トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3‐5】大切なもの

死せる安らぎ・生ける苦しみ

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 結婚式と言ってよいものかわからなかった。着飾った二人が誓いの言葉を交わし、キッドには指輪もプレゼントされた。竜次なりに考えた、彼女のイメージでもある黄色い宝石が光っていた。
 写真も撮って、ご馳走も食べて、騒いで、何もなく終わるはずだったのに。
 渦中のジェフリーとケーシス。
 片付けの中、誰もが腫れ物に触るような状態だ。
 ジェフリーは呆然としていて、まるで心がここにない。皆はどうやって励ましたらいいのかわからなかった。
 祝いも一区切りついたので、キッドは肩を鳴らす。
「はぁ、かったるい。竜次さん、着替えに行きましょうよ」
「ん、そうですね。写真もいっぱい撮りましたし」
 慣れないドレスに靴、キッドは惜しむわけでもなく早く着替えてしまいたいようだ。竜次も着替えてしまいたい意見に賛成する。
 キッドは竜次に向き合い、笑顔を見せた。
「あたしにこんな素敵な格好させてくれてありがと!」
「えぇ、やらないよりはやってしまった方がよかった。ううん、やってよかった。できれば、何も気にすることがなく、やりたかったですね」
「じゃあ、沙蘭でもう一回やればいいんじゃないですか?」
「えっ!? そ、そんなことをしたら、国中大騒ぎですよ!!」
「いいじゃないですか。今度も凄腕の料理人候補が頑張ってくれますよ」
 キッドの声が途中から大きくなっている。気を落としているジェフリーに聞こえるように、わざと話していたようだ。キッドの気遣いに竜次も頷いた。
 タイミングを見計らってなのか、サキは圭馬を抱えて新郎新婦に話し掛ける。
「お着替えですか? なら、大した距離ではないですし、街中まで送りますよ? 高い所も海の上も渡らず、衣装を汚すこともないですから、ね?」
 ね、と言いながら、サキは緑色の魔石を人差し指と中指で挟み持っていた。
 それを見たキッドは竜次に確認をする。
「気が利くじゃない。助かるわ。竜次さん、他に借りものはない?」
「そうですね。衣装だけでしたので」
 確認をしてもらい、サキは魔石を弾いた。
「よいしょっと、では行きますよ。テレポート!」
 相変わらず失敗しない優秀な大魔導士だ。キッドと竜次と一緒になって瞬間移動である。思えば、始まりのときだって、サキを付き人にでもすれば話は早かっただろうに。

 残った者たちで片付けが始まった。忘れ物はないかとコーディは辺りを見渡す。
「んーと、これで最後かな。ミエーナ、そっちは片付いた?」
 持って来た肩掛けの大きなトランクケースには照明機材。木箱には食器などがまとめられている。当然だが、帰りの方が荷物は少ない。呼ばれてミエーナがバタバタと奥から駆けて来た。ゴミをまとめていたらしく、大きな袋を持っている。
「あ、あれ、サキさんは? 先生やキッドさんも」
「着替えに行った。サキは送迎だって」
「うーん、そっかぁ。ってことは、アタシたちが荷物を持って帰ればいいのかな?」
「そっ。ま、あいつが何も考えないで送迎なんてしないだろうけど」
 少し自慢げなお姉さんコーディだ。サキが何も考えていないはずがない。変に支えてあげる必要などない。どんなことがあっても、ジェフリーに寄り添う芯の強いミティアがいるのだから。その役割は自分ではないとコーディは割り切っていた。

