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【3-4】親交を深める
願える再起
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ここは府歴史の街でもある、王都フィリップス。
拠点としているローズの家。怪我人のミティアとキッド、医者で面倒を見る名目で留守番を任されていた。
怪我をしていたミティアはうたた寝で落ちかけた意識の中、金属音で目を開けた。
ベッド脇の床で道具を広げ、作業をしているローズが目に入る。細くて小さいドライバーを何本も手にしていた。ローズはミティアの視線に気が付いた。
「んン? あ、起こしてしまったデスネ」
「あ、ふぁ!?」
顔を上げるローズ。彼女が手にしていたものでミティアの目が一気に覚めた。
「それ、兄さんの!?」
マスケット銃だ。持ち手に血が付着し、大きな傷が入っている。この傷は竜次の剣戟によるものだ。ローズは持ち手を上げて、詳細を話す。
「昨日、ジェフ君に預けられたのデス」
中をばらして構造を見ているようだ。、横にネジや部品の他に錠剤の薬が見える。どこかで見たような気がするので、ミティアは首を傾げていた。
そして、無性にむず痒くなった。トラウマだろうか。ミティアはローズにとある許可をもらう。
「あの、ちょっと起き上がってみてもいいですか?」
「えっ、ちょっとミティアちゃん!?」
急に自分で起き上がりたいと言い出した。ミティアはチェストの脇につかまってやっと立ち上がる。強がっているが、かなり痛そうだ。左の脇を抱え、表情を歪ませている。
ローズは痛そうな表情に驚愕しながら止めに入る。
「無茶デス!! もう少し大人しくしていないと痛いハズ。傷口が開いてしまうデス!!」
慌てて体を支えるが、ミティアはこれを拒否した。
「無理だと思ったら止めます。もっと深くお腹を切っていたら寝てないとダメかもしれませんが、わたしはそんなに深くないですよね。少しでも早く、自分の足で歩けるようになりたいです」
自分の身の回りのことくらいはできるようになりたい。
転寝をして、少しマシに思った程度。実際は鎮痛剤のおかげで痛みが鈍っているのだ。ミティアは手すりを頼りに階段を下りて行く。手を貸そうにも、ローズは小さく唸りながら、ミティアの背中を見ていた。
「ン、リハビリか。確かに大きく切開していなければ、次の日から立って歩く練習しますケド」
ゆっくりとゆっくりと足音が遠ざかる。蛇口をひねる音、水の流れる音、椅子を引く音。そしてミティアのため息が聞こえた。
「普段何でもないと思っていたのに、歩くのって大変なんだなぁ」
ミティアは座って食卓のテーブルで水を飲んだ。少しずつときが流れるのを感じる。今まで息をするこの瞬間でさえも、貴重に思ったことはない。
当たり前のことができなくなって、初めてありがたさを知った。
四肢を失ったわけでもない。親友のように視界を奪われたわけでもない。気持ち次第で人間はいくらでも強くなれる。できないことができるようになる。恵まれた環境、仲間、もう少し自分にできることを頑張ってみたいとミティアは思った。
気持ちだけ先走っても、体が利かないのはわかっていて挑もうと言うのだから、これはいよいよ誰かに似て来たのかもしれない。
カバンに大量の医薬品、腰のカバンが重そうな竜次と、大きな紙袋を持ったジェフリーがギルドに戻った。ちょうど、依頼の清算を完了していたところだった。タイミングがよかった。
ジェフリーはコーディに声をかける。
「悪い。今、戻った」
コーディはジェフリーの顔を見るなり、慌てて手招きをする。
「ちょ、ちょっといい?」
何かあったのだろうか。壱子もハーターもしかめた顔をしている。ギルドの端で、精算の内訳の紙を広げた。驚くべきことが記されている。
「な、何だ! この額……」
「さ、三千ま……?」
兄弟揃って大声を出しそうになって、お互いがボリュームを抑えた。
報酬三千万リースとある。何かの間違いではないかと疑う金額だ。
内訳を見ると、サキの仕事で五百万リースとある。ご老人がボーナスでも弾んだのだろうか。サキが聞いたら驚きそうだ。
残りは種の研究所の破壊報酬。だが、不可解なのは金額だけではない。サインの主はギルドの人でもどこかの国の人でもなかった。
名前を見た壱子はため息をついた。
「ケーシス様? これはおかしいです。だってあの研究所の破壊は罠で、わたくしたちは騙されてしまったのではないのですか?」
壱子が言うように、得た情報によると、ルッシェナがこの罠を仕掛けた可能性が高いと判断した。ならば、ケーシスがこの情報を正規の物にしたのだろうか。
ハーターも首を傾げ、小さく唸った。
「ぼくはこういう情報操作、好きじゃないな」
当然だが、兄弟も揃ってお互いの顔を見ている。
「お父様、こんな大金をどこから?」
「何のつもりなんだ? あんた、早々に親父と話したんじゃないのか?」
ジェフリーは壱子へ疑いの目を向ける。壱子はきっぱりと言った。
「いえ、わたくしは何も。むしろこの依頼、ケーシス様がわざわざこちらにお金を得るようなことをするなんて、わたくしも疑問に思います」
壱子は首を振って否定している。そしてコーディとも言い合いになった。
「わたくしはこのお金をいただけません」
「え、報酬だよ? お金だよ? 壱子さん、生活とか仕送りはいいの?」
「ケーシス様から駄賃や報酬をいただくことはありますが、このような大金はいただけません。山分けと持ち掛けましたが、わたくしはこれを辞退いたします」
「壱子さん、律儀なんだね。報酬は報酬で割り切ればいいのに」
コーディは確認するが、壱子は手を前にして拒否をした。ケーシスからのお金だと知ると、こちらも受け取りにくい。とは言え、しっかり精算してしまった。コーディが封筒を二枚持っている。どちらも厚みがあるが、片方はやけに分厚い。
「怖いからお兄ちゃん先生が持っていて?」
コーディは仲間の財布を管理している竜次に渡した。竜次は受け取ったが、気が引けている。
「お金、ですよね? お札だと意識してしまうのですが」
竜次は確認のために聞いた。コーディは「多分」と言い、それを聞いた竜次は中を覗いた。両方こっそり目立たないように隠しながら覗く。
「ん?」
竜次が分厚い封筒にお金以外の物が入っているのを確認し、引っ張り出した。手紙のようだ。綺麗に折りたたまれてあったが、太文字で『バカ息子へ』とあり、ハートマークが添えてあった。それを見た竜次が封筒を落としそうになった。
ジェフリーも覗き込み、壱子が言っていた表現に納得した。
『行けじゃなくて来いだ。各々の正義と答えを持って、未来を背負える覚悟がある奴だけで来い』
ケーシスらしさが滲み出ている。一緒になって読んだ壱子が頷いた。
「『答え』ですか、ケーシス様」
日付の指定がある。今日から三晩経った四日後だ。待ち合わせの目安はノアとある。だが印がずいぶんと不確定だ。部分的な簡易地図に、フィリップスとの間を指しているようにも見える。日付の指定もあるとは、どういうことだろうか。
文面からして、おそらくケーシスはもう自身で答えを持っている。
ジェフリーは竜次を見上げた。
「悪いな、兄貴。何があっても隠居はさせない」
「これはいよいよって感じですね」
「わざわざ親父を呼ぶまでもなかったな」
「そうですね。もう一度よく相談します」
先ほど、竜次はジェフリーに自分の考えを打ち明けている。キッドの怪我の回復次第で、進退を決めたいと言っていた。こうなると、限られた日数でキッドを復帰させたい。ジェフリーは勇み足になりそうになった。だが、ここはいったん冷静になるべきだ。
ケーシスが答えを持って来いと言うのが気になった。だがそれ以上に、明日を背負える覚悟がある奴だけで来いと言うのが何とも言い難い。
コーディは困惑している。
「えーっと、ごめん、私たちはどうしたらいいの? この手紙って、お兄ちゃんたちだけじゃないってことなの?」
話が大きいのか小さいのか、いまいちわからない。特に一歩離れて聞いているコーディにとってはその判断だ。
ハーターは悩まし気に言う。
「最終決戦でもしようとしているのかな? 君たちの親父さんは、その手段を用意しろと指しているように思えるけど?」
ハーターは深めに息を吐いた。ため息かとも思ったが、気合でも入れるようなやる気に満ちた表情をしている。
「よし、望むところだ。時間がなさすぎるけどね。この街に詳しい人はいるかい?」
「えっ、ま、まぁ……」
突然の振りに、竜次が反応する。王都で過ごしたことがあるのもそうだが、仕事で地図のチェックをしたくらいなのだから詳しい上に最新の情報を得ている。
「よっしゃ、剣神さん一緒に船のベースになりそうなものを探しに行こう」
「い、今からですかっ!?」
時間は昼を回ったくらいだ。
もっと時間を食うかと思ったが、新しい仕事を受けるわけでなければこんなものだろう。
新しい仕事を受けるつもりだったのだが、それは報酬がなければの話だ。その必要もなくなってしまったので中途半端に時間ができてしまった。これから小さい仕事でも受けるべきだろうか。
ジェフリーは小難しい表情でこれからの動き方を考えていた。だが、先に行動を開始してしまった者がいた。ハーターと竜次だった。
「ジェフ、さっきの話……」
「あぁ、わかってる」
「た、頼みますよ?」
竜次はハーターに腕をつかまれ、まるで人さらいに遭っているかのように連れて行かれてしまった。
残ったジェフリーは当然竜次が言い残したことについて、質問をされる。
特にコーディはその意味深さが気になった。
「何か、特別な買い物でもあるの?」
「いや、でもまぁ似たようなものか。ちょっといいキノコや薬草を探したいんだが、街中には売ってなかった」
