トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3-4】親交を深める

信愛と深愛と親愛

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 信じていたミティアが竜次に向かって『結婚』を口にしていた。ジェフリーはそれを聞いて頭が真っ白になった。
「…………」
   魂が抜けてしまったように、ふらつきながら地上階へ戻った。ミエーナが血相を変えて慌てている。
「ど、どうしました?  大丈夫ですか、ジェフリーさん?」
   動揺のあまりジェフリーは不気味な笑みを浮かべ、軽く手を振ってカウンターの奥へ消えた。
 台所では、サキが本を見て、悪臭と戦いながら薬草の鑑定をしている。ジェフリーを見て、目を丸くした。
「ジェフリーさん?」
「ははは」
「え、どうしたんですか?」
   ジェフリーは廃人にでもなったように中身のない笑いを繰り返す。圭馬もショコラも不気味がった。
「もしかして、ニオイで頭やられた?」
「のぉん?」  
   ジェフリーは何とかして思考を切り替える。今はキッドやミティアのために、体にいいものを作ろうと頭を切り替えるしかない。
   裸を見たせいで一気に嫌われたのか、それともそれ自体に問題があったのだろうか、自意識過剰、被害妄想、何をどう考えるべきか。竜次はキッドを好きだったはずなのに、結婚?  ミティアと?
 ジェフリーは恨めしそうにサキを見た。
「な、なぁ、サキ。お前って何回も俺と風呂入ったこと、あるよな?」
「と、突然何ですか?」
   もどかしい。自信がない。堪らずジェフリーは質問を続けた。
「俺の体って、どうだ?」
「……はい?」
   唖然と言うか、明らかにおかしいので呆然の方が正しいかもしれない。サキは何度も瞬いて何も答えずにいた。
 サキが答えずにいると、使い魔たちが茶化す。
「デカけりゃいいってモンじゃないよね。やっぱりテクニックだよ!」
「これは、いよいよジェフリーさんがおかしくなってしまったかのぉん?」
   半ば遊びで陽気に突っ込む圭馬。ショコラはサキと同じ反応だ。ジェフリーがおかしくなってしまったのか、心配になっている。
 サキは眉間にしわを寄せ、警戒をした。
「あ、あの、ジェフリーさん?」
「た、多分俺、今日ちょっとおかしいんだ……」
「えっと、そうですね。そういう日もありますよ、ね?」
「お前は俺を見捨てたりしないよな?」
   ジェフリーは頬を赤くして照れる仕草をしながら、サキに返答を迫った。
「え、えっ?  見捨てたりしませんが、ホントにこれ、どうし、わぶっ!!」
   傷心の果てに、ジェフリーはサキに思い切り抱き着いた。当然、サキは圭馬やショコラに助けを求めるが、疑惑が確信に変わった。
「俺は、この気持ちをどうしたらいいんだ?」
「ま、待ってください、ジェフリーさん、僕はその趣味はないんですって!!」
「俺の何がいけないんだ」
「だ、誰か助け……」
   サキはわけもわからず押し倒される。サキは着替えたせいでラフな格好だし、ジェフリーなんてバスローブだ。完全に危ない人たちになってしまった。そして悪いことは重なる。
 風呂場の扉ががらりと開いた。
「な、なぁーっ!?」
 パンツ一枚でロリボディのコーディと、バスローブの壱子が通り掛かってしまった。蔑むような目で見るコーディ。顔を真っ赤にして信じられないという表情だ。
 そのコーディの横で、壱子が不敵な笑みを浮かべている。
「これは、やはり『生』は違いますね。いえ、眼福いたしました。ごちそうさまです」
 壱子は鼻と口を覆っているが、隙間から流血している。鼻血のようだ。あらぬ想像力が掻き立てられるらしい。
「ごめん、ボク、他人の振りをしてもいい?」
 薄情な圭馬は見て見ぬふりをするといい出した。
 誤解を解かないと大変なことにはなるかもしれないが、ジェフリーの心境はそれどころではない。切り替えるつもりだったが、その精神は穏やかではない。
 サキはじたばたと抵抗をしながら助けを求めた。
「ねぇ、こういうときは誰も助けてくれないの?! 僕、違うのに!! ジェフリーさんがおかしいだけなのに!!」
 知らない間にショコラはいなくなっているし、この空間の中で唯一助けてくれそうなコーディに手を伸ばすが、サキを拒んでいる。
「触らないでよ、この変態魔導士!」
「えっ、そこまで言う? ひどい! 誤解なのに!!」
 結局誤解は解けないまま、食卓を囲む流れになった。

 アヒージョのスキレットがいくつも並んだ。海鮮、キノコ、野菜もある。そして大きく切ってある肉厚のパン。明らかに食が進む食事だ。そして別のものも進みそうだ。
 家主のローズ、そしてその兄のハーターはご機嫌だ。
「これはワインでも開けたくなりますネ!!」
「そうだ、飲みたい人はいるかい? グラスを持って来よう」
 ローズが冷蔵庫へ走った。ハーターもつられてグラスを取りに行こうとする。
「おっと、先生は飲むかい?」
「えっ? あ、いえ。私は遠慮しておこうかな」
 竜次はハーターに話を振られる。いつもなら、陽気に酔っぱらう気分だろうが、どうも表情が浮かない。
 怪我をしているミティアは、自分で食卓に座っている。だが、ずっと竜次を気にしていた。
 ミティアの心情が気になって仕方がない。もちろん体を気遣ってのことだ。手伝ってやりたいと声をかける。
「食べ物、適当に取ってやろうか?」
「う、ううん、大丈夫。ありがとう。ゆっくり食べるね」
 ジェフリーは歯がゆい思いをしていた。ミティアは昨日まで甘えてくれていたのにすっかり普通に接している。この様子は、本当に嫌われたのかもしれない。おいしそうに食べてくれないのが気になって仕方ない。
