トレジャーキッズ ~救いしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【3‐7】乗り越える者たち

正論と暴論

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 気分が悪い。胸焼けのような、風邪でもひいたような、けだるい感覚が体を支配する。瞼は重い。どろりとした空間。ここは魔界だろう。見覚えがある。
 体も重い。体を起こそうとするが自由が利かない。どうやら自分は倒れてしまったようだ。何があったのか思い出してみる。
 
 自分はフィラノスの船着き場にいた。サキとコーディと、圭馬とショコラ。そしてミティアと邪神龍もいた。そうだ、自分はミティアを助けられなかった。
 そして、死んでしまったのかもしれない。この体の重さは何を意味するのか。

「おい、人間。そんなところで寝るな。邪魔だ!」

 やけに通る声。鈍った体を呼び起こすような不思議な声だ。乱暴な言い方だが、どこか優しさを秘めている。
 腕は動く。体の感覚が戻って来た。だが、胸に熱く軋むような痛みが走った。体に電気が走ったような感覚に襲われた。
 足音が近づく。目の前に誰かが立った。この感覚は神様だ。見上げると猫の尻尾が見えた。
 神様だ。間違いない。ジェフリーはやっと声を発した。
「死んだ人間に干渉するなんて、世界を優先する神様がすることじゃない、な?」
 蹴り飛ばされるか、摘まみ上げられるか、どちらにしても失礼な口を利いた。
 だが、神様はガラも悪く足を折って腰を下ろした。ジェフリーをじっと見ている。
「まぁ、そうだな。人間がどうなってもオレには知ったこっちゃねぇ」
 ここは魔界。そして世界の神様であるユーリィ。ジェフリーはまたも迷い込んでしまったようだ。やはり死んでしまった。この胸の痛覚は、いわゆる死因とでも言うべきか。それとも、とどめを刺されたと言うべきか。
 ジェフリーは答えてくれるかもしれない淡い期待を抱きながら質問をした。
「俺は死んだのか?」
 死んだのなら納得がいく。自分はミティアを救えなかった。助けられなかった。
 ジェフリーは答えてくれないと思っていた。だが、ユーリィはすんなりと答えた。
「保留中だ」
 何ともしっくりこない答えだ。ジェフリーは嫌悪感を抱きつつ、体を起こした。どうしても胸が痛む。念のため触って確かめるが、傷口はない。
 ユーリィは呆れていた。座り方も相まって、スラムにでもいるごろつきのようだ。
「死んだらもっと賑やかな方の魔界に行くはずだぞ」
 賑やかな方の魔界という言い回しはわかりやすい。それならジェフリーも知っている。番人がいて、魂が彷徨っていて、具現化した人もいて、賑やかだったのは間違いない。
 ジェフリーは立ってユーリィを見た。
 ユーリィも立ち上がってジェフリーをじっと見ている。猫のように相手の様子をうかがうこの凝視。どうも緊張する。
「保留中って? 俺はどうしてここにいるんだ? 俺だけが死んだの?」
「質問が多いな。自分で考えられないのか? 頭を跳ねられたわけではなかったろう?」
「……」
 質問が多いと指摘を受けた。ジェフリーは黙って俯く。だんだんと気持ちが落ち着いて来た。頭が冷えたと言ってもいい。なぜかジェフリーは素直になれた。謝ることも素直にできた。
「すまない、神様。俺は選択を誤った。だからここにいるんだよな?」
 ユーリィは猫のように首を傾げた。いや、実際に猫だろう。おそらく獣人の姿であり、化身は猫なのだろう。
 なぜもっと冷静になれないのか。落ち着けば自分で答えを導き出せるかもしれないのに。今だってそうだ。冷静ではないと、人に答えを求めてしまう。人間はそういうものかもしれない。後悔してから気付くことが多い。
 ユーリィは腕を組み、小さく首を振った。
「一つ勘違いをしているようだから言っておくが、お前がしたことは間違ってはいない。ただ、気付くのが遅かっただけだ」
