トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3‐6】一致団結

エクスペリエンティア

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 天空都市の一部。石の都イルとは言ったが、一行が入ったのは石造りの建物だ。中はほとんど真っ暗。土埃で光を頼るも視界が悪い。
 最初のうちはケーシスだけだったが、皆は次々と空咳を始めるくらいだ。
 あまりにも索敵の効率が悪いし、進むのがゆっくりになる。
 先頭を歩くサキが杖の先にフェアリーライトを止める。
「けほっ、あんまり無駄遣いをしたくないのですが、仕方がないかな」
 サキがカバンから摘み出したのは大きく水色の魔石だ。大きいという点では確かにもったいない。
「どれくらい広いのか想像つかないけど、とりあえず広範囲でいいですね。ウォーターフィールド! いっけぇ!!」
 対象の物に弾くのではなく、自分を中心に広がるように頭上に掲げた。シャボン玉を割ったような控えめな弾け方が可愛らしい。
 スッと空気が変わる。湿気を帯びた空気が広がった。平たく言うと、水や氷など一部の魔法が効きやすくなる効果がある。今は重要視する特性ではないが。
 舞い上がっていた土埃が鎮まった。光も遠くまで行くようになり、明るさが増す。通路を進んでいたのかと思っていたが、枯れた蔦がアーチ状のようになり、真上を走っていた。枯れてはいるが、おしゃれな造りをしている。ところどころ朽ちているが、いくつも並んでいるため、何かを示すもののようだ。
 ランタンを揺らしながら竜次が頭上を見ている。いくつかの仕切りが見えた。
「都市と言っていたのですから、ここは居住区でしょうか?」
 蔦の向こうには別の仕切りも見える。キッドも気が付いたようだ。
「人の生活していた跡が見えるわね。ほら、あれはベッドの骨組みじゃない?」
 キッドの言葉に反応し、サキは杖を振ってライトだけを泳がせた。マス目のようになっている居住区で間違いなさそうだ。石の柱で区切られ、足の折れたテーブルや椅子も見えた。
 竜次は小さく頷き、考え込んだ。
「生活するぶんにはよかったのかもしれませんね。水もあるし、緑もある。どこかで世界につながりがあるのでしたら、物資にも困らないでしょうし」
 独特の造りをしているので、特別な場所に感じるかもしれない。
 キッドはこの造りに疑問を持つ。
「近所付き合いが大変そうね。ある程度はプライベートも仕切ってもらわないと、あたしだったら疲れちゃうかもしれないなぁ」
 探索しながら軽く話題が膨らんだ。
 ネタを見付けたと、コーディがカリカリとネタ帳にペンを走らせていた。無言というのが夢中の証拠だ。それもそうだろう。地上の人間は大半が知らないのだから、世紀の大発見と言ってもいい。
 探索に積極的な者もいた。若い頃はこういった冒険に胸を躍らせていたハーターだ。
「ふむ、これはちょっとワクワクしてしまうなぁ」
「オニーチャン、あまりあちこち触らない方がいいデスヨ」
「若い頃は遺跡探検もしたんだ。ぼくは専門家なんだけどなぁ?」
「何か作動したらどうするつもりデス?」
 ハーターが元気に暴走している。ローズは注意するも、ここまで来て何もない方が気になった。そろそろ何らかのアクションがあってもいいと形だけは身構える。
 皆はここがどんな場所なのかを気にする。
 そんなことはよそに、ミティアはポーチから平たい飴を取り出して割っていた。ジェフリーが作っていた薬草の飴だ。
 甘いものに目がないのはミティアだけではない。ケーシスもそうだ。
「へぇ、姉ちゃん、いいモン持ってるな」
「ケーシスさんも食べますか? のど飴にもなるハズですよ」
「ふぅん……」
 ケーシスは自分にもくれるのかと待っている。ミティアはなかなかうまく割れずに力んだまま顔を真っ赤にしている。あまりの必死さにケーシスが腹を抱えた。
「ぶっ、はははっ、変なところが不器用だな。ほら端っこ持てよ」
 ミティアが持っていた部分が溶けてベタベタになっていた。ケーシスはそこを狙って、パキッと二つに割った。あろうことか自分が持っていた方をミティアに突き付けた。
「ほら、あーん」
「あ、あーん」
 ミティアは煎餅でも咥えるように、カリカリと前歯がぶつかっている。
「ふぇーしふふぁんも!」
「あぁ、はいはいってなんか青臭い飴だな」
 ケーシスも口に含ませた。仲良く女遊びでもしている空気になり、ジェフリーと竜次の視線が冷たい。
 ケーシスは気にもせず、飴だらけになったミティアの指まで舐めていた。
 特に呆れているのは竜次だ。緊張感が途切れる。
「ジェフはよく平気ですね」
「そろそろ嫉妬を通り越して諦めに入ってる。姫姉にもあぁだったんじゃないのか?」
「そう言えばそうだったような。デレデレだった気がします」
 初めのうちは嫉妬した。だがもう慣れていると言いたそうなジェフリー。竜次も考え方をあらためようとしていた。別に必要以上にベタベタするわけでもないし、腕を組んでキスでもしていたら素行が悪いと捉えるがそこまでではない。多分、娘を愛でるのと大差はないだろう。