 ジェフリーは必要以上におせっかいを焼いた。
「元気ないな? おいしくないか?」
「そ、そう? おいしいよ?」
「飲み物は大丈夫か?」
「う、うん。水あるよ?」
「ココアでも淹れてやろうか?」
「大丈夫だよ。ジェフリー、どうしちゃったの?」
「い、いや……」
 ミティアはオリーブオイルにパンを浸らせている。だが、手元で止まっている。おいしいと言っていながら、あまり食は進んでいない。様子がおかしい。そして必要以上に気を遣っているジェフリーもおかしい。
 何も会話を交わすのはこの二人だけではない。
「ご主人、大変よろこんでおりましたよ。ご婦人がお礼にタルトを持たせてくれました。カスタードクリームと杏子漬けを利用した、新作だそうですよ」
「た、タルト!!」
 壱子の言葉に、ミティアが目を輝かせた。タルトと聞いて、すっかりいつもの表情だ。
 考え過ぎだろうかとジェフリーは恨めしかった。聞きたくても葛藤が邪魔をする。そうじゃないと思っていても、聞くのが怖い。
 竜次がジェフリーに声を掛けた。
「さっきはごめんなさい。食べ終わったら薬草の鑑定、やりますね」
 何となく話しにくい。そして、できれば竜次とは話したくない。ジェフリーは意地を張ってしまった。
「サキに協力してもらうからいい。兄貴はキッドの面倒見てやってくれ」
「えっ、ど、どうしたんですか、ジェフ?」
 竜次はキッドの面倒を、引き続きローズに頼もうと思っていた。だが、そのローズは奥でハーターとグラスを傾けてほろ酔いになっている。
 サキは嫌そうな顔をしているが断るまではしていない。何やら皆の心境が安定しないのを察知したようだ。ジェフリーと竜次のやり取りを見守った。
「私、何かしましたか?」
「別に」 
「あの、ジェフ。私は、あなたに話が」
「食い終わったら明日からの動きをまた考え直そう」
「ジェフ? 今日のあなた、おかしいですよ?」
「気のせいだろ」
「な、何です? その顔、その態度」
「残念だが、俺の顔はもともと悪い」
 応援すると言ったのに、変な意地を張っているのはジェフリー自身が一番理解している。それでもまだ気持ちに収拾がつかない。
「俺がおかしいのは、変な花のニオイのせいかもしれないな」
 軽く酒に混ざろうかと、ジェフリーは離席した。彼が空いたことによって、変な空気になる。
 竜次は軽く首を振った。
「何だか、私、避けられていませんか?」
 竜次はため息をつきながら小皿にパンを三切れとおかずを乗せ、階段を上がって行った。キッドにも食べさせようと思ったのだろう。
 ミティアが傷口を庇いながら席を立つ。
「ジェフリーにちゃんと話さないと……」
 隣にいたサキがごくごく自然に手を貸した。ジェフリーがおかしいと思っているのはサキも同じだ。

「ど、どうしちゃったんだろう? 皆さんこんな感じだったかな?」
「なぁに、若者特有の勘違いをしておるのじゃろうて」
 心配をするミエーナに対し、ショコラは知った口を叩いた。のんびりとした猫のいつものマイペースかと思いきや、『勘違い』というキーワードをすでに持っている。
「それより、エビとつくねの油を切ってはくれんかのぉん? 猫舌なので、冷ましてほしいのぉん」
「あ、はい。いいですよ、猫さん」
 ショコラにご飯をねだられ、ミエーナは小皿にとってパンで油を切って中を開いている。息を吹き掛けながら、食べやすいようにほぐして行った。無意識に気を遣えるのは下働きをしていたせいかもしれないが、ショコラはおそらくこれを見抜いてわざと頼んだに違いない。惚けた猫だが、人はきちんと見ている。
 いつもはミティアの役割なのだが、コーディが壱子に世間話を振った。
「ねぇねぇ、壱子さんって何でもできるの? 執事さんなんでしょ?」
 突然話を振られ、壱子は完全に油断をしていた。慌てて手にしているパンを落としそうになっている。
「わ、わたくしですか? 執事ではなく御付きでして。それに、あまり手の内を披露するなと言われております。でも、最低限は何とかできるとは思います。多少は教えられましたし」
「手の内を披露するなって? そうだ、壱子さんって趣味はないの?」
 コーディは一緒にお風呂に入った勢いで仲良くなりたいらしく、壱子に関心を抱いていた。これには壱子も少し困っている。
「あえて言うならば、釣りでしょうか。精神統一に似て、じっと待ち、己を見つめ直す時間さえも見つかるもの。ですが、妄想も一興でございます」
 不敵な笑みだ。
 壱子に関してはプライベートな部分も謎だらけ。どれだけ仲間との距離を縮められるのか、壱子次第かもしれない。

 一方、席を外したジェフリー。それを追ったミティア。そのミティアを気遣いながら支えていたサキでちょっとした修羅場が展開されていた。
 ミティアがジェフリーを引き止める。
「ジェフリー、話を聞いて」
「ミティアさん、落ち着いてください。そんなに動いたら、傷口が開いちゃいますよ?」
   サキの制止を振り切り、ミティアはずいずいとジェフリーに迫った。
 ひねくれている、拗ねている、不貞腐れている。あとは、悪い癖で逃げている。ジェフリーは足を止めて振り返り、悪態をついた。
「悪いと思っていたが、兄貴との話を聞いていた」
「じゃあ、話が早いわ。お願いがあるの」
   逃げ続けるにも室内では限界がある。ほろ酔いのローズとハーターも見守る中、サキが間に入りながら二人は話を始める。ミティアは手を組み、悲願にも思える仕草を加えた。
「キッドに言わないで」
「言えるはずがない」
「え、え?」
   話は悪い方へ転ぶ。
 ジェフリーはミティアに冷たい態度を示しそうになり、何度もクールダウンを試みる。
「信じてたのに、ミティアのこと」
「内緒にしていたのは本当に謝りたい。ごめんなさい。だけど、大切なことだから」