 答え合わせができたのなら、それでもいい。ジェフリーは自分が間違っていなかったことがわかって込み上げるものを感じた。泣きたい気持ちを抑え込む。冷静になって考えると、まだ疑問は晴れていない。
 この先のことを考えると鳥肌が立った。もし、ミティアに刺されて死んでしまったのなら、この場所にいて生死が保留というのに納得がいかない。むしろ、死んだのなら納得がいく。ジェフリーは鳥肌を抑えるように両腕をさする。
 嫌な予感の答え合わせがしたい。ジェフリーはユーリィに再び質問をした。
「まさか、ミティアは俺に禁忌の魔法を使ったんじゃ……?」
 考えられるのはその筋だろう。普通の女の子になったミティアが果たして使えるのかはさておいて。何らかの作用が重なり、条件が揃えばそれは可能かもしれない。ただ、もしも禁忌の魔法だとしたら、ミティアの命は持たないだろう。
「その顔は、リスクも承知だな。ちゃんと調べて偉いぞ、人間」
 ユーリィはご名答という態度を示した。軽い拍手までしている。よく教会にいる司祭や聖職者が説く神様とは絶対的に違う。こんなに軽い神様が相手なら、何でも懺悔してしまいそうだ。
「自分の目で見た。体感した。悲しんで、苦しんだ。仲間の大切さを知った。誰かの、存在がかけがえのないものだと知った」
「だから?」
「俺は大切な人たちに出会えたこの世界が好きだ」
「ほら、もうひと押しだぞ」
「だ、だからっ!!」
「だから?」
「だから、その……」
 この押し問答は何だろうか。ジェフリーはここで正しいことを言わないと何をされるのかわからないという、説明不能な恐怖を感じた。相手は神様だ。しかも、『世界の』神様である。愛の告白と同等の緊張感を得た。
 その神様であるユーリィは腕を組んだまま、人差し指で腕をリズミカルに叩きながら答えを待っている。顔は笑っているが、威圧をされているようにも思える。
「グズは嫌いだ。今ここでとどめを刺してやってもいいぞ」
「ま、待て!! 世界の神様なら、世界の未来を約束した奴を殺しはしないだろう!?」
 ジェフリーは逃げ腰になりながらはっきりと主張した。その結果、ユーリィは腕を解き、今度は腰に手を当てた。それでも待ってくれるなど、律儀な神様だ。
 この一息置いた頃合いでジェフリーは冷静になれた。
「あり、がとう……」
「声が小さい!」
「か、感謝してるっ!!」
 この答えは正解のようだ。だが、ユーリィはまだ何かを待っていた。場が進展しない。ときが止まったような錯覚を起こす。
 ジェフリーは驚倒しそうな自分の衝動を抑え込んだ。
「勘弁してくれ。神様がこれ以上、何を望む?」
 ユーリィは意外な言葉だと思ったようだ。赤い目を見開いた。この場合は、猫のようだと例えたらいいのだろうか。相手は確実に猫だとジェフリーは心に思っていながら、黙って反応を待った。
「まぁ、こんなモンだな」
「?」
 ジェフリーは怪訝な表情を浮かべる。何をどうしたかったのか、何を吐かせたかったのかが気になる。
 ユーリィはジェフリーを舐め回すようにじろじろと見ている。
 思わずジェフリーは言う。
「す、すまないが、俺はいつになったら、その、保留から解放されるんだ? 俺の生死は誰が決めるんだ?」
 決定権が気になる。思いを訴えるのはユーリィで正解なのだろうか。
 ユーリィは眉を歪ませ、呆れてため息をついていた。
「残念だが、オレじゃない」
 ジェフリーはその言葉を聞いて激しく脱力した。あまりに体の力が抜け、膝から崩れそうになった。
 今までのやり取りは何だったのだろうか。神様と茶番を繰り広げていたのか。わざわざ倒れていたのを起こした。漂う瘴気の影響で気分が悪い中、告白をさせた。
 失意と虚無とどうしようもない羞恥心がジェフリーを襲う。あまりに体の力が抜け、座り込んだ。
 ユーリィも胡坐をかいて座り込む。膝に肘をつき、頬杖をついた。わざわざ目線を合わせる神様がどこにいようか。
「オレじゃないが、保留の解放に時間がかかるから、お前の相手をしろと言われた」
「誰に?!」
「魔界の神、閻魔だよ」