 竜次だって、ミティアに抱く想いは妹に近い。恋焦がれたこともあったが、それは孤独を埋めたい気持ちだった。自分にはミティアが眩し過ぎる存在だった。それに、竜次にはもう愛してしまった人がいる。
 余計なことを言わなければいいのに、ミティアは言ってしまった。
「これ、ジェフリーが作った体にいい飴です。薬草とか、蜜とか色々入ってますよ」
 ミティアに悪気はない。だが当然、ケーシスの表情が引きつった。何も言わないが、ジェフリーに対し視線だけで訴える。これではどっちが血縁者なのかわからない。扱いがひどいのは今に始まったことではないのだが。

 茶番もほどほどに、雑談を交わしながら、マッピングもしっかりとしていた。情報とだいたいの縮尺を想定し、サキとジェフリーはお互いの地図を照らし合わせるもどうもおかしい。
 決まってからかうのはキッドだ。
「何ガラにもなく、難しい表情しちゃって?」
 今回は二人して考え込んでいるからからかいたくもなるだろうが、二人の地図を見てちゃんと文字も拾っている。
 キッドは丁寧なマッピングをしたサキの地図を見ている。
「あぁ、確かに五件くらいあったわね。ここに湧き水っぽいのがあったけど、これって後から書き込んだ方よね? 色が違うから、赤いのが通って来た道?」
「そうです。色を変えないとわからないですから」
 色を変えて記していたのはサキだ。ずっとジェフリーは同じ色で書き込んでしまっている。サキの方が下手な地図だがこういう小さい所が違っていた。
 ジェフリーはサキの地図を見ながら頷いた。
「それは俺も思った。馬鹿正直に地図を完成させるのはあほらしいな。これから進むところは色を変えようと思う」
「まぁ、それは置いておいて。おかしいと思うのが、この出っ張りみたいなのとか。あと、ここに公園みたいなのとか、なかったような気がしますよね?」
「表の石板が間違っていたのか、それとも何も残らずにもうなくなってるとか?」
 この点について二人は考え込んでいたのだ。
 目のいいキッドもこれにはおかしいと思った。思い出してみるも、見覚えがない。
「確かになかったわね。まだそんなところじゃないってことでもないわね。その公園みたいな印はずいぶんと入り口に近いし?」
「可能性があるとすれば……」
 サキが再び考え込もうとした。
 そこへハーターがとある助言をする。
「ここさ、二階じゃないかな?」
 ハーターは少し先を探索していた。乏しい明かりを頼りに壁際で調査中だ。サキがライトを泳がせるとハーターの視線が上に行った。
「ここはすごく天井が高かったんだと思う。上は覆われてわからないけど、隙間から小さい光が見えるね。石壁の隙間から木の根か枝が枯れた跡が見えるから、この向こうは大きな木でも埋まっていたのかもしれないね」
 見上げてみると確かに小さい隙間が見えた。自然とサキに視線が集まる。
「えっ、ここをぶち破ってもいいのかなぁ」
 向こう側に光が見えるのなら、その手は悪手ではないだろう。ショコラも賛成する。
「のぉん? ライトをずっとかざしているのは効率が悪いのぉん」
「それもそうか、よしっ」
 サキがごそごそとカバンから魔石を取り出そうとすると、厳しい声が掛かった。
「ねぇ、ババァのこと、信じていいの!?」
 ミティアに抱っこされている圭馬は、まだショコラを疑っている。傍にいさせたら噛み付いてしまいそうな勢いで身を乗り出している。ミティアはぎゅっと抱え込んで頭を撫でている。でもその表情は少し物悲しさを漂わせていた。さすがの圭馬もこれにはおとなしい。
「お、お姉ちゃん?」
「喧嘩はしないで」
 なぜだろう。ミティアが落ち込むと、この場の空気が一気に重くなった。たったこれだけで、こんなに空気が変わるなんて。圭馬は口出ししてしまったが観念する。
「わ、悪かったよ。でも、みんなが危険な目に遭うような導きはやめてよね!!」
 一応こんな空気になってしまったことを詫びた。だが、元はと言えばショコラが一行を陥れるような行為をはたらいたのがいけない。
「すまんのぉん。でも、本当にわしはこの中を知らんのよぉ。言っても信じてもらえないかもしれないけどなぁん」
 ショコラも詫びている。だが、一度こうなった空気はどうしたらいいものだろうか。
 ミティアが落ち込んでいるのを何とかしようとする者がいた。竜次だ。身を乗り出そうとしている。
「み、ミティアさん。えっと、えっと」
 おろおろしながら何かを言おうとしている。ジェフリーはこれを遮った。
「兄貴は余計なことするな。どうせ下手くそなんだから」
「ゔっ……」
 ジェフリーは厳しく指摘をした。竜次は激しく気を落とした。慣れたものだが、邪魔をしているわけではなく本当に人を励ますのが下手なのだ。ミティアに限らず、誰かが気を落としては困る。
 余計に沈みそうになった空気にこの場にはふさわしくない音がする。
『ぼりぼりぼり……』
 堅いものを砕く籠った音が響いた。何かあらわれるのかと音のする方を警戒する。逆三角形の赤い眼鏡が光るローズだった。左手に透明なボトル、右手で摘まみ持っていたのは棒状の物。そしてローズの口元は粉塗れである。
 皆はこの状況に呆気にとられた。
 ケーシスはあえて訊ねた。
「何を食ってんだ、お前?」
 ローズは平然と答える。
「あんこ&きなこスティック、デス」
