トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3-4】親交を深める

あなたの笑顔がわたしの勇気になる

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 ケーシスとの待ち合わせの三晩のうち、一晩が過ぎた。
 今日は快晴でやけに太陽が眩しく、からっと晴れている。
 ジェフリーは人数分の目玉焼きとベーコンの乗ったトーストを振る舞った。短い時間だが、皆で囲う食卓。それぞれの役回りを確認し、出かける流れとなる。
 拠点はジェフリーとキッドだけになる。一応、竜次がジェフリーを注意した。
「何もないでしょうけど、戸締りだけはしておいて。あと火の元はしっかり確認をしておきなさい?」
「まぁ、いいけど、兄貴たちは帰りが早いだろう?」
「さぁ? どうでしょうね」
 ジェフリーの質問に、竜次はニコニコと少し含んだ笑いを加えて返した。この笑い方はいつまでも慣れない。それに竜次と同行するのはミティアだ。正直なところ、ジェフリーの心中は穏やかではない。
 ジェフリーに物申したいのは竜次だけではない。コーディもだった。
「ジェフリーお兄ちゃん、今日はハヤシライス食べたいんだから、お願いね!」
「コーディはいつからは食い意地を張るようになったんだ?!」
 子どもの見送りをする気分だ。ジェフリーは呆れながら見送った。

 華やかさと賑やかさが失われ、キッドと二人で留守番だ。
 ジェフリーは朝食の片付けから入ろうと、開いた皿を片付ける。すると、足音が聞こえて来た。
「はっ?」
 手を止めて階段を見ると、手摺を伝ってキッドが階段を下りている。ジェフリーは重ねた皿を置いて、駆け寄った。
「キッド!! 何をしているんだ、危ないだろ!?」
 ジェフリーは手を貸そうと体を支える。キッドは瞬発的に手を弾いた。当然ジェフリーは驚く。
「は、はぁ!?」
「触んないで!! って、きゃあっ!!」
 キッドは手を振り払った勢いで足元を崩した。大したことがない高さだったが、ジェフリーが咄嗟に抱きかかえてそのまま下敷きになる。背中を強打したが、そのままキッドの無事を確認した。
「ってぇ!! 三段くらいでよかったけど。どこも打ってないよな?」
 キッドは自分で身を起こした。
「あ、あんた……」
 声が近い、柔らかい感触、汗っぽいがいい香りもする。キッドはこんなにも女性らしかったのかと再認識をしかけたときだった。ジェフリーの顔面に手の平が強く押し付けられた。鼻が潰れそうになる。
「は・な・れ・て! 変態!!」
「俺は違ッ!! お前、見えているのか!?」
 キッドはジェフリーから離れ、自分で壁を頼りに立ち上がった。視界がぼんやりとなのだろうか、手が付ける場所を探している。手を付いたと思ったら形を確かめている。椅子だとわかると、引いて座った。
 ジェフリーは怪訝な顔をしながら、一応注意をした。
「別に俺が嫌いなのはかまわない。だけど、嫌いなのと頼らないのは違うからな」
 キッドは不貞腐れているのだろうか。いや、様子がおかしい。
「一階にいた方が、あんたの目が届いていいでしょ? それより、昨日のお茶をちょうだい?」
「…………」
「いっそ原液でもいいわよ」
「いや、その、臭いがきついんだぞ?」
「じゃあもっとよくなるかもしれないわね」
 キッドは座ったまま苦笑いをしていた。今までベッドの上、誰かの補助があって移動をしていたが、今日は一人で移動を試みていた。
 ジェフリーは食卓の皿を下げ、台所で軽く作業をする。その背中に向かってキッドは言った。
「今日あたしの御守があんたで、ある意味よかったわ」
「ど、どういうことだよ!?」
 ジェフリーは言われた通り、原液とお茶を出した。できればお茶に留めてほしいので、手前にお茶も用意した。だが、キッドは原液の入ったお猪口を摘まみ上げる。そのまま一気飲みしていた。
「うっ、鼻が曲がりそう」
「だから止めておけばよかったのに」
 キッドは噎せながら飲み干していた。意地になっているようにも見える。だが、もっときちんとした理由があった。
「早くよくなりたいの!! 結婚式、してくれるんでしょ!?」
「なっ!?」
「聞こえないとでも思っていたの? あたしがいいのは、目だけじゃないのよ!?」
 キッドは鼻で笑っていた。
 ジェフリーは、自分が追い詰められる未来しか見えず、焦り出した。この何とも言えない表情が見えていないと信じたい。
 キッドは立ったままのジェフリーに言う。
「ねぇ、受付カウンターの引き出しにルーペセットが入っていたでしょ。あれ、取ってもらえないかしら?」
 ジェフリーは食卓テーブルからカンターへ振り替える。キッドが望むのなら取ってやろうと、受付カウンターを調べた。
「ルーペセット? そんな物……あった。お前よく覚えていたな?」
 受付カウンター下の引き出しから平たい木箱を見付けた。中は紐の付いたモノクルのようなレンズがたくさん入って、骨組みだけの眼鏡が入っていた。
 気配を察知したのか、音でわかったのかは定かではないが、ジェフリーが持って来た箱をキッドは奪い取った。カチャンとレンズがぶつかる音がする。
 ジェフリーはため息をついた。
「何を焦っているんだ?」
「焦るに決まってるでしょ!? 乙女心、わかってないわね!」
「俺はまず、キッドの心がわからない」
「心配しなくても、あたしもあんたの考えてることがわかんないわ。でも、あたしを泣かせてみたい、だっけ?」
 ジェフリーは思いっきり嫌な顔をしてしまった。キッドが相手だと、どうも悪い癖が無意識に出てしまう。これを見ても、キッドは態度を変えないし、気を遣うな、今まで通りでいいと言っていた。本当にキッドのことがわからない。ミティア以上にわかりにくい。
 キッドはレンズをいじりながらジェフリーを嘲笑う。
「悪いけど、あんたにはあたしの目論みに付き合ってもらうから」
「さっきから意味がわからないんだが」
「竜次さんに、あたしがカルテを読めるようになりたいって話したんでしょ? 別にそれを怒るつもりはないわ。嘘じゃないもの」
「ぎ、ぎくっ!」
 ジェフリーは麻袋を持ち、動きを停止させる。いずれは知られてしまうことかもしれない。だが、キッドにそこまでばれているのなら、開き直ってしまうという手もある。
 キッドは背中にクッションを挟み、座り直した。
「座って仕分けでもしていなさい。あたしもわかんないことがあったら聞くから」
   キッドはレンズを骨だけの眼鏡に入れては掛けてと繰り返して調節している。眼鏡屋さんにありそうな簡易レンズキットのようだ。この家はもともと宿だし、目の悪いお客さんへ向けたサービスだったのだったのかもしれない。
   受付カウンターの引き出しには、白紙の古い帳簿や領収書も見受けられた。
 キッドはレンズの調整をしながらジェフリーに言う。
「あたしも食べたいもの、リクエストしていいかしら?」
「作れる範囲ならな」
「その、キノコや仙草なんかをたんまり使ったサラダとパスタとスープ」
   キッドのリクエストが欲張り過ぎだ。これにはジェフリーもため息をつく。