 個々で行動している流れで、ハーターもようやく用事を切り出そうとした。
「ケーシスさん、ローズ、ちょっといいかい?」
「終わったと思ったら今度はセンコーか」
「ぼくは手短に済ませるさ」
「早漏か、テメェ?」
「幼稚な喧嘩は体力を使うから、やめないかい?」
 ハーターがローズとケーシスを招き、操縦室の隅に寄った。と、言ってもほとんどは丸聞こえだ。内緒話にもならない。そして年甲斐もなく生意気で悪態をつくケーシスに対し、生徒指導で慣れているハーターは笑顔で対応している。素行の悪い生徒なんかはこういう扱いをしていたのだろうか。頭ごなしに怒鳴ったりしないのは沸点が高い。
 ローズは呼ばれて席を外したくて仕方がなかった。どうしても逃げ腰になる。
「オニーチャン? ワタシはもうケーシスとは……」
「うん、終わった関係なのは知っている。だから話せるよね? キミたちは何の研究で組んでいたのかを教えてもらえるね?」
 内緒話などではない。公開処刑と言ってもいい。ハーターの威圧に対し、ケーシスは鼻で笑って歯を見せて笑う。
「センコー、わかってて聞いてるよなぁ? 俺は死んだ娘と嫁、ローズはおっかさんを生き返らせたくて、目的の一致で組んだ。それのどこに不自然な点がある? ま、逸脱した馬鹿なこともやっちまったけどよ」
「やはりそうか。答えてくれて感謝するよ」
「ま、結局そんな薬はできなかった。辿り着いたのはドラゴンブラッドの濃縮と禁忌の魔法を封じたヤバい媒体だ。当然その辺の魔法かじった半端な野郎が使えば神族と一緒で、一発であの世逝きだ。飲めば延命くらいにはなるだろうが、時限爆弾を抱えて生きてると認識していい。飲んだらそいつが媒体になる」
 媒体と聞いてなお納得できた。なぜなら、ローズが助力する際に放つ物が試験管に入った媒体だからだ。魔法を封じた技術はこんな物にも生かされていた。
 ドラゴンブラッドと聞いて、ドラグニー神族の末裔であるコーディが息をついて首を振った。予想はしていたらしい。
「研究に使われているのは知ってた。ただの血だけなら風邪とか簡単な病気は吹っ飛ぶらしいからね。私は混血だから効力は知れてるだろうけどさ」
 そしてもう一つコーディは特徴を口にした。
「ドラゴンブラッドって、長い年月が過ぎても、ほとんど劣化しないんだよね。原理は知らないけど」
 話が混線して来たところで、アイラがわざとらしく、皆に聞こえるように大きな声で言う。
「はぁーあ、あたしゃついて行けないね。もうわけがわからないのは、サテラだけでじゅうぶんだよ。これだからカガクってのはさぁ。いけないモノをいけないモノで混ぜ込んだらわけがわからないってこと。結局、できないモノはできないの。それをほしがってズルをしたら、おかしなことになっちまうのさ」
 面倒を見るのに消極的ではあったが、アイラはサテラの世話をするのはまんざらでもないようだ。ただ、少し人と違う。欠けている部分も多く、人間としても未熟だ。手を加えて命に負荷が掛かっていたサテラだが、正直この子だってこの先、何かあるかもしれない。何せケーシスの手が入っているからだ。当然だが、疑ってしまう。だが、今は考えないようにしていた。
 それよりも、今はウジウジしているジェフリーが許せない。アイラはあえてきつめの言葉をかける。
「ジェフリー、あんた、いつまでそうしてるつもり? それでもこの一行のリーダーなのかい?」
 現実を受け入れられない。ジェフリーはミティアに支えられながら項垂れている。結局ジェフリーの気分の悪さは、ミティアも体験した不意の立ち眩みと同じだった。少し休めば動けるようにはなる。だが、ジェフリーは微動もしない。
 代わりにミティアが顔を上げる。アイラは小さく首を振った。
「ったく、どうしようもないねぇ。あたしからネタばらしさせてもらうよ。全部ケーシスさんが悪い。そう言って押し付けてほしかったんだよ。それで、業を背負って天空都市で死ぬつもりだったんだから」
 アイラの言葉に反応したのはケーシスだった。嫌悪感をむき出しにしている。
「余計なことを言いやがって!! やっぱりお前は昔から嫌いだ」
「嫌いって問題じゃないと思うけど? 親としての責任の放棄はどうなのかっつってんのさ?」
 アイラはケーシスの幼稚な言い回しに流して対応した。ハーターの見様見真似だが、睨んで来ただけでケーシスはおとなしくなった。
 それでもジェフリーの反応は鈍い。アイラはジェフリーの背中を叩き、しゃんとさせる。
「立ちなさい。立って歩いて、自分の進むべき道をちゃんと見付けなさい。ウジウジしたままでミティアちゃんを守れるのかいっ?! あんたは、これまで誰と歩んで来たんだい? 何を築いて来たんだい?」
「おばさん?」
「『あの子』は、この僅かな時間でもう動いてるんだよ。友だちのためにね」
 立って歩け。これがアイラの教育方針。ジェフリーに通じるのかはわからない。
 師匠が居たわけでもない。ましてや母親の温かみを知らない。こうやってアイラに叱られるのがうれしいなんて思いもしなかった。
 ジェフリーは顔を上げた。皆が見ているその視線は暖かくて優しい。呆然としていた顔に活気が戻った。
 これを確認したアイラはサテラを呼びつけた。
「サテラ!」
「は、はいっ!!」
 サテラはてっきり手伝うものだと思って意気込んでいた。だが、様子が違う。
「帰ろう。何するんだか知らないけど、あたしたちはフィラノスを守ろうか」
「えっ、お父様やお兄さんを助けなくてもいいのでしょうか?」
 まさかの言葉にサテラが動揺そのままケーシスにも目を向ける。だが、ケーシスはしかめた顔をしながら納得している様子。
 アイラはケーシスと目を合わせないながらも、ケーシスに向けたことを言う。
「いいんじゃない? だってあの人、サテラのことも放棄するつもりなんだから」
「それは違う!! 違うんだ! 違うけど、こんな俺が親父なんて嫌じゃないのか!?」
「言い訳を見つけては逃げるなんて、ホント、ケーシスさんは昔から変わってない。やればできる努力家なんだから、懐中時計を取ったあのときの努力を思い出してごらんよ」
 アイラはサテラの手を握った。これだけ見たら、どこにでもいる親子と思われるかもしれない。
 心なしか壱子も寂しげな表情だ。サテラは壱子を見上げる。
「壱子さん、何だか変わりましたね。前なら軽くお流しになっていました」
「…………」
 別れの言葉を掛けるわけでもない。壱子の様子に、サテラは首を傾げた。
 アイラはケーシスに別れの言葉をかけた。
「ケーシスさん、ちゃんと帰って来て。この子の授業参観見においでね。壱子さんも。別れの言葉かもしれないけど、さようならじゃないからね!?」
 アイラが魔石を弾く頃合いで、コーディがミエーナの視線を外に向かせた。術主を見てはいけないマジックキャンセラーなのだから当然の行動だが、何も知らない人が見たらおかしく感じるかもしれない。
 ケーシスがアイラに何を話したのかはわからない。話さなくても情報はギルドでも大図書館でも仕入れられる。彼女はそれだけの収集力がある。