「ん? ちょっと待って」
コーディはチョッキのポケットから四つ折りの紙を取り出した。今日は紙媒体に縁がある。依頼書の写しのようだ。それを見た壱子は手をポンと叩いた。
「あ、いい依頼がございましたね」
「時間できたならこれ、今から請けよっか!」
「そういうことでしたら、わたくしも賛成です」
コーディが指を添えて、依頼をジェフリーに見せた。大から小までさまざまな依頼がある中で、報酬が直渡しと書いてあるので自然と目を引いた。
報酬は金額や物を書くことが多い。だが、この依頼は報酬が何なのか、書かれていない。
ジェフリーは眉をひそめた。
「猫森で落し物探し? 具体的なことが何も書かれてないじゃないか」
コーディはジェフリーに確認をする。
「猫森って、謁見で一緒に行かなかったよね?」
「ばあさんが拠点にしていた森だったよな?」
だったらショコラを連れ歩いた方がいいような気がする。だが、サキたちと大図書館に行ってしまった。それにこの依頼は今日で掲載の期限が切れる。ジェフリーは壱子にも声を掛けた。
「あんたはいいか?」
「この際です。ご一緒します」
少しは打ち解けることに対し、前向きになってもらえたのならそれでいい。ジェフリーが壱子と話している間に、コーディはカウンターに走って行った。すぐに受付してもらえそうだが、カウンターの向こうはおじいさんだ。少し待とう。
ジェフリーはこの時間に壱子と親交を深める試みをした。
「なぁ、質問があるんだが」
「はい、何でしょうか、ジェフリー坊ちゃん?」
いまだにこの『様』や『坊ちゃん』には慣れない。ジェフリーはこの待ち時間にある狙いを持っていた。親交を深めるほかに、ちょっとだけ予習がしたいと思っていたのだ。
怪しまれないか、警戒をしながら質問をする。
「なぁ、さっきの話だが、俺はおふくろを知らないんだ。どんな人だったか、あんたの個人的な観点でかまわないから教えてもらいたい」
竜次は不在だが、彼に聞いてもほとんど覚えていないと聞いた。
だとしたら今、壱子から聞いておきたい。
この質問に対し、壱子はベストのポケットから茶色いパスケースを取り出した。二つ折りの革製でかなり年季が入っていた。中を開いて見せる。
内側に古い写真が入っていた。四角い眼鏡をした男性と壱子、真ん中にお腹を大きくした女性が写っている。ジェフリーは写真に写っているもので真実を見抜いた。
写真本体ではなく、右下に記されていた年号と日付に注目した。
「今から二十七年前、だな?」
「はっ!!」
「兄貴の言った通りだったか」
「……!?」
壱子の反応と口振りから、完全に油断していたようだ。
気を許すと迂闊な部分が出る。実に人間性らしい。壱子はそれを理解し、自分自身で距離を置きながら警戒をしていたようだ。
壱子は観念するように項垂れている。
ジェフリーは違う指摘もした。
「さすがに若いな。あんたも。ずいぶんと感じが違う」
「……死んでいたのも同然でしたので」
「けど、優しそうなおふくろでよかった。やっぱり、マリーおばさんに似ているな」
貿易都市の孤児院にいた唯一の親戚、マリーに似ている。
妊婦の割に、少し痩せた顔に見えるのが気になった。壱子は嫌な顔をして一緒に撮影に参加させられたようだ。こんなに感情をあらわにしている彼女は珍しい。
「も、もうよろしいですか?」
壱子は顔を真っ赤にしている。沈着な人かと思ったが、意外なまでの恥じらいもリアクションもボロが出ると面白いとジェフリーは思った。
壱子はパスケースをポケットにしまった。咳払いをして詳しく話す。
「お優しいなんてものではございません。慈悲深い方でした。わたくしにもケーシス様と変わらぬ接し方をしてくださいました。それこそ、友だちのような」
「ってことは、あんたは親父とそんなに年が変わらないのか?」
「坊ちゃん、女性に年齢を問うのは野暮ってものでございますよ?」
さすがに壱子の機嫌を損ねてしまった。こればかりはジェフリーが悪い。素直に謝り、詫びた。
「すまない。悪気があったわけじゃない。ただ、そんなに長い付き合いだったのかと」
「ふふっ、竜次お坊ちゃんよりも長いお付き合いですよ」
壱子は機嫌を直す。
ジェフリーはもう少し慎重に話せたら、もっと知らないことを聞き出せるのではないかと思った。ただ、このやり取りで、母親のことを少し知ることができた。自分が生まれたせいで、周りから疎まれているのかとも思ったが、壱子にその様子はない。ほんの少しだが、ジェフリーの心は救われた。
このタイミングで、手帳にサインをもらったコーディが戻って来た。場所を聞いて来たらしく、そのまま先導する。だが、ギルドから出てすぐに立ち止まった。
「ここだって!」
何度か足を運んだことがある、ギルドの隣のチーズケーキ屋さんだ。シャッターが閉まっているし、張り紙がされている。ジェフリーは張り紙を読んだ。
「諸事情により営業を休止しています。って、休みじゃないか」
コーディは元気な挨拶をする。
「ここのご主人が依頼主らしいよ。ごめんくださーいっ!」
腕を組んで待つジェフリー、壱子も首を傾げていた。主目的が定まらないが、猫森に行くのは決まっているという空気だ。
「どちら様で?」
シャッターの向こうからゆったりとした女性の声がした。
「あ、私ギルドから来ました。コーデリアと申します」
シャッターが少し上がり、中から老夫婦が顔を覗かせた。
コーディが待っていたとばかりにギルドハンターのライセンスと受けた依頼書を見せる。すると、店の中に招かれた。
ショーケースの中に何も入っていない。手土産用の小さいクッキーなんかは少し日が経過しているが、何かあったのだろうか。
老夫婦はそわそわと落ち着かない様子だ。ギルドから依頼を受けて来た人が、思いのほか若かったせいだろうか。その真意はわからない。
ジェフリーは話を進める。
「失くし物だか落とし物だか、探して来てやる。具体的に何なのかを聞きたい」
ジェフリーが尋ね、壱子がメモを取ろうとしていた。ところが次の瞬間、一同は何も聞かなくても何を探しているのかを把握した。
「ふぉふふふぇ……」
おじいさんが喋るが、何を言っているのかわからない。そしてものすごく喋りにくそうに口をパクパクさせている。声は震え、手で何かを訴えているような仕草をしていた。
コーディは苦笑いで首を傾げる。
「入れ歯かな?」
コーディの予想は的中だ。おじいさんは深々と頷いた。だが、これで何を探すのかは把握したが、詳細はまだだ。
おばあさんが詳細を語ってくれた。
「ちょっと前までは在庫で何とかお店を開けられたんだけどねぇ。チーズケーキに混ぜているシロップの果物を作るのがこの人なんだけど、味がうまく出せなくて」
コーディはこの店のケーキのことをしっかり覚えていた。
「あぁ、食べたことがあるから知ってます。杏子? 甘酸っぱいのがちょっとだけありますよね。あれって自家製なんですか!?」
老夫婦は揃って深く頷いた。おばあさんの方がしっかりしているタイプだが、おじいさんにもプライドがありそうだ。
おばあさんは、冷蔵庫から透明な入れ物に入ったシロップ漬けを差し出して来た。
「見様見真似で作ってみたんだけどねぇ」
おじいさんが手も首も振って渋い顔をする。このまま摘まめと言うので、三人はいただいた。
口に含んだ瞬間、ジェフリーとコーディは目を見開いて驚いた。
「ん、ちょっと甘すぎないか?」
「おいしいけど、もうちょっと控えめだったような気がするよ」
壱子は食べたことがないらしく、頷くだけで感想を言わない。自分から地雷を踏まない気遣いのようだ。
入れ歯を探しに猫森に行く。入れ歯は買い直すには割高なのだろうか。この三人は入れ歯に縁がないのでよくわかっていなかった。オーダーメイドであれば、買い直すよりは依頼をして報酬をかける方が安く済むのかもしれない。
今は、猫森に赴く目的もあるので、そちらが強い。入れ歯はついでのようなものだ。
コーディはおばあさんと話し込んだ。
「しっかし、散歩にでも行ったの? あそこ、花粉症になるって話だよ?」
「花粉症はどうだかわからないけれど、そうなのよ。でも、あそこの猫ちゃん、最近はいないみたいなのよねぇ。定期的にご飯を置きに行っていたんだけど、ずっと残されちゃってねぇ」
猫森で猫と言うと、ショコラ以外に思い当たらない。おばあさんはおじいさんと散歩がてら、ご飯を置きに行ってくれていたようだ。
ショコラはサキと契約し、森を出て行動を一緒にしている。いないという説明をするのは少し面倒かもしれない。
ここで黙って聞いていた壱子が、老夫婦を説得した。
「近頃、野生動物の狂暴化が進んでおります。お散歩は安全な場所でなされた方が、お店のファンの方にも心配を掛けずによいと思います」
もっともな理由だが、老夫婦の身を案じている。そして壱子が言うと妙に安心して、説得力がある。きちんとした外見とキャラクターのせいだろう。実際は妄想に耽る残念な人柄なのだが、何をどうやって身に付けたのかは不明とは言え、丁寧で物腰は柔らかい。老夫婦は壱子の言うとおりにしようと検討し始めた。
ジェフリーはもう少し詳細を掘り下げた。
「それで、その森のどの辺りに落としたとか、心当たりはないのか?」
「へふぉふぉおお……」
「じいさん、取って来てやるから」
おじいさんが話すと聞き取れない。おばあさんが詳しく説明した。
「置物がいっぱいある所にいつも行くんだよ。ちょうどいいから、そこに置いてあるご飯皿も回収してはくれんかね?」
置物がいっぱいあると言われ、コーディが反応した。
「あ、そこ知ってる。かなり奥じゃん?」
コーディが声を上げる。一緒に行っていなかったが、何となくは知っているようだ。その様子に、ジェフリーは違和感を抱いた。
「コーディ、どうして知っているんだ? あのとき、謁見で一緒に行かなかったよな?」
