トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3-4】親交を深める

遠き言霊

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 自分が存在するせいで、誰かに迷惑をかけてしまう。ミティアはキッドに嫌われてしまったと嘆き、ずっと泣いていた。何も考えられない。誰も気遣うことができない。
 何も判断できない状況だが、この際どうでもよかった。投げやりになり、拠点の家を飛び出してしまった。
 ここがどこなのかはわからない。周りを見ずに泣いていた。歩いていた。
 ミティアは声をかけられた。
「よぉ、姉ちゃん。残念だが、ここは通せんぼだ」
 ガラの悪い声だ。人のいない道を進んでいた。そこまではミティアも覚えている。また暴漢にでも襲われるのかと思ったが、大当たりのようだ。ミティアは下を向いたまま、顔も上げずにしゃくりあげる。点々と零れる涙、乱す息、どうしたらいいのかわからない。このままどうしようか。
 足元に靴が見えた。茶色い革靴だ、暴漢にしてはいい靴を履いているかもしれない。
「なーに泣いてんだ?」
「大切な人と喧嘩しちゃった。もう、わたしなんて……」
「なんて? 死ぬか? 死にてぇか?」
 響く声だ。と言うか、聞き覚えがある。ミティアは顔を上げた。涙でぼやけた視界に光が見えた。至近距離だがわからない。
「ばばーんっ!!」
「……?」
「もうちっと驚け!」
 鼻をすすり、目を擦って改めて見ると、目の前に懐中電灯を顎から真上に照らしているケーシスが立っていた。眼鏡が乱反射して真っ白、知らない人だったら変質者か不審者扱いされるだろう。子どもじみたいたずらにミティアは驚きながら、ミティアはじっとケーシスを見ている。
 ケーシスは泣いていた目の前の女性がミティアだと認識し、態度を急変させた。
「いい格好してどうした? シンデレラにしちゃ勇ましいな?」
「け、ケーシスさん!?」
 さり気なく服を褒められた。言ってからケーシスは、顎の無精髭を弄りながら悩ましげに首を傾げた。
「つか、マジ泣きか? ジェフリーか竜次にでも泣かされたんなら、俺がボコボコにしてやってもいいんだが」
「ち、違うんです!!」
 ケーシスは自分の息子たちが泣かせたと思っているようだ。まずは、泣いているのをどうにかしたい。ケーシスはポケットから薄汚れたハンカチを引っ張り出した。似たようなハンカチを壱子が持っていた。ケーシスは腰に叩き、不器用に差し出した。
「ほらよ」
「だ、大丈夫です! 悪いですから」
 さすがに悪い。ケーシスに気を遣わせてしまい、ミティアは徐々に冷静さを取り戻していた。
 あまりに拒否するので、ケーシスはハンカチを引っ込めた。だが、ミティアへの気遣いはなおも続く。
「丸腰で外歩くなんて、よっぽどだな」
「そ、と?」
 ミティアは周囲を確認した。整った道と側道には馬車の轍。ここは街道へ続く道だ。辺りは真っ暗、振り返ると街は少し遠く感じるくらいだ。何をしているのかと呆然としてしまっているミティア。周りを見る余裕がなかった。今なら誰かにさらわれても、自分の責任だと割り切れるくらいには、やるせなさを感じていた。
 気を落としていると察し、ケーシスはとんでもないことを言う。
「俺と駆け落ちでもするか?」
 ぼんやりとしているミティアの顔を覗き込んだ。
 図々しいほどの気安さと口調。ミティアは、思わず変な笑いが込み上げていた。
「ふふっ、悪くないかも?」
「一応、流すか否定をしておいた方が清楚なヒロインを語れるんじゃねぇのか?」
「わたし、汚れているから、清楚じゃないです」
「やけに自暴自棄だな」
 ケーシスが指摘するように、ミティアは自暴自棄になっている。ミティアは冷静になり、まずは現状の確認から入った。
「ケーシスさん、どうしてここにいるんですか?」
 問題はここに行き着いた。
 ケーシスはビクッしながら顔をしかめる。
「お、俺ぁ今、独り身だからよ。その、アレだ。ナンパだ。一夜でも寂しさを忘れたくてちょっと歓楽街から外れた場所で張ってたら、綺麗な姉ちゃんを見かけてな。まさかは思ったが」
「それがわたしだったと?」