「食い過ぎるとどんな副作用があるのか、調べてからだな」
「ありがと。できるだけあんたに迷惑はかけないから」
   キッドは瓶底眼鏡をかけた状態で、辺りをキョロキョロとしている。ふと、目に入ったジェフリーが広げていた本を覗き込んでいる。
「血行促進、代謝の改善、ホルモンバランスも整う? へぇ、あんた、こういうの向いてるんじゃない?  きっとあらゆる工夫を凝らしてくれるんでしょうね」
「キッド、お前、字が読めるのか?」
   眼鏡の縁を摘みながら顔を上げて目を合わせる。そして、久しぶりにゴキブリを見るような蔑む視線を浴びせられた。
「馬鹿面のガキ」
「ぷっ、はははっ。キッドらしいな、そういう言い方」
「視界がぼやけてピントが合わないのよ。モザイクをかけたみたい」
   キッドは安心感を得た。やはり自分を助けたジェフリーを、一瞬でもかっこいいと感じたのはただの勘違いだった。本当によかったと、安心した。
 この和やかな空気に便乗するように、キッドは言う。
「あたしを助けてくれてありがとう、ジェフ」
 ジェフリーは笑っていた表情を強張らせ、動きを停止させた。
「い、今、何て……」
 聞き間違いかと思い、ジェフリーはキッドを凝視した。そのキッドは、何事もなかったように平然としている。言及するのも面倒だ。ジェフリーは首を傾げながら自分も作業へ切り替えた。きっと聞き間違いだと
   薬草の入った袋を開け、調べながら仕分けていた。
 キッドは備え付けの万年筆を手に取った。今は紙を探している。


   海辺に向かう一行と別れ、竜次とミティアは街中を歩いた。驚いたことに、ミティアは難なく歩けている。今日は痛み止めも使っていない。
 竜次は変装をしていた。伊達眼鏡と緑のベレー帽を身に付けて、襟元を崩している。だが、これは本当に必要なのだろうか。一行としてこの街に滞在している時点で、正体など知れているだろう。
 竜次が変装をしているのは、ミティアとの時間を邪魔されたくないからだ。端的に言うと、部外者と関わりたくないといったところ。竜次は沙蘭の関係者にして『勇者御一行』の顔でもある。
 それはさておき、ミティアの回復には驚くばかりだ。
「問題なく歩けていますね。傷は痛みませんか?」
「大丈夫です。痛くなったら、ちゃんと言います」
 一緒に歩こうなどという名目上リハビリで誘って来たのはミティアの方だ。何か目的があるに違いない。
 買い物もあるが、ジェフリーから貰った買い物リストは膨大な量を書き記している。少なくとも昼過ぎまでは連れ回してしまいそうだ。
 ミティアは怪我を感じさせないほど、平気で歩いていた。朝方に飲んだシロップを溶かしたお茶のせいか、暑そうに襟元をパタパタとさせている。
「早くみんなと一緒に歩きたいです。あっ、べ、別に先生と歩くのが嫌なわけではないですよ? ちゃんと理由があったから先生にお願いしたんです」
 ミティアは、竜次と同行することに理由があると打ち明けた。
 竜次は悩まし気に首を傾げる。
「ふーむ、実は、私もミティアさんにお願いがあったので、ちょうどよかったのかもしれません。何だか悪いことを企んでいるようで、良心が痛むのですけれど」
 お互い思惑があったと判明し、足を止めて向き合った。ミティアの方が驚いているようだ。少し息が上がっていたので道の脇にあったベンチに座って休憩することにした。
 ミティアは座ってから襟元を崩している。血行も代謝もよくなって大汗をかいていた。パタパタと手で仰ぎながら呼吸を整えている。すると、頬に冷たいものが触った。
「ひゃっ!?」
「はい、どうぞ」
「え、えぇっ!?」
 竜次は透明なカップにストローが刺さった飲み物を渡した。
 ミティアは両手で受け取って目を丸くし、驚いた。
 竜次も小さいカップを持っている。隣に座りにっこりと笑う。湯気とコーヒーの香りがした。すぐ近くにキッチンカーが停まっていた。竜次はミティアが呼吸を整えている間に、ここで購入して持って来たようだ。
 ミティアはじっと竜次を見る。子どもっぽい笑い方をする、好きな人のお兄さん。仲間であり、よき理解者。そのはずだ。だが、今日は気が利きいてかっこよく感じてしまう。なぜだろうか。
「あ、ありがとう、先生」
「いつもこれくらい気が利かせられたら、クレアに怒られずに済むかもしれませんね」
 竜次は気を遣っていた。相手は弟の想い人であるミティアだ。だが、それ以上に気を遣うのは、『お願いごと』があるせいだ。機嫌を損なわないようにしたい。
 ミティアはごくごくと喉を鳴らし、ほどよく飲んだところで息をついた。
「ぷはっ。んっ、おいしい! てレモンの入ったスポーツドリンクかな?」
 入っている二つの大きな氷がカラカラと鳴る。すぐに飲み干しそうな勢いで半分なくなってしまい、こんなに飲んだのかとミティアは目を丸くした。
 そんなミティアを見て、竜次は陽気に笑う。
「はははっ、食べ物だけじゃなくて、飲み物もおいしそうに飲みますね。案外、広告になるんじゃないですか?」
「わ、笑わないでください! もぉ!」
 ミティアはしゅんと子犬のように肩を窄めている。いつも頼りないけど、かっこいい竜次にミティアは別の意味で体温の上昇を感じた。こんなにかっこよかったかなと、やはり変な意識を持ってしまう。ジェフリーがヤキモチを焼くのもわかった気がした。
 竜次は前まではもっと気が利かず、ポンコツじみていた。それなのに、今はどうだろうか。連れに気を遣える立派な紳士である。これで顔がいいから、反則だ。
「今はシロップの効能で暑そうですけれど、ミティアさんは皆さんのように季節ものを着たくないですか?」
「ど、どうしたんですか!? 先生、おかしい」
 うっすらと予感はしていたが、竜次の気の回し方が異常にいい。ミティアは驚き過ぎてずっこけそうになっている。ミティアが知っている竜次ではないような、変な錯覚を起こす。
「うーん、そうかぁ。おかしいかぁ。あとどこを直したらいいと思いますか?」
「そ、そうじゃなくて、ですね」
 竜次は真面目に悪い所を直そうと試みていたようだ。ミティアが思わず放った『おかしい』を変に捉え、改善できそうな要点を質問している。
「今日の私は、おかしいですか?」
「ご、ごめんなさい。どこかしっかりしていなくて、気が利かないのが先生だったのに、どうしちゃったんだろうって思いました」
「成長しました?」
「意識していたんですか? ジェフリーみたいですよ」
「困りましたねぇ」
 竜次は困りましたと言いながら、余裕の笑みだ。
 ミティアは眉を歪ませ、首を傾げている。目の前にいるのが竜次で間違いないのだが、違う人を見ている気分だ。
「でも、ミティアさんの服は新調した方がいいと思っています。もうスカートの裾がぼろぼろですものね。あとで買い物ついでに見てみましょうか。ミティアさんの好みはわからないですけれども」
 ミティアは自分のスカートの裾を見た。走ったり戦ったりと激しい動きが多い。折り目が毛羽立っていた。
 気にしなければ目立たないが、依然と違って財政に余裕もあり、身形に気を配ることが可能になった。それこそ名の知れた一行なのだから、整った格好は必要だろう。