 ジェフリーは座ったまま肩を落とした。閻魔様と言えば、誰もが地獄にいるイメージを抱く。ジェフリーはその姿を知らない。だが、偉い人であるのは間違いないだろう。なぜなら、目の前の神様にも捻じ曲げられないからだ。
「神様って言っても、万能じゃないのか?」
 失礼な質問だったのかもしれない。だが、ユーリィは鼻で笑う。
「人間も同じだろう? 大人だったら心当たりはないか? 神様も万能じゃない。何かの神である担当みたいなものがあるのさ。あまり話し込むと難しい派閥が生まれるから省くが、大人の仕事っていうモノも役職が人に割り当てられるのだろう?」
 あまりに現実的なことを言われ、自分は騙されているのかとジェフリーは疑った。自分は大人だが仕事をしていない。ゆえに、いまいち、ピンとは来なかった。
「仕事は……まだ、していない。だから、その、よくわからない」
 ジェフリーは素直に言い、自分が無職であることに気を落とした。無職であることもそうだが、無職のまま死んだら死にきれない。沙蘭の一族に傷がつかないか、余計な心配までしてしまった。
 ユーリィはまたも鼻で笑った。
「では、お前が兵士になっていたらどうだ? 今の地上にはそういった仕事もあるのだろう? 剣を扱うのなら、そういう学校に行っていたのだろう? 耳にしたことはないか? 部隊の隊長、班長、そういうのはあっただろう」
「まぁ、そういうのはわかる」
「神様も何かの神様って担当みたいなものがあるのだよ。まぁ、気に食わなかったら、神様も喧嘩ぐらいするけどな」
 やけに親身になって話をしてくれる神様だ。世界の神様からこんなことを教えられるとは思わなかった。
「生きて現世に戻ったら、オレと『違う』神様を探してみるのも面白いかもしれないぞ。死んだら来世で頑張って思い出してくれ」
 あまりに無責任さに脱力は増す。神様にも都合があるのは理解できた。その知る過程で自分の置かれている立場を思い出した。ジェフリーは、徐々に引き戻されたくない気持ちも抱くようになった。知ってしまえば不思議なもので、知らなくてもよかったのかもしれない。知らないままの方が幸せだったのかもしれない。さまざまな思いが混在する。魔界の瘴気も相まって気分が悪い。
 ユーリィは気が緩んだジェフリーを見て、にかりと笑った。
「禁忌の魔法を受けてお前は生死の保留中。ここに『彼女』はいない。その騒ぎもない。オレの予想では、『彼女』は生きているだろうな」
「……!?」
「どうした?」
「い、いや、気休めに言っているのかと」
 ジェフリーの警戒心は健在だった。簡単に相手を信じない。だが、神様が嘘をつくだろうかという思いも同時に抱いた。ただ、気を遣ってくれているのは間違いない。
「じゃあ、どうしてこの保留時間が長いのか、説明してやろうか?」
 話の風向きが変わる。ジェフリーはユーリィの言葉に耳を傾けた。
「聞けば納得するぞ。さっき、自分は神だと言う奴と邪神龍とやらが魔界に葬られたんだとさ? てんやわんやだったぞ。手伝う義理はないから放っておいたけどな」
「俺の相手をするのは間接的に手伝っているとは言えないか?」
「お、それもそうだな」
 ユーリィは指摘を受けて陽気に笑う。やけに楽しそうだ。
「人間は面白いな。こういうやり取りは、同胞もしていたのだろう? よく馴染めていたのか? 漫才やノリツッコミというものをするのだろう?」
 やはりユーリィはからかっているのかもしれない。
 ジェフリーの気分は最悪だ。座ったまま額に手をつき、深いため息をついた。何となくだが、意識が遠くなりだした。これも何となくだが、目が霞む。気のせいだろうか、ユーリィの声が遠い。
「時間のようだな。お前が生きるか死ぬかはわからない。だが、生きられたら、今度こそお前は呪われるかもしれんぞ」
 意味深なことを言っている。それだけはジェフリーも理解ができた。だが、問う力が残されていない。異常な眠さ。気分の悪さ。ジェフリーの意識は落ちてしまった。
 
 呪いとは、何だろうか――……
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