トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3‐5】大切なもの

端緒の都市クレイ

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 不思議なことに体が軽い。手足の感覚はきちんとあるし、打った背中はまだ少し痛む。ジェフリーは静かに目を開ける。
 目が覚めた場所は船内。船の中は壊れた様子はなく、少し肌寒さを感じる。
「大丈夫そうですね。よかったです」
「ん?」
 傍にいたのは杖を持ったサキだった。彼の肩には、同じく心配してくれていた圭馬が顔を見せている。ジェフリーは身の周りを気にしていたが、誰もいない。サキだけのようだ。
 ジェフリーは立ち上がって軽く伸びて体を慣らす。肩は見事にバキッと鳴った。
「みんなはどうしたんだ?」
 サキ以外に誰もいないなんて妙だ。ミティアまでいない。サキはあっさりと答えた。
「外に出る準備をしています。もう探索に出ているかもしれませんけど」
「お前は怪我をしていないか? ここは結局どこなんだ?」
 ジェフリーの質問に、サキは眉をひそめた。
「珍しいですね。僕の心配をしてくれるなんて?」
 サキも立ち上がって膝を叩いて埃を払った。杖を持ち直した頃合いで、圭馬は床に下りた。
「ここさ、何だかボクにとっては懐かしい空気がするんだよね。元々、ボクは天空の民だったらしいんだけど、やっぱり関係があるんだろうなぁ」
 圭馬は以前言っていた。幻獣はここに住んでいたとは聞いた記憶がある。だが、圭馬にその記憶はない。死したあとに前世の記憶などない。ただ、圭馬は英雄の魂を持っていた。その前世がわかるかもしれない。
 
 歩きながらサキとジェフリーが話す。圭馬はカバンではなく、珍しく自分の足で歩いていた。二人の会話を楽しんでいるようにも思える。
 サキは自分が知り得た情報をジェフリーに話す。
「ここは天空都市という名前ではないみたいです。きちんとした街の名前があるみたいですよ?」
「ここは分離した都市みたいなことを言っていたな?」
 デッキに出る手前でバタバタと足音が近くなる。ミティアがサバイバルトランクと持って息を切らせていた。
「わっ、ジェフリー、だ、大丈夫?」
 ミティアは二人の前で止まって、トランクを下ろした。華奢な腕をした彼女に持たせるのがどうにも許せない。ジェフリーは荷物を代わりに持つことにした。
「大丈夫って、どうしてミティアがこれを?」
 ミティアはボトルに入った水を差し出した。だが、ジェフリーは手をかざしてこれを断った。水は貴重かもしれない。心配をしてくれた気遣いだけを受け取った。
「みんなワクワクが抑えられなくて、先にデッキに出ちゃったの」
「ワクワクって、よくそんな探求心を……」
 ジェフリーは呆れた。一番探求心がありそうな者が目の前にいる。ジェフリーはサキにその件を質問して時間を作った。ミティアに呼吸を整わせる意味である。
「お前が一番ワクワクしていたんじゃないのか?」
「そ、そうですけど。さすがにちょっと疲れましたし、それに、ジェフリーさんは最後までノビていたので放ってはおけませんよ。一応、友だちでしょう?」
「一応って何だよ?」
「せっかく心配してあげたのに」
「いやに上から目線だな」 
 ジェフリーはせっかく友人を称えようと言うのに、『一応』と付けられてしまい一気にその気が失せてしまった。やり取りを聞いて、ミティアがくすくすと笑う。
「やだ、面白い。そんなに仲良しだったの?」
 ミティアが笑うと、雰囲気も空気も明るくなる。圭馬も尻尾を揺らしながら彼女を見上げていた。何となく羨ましい。こんなに他愛のないことでも笑っていられるなんて。