 服の話になり、ミティアは竜次に質問をする。
「そうだ、キッドの服って先生が選んだんですよね? 可愛いと思いました。セーターは暖かそうですし、ちゃんとキッドの個性とか、動きやすさとか、考えていて」
「クレアはすぐ走って行ってしまいますからね。動きやすいのがいいって、選ばないのにわがままを言われました。ミティアさんも動きやすいものがいいですよね? 他に何か希望はありますか?」
 一応わがままはないか聞いていた。ミティアはすぐに思い付かず、ドリンクが空になって大きな氷が鳴った。考えながら見上げた空に、最大のヒントをもらった。
「青がいいな。ジェフリーと同じ色」
 自然とその言葉が出て来た。好きな人がいつも身に纏っている色だからだ。気に入っていると言っていた。気が付いたら安心する色になっていた。
 ミティアはぼうっとしている。すると、空のカップを取り上げられた。竜次はにっこりと無邪気に笑って起立した。
「あっ……」
「了解ですよ。行きましょうか?」
 竜次は律義にゴミの分別をするつもりなのか、ミティアが持っていたカップの蓋を開けている。大きな氷が二つ入っていたうちの一つを摘まんでいる。
「捨てちゃうんですか? 氷ほしいです」
「はい、あーん」
「んんんっ!?」
 摘まんだ氷を捨てるのかと思っていたのに、そのままミティアの口に入れた。小鳥が水でも飲むように、上を向いて口を窄めている。竜次はそのままミティアの顔を覗き込んだ。
「はははっ、やっぱり可愛いですね」
「ふ、ふぇんへぇ!?」
「ジェフの彼女がこんなに可愛いなんて。私も性に合わず、からかってしまいます」
 紳士な一面から散々からかっておいて、この子どもっぽい笑い方。もう少し早く気が付いていたら、もしかしたら自分はもっと好きになれたかもしれない。などとミティアも自分の中の邪な思いに気が付いた。これも、学ばないといけない人間の汚い部分。
 竜次は悪びれる様子もなく、もう一つの氷を口に含んでいる。これも、子どもじみた笑い方をしながらだから、ミティアは怒る気にもならない。
 何となく気まずくなり、ミティアは思い出したように質問をする。
「そ、そうだ。わたしにお願いって何ですか?」
 しばらくゆっくり歩いていた。竜次がお店を探しているようだ。
「えっと、すみません。連れ回すようになって。普段、縁がないお店って言うのは場所を覚えていないものですね」
 歩くこと自体は抵抗がないのだが、竜次は焦っていた。ミティアは疑問に思いながら一緒に歩く。
 普段縁がないお店と言うのだから、よほどの場所なのだろう。ミティアにとってはいい運動だ。こんな所にお店があったのかと、知らない場所を探検するのは面白く感じていた。
 気が付いたら周りはカップルだらけ。そして裏通りを抜けたら歓楽街まで来てしまった。当然、一般的にはいかがわしいとさえされるが、ある意味健全な通りに差し掛かった。昼間でどこも開いていないのが幸いである。いや、そういう行為をする場所は営業している。
 ミティアも竜次も気まずくなり、そわそわと落ち着かない。
「そ、そんなつもりはないのですが、えぇっと……」
 わざとではなく本気で焦っているようだ。こういった『不意』に弱いのも竜次の特徴だ。こういう迂闊なところは直らないらしい。
 ミティアは何となく道がわかり、腕を引いて指をさす。
「先生、そっちは海辺に出ちゃいますよ? あっちの大きな通りじゃないですか?」
「むっ、あぁそうだ。ごめんなさい。方向は合っているはずなのですが」
 竜次は慌てつつ、道を思い出す。冷静になればいいものを、取り乱してしまったために誤解を生じないかと焦っていた。
 その誤解を、ミティアはわかっていて話す。
「それとも、わたしとそういうことがしたいんですか? キッドが泣いちゃいますよ?」
「し、しませんっ!! 沙蘭の一夫多妻は終わったはずです!!」
 竜次にこういう抜けているところがあるのは知っていたが、ミティアもこれには笑ってしまった。違う人ではない。紛れもなく自分が知っている竜次だ。好きな人のお兄さんだ。キッドがこの人を好きな理由はミティアにはわかっていた。
 竜次はしっかりしているつもりで迂闊な部分が多い。ときに自身を滅ぼすような、行為もする。本当にいざというときは、守るべきもののために剣鬼にもなる。キッドはその真逆なのだ。一度崩れたら崩れっぱなしで、立ち直りまでかなりの時間を要する。それは、うまくフォローし合えるだろう。ミティアは支えあえているのが羨ましく思えた。
 通りに出て見慣れない住宅街が見える。竜次はそれを目印に思い出したようだ。
「あ、ここからならわかります。もうちょっと行って大きな橋を越えたらあったはずです。ごめんなさい、間違えてしまって」
 入れ替わって竜次が先導した。全部を把握するには王都は広すぎる。
 大きな橋の上からは街の景色と海が見えた。思わずミティアは足を止め、海をじっと見ている。
 竜次も足を止め、ミティアの様子をうかがう。
「どうしました?」
 ミティアの物悲しい視線の先には、海から伸びた柱が見えた。彼女はちゃんと見たわけではなかったのだ。ぼんやりと何も言わずに見ていた。
 竜次から見たミティアはあまりにも悲しそうだった。思わず、視線を覆ってしまいたいくらいである。
「今、じっと見なくても、船で海に出たらいくらでも見られますよ?」
「そう、ですね」
「どうしてそんな顔をするのですか?」
「何だか、怖いです。あれって、昼夜問わず、ずっと光っているのですよね?」
「そうみたいですね。そう考えると、ずっとというのは不気味かもしれません」
 何気ない話をするような雰囲気だが、ミティアは俯いて寒さを訴えるように腕を抱え込んだ。この悲しい表情は、竜次にはどうやって晴らしたらいいものかわからない。ジェフリーだったらここで何をするだろう。もし目の前で悲しんでいるのがキッドだとしたら、間違いなく抱き寄せるが、それをミティアにするのは今では良心が許さない。
 竜次は考え抜いた結果、相手がミティアというのを思い出した。
「あ、朝ご飯は、トーストでしたから、お腹が空きませんか?」
 苦しい言い分かもしれないが、竜次が思いついたのはこれくらいだった。ミティアの励まし方はこれで合っているだろうかと、そわそわして落ち着かない。なぜなら竜次はは人を励ますのが下手だと、周囲から散々ダメ出しされているからだ。
 今回はこの対応が正解だったらしく、ミティアは顔を上げて目を輝かせている。何かと寄り道が多く、昼過ぎで済む買い物の予定が何も終わっていない。これは留守番をしている二人にも怒られてしまいそうだが、ここは仕方ないと開き直ることにした。
「ご、ご飯にします? まだ早いかもしれませんが、どこか、空いているかもしれませんね」
「ご飯ですかっ!?」
 目を丸くして眩しく輝くミティアの目。餌を待つ猫のように、次の言葉を待っている。竜次は頭の中で街の地図を思い出す。
「あ、えっと、確かフィリップスは肉料理が有名なので。ここならどうでしょう?」
 竜次が場所を確認してお店を指さした。昼前だというのに、お肉の焼ける臭いが風に乗って流れて来る。これだけで胃袋が刺激されてしまう。
