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第六章 これから
第1話 月曜日は新台入れ替えの日
しおりを挟む早朝5時、インターホンの音で攪真は目を覚ました。少し眠い体を伸ばして、服を着替えずスウェットのまま玄関に向かう。ドアに手をかけて一瞬止まる。――また変な奴だったらどうしよう。いやいや、もう終わったのだ。そのまま攪真は扉を開けた。
「おはようございます! 警響であります!」
開けると同時に響く元気な声。朝から賑やかだ、攪真の目も覚める。
「朝早いなぁお前……あ、そっか今日月曜か」
月曜日、それは新台入れ替えの日。故に警響は開店前に全てを報告しにきた。なぜ攪真が知っているのかといえば、警響ら三馬鹿は月曜日に必ず遅刻してくることが1学年の中でも有名だったからだ。しかもその内1人は同じクラスの女、流石にわかる。
警響は腰に下げた鞄からバインダーを取り出し、開く。一瞬書類を確認し、攪真に再度視線を戻した。
「とりあえず取り急ぎ。あの能力者の件ですが、あちらは能力者データベースに登録がなく、完全に違法の存在であることが確定致しましたであります」
攪真はその報告に絶句した。誘拐犯というだけでも充分に恐ろしかったのに、その上で違法能力者だったとは。
能力者は小学校に上がる前にデータベースへの登録が義務付けられている。ひとえに能力犯罪を防止抑制する為だ。故にそこに登録されていないと言うのは、親が出生すら届け出していないか、能力を後天的に手に入れて登録を出さなかったものかの二択になる。前者は親の責任故に本人が罰せられることはないが、後者は故意的な犯罪であり、懲役刑とともに強制的に管理用のチップが埋められる。勿論届け出ていれば問題はなかったのだが。
梨沙は誘拐と人身売買まで確定している。一般人であれば前回と同じくそのうち解放されたかもしれないが、能力犯罪となると責任は倍以上に膨らむ。無力な一般人を保護するためには多少過剰とも言えるほどに能力者を罰さなければならない。
――こんな奴が家を知っていたなんて。攪真は今更ながら恐怖を実感した。いくら能力があれど、怖いものはある。
「……人身売買の方は」
「そちらはご安心を! 記憶を読み取った結果5名の被害者がいることが分かりましたが、能力の効果切れで逃げ出せてはいたようです。購入者はすでに捕まえております。あとは被害者のメンタルケアなどをこちらで行わせて頂く形になるであります」
ふざけた口調ながら淡々と報告を読み上げる。ひとまずは弦の最も懸念していた被害者はどうにかなりそうだ。五人も売られていた事実も言葉を失いたくなるが、外傷などがないならまだ良かった。勿論精神面がどうかは分からないが。
ただ、匠もそうだがメンタル系の能力者や、事実改変が出来る能力者もそこそこいる。「人の記憶を操って事件を無かったことにするのはどうなんだ」と言う一般人からの声もあるが、結局は被害者が優先だ。本人らが望めばいくらでも能力でケアする、それが彼ら、自警団の立場だった。
「ほかは捜査が進み次第報告するであります。少しは気が楽になれば良いのですが」
「弦には伝えとくわ。ありがとう、警響」
それが仕事ですので! 強く言い切った彼女は腕時計に目を向ける。
「それではこれにて! ご武運を!」
そう言って警響は帽子を一度外し礼をする。そしてまた白バイで駆けて行った。
――まだ開店前な気がするんやけどな。おそらく並びに行ったのだろう彼女の、その後ろ姿を攪真は見送った。
――――
部屋に戻るとすでに在琉は居なくなっていた。外に出ている間に下に降りたのだろうか、気配がなかった気がするが。
織理と弦は普通に寝ている、この2人の寝起きはあまり良くない。あのバイクの音にも起きなかったとなると本当に深く眠っているのだろう。