 船のデッキに出ると、そこには幻想的な景色が広がっていた。空気が冷たい。霧のような雲が地を這っていて、すぐ下が見えない。船は浮いているようにも見えるし、この原理を考えたら頭が痛くなりそうだ。
「よぉ、気ィ付いたか?」
 声を掛けて来たのはケーシスだ。紺のジャケットコートが悪役にしか見えない。わかっていても悪者の人相で、一瞬は警戒してしまう。ジェフリーが面倒くさそうに答えようとすると、サキが前に出て深く頭を下げた。
「あの、魔力補助していただいて、ありがとうございました!!」
 突然ありがとうと言われ、ケーシスはぽかんとしている。遅れて首を傾げた。
「律義なモンだな」
「着地の反動までは計算に入れていなかったです。だから、突っ込んだらそれっぱなしだっただろうと思うと、僕はまた簡単なことを見過ごしました」
「別にいいだろ、うまく行ったんだから」
「で、でも!」
「あぁーったく、うっせぇクソガキだな」
「わぶぁぁぁぁぁ!?」
 サキが下げっぱなしの頭を、ケーシスはくしゃくしゃと雑に撫でる。帽子が落ちそうになるくらい過剰だ。
 それを見たミティアの目が輝いていた。
「わー、いいなぁ。わたしもケーシスさんに撫でてもらいたい」
 ジェフリーは純粋なミティアをあえて静止させる。
「ミティアが相手だと違うところを撫でられるぞ」
 もしかしたらわかって言っている可能性もある。だが、そこは指摘をしたら負けだ。
 サキを愛でるのもほどほどに、ケーシスは視線を違う方へ向ける。
「まぁ、それよりもこの姉ちゃんたちを何とかしてやった方がいいかもしれないな」
 ケーシスの視線の先には、高所恐怖症のキッドと水恐怖症の竜次だ。おとなしく、隅っこで一同の様子をうかがい、待機している。きっといい景色に唆されて、来てみたら災難だったというところだろう。
 こういうときは、ミティアがキッドの手を取って励ます。
「キッドぉ、大丈夫だよ。下を見なければいいんだから」
「う、うん。うん」
 勇ましいはずのキッドが腑抜けた声を出している。一応支度は整えたらしく、肩からは弓だけではなく大きな矢筒も下げていた。腰にはいつもの矢筒も、小太刀も下がっている。これだけ逞しい格好なのに、高所恐怖症だけは拭えないようだ。ここが空の上と感じさせなければ大丈夫かもしれない。
 ジェフリーはミティアとキッドのやり取りを見ながら、ぼんやりと考えていた。
 竜次もここは海の上に浮いていると思わせなければ、意外と大丈夫なのではなかろうか。他の者にも言っておいた方がいいかもしれない。
 ジェフリーは他の者と気にしているが、ローズとハーターがいない。コーディとショコラもだ。
 仲間の姿を確認しきれていない。さっそく足並みが揃わず、ジェフリーは悩ましく思った。こんな調子で、仲間の誰も失わずに生きて帰れるだろうか。
 気分が沈みかけていたところ、どこからか声がした。
「おーい、偵察に行って来たよ!!」
 声の主はコーディだ。どこだろうかと周囲を見ると、上からだった。ショコラを抱えながら飛んでいる。彼女は金髪をなびかせて飛んでいた。ドラグニー神族の便利なところだが、コーディはこの特性をあまりよく思ってはいない。それを積極的に生かしているのだから懸命なものだ。
 コーディはストンとデッキに着地する。だが、前髪がだらりと視界を覆った。これではホラー映画のキャラクターだ。
 コーディは一息つき、報告をする。
「周り、変なのはいなかったよ。誰もいないし、ましてや魔獣とかモンスターとか、動物もいないみたい。ちょっと信じられない状況かもね」
 コーディはショコラを下ろし、両手で額の真ん中から左右に髪を退けた。綺麗な前髪のでき上がりだ。髪を直して一息つくと、仲間が揃っているかを見渡している。