「先程不安がらせてしまったお詫びにご馳走しますよ? あ、でも、みんなには内緒にしてくださいね?」
 竜次はお店を指していた指をそのまま笑う口元に添える。ジェフリーの快気祝いにものすごくいい焼肉は食べた。もしかしたら、それ以来の塊のお肉かもしれない。
 ミティアはニコニコしながら竜次とお店に入った。竜次がこの店を選んだのは偶然だった。そのはずなのに、この旅路にはやはり偶然がないらしい。
 開店してから間もないが、まばらながらもお客さんは入っている。有名なお店なのだろうか。空いているので奥の席にどうぞとウェイトレスに通された。だが、手前で見覚えのある三人に遭遇した。ウルフカットでネクタイ、そして四角い眼鏡の男。栗毛の少し波打ったおしゃれな髪の毛をリボンで結わいた女性。その隣に緑のショートカットの髪で赤い目をした子どもが座っている。
 竜次もミティアも大声を上げた。
「えっ、お父様!?」
「と、アイラさんとサテラ!!」
 テーブルの真中にあった鉄板の上でサイコロステーキがジュ―ッと焼けている音を聞きながら、三人と二人が向かい合った。
 しばらく時間が止まったかのように、じっと見合っていた。
「あらま。竜ちゃんとミティアちゃん、だねぇ?」
 アイラもぽつりと声に出した。じっと向かい合っていると、案内を担当していたウェイトレスがこちらに戻って来て、隣の席を寄せてくれた。竜次は会釈しながら苦笑いをする。
「あ、どうも。ってこれは悪いような?」
 主にケーシスに対してだ。ケーシスがまともに食事を摂っているところを見るのは珍しい。いつもはチョコレートや菓子類ばかりを口にしている気がしたからだ。竜次はケーシスに気を遣っていた。
 ケーシスは寄せられた席の椅子を叩く。
「いいから座れ。ビールか?」
「ひ、昼間から飲みませんっ!! っと言うか、お父様、どうしてでここに? 手紙は!?」
 竜次は腰を下ろす。
 ケーシスからはアルコールの臭いがした。彼の目の前には空になった二杯分のジョッキがある。
 再会の挨拶を交わすのは、何も実の親子だけではない。サテラは目を輝かせ、ミティアとの再会をよろこんだ。
「お姉さん!!」
「サテラ、久しぶりだね。ちょっと大きくなった?」
「はい。そのようです」
 サテラはわざわざ席を立ち、座る前のミティアに抱き着いた。大きくなったと言っても、子どもの身長はミティアの傷口を容赦なく刺激した。
 ミティアは思わず顔を歪ませてしまった。サテラは瞬時に手を引いた。
「あ、ごめんなさい。痛いのですか?」
「う、うぅん、わたしこそごめんなさい。だ、大丈夫だよ」
 ミティアは少し屈み、傷口を庇うように座った。
 そこでケーシスの無神経さが飛び出した。
「姉ちゃん、生理かおめでたか?」
 あまりにもデリカシーのないケーシスの言葉に、竜次は指摘を入れる。
「お父様っ!! 話をややこしくしないでください! もうちょっと気を遣って言うことはできないのですか!?」
「隠す方が不健全だっつーの。お前も手が早いくせに」
「怒りますよっ!?」
「もう怒ってるじゃないか。まったく、そうやって口うるさい所とか変にシルビナに似やがって、クソが!」
 ケーシスの舌打ちと悪態が炸裂した。この風貌を見ていると、不愛想で反抗的だったジェフリーを相手にしているようだ。竜次は肩を落とす。話したいことはあるが、アイラとサテラの手前、ここで『家族の話』は黙っていようと退いた。
 そう、竜次は黙っていたが、ミティアは黙っていなかった。
「ケーシスさん、お手紙どういうことだったんですか? どうしてここにいるんですか? 待ち合わせってどういう意味ですか?」
 いきなりミティアから質問三連発だ。竜次は呆気にとられている。その質問に答えたのは意外にもアイラだった。
「あぁ、ここにいる理由はケーシスさんに助けられたんだよ。ね、サテラ?」
 アイラがサテラに視線をおくる。サテラはアイラを見上げながらこくこくと頷いた。
「沙蘭にこの子を連れて行ったんだけど、紹介するのにちゃんと説明できなくてすっかり不審者扱いさ? そこでたまたま居合わせたケーシスさんに助けてもらったの。危うくお縄をちょうだいされる所だった。まったく、沙蘭は警備がしっかりしてるねぇ」
 アイラが答えたのは、ケーシスがなぜこの街にいるのかについてだった。他の詳細をアイラが知るはずがない。だが、同行していることに関しては謎だった。
 沙蘭の警備周辺がしっかりしているのは竜次も知っている。よほどの知り合いでもない限りはガードが固い。外部からの者ならば、一層厳しめに見るだろう。お縄をちょうだいまでするのかは定かではないが、アイラが不審者に思われてしまったことを竜次が詫びた。
「す、すみません、マダム」
「まぁ、しょうがないさ。問題はここから。一頻り挨拶も終わったんでフィラノスに帰ろうと思ったんだけど、地震のせいで大渦ができたのさ。これはギルドでも話題だけど。そのせいで、船が行き先変更になっちまってねぇ。ノアに行き着いたんだけど、あそこは賑やかすぎてどうしたもんかなと。そしたら、ケーシスさんも同じ船だったのさ。ノアでもばったり会ってねぇ?」
 今度はケーシスに視線をおくった。
 ケーシスはアイラが嫌いである。ゆえに、沈んだ表情はそのせいかと思っていた。ケーシスはグラスを置いて、深く腰掛けた。不貞腐れているようにも見える。
 ミティアはケーシスの顔を覗き込んだ。
「ケーシスさん、フィラノスへ行きたかったの?」
「まぁな」
「お手紙、地震の日よりも前に出されていたなら、ケーシスさんの目的地はここじゃなかったんですよね?」
「そっ。姉ちゃんは頭もいいな。さすが俺が見込んだオンナだ」
 指摘をして来たのがミティアだったから答えた。そんな表情だ。竜次だったらこうはいかない。ミティアは、ポーチからチェーンの付いた懐中時計を取り出した。そのままケーシスに差し出す。
「ごめんなさい、ずっと持っていて。これ、大切なものですよね?」
 アイラも自然と目で追った。ライバルとして眼中にはなかったが、同期だったのだ。
 大切な懐中時計なはずなのに、ケーシスはこれを拒否した。
「そっか、預けっぱなしだったか。ならいい。そのまま姉ちゃんが持ってろ。俺がフィラノスに行けなかったんだから、これも『運命』だったんだろうし」
 ケーシスはなぜか落ち込んでいるようだ。フィラノスによほどの用事があったのだろう。借家があると言っていたので、忘れ物かもしれない程度にミティアは思っていた。
 ケーシスが懐中時計を受け取らないので、ミティアは顔色をうかがいながらポーチにしまった。
「俺が死んだら、そいつは意味のある物になるだろうけどよ」
 ケーシスは意味深なことを言って、ビールを口にしようとグラスを持ったが空だ。追加で頼もうとウェイトレスを呼んでいた。当然、竜次が苦言を挟む。
「お父様、昼間からはしたないです。そんなに飲んで……」
「大先生の奢りなんだから、いいだろ?」
 ケーシスの言う『大先生』とはアイラを指しているようだ。アイラはサテラに肉を取り分けていた。食べやすいように小さく切っている。まるで母親の顔だ。