 静まった空気の中、口を開いたのはジェフリーだった。
「親父、明日はどうすればいい? 船を使って貿易都市に行けばいいのか?」
 今までのことを振り払えたわけではない。だが、このままでは話が進まない。それをわかっていて、ジェフリーはこの質問をした。
 あえて流れを変えようとしていることを承知して、ケーシスはハーターとローズに視線を向ける。
「操縦はどっちがするんだ? つか、センコーもついて来るつもりなのか?」
 兄妹は顔を見合わせる。首を傾げながら二人してライセンスを取り出して見せ合っている。この二人は船の免許も持っているらしい。個人で扱うには不要な気もするが、この世界のこういうところが妙に現実的だ。
「地図だか航海地図だか持ってねぇか?」
 ケーシスは地図をほしがった。ハーターが一応それらしいものを持っている。込んだ書き込みはない。ギルドが支給する簡易地図と言ったところだろうか。使い古された感じではある。ケーシスは指でノアの街印を指した。
「ここに集合。んーで、ここから直線だったら一番距離が出る。よって、飛びやすい。以上」
 ざっくりとした説明だ。これには話の流れを作ったジェフリーも呆れている。
 ハーターは眉を歪ませ、首も傾げた。
「説明はともかく、どうしてこの船が水鳥式だってわかったのかな?」
「ドラグニーの嬢ちゃん見てみ。軽くないと助走なしで飛べるわけがない」
 まさか船との比較対象になるとは、コーディも複雑な表情だ。もちろん、ケーシスが言いたいことはわかるのだが。
「突貫工事の割には頑張ったみたいだが、船が飛ぶなんて非現実的だからな。勢いがないとあの大魔導士がぶっ倒れちまう。飛んだまま大渦を回避して光のレールに乗っちまえば、あとは何てことはない。あの世だか魔界だかによく似た天空都市に招かれるってわけ。そうだよなぁ、天空都市の門番、ホロス?」
 ケーシスの視線が鯖トラ猫に向けられた。反射的なものだろうが、泳がされていた尻尾が止まった。
 さすがにもう言い逃れは難しいようだ。誤魔化すことも通用しない。
「ほぉむ。名前はともかく、なぜわしが天空都市の関係者だと思うたのかのぉん?」
 ショコラは否定しないし、誤魔化す素振りも見せない。ケーシスは問い詰めた。
「もともと地上に存在していた都市を分けたのはお前だろ? 秩序を保つためか、種族戦争から逃れるためだったのか知らねぇけど。結果、死して魔界からも追放され、人間の住む世界でずっと天空都市に行く機会をうかがっていた。それくらいの力を持ったヤツが現れないか、人間にいかにもな本を書いてちらつかせてな? 違うか?」
 ケーシスが幼稚な言葉を挟まず、自分が握った情報を開示した。さらに信じられないことを言う。
「案外、ジェフリーに中身がないのを早くから察知してたんじゃなぇか。わざと難しい魔法を使わせて、バテさせて、ガタが来るようにさせたかった。早く天空都市に行かせたかったんじゃねぇのか?」
 聞いたジェフリーが信じられないと言わんばかりに奥歯を軋ませる。それも一瞬、ショコラに問う。
「ばあさん、俺に何をさせたかったんだ? 本当に早くガタが来てほしかったのか!?」
 不審に思う。それはこの場の誰もがそう思った。ショコラは淡々と答えた。
「半分は正解で、半分はハズレじゃよぉ。なぜなら、ジェフリーさんはミティアさんと同様、天空都市にその魂はあると考えておる。あの男に良心が少しでも残っているなら、おそらく助かるからなのぉん」
 いきなり降って来た希望。もしミティアと同じなら、ジェフリーも助かる。
 飛び上がってよろこびそうな勢いのミティア。息を乱し、今にも泣きそうだ。ぬかよろこびになる可能性もあるのに。
 ショコラは首を下げ、背を丸めた。猫背というのが板につく。
「残念な点は、天空都市が『今』どんな状況なのか、わしにはわからんことじゃよぉ」
 ケーシスは馬鹿馬鹿しいといった態度を取る。
「ンなこたぁ殴り込みに行けばわかる。お前たちは自分のことをしっかりやっていればいい。女神様の呪いは俺が解けばいいんだからよ」
 靴底を引き摺る。独特な歩き方だ。ケーシスは立ち去ろうというのだろうか。
 ミティアとジェフリーの前でいったん足を止めた。ケーシスはミティアに手を差し出した。ミティアは受け取って身を縮める。
「ケーシスさん、これはさっきの!?」
 ミティアの手の中には赤黒い液体、媒体の入った試験管がある。正直、持つのも恐ろしくて落としそうになった。だが、戸惑いながらぎゅっと握った。劇薬を持たされている気分だ。いや、実際劇薬だろう。
 ケーシスはミティアに言う。
「そいつがもし、天空都市でしくじったら、飲ませてやれ。一応十年くらい生きるらしい。終わったあとも、旅ができるくらいには延命できる」
「わたしがそんなこと、させません!! 今度はわたしがジェフリーを助けますっ!!」
「保険だ。一応持ってろ。そいつが最後の一個だから、もうねぇよ」
 強調するように、もうないと言った。ケーシスはかぶりを振って再び靴底を引き摺った。すぐに靴を傷めてしまいそうだ。
「明日の正午、ノアの港に来い。覚悟がある者だけでいい。地上にだって何が起きるかわからねぇからな」
 ケーシスは足を止め、うしろ姿のまま告げる。
「壱子」
「は、はい」
「お前、こいつらと一緒にいて、楽しかっただろう?」
「…………」
 ケーシスの言葉に壱子は何度も瞬いて頷いた。
「今日限りで俺の御付きをクビにする。今まで世話掛けたな」
「ケーシス様!?」
「お前は来るな。理解ができるなら、残って地上を守れ」
 呆然と立ち尽くす壱子。納得がいかない。そんな表情だが、ケーシスなりの優しさを汲み取って無言で涙した。
「よーく武器を磨いて、やりたいことをやっておけ。じゃあな!!」
 ケーシスは振り返らずに手を上げた。だらしなく振ってその背中は小さくなった。
 船を出てどこへ向かうのかはわからない。だが、用件だけはきちんと伝えていた。
 ケーシスが去り、子どものように泣きじゃくる壱子。ケーシスを見送ってから悲しみは大きくなった。
「どうし、て、ケーシス様……」
 慰めに入ったのはローズだった。
「ケーシスは女性を泣かせるのがお得意なようデス」
 泣かされた女同士、通じるものがある。ケーシスは壱子をわざと一行と行動をともにするように仕向けた。報酬はともかくとして、その行動は彼女を闇の仕事から這い上がらせるにはじゅうぶんだった。
 壱子にとっては楽しかった。談笑し、これからどうしようかと会議に参加したり、一緒に買い物をしたり、大人数で料理を囲み、本当に楽しかった。
 クビだと言ったが、帰って来なくても悲しまないようにと突き放したことも、壱子の中ではわかっていた。きっとそうだろうとは思っていた。シルビナもエリーシャのことだって知っているからこそ、業を背負うのは一人だけでいいと。