「あぁ、そうかよ!」
   ジェフリーは舌打ちをして歯を軋ませる。完全な悪態だ。嫌われても仕方がないくらい、邪険にしている。
 どうもジェフリーが一人で取り乱している。サキは仲裁に入った。
「あ、あの、ミティアさん?  ジェフリーさんも、話が読めないんですが」
「あぁー、なんかボクの好物、人間の修羅場じゃーん?」
「圭馬さんは黙っていましょう!」
   仲裁に入ろうとするサキと、煽る圭馬。
 険悪な空気に包まれながら、ジェフリーはミティアに対する悪態を解かない。
「ずっと俺を騙していたのか」
「騙していたわけじゃないよ」
「好きなのか? 兄貴のこと……」
   絞り出して吐き捨てた。ジェフリーは視線を合わせず項垂れた。だが、ミティアは眉間にシワを作りながら首を傾げている。
「先生は、好きだけど?」
「……。そうなら応援する。俺がミティアを幸せにできないなら、潔く諦める!!」
「ジェフリー?  お願いがあるってそうじゃないよ?」
「は?」
   ここでやっとジェフリーは悪い方へ考えるのをやめた。サキもおかしいと思ったのか、ここで口を挟んだ。
「何か、話の食い違いが起きているような気がしますね」
 気がするではなく、おそらくその流れは合っている。
 ハーターもほろ酔いながらジェフリーに促した。
「ちょっと彼女の話を聞いてみようじゃないか。込み入った話なら、ぼくたちがいてはまずいと思うんだが、そういうわけでもなさそうだし」
 ハーターが言うことはごもっともだ。ジェフリーは不審に思う表情が抜けないままだったが、黙ってミティアの言葉を待った。
 ミティアは自分が発言してもいい雰囲気になったのを察した。
 その場に居合わせた一同が、ミティアに注目する。
「明後日、キッドの誕生日なの。それで、みんなにも相談なんだけど、やりたいと思っている計画を、キッドには言わないでほしいなって」
 いつものミティアらしく、少し控えめで人の顔色をうかがうように話し出した。そしてその全貌が見えて来た。
 まずはキッドの誕生日というイベントだ。これにはサキが反応した。
「ね、姉さんの誕生日って!? 僕、覚えてないけど、普通にそれって大変じゃ?」
「サキ君、シーッ!! 聞こえてしまうデスヨ?」
「わ、わわっ……」
 生き別れの弟であるサキが、姉であるキッドの誕生日を知った瞬間だ。知らなかったのは、魔導士狩りという事件のせいで記憶がないからである。だが、知ってしまった以上は何かしたくなる。高まる持ちをローズに鎮められたが、これはただごとではない。
 ジェフリーは複雑に思いながら、順を追って話の整理を試みる。
「話はわかった。それで、兄貴と何をこそこそと話していたんだ?」
「先生はそんなこと、してる場合じゃないかもしれないって言ってた。だから、ジェフリーにお願いがあるの。本当はキッドに結婚式をプレゼントしてあげたい。無理なら、せめて、おっきいケーキを作ってもらえないかなって」
「な、なるほど。だから結婚ってそういうことだったのか」
 ジェフリーの声質が下がる。気持ち程度だが、小声だ。気を遣っていた。
 てっきり悪い返事を予想していたのか、ミティアの表情は沈んだ。天空都市に行く手段や、自分たちの怪我への気遣い。それに、資金集めにも奮闘している。
 だが、そんなミティアの心配は、ジェフリーによって払われた。
「よし、こんなときだからこそやろう。俺もキッドを泣かせてみたい」
「僕も、その話、乗らせてください!!」
「サキは声が大きいぞ?」
「だ、だって!」
 いきなり浮上した大きな案件だ。気持ちだけは、どんな仕事よりも優先したい勢いである。
 話を聞き、同席していたハーターとローズも反応した。
「そいつはいい! ぼくも乗った」
「ワタシもデス」
 ほろ酔いの兄妹も話に乗った。皆の返事にミティアは泣きそうになっている。
「ありがとう!」
「つか、その話、乗らない人なんてお姉ちゃんの周りにいるの?」
「圭馬さんまで!!」
 ミティアは大きくて澄んだ緑色の目を潤ませながら、感極まっている。もうほとんど泣いているに等しい。だが肝心なことはまだこれから詰めないといけない。明日の動きも会議しなくてはいけない。協力を募らなければならない。
 ジェフリーは視線を感じ、目を向ける。食卓の方からは女性三人が目を輝かせながらこちらを見ていた。話が早そうだ。こういうことには一番おしゃべりなコーディがミエーナに口を塞がれている。あと一人、壱子は恍惚な表情を浮かべていた。
 ジェフリーは釘を刺す。
「聞いていたなら話はわかっているだろうな? 絶対、本人に話すなよ?」
 最近は気が滅入る一戦や緊張もあった。こういう息抜きは必要だとジェフリーは判断した。
 話が一区切りした。
 話がいい方向へ向かうのなら、ジェフリーは謝らないといけない。
「ミティア、変な勘繰りをして悪かった。俺はミティアが兄貴と結婚したいのかと思った。誤解をしたのは謝る!!」
「えっ? その方がいい?」
「いやいやいやいや、否定をしてくれ」
 誕生日から結婚式、勘違いから茶番に発展した。忙しくなりそうだ。

 騒がしい台所とリビング。そこから離れた二階で淡々と食事をする二人。竜次とキッドだ。今日はキッドに変化が見られた。
「こんなおしゃれな料理、あいつ作れるんだ?」
「おや、もしかして見えています?」
「見る努力をしている、が、正解かしら」
 竜次は食べさせるつもりでいたのだが、キッドが自分で手に取っている。瞼は微かに動くし、目も少しだが開けている。顔全体が腫れぼったいのは血流が悪いのだろう。浮腫んでいるような感じだ。
「竜次さん、あたし、やっぱりみんなともっと一緒にいたい。約束したの。ミティアとおっきなパフェを食べようって。よくなりたいから、いいわよね?」