「あぁ、気にしないでおくれ。牢獄に入らなくて本当に助かったんだから。あんたたちも食べなさい。ミティアちゃん、羊は食べられるかい?」
「わわっ、アイラさん、ありがとう! いただきます!!」
 骨付きのスペアリブみたいだ。アイラは肉の部分を切って皿に盛り、渡した。アイラは骨に残ったスジ肉と軟骨をしがんで食べていた。酒好きの食べ方であると察する。
 ケーシスはアイラを煽るような発言をする。
「大先生はその気になれば魔法で一瞬にして帰れるってのに、ご丁寧なモンだなぁ?」
「この子が船に乗りたいって言うんだもの。ケーシスさんは交通手段を使わず、自分のアシで歩かせなかったのかい?  世間知らずになっちまうよ」
「チッ。まぁ、それもそうだな。やっぱ大魔導士っつーのは考え方も教育の仕方も違うなぁ?」
「はぁ、昔っからケーシスさんって変わらないね。そういう嫌味ったらしい所とか」
   微妙な空気になってしまい、竜次とミティアは口を挟みにくくなってしまった。そこへ、空気を読むかのように追加の飲み物や肉が運ばれて来た。
   ケーシスはグラスを持ちながら、ついにこちらに話を振って来た。酒のせいか、気分がいいように思える。
「で、お前たちは準備を進めているのか?  俺は別に今日、喧嘩を売りに行ってもいいんだがなぁ」
 微妙な空気をそのまま引きずり、竜次は苦笑いでお水を飲む。
「う、うーん、まだこちらは準備を進めている段階でして……」
   何と言おうか、言葉を考えている間にミティアがまたも話を進めた。
「あ、ケーシスさん! わたしたち、明日、結婚式をするんです。だから、その準備もして、お買い物もこれからするところでした」
   アイラもケーシスも手を止めてミティアをじっと見ている。ミティアは、なぜ自分に視線が向けられているかわからず、首を傾げながらとりあえず笑っていた。
 呆気に取られている状態から一番初めに復帰したのはアイラだった。
「けっ、こん?  ミティアちゃん、おめでとう?」
   解釈の仕方はアイラと一緒。ケーシスは竜次を睨み付けた。
「竜次は面食いだったのか?! 気持ちはわからなくはねぇが、もったいねぇなぁ?」
 ケーシスの言葉で、誤解はさらに深まった。
「お姉さんはお父様と結婚してください。今からでも遅くないですよ!」
   サテラは大まじめな性格だ。本当にミティアが結婚をするのだと思い込んでいた。これは、ミティアの言い方が悪かったせいだ。
 ミティアはやっと、自分の言い方がまずかったせいで解釈違いが起きていたのに気が付いた。訂正をするも、彼女の顔は真っ赤である。
「え、あっ、ち、違います、違いますっ!  わたしじゃないです。先生とキッドです!!」
「そ、そんなに否定されると、それはそれで複雑な気持ちなのですが」
「わ、わあぁっ、先生ごめんなさいっ!」
   竜次が少しむすっとしている。すぐムキになる子どもっぼい部分だ。
 言い合いを他所にするかのように、カチャカチャとアイラのフォークとナイフの音がする。大判のステーキを小さく切ってはサテラにあげていた。
「ね、学校いつまで休みだっけ?」
「自分は優等生らしいので、今期のテストは受けなくていいと言われました」
「誰かを祝ってみたい? 人生の経験値を得たいと思わないかい?」
「どんな気持ちになるのか興味があります。自分の義兄さんではありませんか」
「あい、決まった!」
   切り分けたステーキを小皿に分けたものを竜次とミティアにも渡して来た。食べなさいというサインだ。アイラは赤々とした次の肉を切り分け始める。
 ケーシスと違って、アイラは食事を楽しんでいる。同行しているのはサテラだが、小うるさい使い魔の姿がない。
 竜次は気になって質問をした。
「そ、そうだ、マダムのウサギさんたちは?」
「あぁ。幻獣のくせに主人のもとを離れて今は不在だよ。呼び出しで魔界に帰ると言っていたねぇ。呼べば来るだろうけども」
   圭白も恵子も不在のようだ。圭馬はこちらに同行しているが、大丈夫なのだろうかと疑問もある。
  今度はケーシスが竜次へ質問をした。
「つうか、ンなこたぁしてる時間あんのか?  どうして明日なんだか」
「私もそれどころではないと反対はしたのですが、クレアの誕生日なので」
「まぁ、こう、戦いだの、世界異変だの、暗い話ばっかりだしな。気持ちは理解できるけどよ」
 ケーシスは呆れつつ、どこかで納得はしているようだった。
 ミティアはケーシスを誘おうと試みる。
「ケーシスさんはお祝いに……」
「行く」
「ケーシスさんっ!」
「俺が行っていいならな?」
   ミティアの誘いに答えるも、最終的な判断は竜次に委ねるつもりだ。ケーシスの視線はしっかりと竜次に向けられていた。
「ジェフリーとまた喧嘩すっかもしれないぞ?」
 ケーシスの口元は笑っていた。その反応を見た竜次は血相を変える。
「お父様!? あぁ、もぉっ、こうしちゃいられませんね、ミティアさん!」
   適当に胃袋に落とし込み、竜次が先に席を立った。ミティアも頷きながら肉を口に運んだ。ちょっと苦しそうだが、彼女も急ぎたい気持ちで水を流し込んだ。
「面倒くさいものは今日のうちに済ませてしまいましょう」
「ぷはっ。ご、ご馳走様でした。今度またゆっくり! サテラ、またね!」
   借り物競争でもしているかのような慌ただしさ。ミティアと竜次はバタバタと店を出て行った。残された三人でまたも微妙な空気が流れ、気まずい。
「面倒くさいものは今日のうちに、か。まぁ、それもそうだな」
「ケーシスさん、あんまりうれしくなさそうさねぇ?」
「クソガキのくせに、一丁前に飾りやがって、俺はシルビナと式もしてねぇのに」
「シルビナさんねぇ」
   切り分けられたステーキ肉を摘みながら悪態をつくケーシス。アイラはあまり気にしていないようだが、違う疑問は抱いていた。
「ずっと突っ込みたくて仕方なかったんだけど、竜ちゃんはケーシスさんの子どもなのよねぇ?  似てないし、しっかりしている子だからさ?」
「くっだらねぇな!!」
   アイラの疑問に対し、ケーシスは深く座り直して視線を伏せた。
「本当に、くだらねぇ」
 ケーシスは深くため息をつき、サテラに目を向けた。
「俺は子どもの愛し方がわからねぇ。サテラも俺なんかに拾われて幸せだったんだろうか。マナカも、光介も」
   らしくない言葉。それも、己を見つめ直すような言動だ。サテラもそうだが、アイラも不思議がっていた。
「ケーシスさん、どうしてそんなに自分を低く言うんだい?」
「俺みたいなガキがガキ作って、助けるつもりが嫁を粗末にしちまって、ロクすっぽ世話をしなかったくせに、今さら父親のツラなんて都合がいいと思わねぇか?」
「自分の血を分けた子じゃないか。あたしと違ってさ?」
   やんわりと当たり障り少なく言ったつもりだ。アイラに言われるのが嫌なのだろうか。
 サテラはケーシスに言う。
「お父様はお父様なのに、どうしてそんなに細かいこだわりを持つのですか?」
「や、何も親父らしいことをしてやれなかったと思ってな」
「では、明日すればよいのではないですか?  あ、今からでも!」
   サテラの純粋でぶっきらぼうなところが、かえって励ましになる。