「あぁ、ローズたちはまだやってるかぁ。下ろせる橋がないなら私が一人ずつ下ろしてもいいんだけど」
 やっと状況が呑み込めた。ジェフリーは深く頷いて納得した。
「あぁ、なるほど。博士たちがいないのはそういうことか」
 この高い所から自力で降りるには橋か綱か、何らかのつなぎが必要だ。だとしたら、ローズとハーターは兼ねて船のメンテナンスでもしているのだろうか。
 圭馬が技術を奮いたがっている。
「よくできた話だったら、船体の一部がそのまま降りて橋になるのにね? そういう改造もしたいなぁ?」
 突貫工事でやって来たはいいが、確かに現状で色々足りていない。操縦も手動だし、飛ばす技術だって半手動なのだ。効率が悪い。
 偵察と言っていたが、具体的な話はショコラがしてくれた。
「のぉん、ここは総合入り口みたいなのじゃよぉ。ちょうど、世界をつないでいた場所。ここにいるだけなら、何ともなかろうなぁん」
「危険な場所には思えなかったけどね。ちょっと行った先の石の広場なんて、黄色い綺麗な花がいっぱい咲いてたし。なんか神秘的なんだけど朽ちた世界に来たみたい」
「あれは水仙じゃよぉ、文豪さぁん」
 コーディが割と具体的な景色を口にした。ショコラも捕捉で説明をしている。現時点でショコラはこちら側の者だ。変に警戒する必要はない。
 コーディはジェフリーに向かって言う。
「その先は大きな石橋だったよ。でも、霧が濃くて視界が悪いから進むのは注意した方がいいかも。ジェフリーお兄ちゃんなら、うまく切り抜ける方法を導いてくれるよね?」
 コーディの成果にケーシスが感心を示す。
「へぇ、上空からの偵察はなかなかだな」
 他人を褒めるなど、珍しい。ケーシスも天空都市の構造には興味を示していた。
 コーディは下を指しながら言う。
「でも真下は雲の上ってカンジなのよね。どういう原理なのかはわからないけど、浮いているの。ちゃんと歩けるのかな」
「雲の上!?」
 過剰なまでにキッドが反応する。あまりに驚き過ぎて失神でもしそうだ。気分を悪くしている。コーディは驚かせてしまったことを詫びた。
「ご、ごめん。お姉ちゃん、大丈夫だよ。下を見なければ、海の上ってわからないよ?」
「う、海ッ!!」
 わかりやすいテンプレになって来てしまった。竜次まで驚倒し、顔色を悪くしている。
 ジェフリーは呆れながら説得をする。
「兄貴はそろそろ観念したらどうだ?」
「む、無茶言わないでください!!」
「キッドとここに残るつもりか? まぁ、それはそれで、船の見張りにもなっていいか」
 ある意味唆すような言いぶりだ。ジェフリーは煽っている。そろそろ竜次もキッドも腹を括れと言いたいのだ。
 竜次は手を震わせ、大声で言う。
「そ、そんなの絶対に嫌です!! わかった。わかりました!」
 まるで発作を鎮めるように、浅い呼吸を繰り返す。相変わらず顔色は悪いが、しばらくは、おとなしくていいかもしれない。
 無理矢理だが、苦手意識を抑え出した二人。その頃合いでハーターとローズが顔を見せた。デッキに到着すると、一同へ呼びかける。
「お待たせ。やっと下に降りられそうだよ」
「パッと見は景色、綺麗デス。でも、注意した方がいいデスネ」
 ハーターが先導して船内へ移動する。このままデッキから降りるわけではなく、キッドは安心していた。苦手意識はなくても、少しでも足が着いている方がいい。
 案内されたのは船の内部だった。難しい機械がある部屋を通る。主電源やエンジンなどだろう。少なくとも船が反るほどのスピードを出す馬力があるものだ。
 カンカンと鉄の簡易階段を下がる。横に開く扉らしき仕掛けがあった。