攪真は織理の頭を撫でた。もぞもぞと動いて手のひらに頭が押しつけられる。さらさらとした感覚に頬が緩む。――久々に織理に触ったな。
あの日、弦を壊して以降、攪真は織理との距離感がわからなくなっていた。織理の1番大切な人を壊した、そして今も回復はしていない。それ以前に自分勝手に巻き込んでいたのも余計に重くのしかかる。嫉妬されたいがために周りを巻き込んで、織理は結菜に噛みつかれて……。織理は何も言わなかったが普通に不快だろう。
何より、攪真自身がどうしたいのか分からなくなっていた。織理が好きなのに、あの時ほど独占したいと言う欲が無くなっていた。弦や在琉に抱きついていても、羨ましいが嫉妬まではいかない。
――俺、織理のこと飽きてしもうたんかな。
でもそれは信じたくなかった。あんなに人を巻き込んでまで手に入れようとしたのに、飽きましたなんて。弦をこんな姿にしたのに。自分の思いがその程度だったと言うのも信じたくない。でも気持ちがどこか凪いでいる様な、穏やかな感覚がある。あの燃える様な激情はどこに行ったのだろう。
考えるほどに嫌になってきて撫でていた手を止めた。そのまま今度は弦の頬を撫でる。少しだけ熱が戻ってきているようだった。それでも、自分よりは冷たいと感じてしまうが。
「ん、……誰……攪真?」
僅かに身動ぎ、弦の目が開かれた。ぴく、と肩が僅かに動くがそれだけで止まる。体を起こすほどは動かなかった。
「起こしてもうたか、弦……調子は」
「すこし、怠いかな……まだ麻痺させてくれてるんだ。ごめん……」
ぼんやりとした目、その右目は焦点が合っていないことに気がつく。昨晩は閉じられていたからあまり確認できていなかった部分。
攪真は胸を押さえた。在ったはずのものが無くなる、その事実に嫌悪感が湧く。醜いわけではないのに、気持ち悪い。
「痛み、誤魔化してくれてるんだ……後遺症は、平気?」
攪真に顔を向けて緩く笑う弦に心臓が縛られる。痛覚なら攪真の能力で誤魔化せる。けれど体に出てしまったものを治すことは出来ない。
「この出力なら今日は持つわ。……病院行くなら連れてくで」
「ふふ、後遺症は治らない、知ってるくせに……。でも、痛み止めだけでももらってこようかな……攪真が暴走したら面倒だし」
「あのなぁ……」
弦は力なく笑いながら体を起こそうとした。しかし織理がまだ抱きついて寝ているのをみて辞めた。上げかけた体をぽすんと戻す。
「……もう少し寝ようかな。織理寝てるし……」
片手で織理の髪を撫でながら弦は目を閉じる。
「まだ6時台やしな。ゆっくり休んどいてください」
毛布を2人に掛け直し攪真は部屋を出た。
――――
一階のキッチンには在琉がいた。冷蔵庫を開けて何かを物色している様子が見える。
「おはようさん、在琉」
「はよ、攪真」
声をかけると在琉は冷蔵庫を閉めた。手には、はんぺん。袋を開けてそのまま口に含んだ。黒色の肌に白いはんぺんが浮いている、絵面がシュールだなと攪真は何も言わずに思った。
「朝早いなぁお前は」
「チャイムの音がしたから起きるよそりゃ。織さんは図太いから起きないみたいですけど」
――最初に比べてこいつも丸くなったなぁ。攪真は在琉の変化に改めて思い馳せる。あの、許可なく織理にピアスを開けて玩具宣言していた男とは思えないほどに、最近の在琉は落ち着いていた。そして織理に甘えるようになった気がする。織理以外への態度は前とあまり変わらないが、それでも同居人を気遣う姿も見える。
彼の素直なまでに欲求を表現できることに羨ましさを覚えてしまう。このように自分を貫けたならどんなに良かったか。彼は織理のことしか気にかけない、他の人間にどう思われようと気にしていない。そんな気がする。
もくもくと小さくなっていくはんぺんに目を向けながら、攪真はそんなことを思っていた。
「攪真、なんかウザいな。その目」
「めっちゃ失礼やなお前……」