「うん。でも、あの森って観光名所? パワースポットじゃないっけ? 何か本で読んだことがあるよ」
コーディは当たり前のように、何の違和感もなく答える。
壱子も首を傾げながら、服の内側から地図帳を取り出している。
ジェフリーには見覚えがあった。同じものを持っていたような気がするが、目を通したと言ってもすべてを網羅しているわけではない。
壱子は該当のページを見付け、開いて見せる。
「コチラでお間違えないですか?」
全員で見て、ジェフリー以外が頷いた。中でもコーディは指まで指している。
「猫の置物がいっぱいある場所!! ここ、怪奇現象が起きるらしいよ。本のネタにしたいから行きたいと思ってたんだよ!」
何を熱弁しているのかと思ったが、そう言えばコーディは作家だった。思い出してから、ジェフリーは右腰のポーチの中身を確認する。魔石のストックは本当にわずかしかない。場所は猫森だ。壱子もコーディも同行する。ジェフリーは大きな危険はないだろうと予想した。
おばあさんは、正式に交渉が成立したものだと判断した。お店のカウンターの内側に入り、言う。
「先払いと言っちゃ現物支給で申しわけないけれども。これが報酬ではどうかねぇ?」
おばあさんはカウンターの上のクッキーの袋を配った。買ったらそれなりにしそうなものだ。しっかりと厚みのあるクッキーが何種類も入っている。ギフト用のリボンが付いていた。
ジェフリーはもらってから手を付けず、ポーチの中にしまった。ミティアにお土産にしようと考えていた。
コーディと壱子はその場で開けて食べている。そしてその場で感想を言っていた。お昼も食べていないので、二人ともおいしそうに食べている。
「んんーっ、イチゴのチョコチップがずんごくおいしい!! 現金だけじゃなくて、こういう報酬もいいね!」
「こちらは紅茶でしょうか。よい香りです。ギルドの賞金ハンターは、癒しがございませんからね。こういった現物支給も助かります」
おいしそうに食べる二人を眺め、おばあさんは満足そうだ。その場で感想をいただけるなど、生産者としてはこれ以上のことはない。
お願いしますと送り出された。
外に出て、まずコーディがジェフリーを見上げる。
「さっき、クッキー、食べなかったね? ミティアお姉ちゃんにお土産?」
「そういうところだけは鋭いな。キッドも博士も外に出てないんだから、こういうものがほしいだろう?」
「ふーん?」
ジェフリーは言ってからそっぽを向いた。指摘をされると、不思議と意地を張りたくなる。本当はミティアにあげるつもりだったが、よく考えたらキッドもローズもお菓子が好きだし外に出ていない。
引き籠ることが意外と退屈だと知ったのは昨日の嵐。外に出ないと落ち着かないなんておかしな話だが、ずっと冒険や旅をしてほとんどで歩いてばかりだったのだ。さぞ退屈だろう。ジェフリーはごくごく自然に気を回していた。
この状況を見た壱子は、ジェフリーに対して興味を示した。
「ジェフリー坊ちゃんはお優しいですね。仲間思いというよりは、特別な人に対する配慮はたいしたものです。純愛は射程範囲外でしたが、甘すぎなければわたくしでもおいしくいただけそうですね」
常識人かと思いきや、いきなり現実を離れる話をし出すので切り替えが難しい。ケーシスはよくこの壱子と抵抗なくやって行けると思うくらいだ。
こちらからケーシスと連絡を取る必要もなくなり、壱子も気兼ねなく馴染もうとしている。口数が少ないせいで普段は目立たないが、見えないところで面倒を見てくれる。
今だってコーディに手拭きを渡していた。今までどんな仕事をして来たのかはざっくりとしか知らない。あまり馴染もうとしなかったせいではあるが、一行のメンバーにはない面倒見のよさは光る。ジェフリーは壱子の勝手がわかって、もっと頼りたいとも思った。
街の外に出て猫森へ向かう。歩いていると、コーディが悪巧みのような笑みを浮かべているのに気が付いた。ジェフリーは指摘をする。
「何だかニヤニヤして気持ちが悪いな。どうしたんだ?」
「ふっふーん。サキがいなくても大丈夫ってところを見せないとね」
「誰が見てるって? 本人はいないが?」
「そ、そこはジェフリーお兄ちゃんがちゃーんと私の大活躍をサキに……」
「どうして俺が? 人を使って自分をよく見せようとするとだいたい失敗するぞ」
話のきっかけを作ったのはジェフリーだが、コーディの見栄っ張りに返すものは苦言になっていた。
これから探索だというのに、機嫌を損なわれては困る。壱子がコーディをフォローした。
「サキ様は、もうじゅうぶんにコーデリア様をお認めになっているのではありませんか? 何といっても、執筆者。それに、一行の中でもご活躍をされていたのではないですか?」
「壱子さんも甘いなぁ。あいつがそんなに人のことを見てるはずないじゃーん?」
森に差し掛かろうという手前まで話していた。壱子もコーディの言動には疑問を抱いているようだ。
「お慕いしている方とともに歩みたいのでしたら、もっと寄り添うべきではないのでしょうか?」
ジェフリーにも思うところがある。コーディの言動にも疑問を抱くが、サキにも問題がある。その話を壱子にした。
「あいつの恋愛理想は一般とは少しズレてるから、真面目に相手する方がアホらしいかもしれない。勉強や魔法が優秀なのは間違いないんだがなぁ」
「なるほど。まだまだ知らない煌びやかな世界や属性があるのですね」
「……」
壱子も少しズレが生じている。ここにミエーナが加わったらもっとややこしくなって収拾がつかない。想像したら、軽く頭痛に見舞われる。ミエーナも悪い子ではなさそうだが、世間知らずで暴走しがちなのが困る。やっと壱子の勝手もわかって来たが、まだまだ知らない部分が多い。先を考えると親しくなって悪いことはなさそうだ。
ジェフリーはまた、見えない何かが築かれていくのが楽しみだった。
サキとミエーナ、使い魔たちは大図書館で調べ物をしていた。サキはショコラの本からヒントを得ていた。もう少しでまとまりそうだというところで、ショコラから謎の煽りが入る。
「のぉん、答えは出たかの?」
「ショコラさん、やっぱり楽しんでますよね?」
「むにゃぁ」
これには圭馬も機嫌を悪くする。
「ババァってもしかして、この子を試しているのかい?」
裏切りと捉えられても仕方がない。だが、サキはもっと先を考えていた。
「多分、知っていたからこそ付いて来たのです。僕がいつかその答えに辿り着けると見込んだ。僕が思っていたよりもずっとあなたは賢人だ」
「さぁのぉ」
「ショコラさんはその世界に行きたい。違いますか?」
サキはペンを止め、足元を覗き込むがショコラは眠りこけている。また惚け、逃げられた。
「絶対そうだ」
圭馬はサキの熱意に驚かされてばかりだ。
「火の点いた目してるよ、この子……」
「じゃあ、僕が連れて行ってあげます。僕だって行きたい。その気になれば、人間は何でもできるんだって、僕が証明してみせる」
「瞬間移動して、空を飛んで、今度は世界線と時間を越えるのか。まったく、ファンタジー万歳だね」
厳しい直面だからこそ底力を見せるのは、師匠がアイラであるせいだろう。サキはどこまで強くなろうというのだろうか。圭馬は長年生きていて、こんなに根性のある人間を他に知らない。
サキは本を読み散らかし、レポートを広げて重要文章を書き写し、さらに傍らで小さい手帳に魔法の研究を書き込んでいる。調べ物をしながら、自分で魔法を作ろうというのだ。
ミエーナはそんなサキを見て呆然としている。
「こんなすごい人、アタシは知らない。こんな人、周りにいなかった。サキさんは何者なのですか?」
ミエーナは声を震わせた。答えたのはサキではなく圭馬だった。
「異常な向上心と探求心の塊。今までずっと外の世界を知らなかったからこそ、この子はここまで強くなろうとするのさ。暗く、名前に縛られていた自分を連れ出してくれたみんなの役に立ちたくてね?」
「そんな……」
「ボクは途中参加だから詳しい経緯は知らないよ。だけど、ジェフリーお兄ちゃんと仲がいいし、ミティアお姉ちゃんに一目惚れしたらしいから、この旅はよほどの転機だったんだろうね。最初、キッドお姉ちゃんだって他人だと思っていたんだ。そしたら生き別れのお姉ちゃんだったなんてさ? 得るものが多い、不思議な縁だね」
息を飲むミエーナ。サキどんな道を歩んできたのかは知らないが、この一行には強いつながりがあるのはすぐに把握できた。その過程で何があったのか、知りたい。同時に自分も力になりたいと強く思った。
普通なら、そうか自分が入る余地はないのかと諦めてしまうだろうが、ミエーナにとってこの一行の存在はとても輝いて見えたのだ。ミエーナは生活に困らない程度の行動範囲、遠出をすることはなかった。ただ、両親が残した家と過疎化が進んだ村、出稼ぎに出ていたくらいで本当に外の世界を知らない。正確に言うと、これは時間を越えた世界だ。どうしてここまで自分が夢中になるのかはわからない。説明がつかない。
「アタシもみんなの力になりたい。これもきっと何かの縁だもの。圭馬さん、アタシに戦う術を教えてくれませんか?」
ついにミエーナの暴走は戦う術を身に付けたいまで来た。しかも圭馬に頼んでいる。これには圭馬も困った様子だ。
「ミエーナはいるだけで役に立つというか、でもそうだなぁ?」
圭馬は一応、周りの様子をうかがっている。大声で話すには抵抗がある内容だ。
「ノイズやマジックキャンセラーは、協会が喉から手が出るほどほしがるくらいだからね。データが少ないから、どこまでできるのかボクにもよくわからないけど、一応探してみようか。ボクも予習したい」
「わあ、そうでしたら、超人名鑑は二つ向こうの棚にあったような気がします」
「力を制御できれば、キミはもっと生きやすくなるかもね」