『死んだ目をしながら俺を殴ったこと、一生後悔させてやる』

 後悔の先には光があった。無気力のまま心中していたら、一生わからなかった。
 壱子はケーシスの言いつけを守ることにした。言いつけなのかはわからない。だが、ケーシスが残したかったものはこんなものではないはずだ。期待を胸に待つ方がきっといい。ケーシスはいつもいい意味で期待を裏切るからだ。

 浮かない顔をしているのがもう一人、ミエーナだ。話について行けないのが正直だが、それだけではない。自分の立場と、潜在能力だ。
 マジックキャンセラーは足手まといにしかならないのではないかと考えていた。
 暗い表情なのを察してか、コーディが声をかける。
「ミエーナは天空都市に行くの?」
「う、うん?」
 曖昧な返事だ。迷いがミエーナを苦しめる。淡い恋心もそうだが、サキの邪魔をするのはどうにも許せない。もしかしたら、これがミエーナの正義なのかもしれない。一緒に行きたい思いはもちろんある。だけど、まだこれから築けるかもしれない。
 ミエーナはもう少し考えることにした。

 思惑がひしめくのはこちらもそうだ。ハーターはショコラを問い詰めた。
「やってくれたね、猫ちゃん」
「騙していたわけではないのぉ。少し強引なやり方だとは思っていたけれどもぉ」
 ショコラは惚けていない。つまり、ケーシスの言ったことは当たっていた。
 ハーターは力強い声で言う。
「決まったよ。ぼくの目的が!」
「のぉん?」
「ぼくは天空都市でキミの監視をしよう。それなら文句はないだろう?」
「そうじゃのぉ。ハーさんなら厳しそうじゃから、ちょうどいいなぁん?」
「誰も死なせないように、頑張るさ」
 ショコラがハーターを認めた。理由は厳しい目を持っているからと言ったが、もちろんそれだけではない。
 ショコラはハーターが持つ、士気を高める能力を気に入っていた。