 キッドは精いっぱいに笑って見せる。
 勇ましいキッドばかりを見て来たが、こう弱り切ってしまっては何をフォローしたらいいものか。見えていないかもしれないが、竜次は笑み返した。
「私はクレアが獲って来たイノシシなんか、一緒に食べてみたいですね。基本はインドアなので、そういうワイルドなものに縁がなかったのですよ」
「えっ、こ、困ったなぁ? イノシシ獲るのって、難しいのに」
 キッドは困ったときの癖である、首のうしろをカリカリと掻きながら苦笑いをしていた。和やかな話をしてもいいのだが、違う話もしておきたい。
 竜次は念のため聞く。
「クレア、ここは王都です。きちんとした病院もあります。行きますか?」
 答えがわかりきったような質問だ。キッドは控えめに首を横に振った。
「あたしは、行きたくないかな。もちろん、行った方がいいのはわかってるつもりよ。でも、仲間にお医者さんがいるし、今はお金も必要なんでしょう?」
「お金はどうにでもなります。クレアの意思を尊重したいのが私の気持ちです」
「……」
 キッドは黙り込んだ。だが、口元は笑っている。
「クレア、怒らないで聞いてくれますか?」
「うん?」
「今、ジェフやみんなも協力して、怪我をしているミティアさんやクレアを助けようとしています。いろいろやりながら、ですけどね?」
「そう、なんだ」
 キッドは口元を笑わせたまま、息をついた。なぜこの反応なのか、察しでもついているのだろうか。
「じゃあ、あたしはおとなしくしてないと、ね」
「今はそうしてください」
 竜次はそっとキスをした。キッドは身を引き、慌てている。
「んんっ、ねぇ、ニンニク臭いよ?」
 空の皿を落としそうになって、竜次が回収した。手をぎゅっと握って耳元で囁く。
「絶対にあなたを一人にしませんから」
「り、竜次さんっ!?」
「今日はデザートにタルトがあるみたいですよ?」
 医者でありながら、万能ではない。すぐに治せないのが本当に心苦しい。優れた医者だったら、血抜きや切開で早く治るかもしれない。それを望むかはまた別の話だが。
 竜次が一階に下りると、食卓には追加のパンが少々と、終息に向かおうとしているのか、タルトの箱が登場していた。だが、開けるどころか皆の表情がどことなく暗い。
 ジェフリーが悪巧みをするようにお猪口を差し出した。
「ちょうどよかった。兄貴も飲んでみてくれ」
「お酒なら飲みませんよ?」
「酒じゃないって」
 あまりにジェフリーが勧めて来るので、竜次はお猪口を手に持った。だが、その瞬間に嗅覚を刺激された。思わず顔を背けてしまう。
 お猪口の中には黒緑の液体が入っていた。
「ゔっ!! えっ、な、何ですか?」
「手始めに薬草とシロップの汁」
「これ、飲めますか?」
 竜次は鼻を摘まみながら一気飲みをした。だが、臭いが悪いだけで、味はおいしい。あまりの臭さに鳥肌は立っていた。
「おいしいけど、もう少し、何とかなりませんか?」
 竜次は悩まし気に首を傾げた。
 ミティアは目を丸くしながら竜次を見上げる。
「せ、先生、原液で飲めたんですね……」
 ミティアの前にも同じお猪口があって、手元のパンにくぐらせている。この味ならパンに合わせるとおいしいかもしれない。
 サキはしかめた顔をしながらため息をついている。
「これでも頑張ったんですよ。まだ半分以上ありますけど」
 薬草の鑑定はサキも担当している。手に付けたのはさっきだが、手際がいい。半分近くは鑑定が済んでいた。ジェフリーはその薬草の中から同じものだけを選択し、煮込んでシロップに漬け込んで溶かした。デザートの前に試飲をしていたわけだ。
「まぁ、俺も調理方法を探っているところなんだ。また協力してくれると助かる」
 ほどほどにして、ジェフリーは会議を始めようとする。
「さて、試飲が終わったところで今日の報告と明日の予定を立てよう。悪い報告はないんだし、タルトを開けるか!! 食いたそうにしてる奴が多いしな」
 ジェフリーの合図に、コーディがいち早く反応した。
「待ってましたっ!!」
 一番食べたそうにしていたのはコーディだ。ミティアはシロップのせいで食欲減退している。少し刺激が強すぎたのかもしれない。
 ジェフリーは杏子のタルトを切り分けて皆に配った。タルトの切り分けは大変だ。今は十人と使い魔二匹。食器のやりくりも大変なくらいだ。紙皿に取り分けている。
 サキは席を立った。
「あ、僕、姉さんに持って行きますよ。たまにはいいことをしないと」
 サキは小皿二つとカップも二つ持つ。キッドに届けに離席した。どうせ吹き抜けなのたから、話はだいたい聞こえるだろう。
 持ち帰った情報と明日の動き方を話す会議が始まる。
 話の舵を持つのはジェフリーだ。
「まずだ、明け方に発生した地震による情報はまだ少ない。ギルドで先遣隊くらいは出たかもしれないが、明日には情報が出るだろう。で、先に言っておくが、俺たちにはどうも時間がないらしい」
 ジェフリーの表情が曇る。その様子にミティアが心配そうだ。
「時間って?」
 ジェフリーはミティアと目を合わせ、ジャケットのポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
「親父からの招待状だ。今日を入れて三晩後、つまりは四日後にノアで待つ。答えを持って来い。だとさ」
「ケーシスさんが!?」
「天空都市に喧嘩でも吹っ掛けるつもりだろう。目指すところは一緒らしい」
 またケーシスに会えるのがうれしいのだろうか。ミティアは明るい反応だ。ミティアをはじめ、まだ聞いていないものへ向けた話をジェフリーはする。
「種の研究所の破壊は親父からの依頼だと操作された可能性がある。偽物の依頼を本物にするなんて、本来ならありえない話だ」
 その話には壱子が反応した。