本を押さえ付けながら、サキが斜め後ろの本棚を指さす。ミエーナと圭馬の会話を聞いていないかと思っていたが、しっかりと拾っていた。もしかしたら、今までも小言だって集中していただけで実は聞いたいたのかもしれない。
ミエーナが圭馬と本を見に行った。離れたことを確認し、サキが独り言を零す。
「僕はなかなか付きっ切りになれないから、もしかしたら、先生は向かないのかもしれないなぁ」
今の自分がそうだからなのだろうが、何となくこの先が見据えられそうだ。サキは再び視線を本に戻した。
船着き場のもう少し奥に市場があった。フィリップスの市場は賑わいを見せている。実は簡単な物ならお店で買えるのだが、市場にはあまり来ない。貿易都市のように大きいわけでもないので、目立たない。ハーターは市場に縁がなかったので新鮮に思えた。
「あれ、市場なんてあったんだ? ぼくはあんまりこの街に帰ってないから、知らなかったなぁ」
半ば強引に竜次と来たが、ハーターは詳しくないようだ。半年前までフィリップスで暮らし、愛しい人を看取った竜次の方が残念ながら詳しい。地図の調査の仕事もしたが、前情報が詳しいせいもあって案内はすんなりだった。
「貿易都市の規模まで行くと、ごちゃっとしてて何を売っているのかわからないですからね。ここなら探しやすく、色々と取り扱いがありますよ。お薬とかも多少は入って来ますから、少しは詳しいかも」
「ん、剣神サンも色々あったんだね」
「その呼ばれ方は好きじゃないので、お気軽になっていただけませんか先生」
いつも先生と呼ばれている竜次、自分が誰かを先生と呼ぶのは少し違和感がある。それでも少しはハーターと親しくなりたかった。
「お気軽? じゃあ、ぼくも先生って呼ぼうかな?」
「はい。よろしく、ハーター先生」
お互い笑みを交わす。余韻に浸ることなく、竜次はすぐに目的へ切り替える。
「船と言いましたっけ。いい人を知っています」
「先生、詳しくないかい?」
「多少は。ここは港町ですからね。漁師さんとか、それこそ船を持った冒険者さんとかも集まりますから」
淡々と進んで行く竜次。あまりいい思い出がないと胸に秘めていたが、いい思い出もたくさんあるからこそこうして前向きになれている。どうしようもなくなって、命まで絶とうとしたのに、周りはこんな自分を立ち直らせてくれた。生きてさえいれば、人はいくらでも前を向くことができる。過る悲しい思い出を忘れろと言わんばかりの青い空。自分がここに居る理由は、考え方が変わったからだ。価値観が変わったからだ。竜次は軋むような心の痛みを感じつつ、以前より自身に向き合えていることに変化を感じた。
市場は骨董品の店、ハンドメイドのアクセサリーを取り扱う店、生きたままの鶏が買える店もあった。その一場に留まるわけではなく、通り過ぎた。街を抜け、海岸沿いを歩く。すると、岩場の手前で中肉中背、色つきの眼鏡を掛けた行商の男がいた。少し大きな荷物を持った一般人くらいにしか見えなく、見過ごしてしまいそうだ。
竜次が男に声を掛ける。
「あの、すみません」
男は眼鏡をずらし、鋭い眼光を向けた。ニカリと歯を見せて不敵に笑う。見せた歯に銀歯が光る。
「あぁ、あんたぁ……」
「やっぱり覚えてましたか」
竜次にとっては、できたら覚えていてもらいたくなかった人だ。言いにくそうにしていると、男の方から話を掘り下げて来た。
「あんたぁ、死ねなかったんだ」
「えぇ、乗り越えました」
「そういう目ぇしてんなぁ。何の用だぁ? まさか今度はもっと強い薬がほしいなんて言わねぇよなぁ?」
癖のある話し方だ。ねっとりと纏わりつくような話し方をする。ハーターはあえて口を出さず、黙ってやり取りを聞いていた。
竜次は話しづらそうにしながら、本題を話す。
「確かあなたはお金を出せば、何でも用意していただけますよね?」
「モノによるがねぇ?」
「船ってありますか?」
この質問にハーターも顔色を変える。何の話をしているのかと思ったがやっとつながった。この行商は扱っているものが特殊なのだろう。ハーターはそれくらいの察しはついた。
男は拍子抜けた顔をする。声が跳ね上がった。
「あんたぁ、頭のデキはよさそうだが、やぁーっぱりどっか抜けてんなぁ?」
「あ、あるのかないのか教えてください!」
「うーん、デカいヤツ?」
竜次は答えに困りながらハーターに視線をおくった。ハーターは突然の発言権が来て驚くが、具体的なことを話した。
「ぼくたち、世界の変異について調べているんだ。空想の話かもしれないけれど、天空都市に行きたい。そのための『アシ』が必要なんだ」
解れた髪を更に乱すように頭を掻きながら話す。どう話せば伝わるだろうかと、次の説明を考えていると男は色眼鏡を外して呆れるような息をついた。
「ひょっとしてあんたらぁ、噂の『勇者御一行様』ってヤツかぁ?」
「ぼくは協力者だからちょっと違うけど」
「でっかくなったモンだぁなぁ?」
男は荷を下ろし、紐で括られた台帳を捲り始めた。手をピタリと止め、開いて見せて来た。意外と親切に取り合ってくれる。
「中型船ならすぐあるけど、木造じゃなくて鉄製だぁ。そして要改造と来た。他は昨日の嵐でギルドが派遣する船が半壊したって言うけどよぉ、そっちは小さい」
男は鼻をいじりながら話した。その話にハーターが食らい付く。
「えっ、あるのかい? 鉄でも軽量化すれば空を飛べるかもしれない」
ハーターが拳を作って熱を帯びた声を上げる。空を飛ぶなどと言い始めたので、竜次も慌て始めた。改造の話まで持ち出したからだ。
「ハーター先生、空を飛ぶってやっぱり非現実的なんじゃないですか!?」
「待て待て待てゃ、勇者御一行様よぉ」
その話の流れに男が食らい付いた。いい商談だと思ったのか、ニタニタと笑いながら別の台帳を取り出した。
「御一行様ってこたぁ、確かぁ大魔導士さんがいただろう?」
「ま、待ってください。何かまた変なセールスするんじゃ……」
過去に何かセールスでもされたのだろうか。竜次が恨めしい顔をしていた。そのまさかだ、男は自慢げに台帳を確認すると、番号の掛かれた袋を取り出した。番号管理しているらしい。
「ほれぇ、コイツぁ上物だぞ?」
「買いませんよ?」
「ブースト石の詰め合わせ」
「買いますっ!! って違います、そうじゃなくて……」
「五万リース、まいどぉ」
竜次と行商の男との謎の攻防だ。売り付けと言うか、押し売りと言うか。だが、これはいい買い物のはず。一応払って受け取った。
竜次はどっと肩を落とす。いい買い物のはずなのに、負けた気がしてならない。
「そうやって、半年前にも私にたくさん押し売りをして! これは、粗悪品じゃないですよね!?」
「何を今さら、コイツぁホンモンだよ」
ハーターは黙って聞いていたが、自然に竜次が感情的になり、上っ面の丁寧さが剥がれ落ちて行く光景を眺めて面白く思っていた。
竜次はむっとしながらさらに言う。
「じゃあ、半年前に私に売りつけた、大量の睡眠薬は粗悪品だったと言うのですか!?」
ヒートアップして吐いた言葉にハッとする。だが、ハーターはさほど驚いていなかった。なぜなら知っていたからである。
「ハーター先生、すみません。一人で勝手に……」
竜次はハーターを話の置き去りにしていたことを猛省した。とんだカミングアウトだ。だが、ハーターもギルドの関係者。事情は知っていた。
「王立の病院で睡眠薬を大量に飲んで自殺した人がいるって聞いたことがあるよ。ギルドでちょっとだけ話題になって、その人を助けてほしいって沙蘭のお姫様が依頼を出していたはずだし。もみ消しとか細工とかも。話題になってすぐに依頼は消えて、その情報はなかったようになった」
「お恥ずかしい」
「今が平気なんだから、もう触れないさ。もちろん、ぼくも詮索はしないよ」
まるで友人のようにハーターがフォローをしてくれたが、どちらかと言うと行商の男に対する嫌悪感が抜けない。
男はまだまだ竜次に話を持ちかける。
「まぁ、本番はこれさぁ」
「また押し売りですか?」
「今壊滅している北のノックス知ってるよなぁ?」
話が逸れた。押し売りを警戒していたのに、まったく違う振りで驚く。男は続けた。
「そこで一時期よく採れた、浮く石の効力を高めるための装置がこの前お偉い学者さんから発表されたんだが、その試作機が……って何だぁ、その顔は」
「いえ、続けてください。その試作機が何ですか?」
疑いと警戒の眼差しが、いつの間にか真剣な表情になっていた。ただの買い物の話だったはずなのに、とても重要な話をしている気がしてならない。男は台帳とは別にカタログらしきものを出して来た。
「その試作機、一個入荷あるんだが」
「おいくらですか」
「食らい付くと思ったが値段付けられねぇんだなぁ」
「……いえ、あることがわかれば今はいいです。みんなと相談します。船はどうしますか、先生?」
ハーターもつられるように真剣に考え込んでいた。ハーターの頭の中にあるのは、ローズが描いていた設計図だ。浮かせる原理が色々と書いてあった記憶だが、詳しくは思い出せない。できたらローズも連れて商談に立ち会わせたいところだ。
「もう少し詳しい子がいる。試作機とやらは明日、出直してもいいだろうか? 船に関しては購買に前向きだ。今すぐ見せてもらいたいくらいだよ」
ハーターの言葉に男が目を光らせた。色つきの眼鏡を掛け直す。
「今から見に行くかぁ?」
「いいですよ。ね、先生?」
ハーターが目を輝やかせて竜次に振り返る。悪い流れではないのでこのまま見に行くことになった。こんなにトントン拍子に話が進んでいいものなのだろうかとも思う。
忌まわしいはずの記憶。自分が思っていたよりも、ずっと周りに迷惑を掛けてしまったことを悔いている。ギルドの関係者だったハーターの耳にも入っていたなんて。
あのときは、生きることに絶望した。何も残らないのだと苦しかった。
