真も……俺、今日はみんなの体温感じたい……」

 弦が珍しく少し弱った声を出したので織理は彼を抱きしめた。冷たく感じるのは気のせいではない、手先だけじゃなく、体が冷たい。

「寧ろ、一緒に寝かせて……怖い、弦さんの体温が……冷たくて」

 また涙が出てくる。傷を認知するたびに心が痛む、今回自分は何もできなかった。気がついたら終わっていて、弦のことも攪真が助けに行って。手当もできない、運べない、それらが全て悔しくて悲しくて。

「……織さん、とりあえず一回寝ようよ。弦さんが心配なら」

 在琉の言葉に織理はハッとする。そして頷いた。
 攪真が弦を持ち上げ、その後ろに織理と在琉がついていく。4人で寝られる様な場所、それは弦の部屋しかない。眠ることが好きな彼は、やけに広いベッドを持っていた。部屋の大半を占めるそれは、ホテルで採用されるマットレスを敷いた寝心地の良いものだ。
 改めて見るとその大きさに圧巻される、織理はゆっくりとそこに乗り上げる。そして隣に弦が寝かせられた。攪真と在琉が端を囲い、4人で横になる。織理と弦を真ん中にして、並ぶように。

「……みんな、ありがとう。つきあってくれて」

 微睡む様な声、弦の呟きをただ抱きしめる事で織理は返事した。
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