「ですが、種の研究所の残党は破壊して正解だったと思われます。毒物が撒かれる可能性がございましたので」
 壱子の補足は可能性を含んでいた。実際はどうだったのかはわからない。ただ、種の研究所の破壊が無駄だとしたら、キッドは何のために怪我を負ったのか。
 深く考えると、話の闇が深くなりそうだ。ジェフリーは話を進める判断をした。
「金も手紙も入ってた。準備のための資金みたいだ。それとは別に、サキの仕事には奮発ボーナスが入っていたぞ。気に入られたのか?」
 ジェフリーは二階を気にする。サキの慌てる声がした。
「えっ、いえいえ、ボーナスって!? 旅の資金にしてください。僕はそのつもりだったし、僕の方が学ぶことが多かったのに」
 二階からサキの声がした。しっかり話が通っている証拠だが、その声は彼らしくないほど動揺している。
「どうしよう、どうにかして会う機会を作って、ちゃんとお礼を言いに行かないと」
「ホンット、あんたってそういうところが几帳面ね。だから周りに好かれやすいのかもしれないけど」
「だ、だって!」
 姉弟の言い合いが聞こえて和む。サキが真面目で几帳面なのはここにいる皆が知っている。
 さらに話は進んだ。今度は買い物組へ。
「で、その金を持って、先生と兄貴は何をして来たんだ?」
 ハーターはグラスを置いて話に参加した。
「っとと、いけない。ぼくの番か」
 竜次もタイミングを見計らっている。ハーターは陽気に話す。
「いやぁ、先生がいい商人を知っていたから、その人のおかげでいい船が買えちゃってねぇ。要改造なんだけど、もちろんローズも協力してくれるよね?」
「ムムッ、ワタシ?」
「そうさ、買っちゃったから着工しよう。人手が足りないから、みんなの中でも手が空いてる人は手伝ってほしいんだ」
「いやに簡単に言いますネ」
 ハーターの人柄が気さくで、重要な事を言っているのにとてもそうは思えない軽さがある。うっかり流してしまいそうになるので竜次が危機感を持たせた。
「本当はローズさんも交えて、ゆっくり吟味するつもりだったのですが、見せてもらったらハーター先生はすっかり気に入っちゃって。即決してしまったのです。先生は言い方が軽いですが、買っちゃったものはきちんとメンテナンスしませんと。あと、ノックスで前に手に入れた魔鉱石の効力を高める試作機がありました。交渉次第で譲ってもらえるかもしれませんけれど、これはローズさんがお話をした方がいいかもしれません」
「そういう重要なことはもっと危機感を持って言うデス。まったく、オニーチャンの悪い癖デスネ!」
 ローズは悪酔いをしないようにしていた。薄く黒緑掛かった水を飲んでいる。ジェフリーが作ったシロップを水で割ったもののようだ。効果があるのかは知らないが、飲み過ぎているゆえに、明日二日酔いを起こさなかったら効果がありそうだ。
 周知はした。あとは皆がどう動くかによる。
 意外にも、壱子が手伝うと申し出た。
「それではわたくし、手が空いたら助太刀いたしますよ? メカ弄りですね」
「私もやるー!!」
 コーディも話に乗った。そしてコーディのコミュニケーション能力が光る。いつの間にか壱子と仲良くなっていたようだ。一緒になって頷いている。壱子が協力的なのはいいことだ。
 買い物組の話はこれくらいにして、次は大図書館の話になった。
「大図書館ではどうだったんだ?」
 ジェフリーがミエーナにも話を振った。ミエーナは二階を見上げた。
「僕から報告、いいですか?」
 タイミングを待っていたサキが二階から顔を覗かせた。彼は話すことがたくさんある。
「僕たちは大収穫でしたよ。まずその天空都市についてですが、世界はもともと一つだったと。仮説をショコラさんが唱えていましたが、仮設ではないかもしれません。なぜなら、完全に寸断することだってできるはずのアリューン界ですら、連絡通路はあるのですから」
 お得意の鼻に掛かるような喋りだ。別にサキがこの仮説を唱えたわけではないが、貴重な情報だ。この話に、ミティアが反応した。
「わ、わたし、じっとしてるのが嫌だったから、このお家の地下でその本を読んだの。大図書館にはその本の続きがあるの?」
「全巻なのかな。ショコラさん、あれは一応、未刊ですよね?」
 サキは二階から見下ろし、階段の隅で話だけ聞いているショコラに振った。だが、あくびをして毛繕いをしていた。答えないようだ。
「はぁ、やっぱり試されてる」
 答えないショコラにサキはムッとする。サキはそれでも話を続けた。
「以前、ちょっとだけアリューン神族の遺跡をお話したのを覚えてますか? ノアの近くにあったのですが、探索は却下されました。その遺跡のどこかにアリューン神族だけの通り道があるそうです。残念ながら混血や純血の知り合い同伴でも通してくれないみたいです。これは望みがないことはわかりました」
 いったん話を仕切った。それこそ空飛ぶ技術をほしいと言って、アイラに無理を頼んだ記憶がある。そしてその技術をもとに、ローズが設計図を立てた。着実につながっている。
「あと、条件が揃えばミエーナは帰れることがわかりました。それは街道で塞いだ歪みが関係しています。あれは塞いでしまいましたけど、また現れるかもしれません。あれは一種の違う世界への扉。だから鬼やこの世界に存在しないものがあらわれた。そうしたら試してみるのはいいかなと。僕とミエーナがいればいいのですけれど」
 サキはミエーナをすっかり呼び捨てにしている。一番敏感に気付いたのはコーディだった。仲良くなったのに芽生えるライバル心。この人間関係も忙しそうだ。
 サキは真意に迫る話をした。