今は違う。明日を生きたいと思う。今が大切だと思う。もう二度と、同じことを繰り返さないためにもっと強くなってみせる。責任のある一歩だと信じたい。
竜次は決意を固めた。
拠点としているローズの家。怪我人のミティアとキッド、医者で面倒を見る名目で留守番を任されていた。
怪我をしていたミティアはうたた寝で落ちかけた意識の中、金属音で目を開けた。
ベッド脇の床で道具を広げ、作業をしているローズが目に入る。細くて小さいドライバーを何本も手にしていた。ローズはミティアの視線に気が付いた。
「んン? あ、起こしてしまったデスネ」
「あ、ふぁ!?」
顔を上げるローズ。彼女が手にしていたものでミティアの目が一気に覚めた。
「それ、兄さんの!?」
マスケット銃だ。持ち手に血が付着し、大きな傷が入っている。この傷は竜次の剣戟によるものだ。ローズは持ち手を上げて、詳細を話す。
「昨日、ジェフ君に預けられたのデス」
中をばらして構造を見ているようだ。、横にネジや部品の他に錠剤の薬が見える。どこかで見たような気がするので、ミティアは首を傾げていた。
そして、無性にむず痒くなった。トラウマだろうか。ミティアはローズにとある許可をもらう。
「あの、ちょっと起き上がってみてもいいですか?」
「えっ、ちょっとミティアちゃん!?」
急に自分で起き上がりたいと言い出した。ミティアはチェストの脇につかまってやっと立ち上がる。強がっているが、かなり痛そうだ。左の脇を抱え、表情を歪ませている。
ローズは痛そうな表情に驚愕しながら止めに入る。
「無茶デス!! もう少し大人しくしていないと痛いハズ。傷口が開いてしまうデス!!」
慌てて体を支えるが、ミティアはこれを拒否した。
「無理だと思ったら止めます。もっと深くお腹を切っていたら寝てないとダメかもしれませんが、わたしはそんなに深くないですよね。少しでも早く、自分の足で歩けるようになりたいです」
自分の身の回りのことくらいはできるようになりたい。
転寝をして、少しマシに思った程度。実際は鎮痛剤のおかげで痛みが鈍っているのだ。ミティアは手すりを頼りに階段を下りて行く。手を貸そうにも、ローズは小さく唸りながら、ミティアの背中を見ていた。
「ン、リハビリか。確かに大きく切開していなければ、次の日から立って歩く練習しますケド」
ゆっくりとゆっくりと足音が遠ざかる。蛇口をひねる音、水の流れる音、椅子を引く音。そしてミティアのため息が聞こえた。
「普段何でもないと思っていたのに、歩くのって大変なんだなぁ」
ミティアは座って食卓のテーブルで水を飲んだ。少しずつときが流れるのを感じる。今まで息をするこの瞬間でさえも、貴重に思ったことはない。
当たり前のことができなくなって、初めてありがたさを知った。
四肢を失ったわけでもない。親友のように視界を奪われたわけでもない。気持ち次第で人間はいくらでも強くなれる。できないことができるようになる。恵まれた環境、仲間、もう少し自分にできることを頑張ってみたいとミティアは思った。
気持ちだけ先走っても、体が利かないのはわかっていて挑もうと言うのだから、これはいよいよ誰かに似て来たのかもしれない。
カバンに大量の医薬品、腰のカバンが重そうな竜次と、大きな紙袋を持ったジェフリーがギルドに戻った。ちょうど、依頼の清算を完了していたところだった。タイミングがよかった。
ジェフリーはコーディに声をかける。
「悪い。今、戻った」
コーディはジェフリーの顔を見るなり、慌てて手招きをする。
「ちょ、ちょっといい?」
何かあったのだろうか。壱子もハーターもしかめた顔をしている。ギルドの端で、精算の内訳の紙を広げた。驚くべきことが記されている。
「な、何だ! この額……」
「さ、三千ま……?」
兄弟揃って大声を出しそうになって、お互いがボリュームを抑えた。
報酬三千万リースとある。何かの間違いではないかと疑う金額だ。
内訳を見ると、サキの仕事で五百万リースとある。ご老人がボーナスでも弾んだのだろうか。サキが聞いたら驚きそうだ。
残りは種の研究所の破壊報酬。だが、不可解なのは金額だけではない。サインの主はギルドの人でもどこかの国の人でもなかった。
名前を見た壱子はため息をついた。
「ケーシス様? これはおかしいです。だってあの研究所の破壊は罠で、わたくしたちは騙されてしまったのではないのですか?」
壱子が言うように、得た情報によると、ルッシェナがこの罠を仕掛けた可能性が高いと判断した。ならば、ケーシスがこの情報を正規の物にしたのだろうか。
ハーターも首を傾げ、小さく唸った。
「ぼくはこういう情報操作、好きじゃないな」
当然だが、兄弟も揃ってお互いの顔を見ている。
「お父様、こんな大金をどこから?」
「何のつもりなんだ? あんた、早々に親父と話したんじゃないのか?」
ジェフリーは壱子へ疑いの目を向ける。壱子はきっぱりと言った。
「いえ、わたくしは何も。むしろこの依頼、ケーシス様がわざわざこちらにお金を得るようなことをするなんて、わたくしも疑問に思います」
壱子は首を振って否定している。そしてコーディとも言い合いになった。
「わたくしはこのお金をいただけません」
「え、報酬だよ? お金だよ? 壱子さん、生活とか仕送りはいいの?」
「ケーシス様から駄賃や報酬をいただくことはありますが、このような大金はいただけません。山分けと持ち掛けましたが、わたくしはこれを辞退いたします」
「壱子さん、律儀なんだね。報酬は報酬で割り切ればいいのに」
コーディは確認するが、壱子は手を前にして拒否をした。ケーシスからのお金だと知ると、こちらも受け取りにくい。とは言え、しっかり精算してしまった。コーディが封筒を二枚持っている。どちらも厚みがあるが、片方はやけに分厚い。
「怖いからお兄ちゃん先生が持っていて?」
コーディは仲間の財布を管理している竜次に渡した。竜次は受け取ったが、気が引けている。
「お金、ですよね? お札だと意識してしまうのですが」
竜次は確認のために聞いた。コーディは「多分」と言い、それを聞いた竜次は中を覗いた。両方こっそり目立たないように隠しながら覗く。
「ん?」
竜次が分厚い封筒にお金以外の物が入っているのを確認し、引っ張り出した。手紙のようだ。綺麗に折りたたまれてあったが、太文字で『バカ息子へ』とあり、ハートマークが添えてあった。それを見た竜次が封筒を落としそうになった。
ジェフリーも覗き込み、壱子が言っていた表現に納得した。
『行けじゃなくて来いだ。各々の正義と答えを持って、未来を背負える覚悟がある奴だけで来い』
ケーシスらしさが滲み出ている。一緒になって読んだ壱子が頷いた。
「『答え』ですか、ケーシス様」
日付の指定がある。今日から三晩経った四日後だ。待ち合わせの目安はノアとある。だが印がずいぶんと不確定だ。部分的な簡易地図に、フィリップスとの間を指しているようにも見える。日付の指定もあるとは、どういうことだろうか。
文面からして、おそらくケーシスはもう自身で答えを持っている。
ジェフリーは竜次を見上げた。
「悪いな、兄貴。何があっても隠居はさせない」
「これはいよいよって感じですね」
「わざわざ親父を呼ぶまでもなかったな」
「そうですね。もう一度よく相談します」
先ほど、竜次はジェフリーに自分の考えを打ち明けている。キッドの怪我の回復次第で、進退を決めたいと言っていた。こうなると、限られた日数でキッドを復帰させたい。ジェフリーは勇み足になりそうになった。だが、ここはいったん冷静になるべきだ。
ケーシスが答えを持って来いと言うのが気になった。だがそれ以上に、明日を背負える覚悟がある奴だけで来いと言うのが何とも言い難い。
コーディは困惑している。
「えーっと、ごめん、私たちはどうしたらいいの? この手紙って、お兄ちゃんたちだけじゃないってことなの?」
話が大きいのか小さいのか、いまいちわからない。特に一歩離れて聞いているコーディにとってはその判断だ。
ハーターは悩まし気に言う。
「最終決戦でもしようとしているのかな? 君たちの親父さんは、その手段を用意しろと指しているように思えるけど?」
ハーターは深めに息を吐いた。ため息かとも思ったが、気合でも入れるようなやる気に満ちた表情をしている。
「よし、望むところだ。時間がなさすぎるけどね。この街に詳しい人はいるかい?」
「えっ、ま、まぁ……」
突然の振りに、竜次が反応する。王都で過ごしたことがあるのもそうだが、仕事で地図のチェックをしたくらいなのだから詳しい上に最新の情報を得ている。
「よっしゃ、剣神さん一緒に船のベースになりそうなものを探しに行こう」
「い、今からですかっ!?」
時間は昼を回ったくらいだ。
もっと時間を食うかと思ったが、新しい仕事を受けるわけでなければこんなものだろう。
新しい仕事を受けるつもりだったのだが、それは報酬がなければの話だ。その必要もなくなってしまったので中途半端に時間ができてしまった。これから小さい仕事でも受けるべきだろうか。
ジェフリーは小難しい表情でこれからの動き方を考えていた。だが、先に行動を開始してしまった者がいた。ハーターと竜次だった。
「ジェフ、さっきの話……」
「あぁ、わかってる」
「た、頼みますよ?」
竜次はハーターに腕をつかまれ、まるで人さらいに遭っているかのように連れて行かれてしまった。
残ったジェフリーは当然竜次が言い残したことについて、質問をされる。
特にコーディはその意味深さが気になった。
「何か、特別な買い物でもあるの?」
「いや、でもまぁ似たようなものか。ちょっといいキノコや薬草を探したいんだが、街中には売ってなかった」
「ん? ちょっと待って」
コーディはチョッキのポケットから四つ折りの紙を取り出した。今日は紙媒体に縁がある。依頼書の写しのようだ。それを見た壱子は手をポンと叩いた。
「あ、いい依頼がございましたね」