 何か文句でもあるのかと言いたそうなくらいに、堂々として、あっさりとした返答。そしてこんなものを食べていたらミティアが黙っていない。
「食べたい」
 口を窄めて物欲しそうな目でミティアが訴えている。いや、物欲しそうなではなく、絶対に欲しいという執着の目だ。
「ほいっ」
 ローズはよくこうして小さいものを食べている。媒体を作りながら棒付きの飴やサラミを摘まんでいることも見かける。そしていつも一人で食べている。くれといったらくれるのだが、自分からシェアしないのだろうか。そう言えば友だちはいないと言っていたし、ときどき陽気にお茶らける彼女の行動には謎も多い。何か理由があるとすれば、長寿であるせいなのかもしれない。
 おいしそうに頬張っているミティアの表情は明るい。案外、ローズのフォローがないとミティアの元気を維持するのは難しいかもしれない。
「俺にもよこせ。つか、おやつの時間だったか?」
 ケーシスが上を見ながらローズの持っているボトルに手を突っ込んでいる。
 竜次は首を傾げた。
「ん? お父様、どうして時間がわかるのですか?」
 ケーシスの懐中時計はいまだにミティアが持っているはずだし、こっそり返されていたとしてもケーシスは今、いっさい時計を見ていない。
 ハーターがそのカラクリに気が付いた。
「あっ!! そういうことか」
 ハーターの視線の先に何があるのか、キッドも気が付いた。
「えっ、あれは時計ですよね!?」
 少し先に開けた空間があり、視線を上に向けると時計らしき影が見える。おやつの時間という変なきっかけだったが、新しい発見にいたった。魔石ではなく懐中時計を手にしたサキが、時間を確認して合っていることに驚愕した。
「えっ、ここって、空の上ですよね? どうして時間が合っているんですか」
 こんな偶然は知らない。今まで遭遇して来たどんな偶然よりも恐怖を感じた。原理や地上と連動する意味、サキの思考が追い付かない。理解ができないと、懐中時計を持つ手が震えている。
 メモを持ったジェフリーがサキの横を通過する。
「ん、ちょっと待てよ。あそこって広場だろ? ということは、今ここにいるのか」
 大きく開いた空間、ジェフリーは下を見て驚いている。
「先生の言った通りだ。ここは二階らしいな。下がある!」
 ハーターは目を輝かせて一緒になって確認する。
「おっ、ちょっと待ってくれ。ビンゴかい?」
 見た目はおじさんなのに、抑えきれない探求心が幾分も若く見せる。
 新しい発見にはしゃぐ二人。まだ悩んでいたサキは、コーディにマントを引っ張られていた。
「とりあえず、上をぶち破って明るくしようよ。どっちにしても、ここを調べてもっと先に進まないといけないのは変わらないはずだから」
「そ、そうだね」
「わかってると思うけど、みんなサキを頼りにしてるんだから、変な判断だけはしないでね?」
「わ、わかった。ごめん」
 謝っていたが、サキの中では納得のいく答えが導き出せない。コーディは腕を組んでため息をついた。
「いい加減、謝るクセを直しなよ」
「えっ?」
「頭はいいのに、簡単な所が抜けてるしさぁ?」
 コーディ特有のいびりが始まった。それなのに、サキはその件に関しては深く考えていない。むしろ、変なことに気が付いた。
「簡単なことって、そうか。地上とここをつなごうとしているんだから、この近くに柱の光源があるかもしれない!! それなら時計をはじめとするこの都市が地上と連動しているのも理由が付くね!!」
「は、はぁ? 全然簡単じゃないことを言ってない? って、サキ? えぇ!?」
 サキは一人で納得していた。先を探索しているハーターとジェフリーに合流する。せっかく先ほどの魔法による補助が付いているのだから、適切な魔法を試みる。広場の天井に向かって杖を振り上げた。
「スプラッシュカノン!!」
 強力な水圧砲が放たれた。湿気も広がって、ちょうどいい。朽ちて重なった植物を抜け、霧雨のようなものが散った。
 眩しいくらいではないが明かりが広がった。天井から明かりが射すだけで全然視界が違う。今まで薄暗かったが、今いる場所を含めた全貌が明らかになった。石の壁はレンガのように互い違いになっていて、隙間の崩れや木の幹が見える。時計はしっかりとしていた。周囲に崩れがない。ここは比較的新しいのだろうか。
 下の階層が見える。イベントホールのようなスペース、通路脇には小川が見えた。残念ながら明かりはすべてには届いていない。探索をするなら、下りないといけないが徒歩で降りられそうな場所も見当たらない。
 どうせ調べるのなら下の階層も見るべきではなかろうか。ハーターは期待に胸を躍らせていた。
「さて、どうするかね。個人的には、下も調べておいた方がいいかもしれないとは思うけど?」
 移動力に長けているコーディが、ずいずいと前に出た。
「私、ちょっと偵察しに行こうか? 飛べるし?」
「うわっ、文豪先生ったら有能だなぁ!」
 確かにコーディはこの状況でいい働きをするだろう。ハーターもおだてている。
 未知の場所による探索。どうしてもワクワクしてしまうのは仕方がない。だが、それをあえて止める者がいた。ケーシスだ。
「やめといた方がいい。と、俺は思うけど? ま、余計なお世話か」
 何も考えていないのかと思ったが、ケーシスなりのきちんとした理由があった。