 ハーターは先導を続けながら、ケーシスとサキを称えた。
「軽く確認したけれど、船に異常はなかったよ。ケーシスさんと、大魔導士クンのお陰だね。一発勝負を成功させるなんて、さすがとしか言えないよ。ただ船がちょっとだけ、オーバーヒート気味なんだ。帰りまでにクールダウンしているといいね」
 言われてみれば、機械のある場所は温かい。暖房でも入っているかのようだ。
 ハーターは鉄の扉を開け、ローズが扉の下を確認している。溝を見ているようだ。どうしようもなかったのかもしれないが、橋にする足場は鉄の板だった。どこかの壁をぶち抜いたらしい。船底のギリギリで橋を架ける。
 船の外は奇妙な風景が広がっていた。先ほど、デッキから見たが、すべてを見渡せたわけではない。建物が見え、一応地面もある。だが、その地面も途中までだ。下を見ると浮いている。
 ジェフリーが先頭を行こうとする。
「ホントに宙に浮いてる。これ、足を着いても大丈夫なのか?」
 万が一を考え、たまたま足元にあった小石を落とした。すると、透明な地面があるように地を跳ねた。見えない足場があるようだ。
 ジェフリーがあまりにも念入りに確認をするので、ハーターが笑い飛ばした。
「ははっ、選ばれし者のみがここを歩けたりする仕掛けでもあるのかい? だったら、ぼくがさっき降りたけど大丈夫だったよ。まるでこの場所に透明な足場があるようにね」
 ハーターが自慢気に話すが、すでに実証済みと言うことだった。雲の上だが、合間から海や大渦らしきものが見える。そして光の筋も見えた。ここが明るいのはそのせいだ。
 ジェフリーが一番先に渡ろうとすると、続くのはミティア。下を見て多少の驚きは見せる。
「わたし、高い所は大丈夫だけど、これはなかなか怖いかも?」
 ミティアのピンチに敏感なのはジェフリーだけではない。人並み以上の好意を抱くのはケーシスだ。
「姉ちゃん、俺が抱っこしてやろうか?」
「け、ケーシスさんはすぐそうなんですね」
 ミティアにケーシスの毒牙が伸びそうになった。当然ジェフリーが黙っているわけがない。嫌悪感むき出しにしながら足を戻し、手を割り込ませた。
 ケーシスはジェフリーの顔を見ながら馬鹿にする。
「わーってるよ。ったく、どうせなら『俺の女に手を出すな』くらい言ってみればいいのにわかりにくい野郎だな」
「どうせ言ってもやめない」
「俺の息子はデキがよくて困ったもんだ」
 ケーシスはジェフリーをからかっておいて、喧嘩腰になったらあっさり引いた。遊んでいる、試している、あとは純粋にからかっている。ケーシスらしい茶番だ。
 少しだが、空気が和んだ。案外狙っているかもしれない。
 下船をしてみると、確かに地面に足を着いているのと感覚が同じだった。辺りは霧がかかった幻想的な景色が広がる。ここはひとつの大陸と変わらない。
 探求心の塊と言っていいサキは目を輝かせている。先ほどまで疲れていたのだが、幾分か回復したようだ。
「下さえ見なければ、ただの未開の地ですね。不謹慎ですが、少しワクワクしている自分がいます。だって、こんな場所、本でも見たことがありません」
 サキは探索に前向きだ。知らないものを知る楽しみに心は踊っているように思える。
 楽しみと言えば、コーディもそうだ。
「これだけのモノ、本にしないわけにはいかないわね。よーく見ておかないと」
 コーディも早く探索をしたくてたまらない様子。意気込みだけは十分だ。
 ローズが不在にする船の周辺に罠を仕掛けている。本当は誰か残って見張りをする方がいいのかもしれないが、それはそれで心身ともにつらいだろう。皆が奮起しているのに留守番とは心細い。
 ローズは罠を仕掛け終えると、腰に手を当てて体を反った。