「時間できたならこれ、今から請けよっか!」
「そういうことでしたら、わたくしも賛成です」
コーディが指を添えて、依頼をジェフリーに見せた。大から小までさまざまな依頼がある中で、報酬が直渡しと書いてあるので自然と目を引いた。
報酬は金額や物を書くことが多い。だが、この依頼は報酬が何なのか、書かれていない。
ジェフリーは眉をひそめた。
「猫森で落し物探し? 具体的なことが何も書かれてないじゃないか」
コーディはジェフリーに確認をする。
「猫森って、謁見で一緒に行かなかったよね?」
「ばあさんが拠点にしていた森だったよな?」
だったらショコラを連れ歩いた方がいいような気がする。だが、サキたちと大図書館に行ってしまった。それにこの依頼は今日で掲載の期限が切れる。ジェフリーは壱子にも声を掛けた。
「あんたはいいか?」
「この際です。ご一緒します」
少しは打ち解けることに対し、前向きになってもらえたのならそれでいい。ジェフリーが壱子と話している間に、コーディはカウンターに走って行った。すぐに受付してもらえそうだが、カウンターの向こうはおじいさんだ。少し待とう。
ジェフリーはこの時間に壱子と親交を深める試みをした。
「なぁ、質問があるんだが」
「はい、何でしょうか、ジェフリー坊ちゃん?」
いまだにこの『様』や『坊ちゃん』には慣れない。ジェフリーはこの待ち時間にある狙いを持っていた。親交を深めるほかに、ちょっとだけ予習がしたいと思っていたのだ。
怪しまれないか、警戒をしながら質問をする。
「なぁ、さっきの話だが、俺はおふくろを知らないんだ。どんな人だったか、あんたの個人的な観点でかまわないから教えてもらいたい」
竜次は不在だが、彼に聞いてもほとんど覚えていないと聞いた。
だとしたら今、壱子から聞いておきたい。
この質問に対し、壱子はベストのポケットから茶色いパスケースを取り出した。二つ折りの革製でかなり年季が入っていた。中を開いて見せる。
内側に古い写真が入っていた。四角い眼鏡をした男性と壱子、真ん中にお腹を大きくした女性が写っている。ジェフリーは写真に写っているもので真実を見抜いた。
写真本体ではなく、右下に記されていた年号と日付に注目した。
「今から二十七年前、だな?」
「はっ!!」
「兄貴の言った通りだったか」
「……!?」
壱子の反応と口振りから、完全に油断していたようだ。
気を許すと迂闊な部分が出る。実に人間性らしい。壱子はそれを理解し、自分自身で距離を置きながら警戒をしていたようだ。
壱子は観念するように項垂れている。
ジェフリーは違う指摘もした。
「さすがに若いな。あんたも。ずいぶんと感じが違う」
「……死んでいたのも同然でしたので」
「けど、優しそうなおふくろでよかった。やっぱり、マリーおばさんに似ているな」
貿易都市の孤児院にいた唯一の親戚、マリーに似ている。
妊婦の割に、少し痩せた顔に見えるのが気になった。壱子は嫌な顔をして一緒に撮影に参加させられたようだ。こんなに感情をあらわにしている彼女は珍しい。
「も、もうよろしいですか?」
壱子は顔を真っ赤にしている。沈着な人かと思ったが、意外なまでの恥じらいもリアクションもボロが出ると面白いとジェフリーは思った。
壱子はパスケースをポケットにしまった。咳払いをして詳しく話す。
「お優しいなんてものではございません。慈悲深い方でした。わたくしにもケーシス様と変わらぬ接し方をしてくださいました。それこそ、友だちのような」
「ってことは、あんたは親父とそんなに年が変わらないのか?」
「坊ちゃん、女性に年齢を問うのは野暮ってものでございますよ?」
さすがに壱子の機嫌を損ねてしまった。こればかりはジェフリーが悪い。素直に謝り、詫びた。
「すまない。悪気があったわけじゃない。ただ、そんなに長い付き合いだったのかと」
「ふふっ、竜次お坊ちゃんよりも長いお付き合いですよ」
壱子は機嫌を直す。
ジェフリーはもう少し慎重に話せたら、もっと知らないことを聞き出せるのではないかと思った。ただ、このやり取りで、母親のことを少し知ることができた。自分が生まれたせいで、周りから疎まれているのかとも思ったが、壱子にその様子はない。ほんの少しだが、ジェフリーの心は救われた。
このタイミングで、手帳にサインをもらったコーディが戻って来た。場所を聞いて来たらしく、そのまま先導する。だが、ギルドから出てすぐに立ち止まった。
「ここだって!」
何度か足を運んだことがある、ギルドの隣のチーズケーキ屋さんだ。シャッターが閉まっているし、張り紙がされている。ジェフリーは張り紙を読んだ。
「諸事情により営業を休止しています。って、休みじゃないか」
コーディは元気な挨拶をする。
「ここのご主人が依頼主らしいよ。ごめんくださーいっ!」
腕を組んで待つジェフリー、壱子も首を傾げていた。主目的が定まらないが、猫森に行くのは決まっているという空気だ。
「どちら様で?」
シャッターの向こうからゆったりとした女性の声がした。
「あ、私ギルドから来ました。コーデリアと申します」
シャッターが少し上がり、中から老夫婦が顔を覗かせた。
コーディが待っていたとばかりにギルドハンターのライセンスと受けた依頼書を見せる。すると、店の中に招かれた。
ショーケースの中に何も入っていない。手土産用の小さいクッキーなんかは少し日が経過しているが、何かあったのだろうか。
老夫婦はそわそわと落ち着かない様子だ。ギルドから依頼を受けて来た人が、思いのほか若かったせいだろうか。その真意はわからない。
ジェフリーは話を進める。
「失くし物だか落とし物だか、探して来てやる。具体的に何なのかを聞きたい」
ジェフリーが尋ね、壱子がメモを取ろうとしていた。ところが次の瞬間、一同は何も聞かなくても何を探しているのかを把握した。
「ふぉふふふぇ……」
おじいさんが喋るが、何を言っているのかわからない。そしてものすごく喋りにくそうに口をパクパクさせている。声は震え、手で何かを訴えているような仕草をしていた。
コーディは苦笑いで首を傾げる。
「入れ歯かな?」
コーディの予想は的中だ。おじいさんは深々と頷いた。だが、これで何を探すのかは把握したが、詳細はまだだ。
おばあさんが詳細を語ってくれた。
「ちょっと前までは在庫で何とかお店を開けられたんだけどねぇ。チーズケーキに混ぜているシロップの果物を作るのがこの人なんだけど、味がうまく出せなくて」
コーディはこの店のケーキのことをしっかり覚えていた。
「あぁ、食べたことがあるから知ってます。杏子? 甘酸っぱいのがちょっとだけありますよね。あれって自家製なんですか!?」
老夫婦は揃って深く頷いた。おばあさんの方がしっかりしているタイプだが、おじいさんにもプライドがありそうだ。
おばあさんは、冷蔵庫から透明な入れ物に入ったシロップ漬けを差し出して来た。
「見様見真似で作ってみたんだけどねぇ」
おじいさんが手も首も振って渋い顔をする。このまま摘まめと言うので、三人はいただいた。
口に含んだ瞬間、ジェフリーとコーディは目を見開いて驚いた。
「ん、ちょっと甘すぎないか?」
「おいしいけど、もうちょっと控えめだったような気がするよ」
壱子は食べたことがないらしく、頷くだけで感想を言わない。自分から地雷を踏まない気遣いのようだ。
入れ歯を探しに猫森に行く。入れ歯は買い直すには割高なのだろうか。この三人は入れ歯に縁がないのでよくわかっていなかった。オーダーメイドであれば、買い直すよりは依頼をして報酬をかける方が安く済むのかもしれない。
今は、猫森に赴く目的もあるので、そちらが強い。入れ歯はついでのようなものだ。
コーディはおばあさんと話し込んだ。
「しっかし、散歩にでも行ったの? あそこ、花粉症になるって話だよ?」
「花粉症はどうだかわからないけれど、そうなのよ。でも、あそこの猫ちゃん、最近はいないみたいなのよねぇ。定期的にご飯を置きに行っていたんだけど、ずっと残されちゃってねぇ」
猫森で猫と言うと、ショコラ以外に思い当たらない。おばあさんはおじいさんと散歩がてら、ご飯を置きに行ってくれていたようだ。
ショコラはサキと契約し、森を出て行動を一緒にしている。いないという説明をするのは少し面倒かもしれない。
ここで黙って聞いていた壱子が、老夫婦を説得した。
「近頃、野生動物の狂暴化が進んでおります。お散歩は安全な場所でなされた方が、お店のファンの方にも心配を掛けずによいと思います」
もっともな理由だが、老夫婦の身を案じている。そして壱子が言うと妙に安心して、説得力がある。きちんとした外見とキャラクターのせいだろう。実際は妄想に耽る残念な人柄なのだが、何をどうやって身に付けたのかは不明とは言え、丁寧で物腰は柔らかい。老夫婦は壱子の言うとおりにしようと検討し始めた。
ジェフリーはもう少し詳細を掘り下げた。
「それで、その森のどの辺りに落としたとか、心当たりはないのか?」
「へふぉふぉおお……」
「じいさん、取って来てやるから」
おじいさんが話すと聞き取れない。おばあさんが詳しく説明した。
「置物がいっぱいある所にいつも行くんだよ。ちょうどいいから、そこに置いてあるご飯皿も回収してはくれんかね?」
置物がいっぱいあると言われ、コーディが反応した。
「あ、そこ知ってる。かなり奥じゃん?」
コーディが声を上げる。一緒に行っていなかったが、何となくは知っているようだ。その様子に、ジェフリーは違和感を抱いた。
「コーディ、どうして知っているんだ? あのとき、謁見で一緒に行かなかったよな?」
「うん。でも、あの森って観光名所? パワースポットじゃないっけ? 何か本で読んだことがあるよ」
コーディは当たり前のように、何の違和感もなく答える。
壱子も首を傾げながら、服の内側から地図帳を取り出している。