「見知らぬ土地で単独行動はどうもいい予感がしねぇ。センコーはそういう奴を見たことがあるんじゃねぇか?」
 はしゃぎすぎて気質を失いつつあるハーターに対する苦言でもあった。
 ケーシスはいいことを言ったかもしれない。だが、ズボンのポケットに手を突っ込んで関係ないと他人の振りをする。
 意外な人物に意外な指摘を受け、ハーターは我に返った。何度も小さく縦に首を振ってコーディを止める。
「うん。そうだね。ぼくもしっかりしないといけないのに、これはすまない。判断を誤ったら誰か命を落とすかもしれない。考えが甘かったよ」
「あ、ううん。私も先へ先へって焦っちゃったし。ごめんなさい」
 コーディも軽く頭を下げた。焦る気持ちも探求心も、ほどほどにしなくてはいけないと気付かされた。言った本人であるケーシスはやさぐれている。
 大きな流れに逆らうような力を持つのに、その行動は控えめだ。強くはない。
 ガラにもないことをした。ケーシスはそんな態度をつく。
 ミティアは輪に戻ってほしいと説得していた。
「あ、ケーシスさん待ってください。ケーシスさんも一人で歩いちゃダメですよ!!」
 ケーシスはミティアに引き止められ、項垂れながらミティアの話を聞いている。
「お父様って、あんな人だったんだ」
 再びランタンに火を入れようかと迷っている竜次が手を止めている。視線はしっかり父親であるケーシスに向いているのに、『もっと身近な人』を見ている気分だった。
「案外、親父は、人をちゃんと見ているのかもしれないな」
 その『もっと身近な人』であるジェフリーが、もっともなことを言うので、竜次も困惑する。本来は何も不思議に思うことはない。親子なのだから似て当然なのだ。
 竜次はジェフリーに対し、どう言うべきかと言葉を選んでいた。何となくだが、機嫌を損ないたくない。
 兄弟だけの『家族』の話かと思われた。だが、キッドがジェフリーに謎の歩み寄りを見せる。
「前のあんたみたいね。やりっぱなしだけど、言ってることは正しいと思うわ」
「俺と親父を見比べるな!」
「別にけなしてるわけじゃないわよ」
「どうだか」
 キッドはジェフリーには相変わらずだが、ケーシスに対してはいい印象を抱いているみたいだ。
「クレアのお父様は……ってこれは聞かない方がいいのでしょうか」
 竜次が神経を疑うような質問をした。キッドは純粋に知りたい気持ちを汲み取って苦笑いをする。だが、なぜかこれを答えたのはケーシスだ。
「あのがり勉は、あんまり家に帰って来なかっただろうな。どんなに権力に押し潰されても、書いた論文を破かれても、立派な学者をしていたんだよな。あいつも家族を大切にしなかった」
「おじさん、やっぱり父さんを知っていたのね」
 キッドが魔導士狩りに遭ったのはそれなりの年齢だ。覚えていないわけではない。キッドは父親の記憶を掘り起こした。家族を大切にしていなかったと言えばそうかもしれない。だが、家族想いではなかったかというと、決してそういうことではなかった。
「でも、年に一回の合唱会には、絶対に帰って来てくれた」
 知らない話。サキは無言で耳を傾けている。ショックで失ってしまった記憶。でも、それでも自分は恵まれているのだと思う。何度も自分の境遇を呪った。拾った母親による理不尽な虐待はあったが、挫けない育て方をしてくれたアイラ、そして今周りにいるいい人たちに出会えたのだ。表情は不思議と明るかった。
 コーディはサキの表情を覗き込む。
「サキ?」
 サキは笑っていた。
「まいったなぁ、もっと聞きたくなっっちゃった。早くこんなこと、終わらせたいね」
 年相応なはにかみ笑い。サキが見せるあどけない部分だ。コーディはこれを馬鹿にする。
「うっわ、ガキっぽい笑い方」
「コーディ、馬鹿にしないでよ!」
「ふーんだ」
 やっぱり素直にはなれないコーディ。
 サキはせっかくの雰囲気を壊されて、機嫌を悪くしていた。

 歩調が乱れるのはまずいだろう。
 サキは自発的にコーディと距離を置く。杖を持ち直し、ジェフリーと再び地図を照らし合わせていた。少しでも皆が安全に進むにはどうすればいいのか。どこから探索をするのかを相談したい。
「ジェフリーさん、ここからどこへ向かえばいいですかね?」
「そうだな、今いるのがここなら、無理をしてここを下りたり上がったりしなくてもいいだろうな」
 ジェフリーはサキの地図に疑問を抱いた。
「ん? お前の地図。このミミズみたいな印は何だ?」
 ジェフリーの地図は綺麗だが、細かい書き込みは省略されている。サキの地図は細かい書き込みがある。輪郭だけパッと描いているジェフリーのスマートな地図と違ってごちゃごちゃと書かれている。ミミズのような印は、色が黒なので石板から引っ張った可能性がある。
 サキは悩ましい反応だ。
「この印、もうちょっと先にありますね。僕も書き写しただけなので、これが何なのかまではわからないです」
 マッピングを教えたハーターがやっと二人の地図に目を通していた。
「ちょっと見せてくれないかい?」
 宿題の答え合わせでもする態度だ。教えるだけ教えて、すぐに手を貸そうとせずに自分たちだけで試行錯誤をさせるのは教師ならではの傾向だ。ここでその判断がどう出るかはわからないが、少なくともこれから先はもっといい方へ傾くはずだ。