 ミティアは試験管をポーチにしまい込んだ。見ていて気分がいいものではない。
 しまってからジェフリーの手を握る。今のジェフリーには、気持ちに寄り添ってくれるミティアの存在は大きい。
 だが、ジェフリーは弱気だ。ようやく将来への目標も定まったうえ、ミティアに約束までしてしまった。今抱えるのは、不安ばかりだ。
「こんな俺は嫌だろう?」
「うん、嫌だよ!」
「……」
 気が沈み、塞ぎ込んでしまいそうなジェフリーだが、ミティアはこれまでに聞いたことのない力強い声で励ました。
「わたしに生きろって言ったあなたが、生きるのを諦めてどうするのっ?! あなたは決して一人じゃない。だから、諦めないで一生懸命足掻いてっ!! 卑屈にならないで、前を向いてっ!!」
 力強く言って、それでも堪えていた涙を零す。その顔が、一生懸命笑おうとしているのがミティアらしい。そんな彼女に便乗するのがコーディだ。
「馬鹿じゃないの? ジェフリーお兄ちゃんのこともちゃんと本に残すから、ウジウジしないでくれる? それ、書くよ?」
 威張った言い方だが、その顔は笑っている。作家の武器、『書く』を奮おうというのだから、記録に残る意味で脅しにまでなりそうだ。もちろん、コーディなりに励ましているつもりである。
 コーディもそうだが、皆ジェフリーを見守っている。大丈夫だと言わんばかりに。
 何も卑屈になることはない。ジェフリーは顔を上げて深呼吸した。油断すると泣いてしまいそうだ。かぶりを振って笑顔を作る。
「帰ろう。帰って、昨日食い損ねたハヤシライスでも食って、いつもみたいにくだらない話でもして、よく休もう。いつも通りがいい」
 いつも通りが一番安心する。変に根を詰めるとろくなことがないのは、自身が一番知っている。意識しないように心掛けた。そうしないと、自分が自分でないと否定してしまうからだ。
 ジェフリーは調子が上向き、ミティアと目を合わせて軽く頷く。弱気になっていても何も変わらない。
 荷物をまとめ、分担して最終確認を行う。ジェフリーはここにいない者たちを気遣った。やっと気持ちに余裕が出て来た証拠だ。
「兄貴たちは、迎えに行った方がいいのか?」
 竜次とキッド、サキもいない。街中へ行ったと思われるが手伝う必要はあるだろうか。
 答えたのはハーターだった。
「多分だけど、その必要はないと思うよ。ぼくもまだまだ観察が足りないけどね」
「まぁ、話したいこととか、細かい買い物がありそうだから、そっとしておくのがいいか」
 本当は理解していた。サキが一緒なのだ。手ぶらで帰って来るはずがない。知っていて、荷物を持ち出した。