「街を出るまでは知らなかった。途中からどっかで見た髪色だとは思ったさ。でも、泣いているし、前をいっさい向かないし、危なっかしいとあとをつけた」
「優しいですね。でもちょっと危ない人みたい」
 ミティアは空元気で空笑い、無理矢理笑顔を作っている。
 ケーシスも気分が悪い。なぜなら、ミティアの目尻からはまだ涙が零れているからだ。
「念のためもう一度聞くけど、死にてぇのか?」
「それもいいかな」
 無気力な返事にケーシスが両手首を握って顔まで上げさせた。彼の顔は見事なキレ顔だ。低い声で八重歯まで見せて怒鳴った。
「喧嘩ごときで命を投げ捨てんのか、あぁっ!? 見て来たんじゃねぇのか!? 明日を生きたかった奴を! 生きたくても生きられない命ってのを!?」
「ケーシスさん?」
 頭ごなしに怒られる恐怖心。こんなもの、ミティアは初めて味わった。
 ケーシスは目を合わせ、迫った。
「この世の中に、生きてちゃいけねぇ命なんて、ないんだよッ!!」
「……えっ?」
「お前が死んで誰が喜ぶ!? 死んで逃げるくらいなら、生きて何かを変えて見せろ。泥水すすってでも這い蹲って生きて、いい人生だったって言えるようになれ。悔しいだろう、死んで誰かよろこんだりしたら」
 ミティアの目頭から大粒の涙が零れた。知っている言葉だ。好きな人が、ジェフリーが、自分を励ましてくれた言葉を聞いた。耳を疑った。言われた言葉もそうだが、このつながりに感激してしまった。
「相手は女か?」
「あ、うん。キッドなの」 
   なぜだろう、少し素直になれた。怒ってもらえたせいかもしれない。知らない威圧感、恐怖心、己を見つめる機会をくれた。ミティアにはケーシスが尊い者に思えた。
「女の喧嘩はグジグジのウジウジで嫌いだ。言いたいことはちゃんと言って、お互いの悪い所を知って、仲良くした方がいい。長い間一緒にいて、喧嘩もしないのはいい関係を築いたとは言えねぇ。男だったら殴って泥だらけにでもなっちまえばいいだろうが、姉ちゃんはそうはいかねぇしな?」
「わたし、ちゃんと話し合った方がいいですよね。でないと、おめでとうなんて言えない。笑顔で言えない」  
   ケーシスはミティアを解放し、肩をつかんで回れ右をさせた。そして、背中を押した。
「帰れ。お前さんの居場所に」
「は、はいっ!?」
「俺の嫁になりてぇんなら、いつでもいいからな?」
「ありがとう、ケーシスさん」
「だから一応は断れっつってんだ、ろっ?」
   ケーシスが励ましてくれた、答えをくれた、道を示してくれた。
   それから、叱ってくれた礼のつもりだった。ミティアはケーシスの左の頬にキスをした。
   甘い香り、綺麗な肌、艶のある髪、柔らかい感触を一瞬味わったケーシスは唖然とした。ミティアは離れてから満面の笑顔で手を振った。
「明日、お髭剃って来てね。お父さん!」
   泣き腫らした顔がまた艶やかだ。ミティアは街の方へ走って行く。その背中を見て、ケーシスは深いため息をついた。
「生きてるって、まんざらでもねぇな……」
   ケーシスは吐いた息をそのまま吸う勢いで、星空を仰いだ。
「教養のいいガキだから、誰もお父さんなんて呼ばねぇ。クソが、もっと生きたくなったじゃねぇか、畜生め!」
   仰ぎ見ているはずなのに、右の目尻から頬を雫が伝う。自分がちっぽけだと感じた瞬間だ。償い切れないほどの犯した罪、弄んだ命、禁忌の魔法を求めて失ったもの。失ったものは元には戻らない。愛した人、亡くなった我が子、失った信頼、それらがあって今がある。存在している。
   犯した罪と手にした技術、奮った先に存在したのがミティアだ。
   ミティアは恨み節を唱えるわけでもなく、あろうことかケーシスを慕い、お父さんと呼んだ。巡って返って来た奇跡。自分にはまだまだできることがあるらしい。慕ってくれる人がいるらしい。
「畜生!! 一番生きてちゃいけねぇのは俺だ、クソが!」
 ケーシスは自分が死ぬことで罪を償えると思い込んでいた。だが、今の考えは、生きてこれから誰かのために尽くすこと、償うこと。
 この星空は、その希望を見出しているようだった。
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