 ハーターは頷きながら二人の地図を拝見しているが、まず褒めるところから入った。
「キミたち、組んだら最強なんじゃないかな? お互いがお互いの足りない部分を補っているみたいじゃないか。こういうのは性格が出るからね」
 これだけ聞くと絶賛しているようには聞こえない。ハーターは指をさしながら、もっと解説をする。
「大魔導士クンのこの印は階段じゃないかな? だいたいこういう細かいものは省略してしまうからね。でも綺麗に書くことも大切だ。見やすくないと、やはり迷ったときに頼りになるのは通って来た道だから」
 これはダメだ、あれはダメだと頭ごなしには言わない。本人に気付かせることがハーターの方針だ。まぁ、これが甘さを招くこともあって教師は退いたのだが。
 ジェフリーは自然にサキと目を合わせる。
 組んだら最強という言葉が気に入ったらしい。
「だってさ?」
「そうらしいですね」
 年の離れた剣士と大魔導士。互いに足りないところが見直せるいい仲だ。はじめに大図書館で組んだときもそうだったが、変に気が合うし憎まれ口を叩いても、心の底から嫌な気持ちにはならない。つまり、そういう仲だ。もう諦めよう。

 ハーターの助言もあり、このままの階層を進む流れになった。階段を目指す。
 気持ちも締まった。ほどよく息抜きもでき、ローズの持っていたお菓子で少しお腹も膨れたところで再出発する。あまり一か所に長居するわけにもいかない。
 何せ三つの都市から成り立っているうちの一つ目なのだから。
 サキが付けていた印は階段で合っていた。決して綺麗な地図ではないが、精密さが証明された。残念な点は、この印がもっと手前、入り口の付近にもあったことだ。暗くて視界が悪かったのだからこれは仕方ない。
 暗がりの中でランタンを照らし、階段を下ろうとする。上は何とかなるが下の階は全く明かりがない。行かない選択肢も考えたが、再び地図を見る。危険を冒すくらいなら無難に行くのがいいのかもしれない。
 ジェフリーもサキも悩んでいたところ、今度はミティアが地図を覗き込んだ。そして前にも気になったことを口にする。
「これ、どこにも橋がないね?」
 ハッとさせられる一言だ。先ほどのハーターではないが、違う人が見ると違うことに気が付く。ミティアはハーターの古い地図を見たからこその疑問だ。
 ジェフリーはこの地図に隠された意味を考え込んだ。
「橋、か。確かに渡れる場所の記載がない。入り口にあったのが一階の案内だとしたら俺たちは視界の悪いままで進んで、一階の存在を見落とした。もしかしたらこの地図が一階で正解なら二階のどこかに橋があるのか?」
 決定打はない。あくまでも憶測だ。だが、その考えはサキも抱いていた。
「ジェフリーさんらしくないですね。もっとスマートに言い換えましょうよ? 皆さんを引っ張る自覚、持ってくださいね?」
 事実上のリーダーはジェフリーだ。サキは強い意見を求めた。
「俺とサキがメモにした地図は一階。つまり、一階はハズレだ。このまま二階を進もう。橋があるかもしれない」
 ジェフリーは簡略にまとめて拳を作り、大きく頷いた。これはこれでどうかと思うが、一応カッコつけになるのだろうか。
 ハーターとコーディは階段から下を覗いて身震いしている。
「ぼくも気になって仕方なかったけど、どうやらその判断は正しそうだね。下よく見てごらん?」
「げげっ!?」
 サキがフェアリーライトを動かすと、動物の目らしきものが無数光って見える。計り知ることは難しいが、犬よりは大きそうだ。幸いなことにこの階段は途中から崩れていた。下りることも難しいが、下りたら確実に餌食になっているだろう。
 ハーターの額に汗が滲む。
「さっき、文豪先生が偵察に行っていたら、本当に危なかったね」
 これにはコーディも冗談を言う余裕がない。
「いやさ、これ、猛獣でしょ。こういうの、ここにもいるんだ? 階段が崩れていてよかったね」
 判断を誤ったら危なかったと証明された。ケーシスに助けられたことになる。
 ハーターはさらに考察をする。
「水と空気があればある程度は生きられる。と言いたいけど、生きられるのはせいぜい草食動物か本当に雑食の生き物でないと、この状況を生きるのは難しいような気はするね。どうしてこんな生き物がいるのかはわからないけれど」
 専門でもないのに難しい解説を交えるハーター。彼が持っているのはせいぜい学校で生徒に教えられる程度の知識だ。
 明かりが行き届かないゆえに、目で追えない速さだ。光の反射のみでわからない。これはこれで恐怖だ。
 ハーターの考察を真っ向から否定する者がいた。ショコラだ。
「のぉん!! あれは猛獣ではないのぉ! 自我がないのぉッ!!」
 ショコラは耳を立て、警戒している。これにはさすがに冷静ではいられないようだ。
「こんな生き物は天空都市にいなかったのぉん!! 種の研究所で見たキメラに似ておるのぉ」
 ショコラはある程度、動物との意思疎通が可能だ。だが、何も聞き取れないという。
 嫌な予感がする。ショコラは身を乗り出し、サキの靴をトントンと叩いた。
 サキも気が付いている。誰がこんなことをしたのか。明らかに人の手が入ったという意味。
「でも、あの人は海に」