「ま、最悪、船が大破したらサキ君とケーシスに何とかしてもらうデス」
「おいおい、ローズ。船が大破したら、あの装置の弁償代を払わないといけないんだけど、忘れてないよね?」
「ムッ、そ、そんなこと、言っていたかもデスネ」
 暢気な兄弟の会話だが、その前に、この船以外で安全に帰れる保証があるのだろうか。細かいことは気にしてはいけないのかもしれないが。

 おとなしいキッドと竜次は放っておいて、軽く周辺の探索を始める。足場が見えないのが気持ち悪いが、下を見なければ大丈夫そうだ。
 ジェフリーは皆の足並みを気にしながら先頭を進んだ。
「あれか? コーディが言ってた石の広場って」
 少し離れた場所に円状の石の地面が見える。そして囲むように黄色い花が見えた。まるで歓迎するように、たくさん咲いているのが見える。
 サキが早く行きたそうにしながら、いつの間にかコーディと先頭に立っていた。ジェフリーはこれを呆れていた。ジェフリーは探求心よりも警戒心や微かな恐怖を抱いていた。ちっともワクワクはしていない。こればかりは感性の違いなので、特に言及しないで見守っていた。
 サキとコーディは周辺を見渡し、楽しそうに会話を交わす。
「あれがショコラさんの言っていた水仙?」
「そそ。いっぱい咲いてるんだよ」
「わざわざ花があるってことは、この街のシンボルフラワーかな?」
 地上の都市にはシンボルフラワーが存在する。フィラノスは鈴蘭、沙蘭は桜、フィリップスはひまわりなどだが、天空都市にもシンボルフラワーが存在するのだろうか。
 花の話になって、ミティアが珍しく小難しい表情をしている。
 ジェフリーはミティアの変化に気が付いた。
「どうかしたのか? ミティアが考えごとなんて、珍しいな?」
「うーん、わたし、お花屋さんで働いたときにレジ番で座っていて、花言葉の本があったから面白くて読んだの。うろ覚えなんだけど、水仙ってあんまりいい花言葉じゃなかったような気がして」
 花言葉を気にするなんて女性らしい。しかも、働きながら身に付けたのなら大したものだ。マメな客を相手にするならプレゼントで気を付けたいだろう。
「自己愛、自分大好き、みたいな言葉じゃなかったっけ?」
 思い出しながら口にする。ショコラがミティアを見上げて首を振った。
「ただの水仙はそうじゃなぁん? 水仙は花の種類で花言葉が変わるのじゃよぉ?」
「あれ、そうだっけ? ショコラさん詳しいですね」
 ミティアはショコラを抱き上げる。彼女が持つと何でも可愛らしいし、絵になってしまう。ショコラは少し気を落としながら花言葉の話を続けた。
「黄色い水仙はもう一度愛してほしい、私に振り向いてほしいという、切なくて少し悲しい言葉なのじゃよ」
「えっ?」
 ミティアは動揺し、思わずショコラを落としそうになっている。ミティアは首を振ってショコラを抱っこし直した。
「そ、そうなんだ?」
 ミティアは気を沈めそうになったが、自身で持ち直している。無理に納得するように小さく何度も頷いた。ここで彼女の気が沈むのはまずい。気を利かせてケーシスが前に立った。
「さて、ここから本番だぞ? 姉ちゃん、気張れよ?」
「あ、は、はい!」
 水仙を眺めながら石畳を進む。この先も石造りの橋だ。黄色い花が綺麗なのに、意味を知って物悲しい。こんなに景色が綺麗なのに。ミティアがショコラを抱えたまま、最後尾で名残惜しそうに水仙の広場を眺めた。
 ミティアが少し出遅れたところを、サキが寄って声を掛ける。彼は先頭にいたはずだが、ミティアを気遣うためにわざわざ足を戻したようだ。
「ミティアさん、間隔が開いてしまいますよ」
「う、うん……そうだ、ね?」
 了解の返事はするが、他に気になることでもあるのだろうか。ミティアは辺りをキョロキョロとしている。