   ケーシスの中では、まだ断ち切れないものがある。すがる思い、消えない罪、うしろめたい気持ちでいっぱいである。
 ケーシスはアイラとサテラにわかりきった質問をする。
「お前たちは帰らないのか?  残念なことに巻き込んじまうぞ」
   酔い潰れてしまえばいっそのこと、何も考えずに他愛もない話でもして過ごせたのに。うしろめたい気持ちを抑えつつ、ケーシスは変に気を遣い始めた。
 アイラはサテラに視線をおくる。
 結婚式にも出たいし、ケーシスの目論見も気になる。
「まぁ、帰ってもいいんだけどさぁ」
「自分は嫌です。お父様のお傍にいたい。お願いします。お利口にしていますので」
「テレポートはそうポンポン連続できないし、ここからだとフィラノスは距離があるからね。一回でもフラフラするよ。この子もこう言ってるんだし、少しはいいじゃないかい? 何か不都合でもある?」
 アイラはテレポートを使えるが、距離を考えると瞬間移動は体への負担が大きい。細々と移動して攻撃なんて戦術としてはあるらしいが、負担を考えると現実的ではない。魔導士の端くれであるケーシスにもそのことはわかっていた。だが、サテラが帰りたくないと駄々をこねている。
 うれしいのだが、巻き込みたくはないというのが正直なところだ。だが、アイラはそこまで察しがついていた。
「喧嘩しに行くって? 天空都市へかい?」
「あぁっ!?」
 しっかりあらすじを辿られていた。それもそうだ。ケーシスはアイラがどこまで絡んでいるのかを知らない。
「空飛ぶ船の技術って言うのは、あたしがアリューン界から持ち出した機密文書だし」
「ぁー…………」
「ケーシスさん、あんた、死にに行くつもりだったんだろ?」
「……」
 何も言い返せない。アイラからの追い打ちはどんどん放たれた。
「あたしたちが沙蘭にいたことは偶然。そこにケーシスさんがいたことも偶然。サテラも一緒だったことも偶然。地震があったことも偶然。同じ船に乗っていたことも偶然。今こうしていることも、竜ちゃんたちに遭ったのも偶然。あたしが事情を察したのも偶然」
 アイラはひたすら『偶然』と連続させた。サテラも興味深そうに手を止めて聞いている。ケーシスが一番指摘されて嫌に思ったのは、死にに行くつもりだったのを見抜かれたことだ。
「優等生のケーシスさんならどこまでが偶然で、どこから運命なのか。いい回答をいただけると思うんだけど?」
「ンなのは簡単だ。偶然も必然もない。全部、仕組まれたことなんだから運命なんだよ。それに対して、人間って言いうのはどれだけ抗えるんだろうかを試されているわけだ。『女神』様ってのにな!? 胸クソ悪ぃ話だ」
 全部は理解できないが、アイラもサテラも顔を見合わせている。相変わらずケーシスの言うことをすべて理解するのは難しい。いわゆる中二病のような表現が使われるからだ。
 これから込んだ話が始まりそうだ。アイラはウェイトレスを呼び付け、飲み物と細々した追加注文をした。
 気が付いたら、アイラもサテラも他人では済まされない領域に来てしまったのだ。不思議と二人とも、嫌だとは思っていない。これも何かの導き、運命だと言うのなら、それも悪くはない。

 この偶然の重なった必然とやらが、『運命』として誰かに踊らされていたとしても。


 快晴の空、飛沫の上がる波、本来なら水着でも着て泳ごうとなるだろう。だが、とてもそんな戯れをしている時間はない。
 ハーターから聞いた話では、中型の船だがいざ目の前にすると大きく感じる。ファンタジーな話だったらもっと大きな船だろうが、現実的なサイズだ。ローズとハーターが不在のため、設計図を持った圭馬が仕切っている。そして、その主人であるサキが扱き使われている。
 圭馬はちゃっかりとサキの魔力をもらって、人の姿になっている。しかも藤色のローブの姿で。
「サボってないで、そっち持って行ってよ!」
「さ、サボってないですよ。わかったからちょっと待ってください」 
 ローズが何かのタイミングで頼んだと思われる材料が海岸に運び込まれ、その移動にサキが肉体労働をしているのだ。今いる中では一番インテリで一番非力だと思われる。
「ど、どうして僕なの? 明らかに力仕事、向いてないのに」
「だってキミ、男の子でしょ? どうせ勉強以外は不器用なんだから、本作業が始まったら一番無能なんじゃないかな? 資材の運び込みくらい頑張りなよ」
「な、何も言い返せない」
 圭馬は重たいものや大きいものをサキに振っている。意外だったのは壱子が鉄板などを溶接ができることだった。そしてコーディもミエーナと手を組んで細々としたネジや道具を配備していた。完全に仕切っているのは圭馬である。
「いやぁ、一回こういうリーダーシップが試されること、してみたかったんだよねぇ」
 皆がいる中では絶対にありえないポジションだ。大体、ジェフリーか竜次が仕切るだろう。圭馬の気分は実にいい。
 気分をよくしている圭馬とは違い、老猫のショコラは岩陰で日向ぼっこをしてゆっくりしていた。魚でも食べられるのならはしゃぐだろうが、今回はそうとはいかない。幸いなことに、圭馬はショコラに無理強いはしない。もしかしたら、圭馬なりにある程度の敬意を払っているのかもしれないが。
「のぉ?」
 砂を蹴る音がした。ショコラは耳をピンと立てた。起き上がって伸びをする。
 街の方からローズとハーターが歩いて来た。大きな紙袋と木箱を持っている。
「お、やってるねぇ、ウサギさんご苦労様!」
 陽気な挨拶はハーターだ。その声は圭馬に向けられている。
「ローズちゃんもハーちゃんもおっかえりぃ!!」
 ハーターが近くで木箱を下ろした。圭馬が軽く敬礼して、お調子者らしく挨拶を交わす。紙袋を開けようとするローズの足元で、ショコラがすりすりと寄っていた。いい匂いがするようだ。
「ほい。ワカサギフライは食べられるデス?」
「こ、小魚なのぉん? 骨が多いから噛み砕いてくれんかのぉん?」
「素直に高級ツナ缶にすればよかったデスネ」
 ローズは皆の分のお昼を調達していたようだ。手軽に食べられそうなものが紙袋に入っていた。
「サンド、いっぱい買って来たデス。食べまショ!!」
 ローズが収集を掛けた。集まってお腹を満たす時間だ。海岸で涼めわけでもなく、日差しを存分に浴びながら岩場や砂場に座って食事をする。
 おいしそうにカツサンドを頬張りながら、圭馬がハーターに質問する。
「その木箱はなーにぃ?」
 ハーターはハムチーズのサンドを深めに咥え、大きな木箱を開けた。中には厚みのある金属が楕円に二枚重なり、花のようになっているものと、くぼみに当たる部分に細々としたパーツが付いている。機械なのだろうか。一同揃って覗き込んだ。
「ちょーっと無理を聞いてもらって、ね。例の魔鉱石の浮力を強める装置って言っていたよ。試作品をお借りして来たのさ? 壊したら弁償だけどね」
 ノックスの街で探鉱に赴く機会があった。その際に、浮遊する鉱石を入手したが活用はできていない。ずっとローズが管理していた。
 圭馬は浮遊石の活用に前向きだった。
「お、いよいよってカンジじゃーん? このまま船ごとロボットに変形させて、改造しちゃってもいい!?」