 サキはどこかで生きていることを信じたくはないという、都合のいい解釈が疑惑を誤魔化していた。ルッシェナが生きていたら、この生き物の理由はつく。本人はいるのだろうか。

 一線から離れて、後方ではぐれた者がいないかを見張る竜次。今のところ、皆は揃っている。少々退屈なくらいだ。
「なぁ竜次ぃ?」
「は、はい?」
 何か襲って来ないかと警戒している竜次にケーシスが声を掛ける。無精髭を弄りながら、しかめた表情をしている。
「ずっとこんな感じだったのか?」
「あ、あの、質問の意図がわからないのですが」
「今までもこんな風に、力を合わせていたのか、聞いてるんだよ」
 顎を弄ったら今度は腕を組んであくびをしている。竜次はこの質問の理由がわからない。ケーシスがなぜこんなことを聞く意図がわからない。
「こ、これまでも、こんな感じでしたよ?」
 真面目に答えるのも竜次だ。ケーシスから何か嫌味でも言われるのかと思った。だが、ケーシスは歯を見せてニカリと笑っている。
「こういう友だちは大切にしろよ」
「えっ? ど、どうしたんですか、急に……」
「王様になるより、よっぽど大切な経験なんだから。ジジイになってもこういうのは忘れるな。俺はこうやって遠足みたいなことはしなかったけどよ」
 遠回しに羨ましいと言っているようだ。計れた言葉の意味を悟ったローズがにんまりとしている。もちろんケーシスはしっかり噛み付いた。
「やらしい顔すんな」
「フーム」
「ケッ……」
 たまにいいことを言ったと思ったらすぐに逃げてしまう。輪には入らない、馴染もうとしない、別にそのままパーティを外れるわけではないが、歩み寄ってはすぐに離れてしまう。これでは壱子よりもタチが悪い。
 一行を気に入っているのはケーシスだけではない。一歩離れた視点からものを言うのは圭馬だ。しかも今はミティアに抱っこされている。
「お姉ちゃんがあのおじさんを慕っている理由がちょっとだけわかった気がするよ」
「ん?」
 ミティアは圭馬を眺めてニコニコとしている。
 腕の中は居心地がいいのか、圭馬は降りようともしない。
「ケーシスさんはすごく優しくてあたたかい人だよ?」
「ボクもそう思うね」
 ミティアの周りにはどうしても笑顔が多い。もう少しケーシスも積極的に参加してくれたらいいのにと、少し残念だが。

「さて、そろそろあたしも前を歩こうかな」
 矢筒を背負い直し、首を回しながらキッドが本格的に動き出した。下に変な生き物がいるのなら、この先はもっと警戒した方がいい。復帰したばかりでまだ体が慣れないだろうが、やる気だけは人一倍だった。
 キッドが前線に加わったことで、ジェフリーが少し下がった。もしかしたらここから力量が試されるかもしれない。
 一層の緊張を持ってさらに奥へ進むと、光が大きくなった。
 壁や枯れ木が大きく崩れて道を遮っており、行き止まりだ。これは意外な展開だ。
 先頭のコーディは肩を落とす。
「えぇぇ、そういうのってアリなの?」
 コーディをきっかけに、溜め息は広がった。不思議と伝染するのが早い。そして今まで歩いたのでかなり疲れている。
 ジェフリーは皆の顔をうかがいながら提案をする。
「行き止まりじゃ仕方ない。少し休むのも兼ねて、いったん作戦会議をしよう」
 ただの行き止まりかもしれないが、念のため周辺の警戒はする。ジェフリーは荷物カバンから不織布に入った小袋を二つ取り出す。このスパイシーな香りは獣除けだ。もう一つは虫除け。こちらは獣除けに比べて刺激は少ない。
 ジェフリーは竜次持っていたランタンに入れる。
「何も来ないと思うけど、一応な」
 相変わらずこれだけで変なものが寄って来ないか心配になる刺激臭だ。キメラに効くのかは試したことがない。キメラがいるのなら、コウモリや虫にも注意しないと変な薬でも撒かれていたら厄介だ。
 皆がランタンを中心に集まって適当に腰を下ろす。だが、キッドだけは立って開会していた。彼女は人一倍警戒心が強く、こういうポジションだった。
 ジェフリーはそんなキッドに声をかける。
「警戒するに越したことはないが、キッドも話に参加してくれないか?」
「あら、どうして?」
「もしかしたら、下を強行突破するかもしれない」
 話の流れがそうなりそうだ。キッドは眉をひそめながら警戒を解いて座った。まずは地形の整理、何があるのかはともかく、階段はこの先にもある。この崩れた壁を跨げればいいのかもしれないがそのためには下からアプローチするしかないだろう。
 ハーターは座ってはいるが、遮っている木を観察している。
「この曲がり方は上だけだね。幹の流れがいびつ過ぎる。まぁ、木の幹の流れは天候や受けて来た負荷にもよるから、何年もの歳月がこうさせたのかな」
 専門の知識とまではいかないので、どうしてもある程度は推測になってしまうが参考までに。
 ケーシスも気になった。立ち上がって木の幹の流れを観察している。
「望みは薄い上にハイリスクだが、ここをぶち壊すって手があるな」
 ハイリスクについて、ハーターは首を傾げる。
「安全には安全ではないかい?」
「やりすぎるとこの先の道や橋をぶっ壊す。丈夫な造りをしているが、さっき見たように崩れた合間から植物が簡単に邪魔して来やがる」
「確かに。これを壊すのは結構な火力がいるね。やりすぎれば、壊してしまう。でも、先に進めなかったら、何のために来たのかわからないなぁ」