「ミティアさん?」
「ねぇ、サキ。何か、声がしない?」
「声、ですか?」
「気のせいかな?」
 ミティアの足が完全に足が止まっている。
 ショコラが鼻をヒクッと上げ、耳を立てた。
「あまりいい兆候ではないなぁん」
「そうなんですか?」
「できるだけ聞かないように、意識をしてはくれんかのぉん?」
「は、はい」
 返事はするが、納得はしていないようだ。ミティアとサキを心配して、竜次を引き摺ったジェフリーが歩み寄った。竜次の方がお兄さんのはずだが、縮こまってジェフリーのジャケットの裾を摘まんでいる。
「どうかしたのか? あまり離れるとよくないと思うが?」
「ご、ごめん。大丈夫、なんだけど、先生の方が大丈夫じゃないような?」
「兄貴のことは気にするな。そのうち嫌でも慣れる」
 素っ気ない反応をするジェフリーだが、竜次は言い返さない。ジェフリーはいつもこんな人だった。変に思うことはない。竜次がおとなしいのが異例なだけ。
 ミティアは遅れたぶん、小走りになった。
 戦闘ではコーディがぱたぱたと飛んで、橋の先を見ている。
 視界は悪いが、薄い雲のような霧が立ち込めているだけで進むには支障がないようだ。
 難なく橋を渡る。特に異常はない。吹き抜ける風がやけに冷たいと感じた。
 橋の先は大きな柱が二つ立っていた。
 古代の遺跡にありそうな石を積まれた簡単な造りだ。高さが違うが、積まれているだけなので崩れもするだろう。門を模しているようだ。
 ケーシスはコートのポケットに手を入れて見上げている。
「ラスダンの入り口ですよーってか? さっきから石ばっかりだな」
 ケーシスは『石』と強調したが、どうも無関係ではないようだ。ショコラが反応した。
「この先は石の都イルなのぉ」
「おい門番、変なのは出て来ないだろうな!?」
「うーむ、わしはここをあまり離れたことがないから中は覚えておらんのぉん。どこかの石板に都市の地図があったような気がするのじゃが」
 ミティアの腕の中に居たショコラがすり抜けて地面に下りた。キョロキョロと辺りを見回している。言っていた石板を探しているようだ。
 探し物と聞き、キッドが目を凝らして見つける。
「あ、あれじゃない?」
 小声で言い、指をさした。弱々しい声だが、やはりキッドの目がいいことに変わりはない。これは復帰早々だが現役だった。
 いつの間にか懐中電灯を持っていたローズが照らして示した。
「ムムッ、ホントデス」
 まるで観光案内のような石板には街の仕組みと、都市全体の案内図が刻まれていた。早速、ジェフリーとサキは、ハーターから教わったマッピングを試みている。二人はブロックメモ状の方眼紙に鉛筆の芯のようなものを走らせた。写真や、もっとハイテクなものがあればいいのかもしれないが、こういうところが妙にアナログで現実的だ。
 カリカリと地図を書き記していくが、ここで意外な一面が垣間見えた。ジェフリーもサキもお互いの『違い』を見付けた。まずはサキから指摘をする。
「あれ、ジェフリーさん手際がいいですね。僕、全然書けないのに」
「ん? 俺はもうすぐ終わるけど?」
「えっ、はぁっ?」
 筆が早い。ジェフリーはメモ数枚をまとめて千切り、照らし合わせている。あまりに手際がいいものだから、サキは焦り出した。同じことをしているはずなのに、ここまで違うとは驚く。
 ジェフリーの意外な一面を垣間見られたが、ここで竜次が茶々を入れる。
「ジェフは一人遊びで絵を描いていましたよね。クロッキー帳をおねだりされたことがありましたけど、田舎町なので取り寄せたりもしましたっけ」
 竜次はジェフリーとの生活を思い出しながら話す。ジェフリーは恥ずかしそうに俯き、口を尖らせた。