「天空都市は神族とは別に特殊な体質を持った女性と獣人の楽園。そこを統治していた女神が確かに存在したと、違う本にありました。女神は獣人と女性を守るために、種族戦争が勃発した早い段階から世界の切り離しをしたので、記録がほとんど残っていません。むしろ、そんなものは存在しなかったかのように扱われている。でもその女神は本当に天空の民として括っていいのかは謎だと思います。神族ではないと強調されているのも気になりました」
 サキは一息ついたが、ここまでの情報に満足していない様子だった。満足どころか、女神という存在にジェフリーと竜次が顔を見合わせる。もう出そうと、ジェフリーが例の手紙を出した。
「その女神とやらは俺たちに関係があるかもしれない。死んだ肉親の可能性がある。そもそも俺たちに親戚は少ない。孤児院のマリーおばさんくらいしか思い付く血族がいない」
 言ってから壱子に視線を送った。だが、壱子は視線を合わせようとはしない。
 竜次はある可能性を口にした。
「私のお姉さんかもしれません」
 竜次の視線が落ちた。ここは謎のままだ。
 もう辛抱ならないと思ったのか、壱子が重い口を開いた。
「お、奥様が最初に産んだ子です。ですが、死産でした。そのまま奥様は危篤状態になってしまったのですが、ケーシス様は奥様の元を離れ、お子様の亡骸を抱いて沙蘭へ赴きました。どうしても故郷を見せたいと言っておりました。わたくしは奥様の傍に就いていたので、ケーシス様に何があったのかはわかりません」
 ケーシスの身に何があったのか、壱子ですらわからないというが続きがあった。
「次にお会いしたときは亡くなった子どもを生き返らせると言っていたのです。それからケーシス様は人が変わったかのようにシルビナ様に執着するようになりました。介抱しているわたくしを邪険にすることもございました」
 壱子に罪はない。だが、負い目を感じているようだ。止められなかったことに関してだと予想がつく。
 壱子は頭を下げて詫びた。
「セーノルズ家の問題には介入はしないつもりでした。ですが、そのつながりでしたらわたくしも他人ではないのかもしれません。黙ってケーシス様を見ていた責任がございます」
 思わぬところで、思わぬつながりが見えて来た。
 壱子の歩み寄りが一行にはうれしい変化だ。
 サキは引き続き調べるつもりのようだ。だが、本や情報から得るのはそろそろ限界なのかもしれない。
 竜次がパンパンと手を叩いて別の方向へ話を振った。あまりセーノルズ家の話を主軸にしてはいけない。
「さて、明日はどうしますか?」
 あまり感傷的になってもいけないし、不確定な要素から憶測を立ててもそれは不確かなものだ。がらりと話題が変わり、ミティアがその流れに乗る形で挙手をした。
「わ、わたし、外を歩きたいです。早く復帰したいから、無理のないように頑張ります。だから、誰か付き合ってくれませんか?」
 ミティアが外を歩きたいと言っている。当然ジェフリーが反応した。
「あぁ、買い物があるし俺が……って、おい?」
「せ、先生はどうですか?」
 付き合おうとしていたジェフリーを視野に入れないようにして、ミティアは竜次を誘っていた。
 ジェフリーはやはり嫌われているのだろうかと、勘ぐってしまう。明らかに気にしているのに、ミティアは何もフォローしない。
 竜次はミティアに頼られ、戸惑っていた。
「え、えぇ、いいですよ。では、買い物でしたら私がします。ジェフはメモを作っておいてくださいな?」
 ジェフリーは気になりながら、返事をする。
「あ、あぁ、あとで作っておく」
 変に取り乱すのも面倒だ。ミティアなりに考えがあると信じたい。ふと、ジェフリーはとあることに気が付いた。自分がキッドの面倒を見ることになりそうだ。少し思うところがあるが、誰も就いていないわけにもいかない。
「まぁいいか、どうせ他のみんなは先生を手伝いに行くんだろう?」
 ジェフリーはもっと大事な作業がある。いまだに鑑定がされていない薬草とキノコもあったはずだ。
 船に関してはジェフリーも気になる。だが、船の話になって気を落としている者がいた。サキだ。
「僕も用事が済んだら力仕事ですかぁ」
 一行の中で一番非力で、体力がないことを自覚している。サキが気を落としていると、圭馬が率先した。
「じゃあボクが主のぶんもやりまーす!! こう見えて、メカ弄りは得意なんだよ。だって昔、発明やってたからね」
「あ、その手があった」
 サキが心許ないぶん、圭馬が活躍しそうだ。圭馬はかなりの自信を持っているようだが、腕前は誰も知らない。
 話がひと段落し、順に風呂を頂いて就寝に向かう空気になった。
 キッドがサキに声を掛ける。
「ねぇ、ちょっと!」
 見えているのか、声を頼りにしているのかはわからないが、サキの方を向いていた。
「どうしたの姉さん?」
「このお茶、何が入っているの?」
「えっ? 普通のほうじ茶じゃないっけ」
 キッドの持つカップのお茶は半分くらいなくなっていた。違うお茶を持って来てしまっただろうかと自分のカップを覗き見たがなみなみと一杯だ。間違えて渡してしまったのに気が付いた。
「ご、ごめん姉さん、間違えて渡しちゃったかも」
「変なニオイがするけど、あったまるわね。ここ寒いのに、汗かいて来たんだけど」
「えっ?」
 サキは立ち上がって手摺から一階の食卓を覗いた。
 ミティアとジェフリーが会話を交わしている。
「あれ、私のお茶がない」
「さっきのシロップ混ぜたお茶だろ? 何だか顔が赤いな、大丈夫か?」
「うん、ちょっと熱くない?」
「別に? 酒でも飲んだのか?」
「お茶だけだよ?」
 キッドだけではない。ミティアも同じ症状を訴えている。そしてもう一人、原液で飲んだ竜次がいた。
「待って、これ、私も暑いのですが」
 竜次は頬を赤く染め、汗ばんで息遣いも荒い。変な属性を感じたのか、壱子が目を丸くしている。
 サキはジェフリーの作ったシロップ漬けに、手応えを感じた。