 意見がぶつかる。先に進みたいのは、誰もが思っていること。だが、その手段は一行のチームワークを生かす選択になりつつある。
 きっかけはケーシスの提案だ。
「ぼちぼち腹を括ることになりそうだな。けどよ、こんだっけ人数がいるんだから、役割をしっかりしてれば何も犠牲にしないんじゃねぇか? もし俺一人だったら、夜通しでこの木を削りに掛かってるだろうな。あほらしいけど」
 突っ張った言い方だ。やはりケーシスは馴染もうとしない。
 ハーターはせっかく慕われているのにこの態度はもったいないことをいつ指摘しようか悩んでいた。少なくとも自分よりは親しくなれるはずなのに距離を置いている。ここで士気を下げるわけにはいかないと、いったんは伏せた。
 警戒に神経を使い、疲れている者もいた。竜次だ。わざわざ危険を冒すのは気が引ける。だが、それを冗談交じりに言うのが竜次の特徴だ。
「強行突破って。いよいよ戦うしかないのですかねぇ」
 竜次は立派な刀を持っている。まるで漫才のようなやり取りをコーディとしている。
「お兄ちゃん先生やけに弱気だね?」
「だって、インドアなお医者さんですからね」
「それって冗談のつもりなの?」
「もちろんです。少しは和みました?」
「う、うーん、それはちょっと……」
 この状況で竜次の平和ボケが炸裂した。コーディが指摘をするが、どうもこの医者はこれで少し空気が和むと勘違いしているようだ。これだから人を励ますのも下手なのに。
 コーディは気を重くした。

 本格的な作戦会議はジェフリーが行った。戦略アドバイザーとして、ローズも話の主軸に参加している。
「ここを跨ぐなら、あらゆる想定しておいた方がいいと思うデス。下も崩れている可能性がありますからネ」
「博士が言うと、もっともだな。こんなに頭を使うなんて実習以来だ」
 あらゆる可能性とローズは言ったが、確かに未開の地でプラン通りになんて行くはずがない。作戦を練るにも、全体としての動き方が難しい。
 これだけ人数がれば、誰も傷付かずに突破できるかもしれない。いや、突破させる。ジェフリーは地図と作戦を書き並べ、意見を求めた。
 キッドは一つの提案として、グループ行動の陣形を挙げる。
「あたし、種の研究所を駆け抜ける方法、わかりやすくてよかったわ」
 竜次はキッドがまた大きな怪我をしないか心配していた。当然だが、その戦略でキッドは怪我を負った。心配しない方がどうかしている。
「私は慎重になるべきだと思います」
 当然のように口を挟む。キッドが怪我をするのは絶対に許せない。作戦を組むジェフリーもそう言って来るだろうと予想はしていたのか、柔軟な返しをする。
「だから、もしこの案を決行するなら、兄貴とキッド、サキは一緒に組ませようと思うんだ」
「あっ……」
 竜次はその答えは予想していなかったのか、ハッとさせられる。つまり、納得がいかないなら自分が守ればいいのだ。負う責任が怖く感じられる。
「で……」
 ジェフリーは視線を上げる。視線の先には、爪の垢を弾いて話を半分聞いて半分聞いていないケーシスだ。目が合って顔をしかめている。
「あんだ?」
「親父がどれだけ動けるのかわからない」
「俺はイレギュラー扱いでいい。死なない程度に全体をフォローしてやっから、間違っても主力にすんな。俺も一応インドアなんでな」
 ジェフリーはケーシスの行動範囲が知りたかった。だが、手合わせをしたわけでもないので正確なり気力はわからない。ただ、確実に魔法は使えるし、剣の腕だってこけおどしではないだろう。ケーシスが腰に下げているのは、普段ワイシャツで隠れて見えないが沙蘭の小太刀だ。しかも左右に計二本。抜いて振っているところは見たことがない。
 ケーシスはジェフリーの視線を気にしながら、もっと適任がいると言う。
「俺より危険物を扱っているセンコーを頼った方がいいぞ。一掃するなり、先制を仕掛けるなら圧倒的に有能だと思うけどな?」
 今度は助言した。そして決まって他人の振りして素っ気ない態度だ。ケーシスは大あくびをしながら伸びをし、肩を鳴らしている。
 突然頼りにされ、ハーターが困惑する。どうしてわざわざその役を振ったのだろうか。ハーターは疑問に思いながら、黙って考え込んだ。自分が出しゃばっても、最終的に決めるのはジェフリーだ。ここは一行の一員として作戦に耳を傾けていたい。
 サキも実はケーシスと同じようなことを考えていた。
「物理的な攻撃は有効かもしれませんね。魔法だけではどうしても厳しいと思います。だから、ハーター先生が流れを作ってくれるのは賛成です」
 援護がないと強行突破は難しい考えだ。どこまでお互いのフォローが行き届くのかはわかっていない。
 ハーターはサキにも頼られ、渋い声を上げた。
「ぼくを頼ってくれるのはうれしいし、ありがたい。でも、疑問に思ったんだが、みんなはこれまでも力を合わせて困難を乗り越えて来たんじゃないのかい? ぼくが歩調を乱さないか、心配だよ」
 ハーターは頼られてうれしい反面、自分のせいで『やらかさないか』が心配だ。
 要素はそれだけではない。全員で動くのは、実はこれが初めてである。今までが分散した行動、わけがあって、もしくは効率を考えた別行動だ。主要七人と今回はハーターとケーシスもいる。九人の素人ではない集団。