「兄貴は変なことを覚えているな?」
「書き間違えたレポートをよこせって言って来たくせに。裏紙を使って落書きをしていたじゃないですか」
「リサイクルになっていいじゃないか」
「そもそも何を描いてるか、見せてもくれなかったじゃないですか」
「兄貴に見せてどうすんだよ!?」
「いいじゃないですか。ジェフの趣味くらい、理解したいでしょう?」
「趣味だけかよ!」
「だってジェフったら、普段からもの静かじゃないですか。たまに顔を合わせたと思ったら喋るのは私だけでしたし、何を考えているかなんて……」
 くだらない兄弟喧嘩が始まった。竜次がどんどん元気を取り戻しつつある。この様子を見て、ケーシスが腹を抱えて大声で笑った。当然だが、皆は驚く。
 悪態をつきまくるケーシスが、引き笑いまで軽く咳き込んでいるし、眼鏡の下から指を入れて目を擦っている。泣き笑いまでするようなことなのだろうか。
 竜次は怪訝な表情で訊ねた。
「お、お父様?」
「すまねぇすまねぇ。悪気はないんだ。ただ俺は、壱子の書面や話でしか、お前たちを知らねぇ。普段からこうやってるのかって思うと、お前たちはそうとう仲のいい兄弟だな!!」
「な、何もそんなに笑わなくても……」
 竜次は呆れている。ケーシスの指から手の甲に涙が伝った。笑っているのだが、泣いている。謝るように首を垂れた。
「ホント、些細だけどくだらねぇことで笑っていられるような、こんな息子だとは思わなかった。俺は、大切な時間を馬鹿なことに使っていたんだな」
 何かと思ったら感傷に浸ってしまっている。これからというときにこんな感情の動きがあると思わなかった。さぞ後悔も多かっただろう。と、思った次の瞬間に顔を上げて泣き笑いだ。ケーシスは吐き捨てるように言う。
「ははっ、俺ぁ、バッカみてぇだな」
 知らない一面だ。家族に関して考える機会が増えた。これだって、道を誤らなかったら気が付かなかったことだ。すべてが悪かったわけではない。だが、もっと有意義に生きることができたかもしれない。ケーシスの中に後悔は常にある。
 ジェフリーはパタンとメモをたたみ、ケーシスに振り返る。その顔は少し笑っていた。救いの手を差し伸べるように言う。
「帰ったら酒の席に付き合ってやるよ。そこでいくらでも謝って、何でも愚痴ればいいだろう?」
 今まであったはずの親子の壁が薄れた気がした。思いがけない言葉に、ケーシスは額を押さえる。答えようとするケーシスの前に竜次が割って入った。
「ずるいっ!! ジェフったら抜け駆けするんですかっ!?」
「は、はぁ?」
 父親に対しての独占欲でもあったのだろうか。竜次が軽く頬を膨らませている。そして次から次へと連鎖した。
 頬を膨らませているのがもう一人。ハムスターのようにぷっくりと可愛らしいミティアだ。
「ジェフリーったらずるいっ!! わたしだって、ケーシスさんと一緒にご飯食べたいのにっ!!」
 同じことをしているのに、やる人によってこんなに見え方が違う。そして連鎖は続いた。もちろんこの二人にも。
「ま、待ってください。僕だって、お父さんの話やまだお聞きしたいことがたくさんあります!!」
「それを言ったらあたしだってそうなんだけど!! 父さんもそうだけど、母さんだって学生時代に友だちだったくらい、親しかったんでしょう? すごく興味あるわ」
 サキとキッドも話に混ぜてもらいたいようだ。突然言い寄られてしまい、ケーシスは慌てて手を振る。
「ちょ、ちょっと待て。俺はそういうの苦手なんだ!! 勘弁してくれ」
 逃れようとするケーシス。壱子も同じような反応だったのを思い出させる。だが、今回はケーシスが相手だ。皆は揃ってケーシスを慕っている。