 
 一方、着替えにとは言ったが、二人が着替えに行ったことで時間ができた。
 サキは閉館まで残り一時間もない大図書館に駆け込んだ。読みたいものは決まっている。
 カバンの中にいた圭馬が時間を気にしていた。
「あと三十分だってさ?」
「大丈夫、頭に叩き込みます」
 人はほとんどおらず、利用者がいない奥は消灯されていた。だが、そんな場所に用はない。本棚の場所は覚えていたので、真っ直ぐ向かった。ショコラの著書を見付け出し、全札を引っ張り出す。
「ショコラさんは本の中から探せと言っていた。この中にヒントがあるはずです」
「もう何回も熟読したじゃないか。そんな魔法なんてあった? 続きなんてあったかなぁ?」
「ないから探すんですよ!」
 サキは椅子に座るわけでもなく、床に座り込んで本をパラパラと見返している。時間がない。だが、見付けないと明日、中途半端な状態で挑むことになる。探しているのは、対物による空を飛ぶ魔法だ。
 あまりに時間がないので、圭馬も一緒になって本を覗く。
「と、言うか、魔法もいいけど、ジェフリーお兄ちゃんを助ける方法は探さないの?」
「それは探さなくても答えが出ています」
「むっ、ボク今日色々新しい情報、整理しきれていないんだけど」
 苛立ちからか、本を捲るのが徐々に雑になって来た。サキにも焦りの色が見える。
「ジェフリーさんはミティアさんと同じ様な状態です。答えは現地で見付ければいいはずです。だから、今は明日の飛ぶ手段さえ考えれば……」
「間もなく閉館のお時間ですよ、大魔導士さん?」
 司書の人だ。以前痛んだ本や、本ではではないものをワゴンに入れてサキにも声を掛けてくれた、ほんのりウェーブの掛かった髪で、割と話のわかりそうな人である。
 サキは素直に謝った。
「ご、ごめんなさい」
「あら、その本、おとぎ話みたいなものが書かれてあるものよね?」
「えっ、あ、はい」
 気まずくなって手を止める。司書の人が地べたに座ってまで一生懸命なサキを凝視しているからだ。
 司書の女性は膝に手を添え、中腰になってため息をつく。
 圭馬はカバンの影に隠れたが、ペットを連れているのを怒られでもするのかと怯えていた。
「その本、持って行きますか?」
「えっ?」
 司書の女性はにっこりと笑った。どこかで見た記憶がある笑顔だが、サキは思い出せない。この状況なのだから、気のせいか他人の空似かもしれない。
 司書の女性は、紫色の解れた髪を耳に掛けながら立ち上がる。
「その本、全部に落書きがあるのよね。だから今度のチェックでこの大図書館の管理から除外しようと思うの。だから持って行ってもかまわないわ?」
「落書き?」
 サキは持って行ってもいいということより、落書きが気になって仕方がない。本を閉じてあらゆる方向から本を眺めてみるも、落書きなど見付からない。
 司書の女性はサキの持っている本を指さした。
「その本、カバーが付いていませんか?」
「えっ、あっ、これですか?」
 表紙の裏に織り込みがある。サキは表紙の下にさらに文字がある事に気が付き、ため息を漏らした。次々とカバーを取って行く。手にしたショコラの著書は五冊だ。断片的だが、読み取れる呪文と魔法の掛け合わせ方、天空都市の話の続きが見える。
 サキは後頭部に鉄砲でも受けたかのようにカクンと首を前に折った。そして乾いた笑いをする。
「はははっ……そっか。はぁ」
 サキは気が抜けて、座ったまま本棚に寄り掛かった。そのまま司書の女性を見上げる。
 司書の女性はにこりと笑い返した。やはりこの女性、どこかで見たような気がするが、気のせいだろうか。
「簡単なことに気が付かない、ですか?」
「えっ!? あ、あなたは、本当に司書さん、ですか?」
 誰なのか想像がつかない。こんな大きなヒントをくれる人、サキに心当たりはない。司書の女性は答えることはなく、背筋を伸ばして付近を見渡した。
「残っているのはあなただけみたいですね。忘れ物はありませんか?」
 納得がいかない。サキはこの女性に不審に思った。
「ぼ、僕の質問に答えてくれませんか?」
 自然と身構えてしまう。大図書館にはこの女性とサキしかいないようだ。だからと言って、殺意も感じないし武器を持っている様子もない。
 女性は質問に答えないまま、パチパチとスイッチを切っていく。辺りが暗くなり、女性はサキに確認をする。
「閉めますよ? 本はお持ちになりませんか?」
「な、納得が……」
「それとも、役人をお呼びして強制的に退去させた方がいいかしら?」
 意外と強情と言うか、強気と言うか、併せて強引と言ってしまうべきか。サキはしかめた表情をしながら本を持った。
 連れられて入り口に差し掛かる。
「ありがとう、司書さん」
 本をいただけるなんておかしいと思いながら、一応礼を言った。司書の女性は上品に笑う。
「近いうちに北のレーチェン地方に転勤してしまうので、ね」
「せめて名前くらい」
 司書の女性は施錠の準備をしている。だが、鍵を持ったままサキを見て、目を細めた。
「スクレと申します。ソエル・ハーテス。あなたにお願いしたいことがあるのです。だから、その本を託します。必ずまた、私に会いに来てください」
「お願いって?」
 司書はかまわず閉館の支度を進め、柵に施錠をする。サキに一礼して暗い大図書館へ消えて行った。
 サキは本を抱きながら首を傾げる。カバンの隙間から、こっそりと様子をうかがっていた圭馬が顔を見せた。
「キミ、女の人にモテモテだけど、知り合い?」
「大図書館の関係者で知り合いは、メルしかいないはず。でも、あの司書さんは僕のことを一般的に知る範囲以上のことを知っている気がします」
 知り合いと疑われてもサキは心当たりがなく、知らないしそんな知り合いは限られるから覚えているはずだ。ここで思考を巡らせてもその答えは出ないだろう。
 圭馬はサキを見上げ、訊ねた。
「あ、どうするの? 不完全燃焼なんじゃない?」
「余計なことは考えないようにしないと。今は時間が惜しいです」
 サキは本を抱えたまま、街の方へ小走りになった。少しでも急いで、竜次とキッドに合流したい。しかし本が重い。五冊だ。
 街中の石段でバランスを崩した。辺りが夜のせいで視界が悪い。足を踏み外してしまったが、なぜかマントを引っ張られて救われた。焦って、本も抱えて、思わずヒヤッとした。誰かに助けられた。しかも背後から。
 サキは振り返った。助けてくれたのは、とても見覚えのある人だった。
「あれ、あなたは」
 助けてくれたのはケーシスだった。意外だとは思ったが、あれだけのことを懺悔したら一緒にいる時間がつらくなるだろう。
 サキは本を持ち直し、軽く頭を下げた。どうしても本が仕草の邪魔をする。
「すみません、ありがとうございます」
 ケーシスは上段にいるのだから、どうしても見下すようになる。
「ちゃんと寝とけ。お前が主力かもしれないんだぞ」
「はいっ! ありがとうございます」
 思わず掛かった気遣いに、サキははにかんで頷いた。親しいわけではないが、なぜかうれしい。ジェフリーに似ているせいかもしれない。
 ケーシスはサキと向かい合って、思うことがあった。
「お前……」
 サキは親友の息子だ。自分が助けられなかったことを何度、後悔しただろう。人間を確実に蘇生させられる薬や技術があるなら、間違いなく優先順位は上だ。親友リズと、ご近所で学舎を友にしたユッカの子どもに、思いは複雑になる。何の巡り合わせなのだろうか。
 サキはケーシスを見上げながら言う。
「あの、僕、何があっても、どんなジェフリーさんだろうと、ずっと友だちでいようと思います!! 僕、友だちがいないので!」
「友だちがいないのを自慢できるなんて、どうかしてんぞ?」
 サキなりの正義と覚悟だ。もちろん彼が掲げるものはこんなものではない。ケーシスは安心していた。息子の友だちにしては立派過ぎるくらいだ。あらゆる面で任せていいと思っていた。
 話し込んでしまいそうだ。サキは背筋を伸ばして街の方を気にしていた。
 ケーシスはズボンのポケットに手を入れ、奥歯を噛むように笑う。
「落ち着いたら、お前の父ちゃんの話、ちゃんとしてやりてぇな」
 サキは父親の話に反応する。
「ぼ、僕も聞きたいです!! お母さんの話も、姉さんもきっとそう思っています」
「約束はできない。この理不尽まみれの世の中には絶対なんてモン、存在しねぇんだからよ?」
 何か用事があると察したのか、ケーシスから足を退けた。
「急ぎのトコすまねぇな。いい友だちでよかった。あいつと仲良くしてやってくれ」
「あっ、はいっ!! ありがとうございます。えっと、おじさん?」
「ははっ、さっさと用事済ませて寝とけ」
 ケーシスは手をパタパタと払い、さっさと行けと煽った。
 サキは律義にも、一礼して再び小走りで街中を目指した。
 その遠くなる背中を見て、ケーシスは目を細めた。
「デキが、よすぎるんだよ。ホント」