 現実的ではない発言だ。ハーターはこの発言にある程度の理解を示す。
「ウサギさんの言う、漢のロマンにも付き合いたいねぇ。でも、それは旅の目的が落ち着いてからじゃないのかい?」
「えーっ、目からビームとか超高速移動とかさせたかったなぁ」
 しょんぼりする圭馬。女性陣には圭馬の趣味がイマイチ理解できないようだ。揃って苦笑いをしている。
 コーディは悩まし気に言う。
「何だっけ、変形して宇宙侵略者と戦うロボットのこと?」
 理解できないなりにフォローしようとでもしたのか。コーディは知っている限りを話すが、そのような物語がどこかにあるのだろう。大図書館にでもあるのかもしれない。
 ミエーナが女の子ならではの意見を述べる。違った視点での意見だ。
「女の子だったら、同じような系統で、魔女っ子に憧れませんか?」
 過ごしていた時代は違うが、女の子の憧れの対象は同じらしい。夢のある話に華が咲いたところで、壱子が現実に引き戻した。
「魔女っ子とは、魔法を使う女の子。我々が身近にしております魔女っ子とは、つまりはサキ様でございましょうね」
 今度は揃ってサキに視線が集まった。残念ながら、サキは男の子だ。多少は女の子っぽく見えるが、生物学的には男で間違いない。
 コーディの毒舌が炸裂する。
「こいつ、男だよ」
 サキはこれを呆れながら受け流した。あしらい方が雑になって来たような気もするが、これもサキの本性だ。
「うん。うん。知ってる。理想と現実が違うとこういう反応するよね」
 茶番はこれくらいにして、脱線した本人である圭馬は話題を戻した。
「んーで、話が戻って、これどうするの?」
 木箱の中にあるものは、これ単体では何も効果を発揮しない。扱いはどうするのだろうか。
 ハーターは大判の紙を広げた。ローズの設計図だ。圭馬に見えるように寄った。
「ローズが作った設計図にある書き込みの通りさ。こいつはあくまでも船本体を浮かす補助に過ぎない」
「ん? と、ゆーことはつまり、これはプロペラみたいなモンなの?」
「そうさ。ローズの方が詳しいかもね。そして起爆剤が必要ってわけだよ!」
 具体的な話になって注目が高まる。中でも一番興味があるのは壱子だ。彼女は機械弄りができると言っていたが、見ただけで何となくの検討が付いているようだ。
「この船の改造は白鳥式になさるのでしょうか?」
「よ、よくわかったデスネ!?」
「アホウドリでは格好がつきませんですから」
 ローズと壱子、ハーターは話が繋がっているようだが、他が置き去りなったところでコーディがお決まりのように不満を漏らす。
「よくわかんないんだけど?」
 船の構造の話だろうか、それともほかの話だろうか。壱子はその点も説明した。
「そうですね、コーデリア様とは違って、助走がないと飛べないという意味です。回転数を上げてから、その浮力を最大限に発揮すればよいと思います」
 コーディの飛び方との違いを具体的に示している。コーディはさらに質問をした。
「助走を付けないと飛べないのはわかったけど、その助走ってどうやってつけるの? 船でしょ?」
 壱子はともかくとして、ハーターとローズがサキをじっと見ていた。サキは紙パックの野菜ジュースを飲みながら首を傾げた。
 ハーターは補助説明をする。
「できるだけ短い助走で飛ばないと商船や定期船と衝突しかねないから、そこは大魔導士君のお力添えもないと厳しいだろうねぇ。短い助走って、船だけじゃなくて魔法による補助も必要だからね」
 説明の内容はサキを指している。サキは首を傾げていた。
「え、ぼ、僕ですか!? 対物に魔法なんて持続するのかな? 僕の魔法はあくまでも補助だと思っていたのに」
 なぜかサキの視線は、ワカサギフライを噛み砕いてもらっているショコラに向いた。
「ショコラさん」
「のぉ? ほむっ」
 呼んでももぐもぐとおいしそうに食べている。一応聞いてはいるようだ。
「本から探してアレンジすればよかろう? 自分の足で探すことは大切なのぉん」
 ショコラらしい回答だ。このヒントだけはくれてやるから、自分で見付けろというスタンスは今に始まったことではない。サキにとってはこれでじゅうぶんだった。自分の中で宿題ができた。サキの意欲は高まった。体力面ではもうクタクタなのだが、なぜか楽しいと感じている。変なアドレナリンが出てしまった。
 ローズはサキを気遣った。
「サキ君は帰って調べ物でもしますかネ?」
「いえ、明日、姉さんのお祝いがしたいので、徹夜してでも今日に片付けてしまいたいです。力仕事はできませんが、船の整備を手伝います。圭馬さんもお願いしていいですか?」
 何もできないかと思っていたが、自分にもまだまだ力になれることがありそうだ。サキがやる気を出したので、皆も、もちろん圭馬も続いた。
 ローズはサンドイッチのレタスをシャリシャリと食べ、皆に聞こえるように言う。
「さ、みんなでやったら早く終わるかもしれないデスネ」
 ハーターも立ち上がって軽く伸びをする。
「よーし、暗くならないうちに外はやってしまいたいね」
「内装は後回しにして、形だけでも整った船上で挙式。なんて、ロマンがあっていいかもデスネ」
 突貫の結婚式の計画も進めなくてはならない。タスクは山積み。それを一気に消化する。まずは船の改造からだ。
「よぉし、人間ばっかりいいカッコさせないから。ボクが一番すごいってところを見せてあげるよっ!!」
 圭馬が一番生き生きとしている。このメンバーだったらそうだろう。
 作業再開となり、壱子はコーディに提案をした。
「コーデリア様は飛べますので、手が届きにくい所を担当されてはどうでしょうか?」
 コーディは自分が活躍できるチャンスと知り、先立って動き出した。
「おっけー!! ミエーナも行こう」
「よ、よぉし!」
 作業が始まり、ショコラもいい加減重い腰を上げようとするが、木箱を持ったハーターに別の仕事を頼まれた。
「猫ちゃん、よかったら先生を呼んで来てもらえるかい? お買い物が終わったら、手を貸してもらえるとうれしいから、さ?」
「のぉん、行って来るのぉ!」
 そういう頼みならと、ショコラは街の方へ走って行った。皆も頑張っているのだから少しくらいは手を貸さないと。

 老体に段差を飛び上がるのは堪えるが、昼間の王都は人が多くて歩きづらい。仕方なく屋根に登って竜次とミティアを探す。
「あれぇ?」
 民家の屋根の上は人目に付きにくい。それをいいことに、野良猫たちにご飯をあげている輩がいる。ショコラは老眼かと思った。
 手からカリカリのご飯をあげていたのは、銀髪に黒マントの剣士、クディフだった。きっと今、相手にしている野良猫と一緒だと思われている。クディフもショコラの存在に気が付いた。
「に、にゃあ?」
 ショコラは見ないふりをして去ればいいのに、自分でも何をしているのかわからなかった。とりあえず普通の猫を装う。
「お前はずっと白を切るのだな」
「み、みゃん?」
 一応惚けてみる。だがもうとうの昔に見破られていたのは次でわかった。クディフの反応は冷ややかだ。
「主人はガラにもなく肉体労働をしているな」
 クディフは鼻で笑う。一対一で話をする機会がなかっただけで、面識はあった。