 包囲網でも作ろうという勢いだ。ローズまで諦めろと促して陥れようとしている。
「観念するデス。この子たちはそういう子たちなのデスヨ」
 ローズがその気なら、ハーターだって便乗したい。
「お仕事抜きの話は難しいかもしれないけど、そういうことならぼくも混ぜてもらいたいねぇ?」
「センコーとは一番関わりを持ちたくねぇ!!」
「そんなにハッキリ言うことないじゃないか。ぼくだって歩み寄りって言うものがあってだね……」
「こ、こんなモテ期、いらねぇッ!!」
 ケーシスは皆の歩み寄りを拒否していた。少し離れてコーディが小さいメモにペンを走らせている。きっとこれはネタ帳だ。悪巧みでもするような笑みを浮かべている。

 茶番もほどほどに、先に進む。
 石板を離れ、石の階段を上ろうとする。皆が進もうという空気の中で、サキだけはまだ一生懸命に地図をメモしていた。
 サキの肩には圭馬。覗き込みながら率直な意見を言う。
「キミさぁ、絵心がないね?」
「この端っこにあるゲジゲジしたもの描いてるんです」
「そうなのぉ!? 落書きかと思った」
「あぁっ、みんな待ってくださいよぉ」
 圭馬に絵心がないと責められながら、サキは石板の端まで書き写してメモをたたんだ。急いであとを追い駆ける。
 石の階段を上がってさらに門が見えた。今度はアーチ形なのだが、植物が門になっている。その先は真っ暗闇が広がっている。建物と見ていいのかもしれないが、白っぽい岩肌しかわからない。そして相変わらず、霧だか雲だか判断に難しいものが辺りに立ち込めている。
 この先は視界が悪そうだ。いよいよ警戒をしないといけない。
 竜次はカバンからランタンを取り出した。
「ランタンの油、買い足しておいてよかったです。念のため、節約をしながら行きましょうか。先は長そうです」
 ランタンに火を入れた。とりあえずはこれで進もうとなる。すっかり水恐怖症は薄れていた。
 ショコラが注意を促す。
「ここから先はわしもよくわかっておらんのぉん。注意するのぉ」
「ババァ、それ本当なの? ボクはいまだに疑っているんだけどさぁ?」
「のぉん……」
 圭馬だけはずっと疑っている。裏切らないかという意味が込められているのだ。ショコラは疑われても仕方ないと思っていた。だが、少ししょんぼりしている。
 同じカバンにいづらいのか、ショコラはずっとサキから離れていた。気持ちを察してか、ミティアが再び老猫を抱き上げる。彼女はこういう気配りができるから皆に好かれるのだ。元気がない人がいないかを見ている。
 事前情報もなく、未開の地、ここで誰かが孤立するのは極力避けたい。

 視界を遮るのは暗闇だけではなかった。
 少し足を踏み入れただけで土埃が立った。カビのようなニオイがして空気は悪い。さらに視界が土埃でどんどん悪くなった。
「クソが……」
 ケーシスが咳き込みながらフェアリーライトを弾く。これくらいは魔導士の端くれでも使えるのだが、彼の体調が悪そうだ。こういうときは、サキがフォローに入る。
「おじさんは体力を温存してください。僕と姉さんで前を歩きます」
 咳を抑え込もうとしてゼーゼーと喉を鳴かせている。さすがにケーシスも、これには甘えることにした。
 竜次もケーシスのフォローを試みる。
「私がうしろを歩きます。誰かはぐれないか心配ですからね。お父様は適当に歩いてください」
 珍しく自発的にと誰もが思ったが、今まで竜次がうしろを歩くことは多かった。自然な行動かもしれない。

 壁は遺跡なのか、石で時折枯れた植物や崩れた個所も見えた。
 この先に、何が待っているのだろうか。
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