 ケーシスにとって、サキも息子と大差はない。自分が育てたわけではないのに、こんなに成長を楽しみにしているなんておかしいと思っていた。落ちぶれた自分とは違う。彼もまた光のような存在だった。
 業を背負って、天空都市に身を朽ち果てさせるつもりだった。次から次へと楽しみが増えて、今はどうやったら生き残れるかを考えている自分がいる。虫がよすぎるのは承知の上だ。自分の子どもたちがこんなに『運命』に抗って、必死で生きようとしているのに自分は何をしているのだろう。死のうだなんて、馬鹿馬鹿しい。

 壱子にあんなに偉そうなことを言ったが、自分だって大差はない。一行の存在は、温かく、眩し過ぎるのだ。たいした期待もしていなかった自分の子どもに、まさかこんなに助けられるなんて思いもしなかった。ケーシスは肩を落とした。
「はぁーあ。気張るか。結局、フィラノスで墓参りをし損ねたし」
 物悲しいが、これも巡り合わせだったのかもしれない。偉そうな手紙を差し出しておいて、結局予定は早まった。その時間でさらに深い交流ができた。
 墓参りをしたかったシルビナに、まだ来るなと言われたような気分だ。
 このまま貿易都市に行ってもいいが、少しでも生き残るための術を考えるのだって悪くない。一番はしっかり休むことだ。行きながら考えよう。どうせ自分にはアシがないのだ。
 ケーシスは考えながら街の外に繰り出した。