「気付いていないとでも思っていたのか?」
「にゃにゃ!! 逆に、覚えているとも思えんくてのぉん?」
「それで知らぬふりとは。立派な書物にまで起用しておいて、ずいぶんなつれなさだな。とても年を重ねた者がすることとは思えんが?」
 追い込むような言い方だ。ショコラは一気に気まずくなった。確かにクディフを知っている人と予め言わないで行動をともにしていた。これが、関係性としては一番傷が深いはずだ。
「別に俺は一行がどうなろうが知らぬ。だが、お前は自分の欲望のために主まで利用するのだな。目指す先がどんな世界なのかを知っていながら」
「そ、それは」
 見透かされている、いや、見抜かれている。ショコラは警戒するように身を縮めた。クディフは餌をあげていた野良猫を撫でて払い、立ち上がってマントをなびかせる。
「あれだけの知識を持っていながら、人を陥れるやり方はどうだろうな」
「常に人の姿を維持できるのならば、もう少し違ったやり方があった。だがそなたも、『故郷』へ帰りたいとは思わんのかのぉ?」
 ぶつかる意見、どちらかと言うとクディフは忠告に近い。
「故郷へは帰れぬ。俺は国を捨てた者だ。お前とは違う」
 アリューン神族とのハーフである彼はアリューン界を離れた者だ。混血でも受け入れてもらえたというのに、その裏切りとも捉えられる行為に感化された女王は、彼をはじめとする混血を遮断した。文字通り、アリューン神族だけの世界。閉じられた箱庭。
 側近にし、護衛にし、絶大な信頼と信愛を寄せていたのに他の親族へ寝返ったとさえ悪いように言われている。大体合っているのだが、その王女がアイラの妹である。妙なつながりだ。
 これ以上ショコラとは話が進まないだろう。その判断にクディフが体勢を低くし、マントを摘まむ。
「剣神と娘なら、その通りを入った豪華な装飾の店を出て来た。大きな荷だったが、祭りでもするのか?」
 小馬鹿にするような笑みだ。去り際の彼にショコラが声を掛ける。
「明日、海岸に来てぇ! お祭りがあるのぉんっ!!」
「それも妄言でなければいいな」
 クディフは屋根からカラスでも飛び立つような去り方だった。一行に馴染もうとしないのは今に始まったことではないが、今回も足を止めてはくれなかった。この街にいるということはフィラノスやノアでも何か起きているのだろうか。
 ショコラはただでさえ丸い背中をさらに丸くし、ブルブルと首を振っていた。
「裏切りでは、ないのぉん」


 クディフまでもがこの街にいるとは知らず、竜次とミティアは最後の買い物を終えていた。竜次は豪華な装飾の店で受け取った小さい袋を腰のカバンにしまい、大きな紙袋を担いだ。寒いはずなのに、大粒の汗を額にかいている。
「はぁー、緊張した」
「いいなぁ」
「ミティアさんはジェフに買ってもらいなさい」
「えへへ、そうします!」
 二人が出て来たお店の木の看板には『ジュエリーショップ』とあった。そう、竜次は一世一代の買い物をしたのだ。彼はいつも落ち着きがないが、今回は百面相までしている。一緒に選んでいたミティアもこれには笑ってしまった。
「先生、このまま帰ったら何を買ったのか、顔でわかっちゃいますよ?」
「あぁっ、そうですね。ホント、どうしよう。こんなに落ち着かないのは初めてかもしれません」
 竜次はそわそわとしてしている。顔も赤いし、汗もかいているし、声も震えている。風邪でもひいたように弱々しい。
 ミティアはあくまでも付き添いで同行した。女性にとってはあこがれの物。目の前で見て、ただ羨ましかった。
「でも、すぐやってもらえてよかったですね。こういうのって何日も掛かったりするものじゃないですか?」
「そ、そうですね。お店で金属加工の機器を導入しているなんて、驚きました。さすが王都は違いますね!!」
 他愛のない話、慣れない買い物は普段知らないものを知るいい機会だ。
 竜次は、いい機会のついでではあったが、ミティアがどんなものを好きなのか知ることができた。ジェフリーに教えてあげてもいい気がする。
 少しだけだが気を取り直したところで、紙袋を持ったミティアが二歩、三歩と前に出て竜次を振り返った。
「先生、きっと言う機会がないから、今言いますね!」
「えっ?」
 竜次は我が目を疑った。ミティアは竜次に微笑んだ。傾きかけているが、その太陽に負けない眩しい笑顔だ。
「先生が幸せになってくれて、本当によかった!! キッドはわたしの親友です。しっかりさんで少し気が強くて。でも、本当はすごく寂しがり屋さんなんです。何があっても、ずっと、ずっとキッドを好きでいてあげてくださいっ!!」
 親友を、憧れていた人を、心から祝福する笑顔だ。曇りのない緑の瞳が真っすぐ竜次に向けられている。ずっと自分に向けられることがなかった、ミティアの心からの笑顔。やっと見ることができた。皮肉なことに、自分が祝福されている。竜次は込み上げるものを抑えきれなかった。
 どうしても直視できない。首を振って顔を伏せた。やっと見ることができた。ミティアの心からの笑顔が見られたうれしさと、最後まで自分が引き出せなかった悔しさの混在で、竜次は子どものように泣いてしまった。
「あり、がとう。ミティアさん」
 情けない顔をしている自覚はあったが、ちゃんと言わなくては。竜次は顔を上げて笑顔で返した。
「彼女を大切にします。約束、しますね」
 時間を掛けていれば、いや、もしかしたらお互いがもっと理解を深めていたらその道はあったのかもしれない。
 定まってしまったものは曲げない信念は、お互いが持っている。もしかしたら、仲間の皆もその正義は持っているかもしれない。
 ミティアは落ち込んでいると思い、竜次を気遣った。
「先生、元気を出してください」
「わ、私は大丈夫です。何だか目が覚めてしまいました。さっ、帰ってもうひと頑張りしないといけませんね。改造と整備を手伝いませんと」
「わたしも手伝った方がいいかなぁ。人手がほしいって言ってたし」
 二人は手が空いたら手伝いのつもりでいた。ショコラは近くの屋根まで来ていたのに、入りづらくて結局二人の話を盗み聞きするようになってしまった。
 ミティアが手伝うつもりでいたのが意外だった。竜次は説教じみたことを言う。
「ミティアさん! まだ激しく動くようなことはダメですよ!? せっかく治り掛かっているのに、拗らせて跡が残ったら困ります!! あっ、べ、別に私が見るわけではありませんが、ね?!」
 竜次が余計なことまで言って、話がややこしくなってしまった。ここに圭馬がいなくてよかったものだ。
 ミティアは素直に自分の体を気にしていた。
「そう、ですよね。傷あったら嫌ですよね。もうわたし、自分だけの体じゃないもの」
「粗末にしなくなって、うれしいです」
 お互い笑顔で言葉を交わす。初めの頃は気持ちだけで何とかなったかもしれないが、それもいつまでもこのままでは行かない。
 足りないところはフォローし合って来たが、皆が個々で成長を続けている。気を遣い、気を遣われ、自分を粗末にしない。

 子どもはこうして大人になって行く。
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