「ジェフリーさん、『それ』、効果絶大じゃないですか!?」
「そういうことか」
 サキの声が明るい。薬草のシロップ漬けが効果を見せている。これは期待できそうだ。
 体調の変化を訴える人を見て、コーディが
「美男美女が顔赤くして暑がってるなんて、変なの」
「コーディは何ともないの?」
「ちょびっとしか舐めてないし、たまたまじゃない?」
 コーディが不貞腐れ気味にシロップの効能に否定する。彼女はドラグニー神族の混血なので、もしかしたらある程度解毒してしまうかもしれない。
 ミエーナもシロップの効能を不思議がっていた。
 壱子は今からシロップを飲もうとしているが、ジェフリーに引っ込められた。美容やダイエット効果を期待したのだろうか。
 竜次はこの効能に対し、持論を述べた。
「代謝がよくなることにより、体のデトックス効果が期待できそうです。さすがジェフです。この調子なら、続けられそうですしね」
 ローズも思うところがあるようだ。
「ハーブも使えばニオイも消えるかもデスケド」
 竜次が服を崩しながらローズに質問をした。ローズは気が進まないという感じだ。
「ローズさんは、メディカルハーブマイスターとかいう資格をお持ちではなかったですか?」
「ワタシの持っている知識は古いので、最初のうちは誤魔化しが利いたのデス。ハーブも活用術が増えましたから、それこそ、さっきからジェフ君が見ているものの方が最新式で信頼できると思うデスヨ?」
「そ、そうなのですか? そんなにいい買い物したのかな?」
 半ば思い付きのように、勢いで購入してしまったが、ジェフリーは早速活用をしているのだ。いい結果につながるようになってもらいたい。
 買い物で思い出した。竜次がカバンの中を探る。
「あっ、そうだ!」
 話し込んでいて忘れていた。竜次がカバンの中から麻袋を取り出し、ジェフリーに渡す。カサカサと音が立ち、少し重い。
「市場で気になったので、ついでに買っておきました。黄金ニンジンの燻製もあったので入っています。あとは、あなたが獲って来ていた薬草によく似たものも売っていたのでこれも」
「せ、仙草じゃないか!! 市場に出回っているんだな、これ。だからあそこにもあんまり生えてなかったのか」
「あまり買い物上手ではないので、間違っていないかと心配しました」
「いや、兄貴は買い物上手だと思う。活用できるものはしていこう」
 ジェフリーは麻袋を受け取って、中を見て深く頷いた。
 竜次は申し訳なさそうに項垂れながら、もう一つ巾着を差し出した。こちらは大きさの割に重そうだ。
「ん? これも薬草や漢方か?」
「い、いえ、船を買った人からのセールスです。私には使えないものですので」
 巾着の中には石炭のような真っ黒な石が入っていた。石炭と違って艶があって輝いている。ジェフリーはその正体を確信した。
「見覚えがある石だ。強化魔石、ブースト石だな、こりゃ」
 ジェフリーは摘まみ上げて光に照らす。綺麗な石という説明だけでは済まされない。魔法を唱えるときに握って念じると、その威力は何倍にもなる。ただ体の負担も大きい。
 バタバタと階段を下りる音がした。
「ブースト石!! 僕もほしいですっ!! あっ、魔石も買わないといけないの思い出しました買い物リストに入れておいてください!」
 魔法を使うサキにとっては、ほしくてたまらないもの。
 竜次にとっては十分な活用ができないので。しかるべき人に使ってもらいたい。だが、追加で魔石がほしいとなると、買い物を担当する竜次は頭に入れておかないといけない。
「魔石、どんなものがいいのかわかりませんが、それこそコーディちゃんが納品した詰め合わせのような物でいいのでしょうか?」
「ジェフリーさん、詰め合わせもいいですが、白と紫は多めって書いておいてくださいね!」
「そういう準備もしないといけませんよね。必要かわかりませんが、ランタンの油とペンライトの電池……あれ、ペンライトがない」
 竜次は着ているベストの胸ポケットを叩いた。
 壱子が思い出したように荷物の中から差し出して来た。
「種の研究所で見付けましたが、やはり坊ちゃんの物でお間違えないですか? 電池でしたら取り替えておきました」
「種の研究所?」
 行った覚えはあるが、落とすような要素がどこにあったのかを思い出してみる。考え込んでいると、ミエーナがポニーテールと揺らしながら竜次の顔を覗き込んだ。
「あ、天井から落ちて来た蜘蛛に驚いて、転びませんでしたか?」
 遅れてミティアも手を叩いて頷いた。
「そうだ、そうでしたよね。ランタンを庇っていたから、派手に転んでいたはず」
 指摘を受け、苦笑いの竜次は受け取ってお礼を言った。
「ありがとう、壱子様」
「い、いえ、すみません、すぐにお返しせず、勝手にメンテナンスなど」
「メンテナンス?」
「断りもなく、長持ちがする明るい電球を仕込みました。申し訳ございません」
「わっ!」
   竜次は捻ってスイッチを入れる。すると、眩しいくらいに明るい。前は豆電球だったのに真っ白でとても明るいので竜次だけではなく、皆も揃って驚いていた。
「あ、ありがとうございます! 助かります。診察用なのですが、一応外にも持って歩いているのです。あまり頼りたくないですがね」
   和やかな空気に身を任せ、話に入らなくても聞いているだけで楽しい。
 その空気を楽しんでいた一人、ミティアの肩をジェフリーが指でトントンと叩き、手招きした。凝った話といえばそうだが、念のため誤解は解きたい。

 離れて見守るほろ酔い兄妹、会話に混ざらないがこの雰囲気を遠目に見るのは面白いと感じていた。お酒のつまみのようなものかもしれない。
 その雰囲気とは違う話が繰り広げられる。
「ねぇ、ローズ?」
「あー、オニーチャン、その声はあまりいい話ではないデスネ?」