 街中の大通りの十字路。どこに行くにも、この道は通る場所だ。
 サキを待つ時間で竜次とキッドは細かい物を買い足していた。
「ランタンの油と、懐中電灯の電池と、あまり手間にならない非常食の買い足しと。うーん、こんなに買い込むのはスプリングフォレスト以来ですね」
 竜次はキッドが持っている大きな紙袋と、自分が持っている大きな紙袋を確認する。二人は早々に着替えて買い物の駆け込みをしていたのだ。お店はどこも閉まる寸前。種の研究所のあとに少し買い足しはしたのだが、多いに越したことはないだろう。
 キッドの腰には矢筒が下がっている。
「矢も買い足したしあたしはオッケー。って、竜次さん、その布は何?」
 竜次は紙袋の他に、カーキ色の布に包まれた何かを持っている。太めのベルトが見えるが何か新しいものでもこしらえたのだろうか。
「あぁ、私のガンベルトが入っていますよ。お医者さんカバンが傷んでしまうので。あと、ミティアさんのですね。お店の人にサイズを計っていただきました。あんまり生足がチラリとしてしまったら、よろしくないとは思いますが」
 どうも竜次の趣向としては、若い女性に足を見せてもらいたくないらしい。キッドにもそんなことを言って、今は紺色のレギンスになっている。ベルトと足というキーワードの結び付きがキッドにとっては不透明だった。だが、難しく考える前に優秀な子が戻って来た。
 本を抱えて走りにくそうにしているサキだ。髪は乱れ、帽子は傾き、背が丸い。
「ごめんなさい。遅くなりました」
「サキ君、その本はどうしたのです? 大図書館に駆け込んでいたのでは?」
 呼吸を整えながらサキは二人を見て笑顔で頷いた。話すのがつらそうなので、代わりに圭馬が喋り出した。
「なーんか、司書のお姉さんによくしてもらったみたいなんだ。ババアが書いた本、全部譲ってもらえたし。よくわからないね」
「おや、大図書館の本って、原則持ち出し禁止だったのでは?」
「そうなんだよね。変なの」
 竜次もこれには首を傾げた。だが、考えたところで大図書館のシステムにはほとんど無縁なのだ。国に関わりがあることならまだしも、詳しくはわからない。
 キッドは紙袋から巾着袋を二つ取り出し、サキが持っている本の上に置いた。
「ほぉら、あんたがよく使うのはこれであってる?」
 見た瞬間、中身を確認しなくてもラベルでわかったので、サキは深く頷いた。中身は魔石だ。
「無駄遣い、するんじゃないわよ?」
 キッドがサキに注意をしている。それを見た竜次は、それは違うと指摘をする。
「それはジェフですから、サキ君は大丈夫ですよ、ねぇ?」
 キッドと竜次の漫才の空気に、サキは苦笑いをしながら頷いた。すっかり息の合った二人、何だか少し遠い存在だ。
 サキはこの間に呼吸を整えていた。やっとまともに話せそうだ。
 その様子を見て、竜次は気がかりなことを聞く。
「さて、頼りっぱなしで申し訳ないのですが、ジェフを助ける手立てはありそうですか? 私はジェフに何かできないでしょうか?」
 どうやら竜次は、仲間内になると心配性が悪化する。中でも、ジェフリーに対しては人一倍だ。兄という立場以上に気にかけており、まるで母親のようだ。
 急にその話題に触れた。これは圭馬も気になっているらしく、口を挟んで来た。
「それがさ、もうわかったみたいに話されたんだよね。だって、そのこと、いっさい調べなかったんだよ?」
 サキは本を持ち直し、鼻にかかるような話し方をする。
「調べなくても答えは出ています。だって、ミティアさんと同じ症状でしょう?」
 サキらしい一面だ。独特の優等生の口調から、説明に入る。
「ミティアさんの命は人為的に負荷が掛けられていた。ジェフリーさんは人為的に延命させられていた。加わっている手は違っていても、理屈は一緒です。倫理から外れ、弄ばれた命は魔界でも別扱いでしたよね?」
 難しい話だ。だが、一番興味を示しているのは圭馬だった。
「あー……そっか、なるほどね。じゃあ、天空都市に囚われている。これであってるね」
「ショコラさんは、早く天空都市に来るように仕向けたかったんだと思います。まぁ、思惑というのはうまくいきませんから。結果、ジェフリーさんのお体が先に信号を発してしまったみたいですけれど」
 難しい話だが、ミティアの魂を取り戻すために魔界へ赴いたとき、この二人は沙蘭で防衛をしていた。
 すべてを理解できないが、助かる方法がすでにあるというのは把握できる。だが、キッドも竜次と同じ疑問を抱いていた。
「えっと、それじゃあやっぱり、あたしがあいつにできることはないの?」
「そ、そんな! ジェフ……」
 キッドも竜次もその結論は信じたくなかった。顔を見合わせ、表情を渋める。
 サキは首を振って否定した。
「できることはありますよ。僕はジェフリーさんに魔法を使わせないように、人一倍頑張ればいいのです。姉さんや先生は、僕よりもっとできることがあると思いますよ」
 これが何を意味するのか、瞬時に理解した。竜次もキッドも大きく頷いた。つまり、ジェフリーを動かさない。これが一番だとサキの考えだ。へたに頭を使うより、ずっとわかりやすいので助かる。
 キッドはやる気を示す。
「いいわ。存分に暴れてやろうじゃないの!」
 サキは自分なりの考えを述べた。
「天空都市では何が起きているかまでは僕にも想像ができません。でも、僕たちを試して来るはず。これが『運命』だと、きっと押し潰しに掛かって来ると思うんです」
 敵ははっきりしている。何かしらの手を打ってくるだろうし、簡単には目的を達成できないだろう。
 キッドは鼻で笑い、追加で買った矢筒に目を向けた。
「まっ、あいつには借りがあるし。今回はおとなしく、みんなに指示出しをしていてもらおうかしらね?」
 竜次もそれならと奮起することを誓った。自分を立ち直らせてくれた弟を見殺しになんて、絶対にしないしさせない。
「ジェフは私の大切な弟です。どれだけ助けてもらったか覚えていません」
 本気で喧嘩をしたことだってある。
 手を挙げたことも、叱ったことも、恋愛相談だってした。将来の話もした。思うところはたくさんある。支え合って来たのに、ここで失うなんて考えたくはない。
「私が動けばいいんです。いつもあまり動きませんからね。たまにはちゃんとしたお兄ちゃんをしませんと! もちろん、剣神としても、今は張り切らせてもらいますよ」
 卑屈になるかとも思ったが、これも弟のため。竜次は取り乱すことはせず、前向きな姿勢だ。

 この三人で大きな同盟を結ぶことになった。主力が今までと入れ替わるだろう。ジェフリーもそうだが、ミティアもあまり動かしたくはない。この辺りは話し合いが必要になりそうだ。
 三人と一匹は話し合いをしながらローズの家を目指した。街はすっかり夜が深まろうとしている。歓楽街が賑やかになって来た。

 暗い海の向こうには、ぼんやりと光の柱が見える。
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