 ジェフリーは地形とにらめっこしながら、さらにローズの意見も聞こうとする。
「博士だったらどう分ける? 団子になって動くのは危険だと、俺は思う」
「んン? ワタシ?」
 戦術アドバイザーの資格を持っているローズを、ここぞとばかりに頼る。ローズは一行全体を見て、大きなレポート用紙と万年筆を取り出した。ざっくりだが、箇条書きにして意見を述べた。
 この人数で一度に動くのは危険だ。誰かと組み、ある程度の役割を持たせてお互いをフォローしていけば危険を回避できる。
「さっき言ってた、ご姉弟と先生サンが一区切りになるのは悪くないと思うデス。あえて心配な点と言えば、無難過ぎて突起がない。オニーチャンが援護をすれば、補助できるケド。後衛が手薄にならないか、それこそワタシがまた足を引っ張るかという心配がありますネ」
 客観的な意見だが、自分が一番の懸念事項だと素直に述べた。ローズはまだ自分のせいでキッドが大怪我をしたことを引き摺っている。
 ローズをフォローしようとする動きがあった。まずはケーシスからだ。
「なぁーに、俺がケツでも触ってやるよ。そうすりゃあ、死ぬ気で走るだろう?」
 ローズのフォローなら、ミティアも黙ってはいない。
「あ、あのっ、わたしも足速い方だと思うので! 頑張って一緒に走りましょう?」
 違う人間が絡めば、その分手段が広がる。ケーシスとミティアがローズを引っ張ると申し出た。これは心強いかもしれない。
 細々とした役割を割り振る。今まで後衛でランタンを持っていた竜次がミティアに声をかける。
「では、ミティアさんがランタンを持っていた方がいいですね」
「わっ、落とさないようにしないと」
「あとで光量を最大にしてお渡ししますね」
 今までランタンを持っていた竜次は受け渡しを約束する。光が分散してくれないと行動しにくそうだ。下の階が、どれくらい視界が悪いかも想像できない。
 サキが光を掲げて切り開くと言った。彼なら得意の魔法でいくらでも手段があるだろう。
 コーディも自分の特技を生かそうと試みる。
「私は遊撃要因でいいよ。最悪、誰かを担いで飛べるもの」
 誰かが負傷した際に、フォローすると申し出た。控えめだが、これくらいがちょうどいい。
 ハーターも立ち位置を確認する。
「ぼくは前衛寄りの後衛で。うしろのサポートもするよ」
 何となくは形になった。だが、ジェフリーの表情は渋い。
「何度体験しても、こういうのは慣れない。兄貴じゃないけど、命を預かっているみたいで、正直少し怖いと思っている」
 作戦会議自体はまとまったのに、これでいいのだろうかと『迷い』が生じてしまう。ジェフリーは皆の顔を見ながら腕を組んで考え込んだ。いくら熟考したところで、納得のいく答えなどいつまでも出ないだろう。先に進む以外、選択肢がないのだから。
 気持ちを察したのか、ミティアがにっこりとしている。
「大丈夫だよ。みんな気持ちは一緒だから」
 にっこりと言っても、不謹慎にただ笑っているわけではない。そっと寄り添うような優しい笑顔だ。これがどんなに励みになるだろうか。ジェフリーは皆の顔色をうかがいながら、提案をした。
「あと十分、休んだら動こうか」
 体だけではなく、頭も休めようと少しリラックスを促す。だが、この慣れない場所ではあまりくつろぐこともできない。
 それでも限られた時間で何かをしようとはしていた。
 休憩となり、この時間に腹を満たそうと考える者がいた。ケーシスだ。
「はあーあ、走るとか、激しい運動だとか、ガラじゃねぇんだよなぁ」
 ケーシスはそっぽを向いて、カサカサと音を立てている。大好物の板チョコの包装紙を捲っている。何か食べようとしていると察知したミティアが立ち上がって強請ろうとする。が、ジェフリーに服を摘ままれた。
「親父の好物らしいから、あんまりいじめないでやってほしい」
 いつもなら放置しているが、今回は止めた。壱子が好物だと言っていたのを覚えていたのだ。物欲しそうなミティア。ケーシスにかまいたい。一緒に何かを食べたい。その気持ち自体は悪くないが。
 ジェフリーは、ミティアを止めた代わりに、チーズケーキ屋さんのクッキーを渡した。コーディが目を光らせる。
「それ、まだ持ってたの!? めっちゃおいしいクッキーだったよ!!」
 貰ってその場で壱子と食べていたコーディは絶賛した。確か、色んな味が混ざったアソートとして売られていた物だった気がする。
 ジェフリーは食べずに取っておいたが、その理由はもともとミティアへのお土産から女性陣へのお土産、ラフレシアの強烈な蜜にやられてすっかり渡し損ねてしまった。今になってやっとだ。
 ミティアはジェフリーがお菓子をくれるのが珍しいと思った。
「えっ、ありがと。みんなで食べていい?」
「そ、そういうつもりだったんだけどな」
 ミティアは内心一人で食べたかった。ジェフリーがプレゼントをくれることが珍しいからだ。だが、それは気持ちだけにして皆に配って回った。もちろんケーシスにも。
 ケーシスは心の中でここにいない壱子に謝った。

「すまねぇな。人のこと、言えねぇわ」
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