本当に織理以外にはそんなに態度が変わらない。
食べ終えた彼は、そのままキッチンからさろうとする。
「俺は先に出る。なんか人形になってたからかな……体すごく動かしたい」
そう言って玄関を出ていく音が聞こえた。1人で大丈夫か? と少し心配になった自分に攪真は笑った。なんだか、これは家族みたいだな、なんて。
「さて、飯でも作るか。朝やし魚でも焼いて、弦さんには……まぁおかゆが安牌か」
今日も自分は家にいるだろう。もう2週間近く学校に行っていない、まぁ怒られるものでもないし良いのだが。夏休みと違って縁が切れていくような、何か寂しい感覚が湧いてくる。
けれどそれも自分で選んだことだ。罪滅ぼしだったそれがいつしか自分の意思になってきていて。
きっと俺は織理に選ばれない、選ばれなくても良いから織理の好きな人たちごと支えて見せたいって思うようになって。
――とりあえずはそう言うことにして置こうと思う。そうしないと自分の浅ましさに潰れてしまいそうだから。
カリカリと魚の焼ける音が響き始める。香ばしい香り、嗅いでいるだけでもお腹が空いてくるようだった。炊飯器から米を茶碗に移し、テーブルに並べる。
「おはよ、攪真……良い香りする」
パジャマの袖を口元に当てながら織理は微睡んだ視線を向けた。その柔らかな表情に釣られて攪真も笑みが浮かんでしまう。
「おはよう織理。ええタイミングやなぁ、弦は起きたか?」
「うん。だから攪真、行ってきて。準備変わるから」
織理は攪真の横をすぎてグリルを開く。攪真は二階に向かうことにした。
部屋には織理に置いて行かれた弦が、上体だけ起こしてぼーっとしていた。
「弦? 下降りれるか?」
「大丈夫そうだよ。……また運んでくれる?」
困ったように笑った弦の腰に手を伸ばす。
「足どうにかせんとな、……まぁ俺のせいなんやけど」
「どうだろ。今回外されてた時間が長かったから悪化しただけな気がする。せっかく織理が感覚戻そうとしてくれてたのに」
ぼやく弦は攪真の首に腕を回した。これも慣れてしまって当人に恥も何もない。
とんとんと一階に降りてまたキッチンへ。テーブルの上には全て用意が終わっていた。
「わ、良いな魚」
「弦さんは鮭のお粥です……恨むなら攪真を恨んでください」
「なんでやねん。しゃーないやろ、吐血したやつに固形物なんて食わせられんのやから」
織理の物言いに攪真は口を引き攣らせて返す。それを弦が笑った。――あんなに自分のことを卑下していた織理が、冗談を言って、攪真に責任を押し付けてる。それがなんとも微笑ましくてつい。
食卓の椅子に弦を座らせて攪真と織理も席につく。
「在琉は?」
「散歩行った。……そういえば織理はぬいぐるみになった後遺症みたいなん、無いんか?」
在琉も別に後遺症というほどでも無いが、人形化された違和感から散歩に向かったわけで。そして弦も足の感覚が抜けている。
「俺はあまり。短時間だったし、柔らかかったからかな」
その言葉に安堵した。
その横で弦は、千切られていたらそれどころではなかったのだろうな、と怖くなった。本当にあの時止められてよかったと。弦は僅かに体が震えるのを抑えられなかった。
「あー……すまん。飯の時に重い話してもうた」
攪真が弦を落ち着かせるように体を寄せる。それを見て織理も席を立ち、弦の元へ近づいた。
「弦さん……大丈夫。俺何にも怪我してない……弦さんが止めてくれたから」
椅子越しに弦へ手を回して抱きしめる。
「……ありがと、2人とも。ごめんね、変に気を使わせて」
「俺も弦さんの立場ならそうなってる……だからそんな風に言わないで?」
織理は弦へ抱きついたまま、言葉を続けた。少し空気の静かになった朝食を終えたのはここから30分後のことだった。
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