「キミとケーシスさんとの関係はもう終わっているんだよね?」
   やはりよくない話だ。ローズは深くため息をついた。
「終わっている。お互い研究のせいで気がおかしかった。そう、清斎しました」
「キミは子どもを亡くしている。本当に済んだのかい?」
「……」
   酔った勢いなのか、ハーターはしつこい。ローズは問われたことに対し、何かを思い出したのか、何度か瞬いて振り返った。
「ワタシが、流産して、ケーシスは研究所を出て行った。まさか、正気に戻ったのはワタシが産めなかったせい……」
   ローズは言ってから、『いや、まさか』と首を振った。
 ハーターは人間を長い目で見ている。正直に言うと、異種族での馴れ合いは、悠久のときを生きるような自分たちにいい影響を与えてくれると思っていた。
「ぼくは人が起こすことに無駄はないと思っている。きっと天空都市のカラクリには、まだ何かあるはずだ。その女神様とやらにも理由があって、人間の住むこの世界を住みにくくしていると思う」
「壱子さんの話、ご兄弟の手紙がつながるのなら、ケーシスはきっと、子どもを生き返らせようと、ルーの巧みな言葉に乗せられたのだと思う。そんな研究。あんな薬……」
「薬があるのかい?  禁忌の魔法だって不安定なんだ。そんな薬があったら、何か副作用が起きるだろうに。そんな薬、使っちゃいけないよ」
「…………」
 気まずくなって視線を逸らすローズ。私情が入るとどうも話がこじれる。
「ローズはどうして種の研究所に入ったんだい? 母さんが関係しているのか?」
 ハーターの追及にローズは答えず、無理を通して食卓の会話に混ざって行った。このことに関しては触れてほしくないようだ。ハーターが食い下がろうにも、するりと逃げてしまう。自分がここを離れ、教師からギルドの情報工作員として潜っていた間に、妹が何をしていたのか気になる。折を見て、ちゃんと聞いておかないと。
 兄妹仲はそんなに悪くないのだが、人間である母親を老いで亡くしたときは自分たちを呪った。混血だから、神族だから寿命が違う。この思い出だって薄れてしまう。父親だって最後に見た姿はあまり覚えていない。長寿とは皮肉なものだ。
 グラスを傾けながら、ハーターはため息をついた。ハーターの足元に、ショコラがすり寄る。
「のぉ、ハーさん?」
「ぼくの相手をしてくれるのは猫ちゃんくらいさ」
 しゃがんでショコラの首元を撫でる。気持ちよさそうだが、ショコラは話したいことがあるようだ。
「ハーさんのお父さんは、シルバーリデンス公なのじゃろ?」
「えっ、うん、そうだよ。猫ちゃんは父さんと知り合いだったよね?」
「うむ。わしのことなど忘れているだろうからずっと黙っておるが、本に記したのはハーさんなら読んでいるのねぇん?」
「あぁ、一応先生だった頃に大図書館で拝見しているよ? 父さんの話は種族戦争の話がほとんどだったね。世界が複数あることに関しては仮説って書いてあるけど、具体的だと思ったよ? 猫さん、キミは何者なんだい? 本当にただの幻獣さんなのかな?」
 ハーターもショコラの存在に疑いを持った。質問をすると、ショコラは寝転がって撫でろとお腹を見せる。はぐらかされてしまった。つい可愛いので愛でたくなるが、どうも疑惑は拭えない。ショコラもまだ秘密を持っていそうだ。

 ジェフリーの呼び出しには応じた。ミティアは台所で立ったまま、シロップを混ぜたお茶を再び飲んでいる。
 顔色がよくなったことはよろこばしい。そんなに急に動いて大丈夫なのだろうかと、ジェフリーはミティアを心配する。だが、体調以外の心配をしていた。具体的には、嫌われてしまったのではないかという、穏やかではない心配だ。
「どうして兄貴と?」
「面倒見てくれるから? 今日はローズさんに見てもらったの。おいしいサラダをごちそうしてくれたよ? そうじゃなくて?」
「あー、その……」
 言いたくはないが、その答えを期待したわけではない。何だかジェフリーまで、ミティアに似て面倒な性格になったのかもしれない。耳まで赤くし、照れながら質問をする。
「俺のこと、嫌いになったのかと思って」
「えっ? どうして?」
「み、見られたからっ!!」
 気にしないつもりだったが、気になってしまう。絶対に考え過ぎだとわかっていても、確信がほしかった。
 ミティアは何のことか、やっとわかったようだ。目をぱちぱちとさせながら何事もなく答えた。
「今までよくそういう事故が起きなかったよね。先生は、まだいけません! まだ早いですっ! って言っていたけど、もう大人なんだし。それに、これからもっと見るかもしれないでしょ?」
 淡々と落ち着いた答えだった。ミティアは言ってから着け襟のホックを外した。
「そんなに納得してないのなら、今ここで、私の裸を見てチャラにする? 傷口見えちゃうけど?」
「ば、馬鹿な真似はよせ。わかった。疑って悪かった!」
 悩める恋愛感情を弄ばれている気分だ。
 ミティアはその反応も楽しんでしまっている。首元に指を引っ掛けて少し屈んだ。
「ホントに見ない?」
「か、勘弁してくれ」
 ジェフリーは目を逸らす。恥ずかしくてたまらないからだ。想いを本人から聞いた。それまではよかった。今までだったら、人伝で気持ちを探っていただろう。
 ミティアはジェフリーの手を握った。
「わたしは、いつでもいいからね?」
 ミティアは眉を下げ、首を横に振っている。つまり、体を許すという主張になる。だが、ミティアはジェフリーの心情を知っている。性的なものに抵抗があるのも知って、気持ちを表明したのだ。
 ジェフリーはこれを聞き、申し訳ない気持ちを抱いた。
 この謎の攻防はこれから先も続きそうだ。
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