ジェフリーには見覚えがあった。同じものを持っていたような気がするが、目を通したと言ってもすべてを網羅しているわけではない。
壱子は該当のページを見付け、開いて見せる。
「コチラでお間違えないですか?」
全員で見て、ジェフリー以外が頷いた。中でもコーディは指まで指している。
「猫の置物がいっぱいある場所!! ここ、怪奇現象が起きるらしいよ。本のネタにしたいから行きたいと思ってたんだよ!」
何を熱弁しているのかと思ったが、そう言えばコーディは作家だった。思い出してから、ジェフリーは右腰のポーチの中身を確認する。魔石のストックは本当にわずかしかない。場所は猫森だ。壱子もコーディも同行する。ジェフリーは大きな危険はないだろうと予想した。
おばあさんは、正式に交渉が成立したものだと判断した。お店のカウンターの内側に入り、言う。
「先払いと言っちゃ現物支給で申しわけないけれども。これが報酬ではどうかねぇ?」
おばあさんはカウンターの上のクッキーの袋を配った。買ったらそれなりにしそうなものだ。しっかりと厚みのあるクッキーが何種類も入っている。ギフト用のリボンが付いていた。
ジェフリーはもらってから手を付けず、ポーチの中にしまった。ミティアにお土産にしようと考えていた。
コーディと壱子はその場で開けて食べている。そしてその場で感想を言っていた。お昼も食べていないので、二人ともおいしそうに食べている。
「んんーっ、イチゴのチョコチップがずんごくおいしい!! 現金だけじゃなくて、こういう報酬もいいね!」
「こちらは紅茶でしょうか。よい香りです。ギルドの賞金ハンターは、癒しがございませんからね。こういった現物支給も助かります」
おいしそうに食べる二人を眺め、おばあさんは満足そうだ。その場で感想をいただけるなど、生産者としてはこれ以上のことはない。
お願いしますと送り出された。
外に出て、まずコーディがジェフリーを見上げる。
「さっき、クッキー、食べなかったね? ミティアお姉ちゃんにお土産?」
「そういうところだけは鋭いな。キッドも博士も外に出てないんだから、こういうものがほしいだろう?」
「ふーん?」
ジェフリーは言ってからそっぽを向いた。指摘をされると、不思議と意地を張りたくなる。本当はミティアにあげるつもりだったが、よく考えたらキッドもローズもお菓子が好きだし外に出ていない。
引き籠ることが意外と退屈だと知ったのは昨日の嵐。外に出ないと落ち着かないなんておかしな話だが、ずっと冒険や旅をしてほとんどで歩いてばかりだったのだ。さぞ退屈だろう。ジェフリーはごくごく自然に気を回していた。
この状況を見た壱子は、ジェフリーに対して興味を示した。
「ジェフリー坊ちゃんはお優しいですね。仲間思いというよりは、特別な人に対する配慮はたいしたものです。純愛は射程範囲外でしたが、甘すぎなければわたくしでもおいしくいただけそうですね」
常識人かと思いきや、いきなり現実を離れる話をし出すので切り替えが難しい。ケーシスはよくこの壱子と抵抗なくやって行けると思うくらいだ。
こちらからケーシスと連絡を取る必要もなくなり、壱子も気兼ねなく馴染もうとしている。口数が少ないせいで普段は目立たないが、見えないところで面倒を見てくれる。
今だってコーディに手拭きを渡していた。今までどんな仕事をして来たのかはざっくりとしか知らない。あまり馴染もうとしなかったせいではあるが、一行のメンバーにはない面倒見のよさは光る。ジェフリーは壱子の勝手がわかって、もっと頼りたいとも思った。
街の外に出て猫森へ向かう。歩いていると、コーディが悪巧みのような笑みを浮かべているのに気が付いた。ジェフリーは指摘をする。
「何だかニヤニヤして気持ちが悪いな。どうしたんだ?」
「ふっふーん。サキがいなくても大丈夫ってところを見せないとね」
「誰が見てるって? 本人はいないが?」
「そ、そこはジェフリーお兄ちゃんがちゃーんと私の大活躍をサキに……」
「どうして俺が? 人を使って自分をよく見せようとするとだいたい失敗するぞ」
話のきっかけを作ったのはジェフリーだが、コーディの見栄っ張りに返すものは苦言になっていた。
これから探索だというのに、機嫌を損なわれては困る。壱子がコーディをフォローした。
「サキ様は、もうじゅうぶんにコーデリア様をお認めになっているのではありませんか? 何といっても、執筆者。それに、一行の中でもご活躍をされていたのではないですか?」
「壱子さんも甘いなぁ。あいつがそんなに人のことを見てるはずないじゃーん?」
森に差し掛かろうという手前まで話していた。壱子もコーディの言動には疑問を抱いているようだ。
「お慕いしている方とともに歩みたいのでしたら、もっと寄り添うべきではないのでしょうか?」
ジェフリーにも思うところがある。コーディの言動にも疑問を抱くが、サキにも問題がある。その話を壱子にした。
「あいつの恋愛理想は一般とは少しズレてるから、真面目に相手する方がアホらしいかもしれない。勉強や魔法が優秀なのは間違いないんだがなぁ」
「なるほど。まだまだ知らない煌びやかな世界や属性があるのですね」
「……」
壱子も少しズレが生じている。ここにミエーナが加わったらもっとややこしくなって収拾がつかない。想像したら、軽く頭痛に見舞われる。ミエーナも悪い子ではなさそうだが、世間知らずで暴走しがちなのが困る。やっと壱子の勝手もわかって来たが、まだまだ知らない部分が多い。先を考えると親しくなって悪いことはなさそうだ。
ジェフリーはまた、見えない何かが築かれていくのが楽しみだった。
サキとミエーナ、使い魔たちは大図書館で調べ物をしていた。サキはショコラの本からヒントを得ていた。もう少しでまとまりそうだというところで、ショコラから謎の煽りが入る。
「のぉん、答えは出たかの?」
「ショコラさん、やっぱり楽しんでますよね?」
「むにゃぁ」
これには圭馬も機嫌を悪くする。
「ババァってもしかして、この子を試しているのかい?」
裏切りと捉えられても仕方がない。だが、サキはもっと先を考えていた。
「多分、知っていたからこそ付いて来たのです。僕がいつかその答えに辿り着けると見込んだ。僕が思っていたよりもずっとあなたは賢人だ」
「さぁのぉ」
「ショコラさんはその世界に行きたい。違いますか?」
サキはペンを止め、足元を覗き込むがショコラは眠りこけている。また惚け、逃げられた。
「絶対そうだ」
圭馬はサキの熱意に驚かされてばかりだ。
「火の点いた目してるよ、この子……」
「じゃあ、僕が連れて行ってあげます。僕だって行きたい。その気になれば、人間は何でもできるんだって、僕が証明してみせる」
「瞬間移動して、空を飛んで、今度は世界線と時間を越えるのか。まったく、ファンタジー万歳だね」
厳しい直面だからこそ底力を見せるのは、師匠がアイラであるせいだろう。サキはどこまで強くなろうというのだろうか。圭馬は長年生きていて、こんなに根性のある人間を他に知らない。
サキは本を読み散らかし、レポートを広げて重要文章を書き写し、さらに傍らで小さい手帳に魔法の研究を書き込んでいる。調べ物をしながら、自分で魔法を作ろうというのだ。
ミエーナはそんなサキを見て呆然としている。
「こんなすごい人、アタシは知らない。こんな人、周りにいなかった。サキさんは何者なのですか?」
ミエーナは声を震わせた。答えたのはサキではなく圭馬だった。
「異常な向上心と探求心の塊。今までずっと外の世界を知らなかったからこそ、この子はここまで強くなろうとするのさ。暗く、名前に縛られていた自分を連れ出してくれたみんなの役に立ちたくてね?」
「そんな……」
「ボクは途中参加だから詳しい経緯は知らないよ。だけど、ジェフリーお兄ちゃんと仲がいいし、ミティアお姉ちゃんに一目惚れしたらしいから、この旅はよほどの転機だったんだろうね。最初、キッドお姉ちゃんだって他人だと思っていたんだ。そしたら生き別れのお姉ちゃんだったなんてさ? 得るものが多い、不思議な縁だね」
息を飲むミエーナ。サキどんな道を歩んできたのかは知らないが、この一行には強いつながりがあるのはすぐに把握できた。その過程で何があったのか、知りたい。同時に自分も力になりたいと強く思った。
普通なら、そうか自分が入る余地はないのかと諦めてしまうだろうが、ミエーナにとってこの一行の存在はとても輝いて見えたのだ。ミエーナは生活に困らない程度の行動範囲、遠出をすることはなかった。ただ、両親が残した家と過疎化が進んだ村、出稼ぎに出ていたくらいで本当に外の世界を知らない。正確に言うと、これは時間を越えた世界だ。どうしてここまで自分が夢中になるのかはわからない。説明がつかない。
「アタシもみんなの力になりたい。これもきっと何かの縁だもの。圭馬さん、アタシに戦う術を教えてくれませんか?」
ついにミエーナの暴走は戦う術を身に付けたいまで来た。しかも圭馬に頼んでいる。これには圭馬も困った様子だ。
「ミエーナはいるだけで役に立つというか、でもそうだなぁ?」
圭馬は一応、周りの様子をうかがっている。大声で話すには抵抗がある内容だ。
「ノイズやマジックキャンセラーは、協会が喉から手が出るほどほしがるくらいだからね。データが少ないから、どこまでできるのかボクにもよくわからないけど、一応探してみようか。ボクも予習したい」
「わあ、そうでしたら、超人名鑑は二つ向こうの棚にあったような気がします」
「力を制御できれば、キミはもっと生きやすくなるかもね」
本を押さえ付けながら、サキが斜め後ろの本棚を指さす。ミエーナと圭馬の会話を聞いていないかと思っていたが、しっかりと拾っていた。もしかしたら、今までも小言だって集中していただけで実は聞いたいたのかもしれない。
ミエーナが圭馬と本を見に行った。離れたことを確認し、サキが独り言を零す。
「僕はなかなか付きっ切りになれないから、もしかしたら、先生は向かないのかもしれないなぁ」
今の自分がそうだからなのだろうが、何となくこの先が見据えられそうだ。サキは再び視線を本に戻した。
船着き場のもう少し奥に市場があった。フィリップスの市場は賑わいを見せている。実は簡単な物ならお店で買えるのだが、市場にはあまり来ない。貿易都市のように大きいわけでもないので、目立たない。ハーターは市場に縁がなかったので新鮮に思えた。
「あれ、市場なんてあったんだ? ぼくはあんまりこの街に帰ってないから、知らなかったなぁ」
半ば強引に竜次と来たが、ハーターは詳しくないようだ。半年前までフィリップスで暮らし、愛しい人を看取った竜次の方が残念ながら詳しい。地図の調査の仕事もしたが、前情報が詳しいせいもあって案内はすんなりだった。
「貿易都市の規模まで行くと、ごちゃっとしてて何を売っているのかわからないですからね。ここなら探しやすく、色々と取り扱いがありますよ。お薬とかも多少は入って来ますから、少しは詳しいかも」
「ん、剣神サンも色々あったんだね」
「その呼ばれ方は好きじゃないので、お気軽になっていただけませんか先生」
いつも先生と呼ばれている竜次、自分が誰かを先生と呼ぶのは少し違和感がある。それでも少しはハーターと親しくなりたかった。
「お気軽? じゃあ、ぼくも先生って呼ぼうかな?」
「はい。よろしく、ハーター先生」
お互い笑みを交わす。余韻に浸ることなく、竜次はすぐに目的へ切り替える。
「船と言いましたっけ。いい人を知っています」
「先生、詳しくないかい?」
「多少は。ここは港町ですからね。漁師さんとか、それこそ船を持った冒険者さんとかも集まりますから」
淡々と進んで行く竜次。あまりいい思い出がないと胸に秘めていたが、いい思い出もたくさんあるからこそこうして前向きになれている。どうしようもなくなって、命まで絶とうとしたのに、周りはこんな自分を立ち直らせてくれた。生きてさえいれば、人はいくらでも前を向くことができる。過る悲しい思い出を忘れろと言わんばかりの青い空。自分がここに居る理由は、考え方が変わったからだ。価値観が変わったからだ。竜次は軋むような心の痛みを感じつつ、以前より自身に向き合えていることに変化を感じた。
市場は骨董品の店、ハンドメイドのアクセサリーを取り扱う店、生きたままの鶏が買える店もあった。その一場に留まるわけではなく、通り過ぎた。街を抜け、海岸沿いを歩く。すると、岩場の手前で中肉中背、色つきの眼鏡を掛けた行商の男がいた。少し大きな荷物を持った一般人くらいにしか見えなく、見過ごしてしまいそうだ。
竜次が男に声を掛ける。
「あの、すみません」
男は眼鏡をずらし、鋭い眼光を向けた。ニカリと歯を見せて不敵に笑う。見せた歯に銀歯が光る。
「あぁ、あんたぁ……」
「やっぱり覚えてましたか」
竜次にとっては、できたら覚えていてもらいたくなかった人だ。言いにくそうにしていると、男の方から話を掘り下げて来た。
「あんたぁ、死ねなかったんだ」
「えぇ、乗り越えました」
「そういう目ぇしてんなぁ。何の用だぁ? まさか今度はもっと強い薬がほしいなんて言わねぇよなぁ?」
癖のある話し方だ。ねっとりと纏わりつくような話し方をする。ハーターはあえて口を出さず、黙ってやり取りを聞いていた。
竜次は話しづらそうにしながら、本題を話す。
「確かあなたはお金を出せば、何でも用意していただけますよね?」
「モノによるがねぇ?」
「船ってありますか?」
この質問にハーターも顔色を変える。何の話をしているのかと思ったがやっとつながった。この行商は扱っているものが特殊なのだろう。ハーターはそれくらいの察しはついた。
男は拍子抜けた顔をする。声が跳ね上がった。
「あんたぁ、頭のデキはよさそうだが、やぁーっぱりどっか抜けてんなぁ?」
「あ、あるのかないのか教えてください!」
「うーん、デカいヤツ?」
竜次は答えに困りながらハーターに視線をおくった。ハーターは突然の発言権が来て驚くが、具体的なことを話した。
「ぼくたち、世界の変異について調べているんだ。空想の話かもしれないけれど、天空都市に行きたい。そのための『アシ』が必要なんだ」
解れた髪を更に乱すように頭を掻きながら話す。どう話せば伝わるだろうかと、次の説明を考えていると男は色眼鏡を外して呆れるような息をついた。
「ひょっとしてあんたらぁ、噂の『勇者御一行様』ってヤツかぁ?」
「ぼくは協力者だからちょっと違うけど」
「でっかくなったモンだぁなぁ?」
男は荷を下ろし、紐で括られた台帳を捲り始めた。手をピタリと止め、開いて見せて来た。意外と親切に取り合ってくれる。
「中型船ならすぐあるけど、木造じゃなくて鉄製だぁ。そして要改造と来た。他は昨日の嵐でギルドが派遣する船が半壊したって言うけどよぉ、そっちは小さい」
男は鼻をいじりながら話した。その話にハーターが食らい付く。
「えっ、あるのかい? 鉄でも軽量化すれば空を飛べるかもしれない」
ハーターが拳を作って熱を帯びた声を上げる。空を飛ぶなどと言い始めたので、竜次も慌て始めた。改造の話まで持ち出したからだ。
「ハーター先生、空を飛ぶってやっぱり非現実的なんじゃないですか!?」
「待て待て待てゃ、勇者御一行様よぉ」
その話の流れに男が食らい付いた。いい商談だと思ったのか、ニタニタと笑いながら別の台帳を取り出した。
「御一行様ってこたぁ、確かぁ大魔導士さんがいただろう?」
「ま、待ってください。何かまた変なセールスするんじゃ……」
過去に何かセールスでもされたのだろうか。竜次が恨めしい顔をしていた。そのまさかだ、男は自慢げに台帳を確認すると、番号の掛かれた袋を取り出した。番号管理しているらしい。
「ほれぇ、コイツぁ上物だぞ?」
「買いませんよ?」
「ブースト石の詰め合わせ」
「買いますっ!! って違います、そうじゃなくて……」
「五万リース、まいどぉ」
竜次と行商の男との謎の攻防だ。売り付けと言うか、押し売りと言うか。だが、これはいい買い物のはず。一応払って受け取った。
竜次はどっと肩を落とす。いい買い物のはずなのに、負けた気がしてならない。
「そうやって、半年前にも私にたくさん押し売りをして! これは、粗悪品じゃないですよね!?」
「何を今さら、コイツぁホンモンだよ」
ハーターは黙って聞いていたが、自然に竜次が感情的になり、上っ面の丁寧さが剥がれ落ちて行く光景を眺めて面白く思っていた。
竜次はむっとしながらさらに言う。
「じゃあ、半年前に私に売りつけた、大量の睡眠薬は粗悪品だったと言うのですか!?」
ヒートアップして吐いた言葉にハッとする。だが、ハーターはさほど驚いていなかった。なぜなら知っていたからである。
「ハーター先生、すみません。一人で勝手に……」
竜次はハーターを話の置き去りにしていたことを猛省した。とんだカミングアウトだ。だが、ハーターもギルドの関係者。事情は知っていた。
「王立の病院で睡眠薬を大量に飲んで自殺した人がいるって聞いたことがあるよ。ギルドでちょっとだけ話題になって、その人を助けてほしいって沙蘭のお姫様が依頼を出していたはずだし。もみ消しとか細工とかも。話題になってすぐに依頼は消えて、その情報はなかったようになった」
「お恥ずかしい」
「今が平気なんだから、もう触れないさ。もちろん、ぼくも詮索はしないよ」
まるで友人のようにハーターがフォローをしてくれたが、どちらかと言うと行商の男に対する嫌悪感が抜けない。
男はまだまだ竜次に話を持ちかける。
「まぁ、本番はこれさぁ」
「また押し売りですか?」
「今壊滅している北のノックス知ってるよなぁ?」
話が逸れた。押し売りを警戒していたのに、まったく違う振りで驚く。男は続けた。
「そこで一時期よく採れた、浮く石の効力を高めるための装置がこの前お偉い学者さんから発表されたんだが、その試作機が……って何だぁ、その顔は」
「いえ、続けてください。その試作機が何ですか?」
疑いと警戒の眼差しが、いつの間にか真剣な表情になっていた。ただの買い物の話だったはずなのに、とても重要な話をしている気がしてならない。男は台帳とは別にカタログらしきものを出して来た。
「その試作機、一個入荷あるんだが」
「おいくらですか」
「食らい付くと思ったが値段付けられねぇんだなぁ」
「……いえ、あることがわかれば今はいいです。みんなと相談します。船はどうしますか、先生?」
ハーターもつられるように真剣に考え込んでいた。ハーターの頭の中にあるのは、ローズが描いていた設計図だ。浮かせる原理が色々と書いてあった記憶だが、詳しくは思い出せない。できたらローズも連れて商談に立ち会わせたいところだ。
「もう少し詳しい子がいる。試作機とやらは明日、出直してもいいだろうか? 船に関しては購買に前向きだ。今すぐ見せてもらいたいくらいだよ」
ハーターの言葉に男が目を光らせた。色つきの眼鏡を掛け直す。
「今から見に行くかぁ?」
「いいですよ。ね、先生?」
ハーターが目を輝やかせて竜次に振り返る。悪い流れではないのでこのまま見に行くことになった。こんなにトントン拍子に話が進んでいいものなのだろうかとも思う。
忌まわしいはずの記憶。自分が思っていたよりも、ずっと周りに迷惑を掛けてしまったことを悔いている。ギルドの関係者だったハーターの耳にも入っていたなんて。
あのときは、生きることに絶望した。何も残らないのだと苦しかった。
今は違う。明日を生きたいと思う。今が大切だと思う。もう二度と、同じことを繰り返さないためにもっと強くなってみせる。責任のある一歩だと信じたい。
竜次は決意を固めた。
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