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4話
しおりを挟む――Myuze side――
「私だって抱きしめて寝るなら、ウサギの公爵様よりも本物のベラード公爵様がいいわ」
この言葉を聞いて、僕の思考は一瞬で停止した。ベルリナのことは産まれた時から知っていて、世界で一番可愛い妹のような存在だ。
もちろんベルリナが僕のことを大好きなのは知っている。でもそれは僕を兄のような存在として慕っているとばかり思っていた。でも、ベルリナは僕のことを男性として見ていたのかも、なんて考えてしまって。
どうして良いか分からなくて、思わずギュッと閉じてしまった瞳を恐る恐る開く。
そこには切長の瞳から覗く、深い海のような瑠璃色に輝く瞳があった。漆黒の艶やかな黒髪は、いつものサラサラと流れるようなスタイルとは違い、緩くふんわりと巻かれている。淡いグリーンのワンピースは、年齢よりも落ち着いた雰囲気を感じさせ、清廉とした空気を醸し出していた。
今年ベルリナはデビュタントの年だ。父親は帝国第三騎士団団長であり、爵位は伯爵位。叔父は公爵。血統、容姿、教養、全て兼ね備えた彼女なら、皇太子妃だって望める。
今後ベルリナを婚約者にと望む多くの貴族が現れるだろう。……ベルリナが他の男の元で幸せになる姿を、僕は受け入れられるのだろうか。
「つ、疲れたから今日は部屋で休ませて貰うよ」
焦ったようにそう告げると、僕はベルリナを腕から降ろし、足早にこの場を後にした。
…☆☆…
その日の夜。
「うわぁぁあぁあっっ!!!」
シーツを跳ね除けて、ベッドから勢いよく起き上がる。心臓は忙しなく動き、胸をギュッと締め付けた。
僕は大きく息を吸うと、肺から空気を一気に押し出し、辺りを見回した。
ここは今日訪れたクラレンス邸の客室のベッドの上だ。時計は夜中の三時を示している。
……なんて夢を見てしまったんだろう。
大人へと成長したベルリナが微笑み、夢の中の僕はどうしようもないほど君に焦がれていた。……漆黒の髪が真珠色の肌を滑り落ちる様は、この世のものとは思えないほど美しかった。
夢の中の僕は、その肌を余すことなく…堪能……してしまった……。
顔がどうしようもなく熱い。僕は頭をガシガシと掻きむしり、身悶えた。
ベルリナはまだ十二歳だ。
小さな小さな僕の可愛い天使。
でも、彼女はあと四年で成人を迎える。
いつまでも子供なんかじゃない。
僕は気が付いてしまった。
いや、とっくに気が付いていたのかもしれない。
ベルリナは、一人の美しい女性だということに。
それから寝られるはずもなくて。その日の朝、僕の目の下にはクッキリとした隈が出来上がっていた。
メインダイニングでクラレンス夫妻やベルリナと、平気な顔をして食事をする自信が無くて、客室で朝食をとることにした。チビチビと食事を口に放り込みながら、今後について思案する。
今回王都には二週間の滞在予定だ。国王陛下との謁見や、王都に出店している化粧品店、花茶専門店の視察など、ほぼ毎日のように予定が入っている。
僕はどんな顔をしてベルリナに会えば良いんだろう。頭を抱え机に突っ伏した所で、ドアをノックする音が聞こえた。
入室の許可をすると、ベルリナとアベル、アルフォンスの三人がドアの隙間から顔を覗かせた。ベルリナは弟二人の手を繋いで、僕の方へ歩み寄る。この三人が揃うと可愛らしさも倍増で、いつもならすぐに抱き上げてしまうのに、ベルリナの顔を見た途端、頭が真っ白になった。
「ベラード公爵様、今朝は食事の席に来られませんでしたが、体調が悪いのですか?」
「いや、そんなことはないよ。ただ寝不足でね」
「本当。すごい隈です! ベッドがお身体に合いませんでしたか?」
どうにか返答をすると、ベルリナは僕の顔を覗き込み、頬に手を伸ばそうとする。彼女との距離が縮まると、夢のことを思い出してしまい、一気に顔が熱くなるのを感じた。どうにか誤魔化したくて、勢いよく椅子から立ち上がり、咄嗟にベルリナの手を避ける。
ベルリナは瞳を大きく開くと、顔を蒼くした。僕がベルリナを避けるなんて初めてのことだから。こんな顔をさせたかったわけじゃない。そう思った時には既に遅かった。
「あ……。ベルリナ……」
「申し訳……ありません……」
「ちがっ」
「使用人にベッドの件は伝えておきますね。私はこれで失礼します」
ベルリナは俯いたままペコリとお辞儀をすると、部屋から足早に出て行ってしまった。シンと静まり返る部屋の中、残されたのはアベルとアルフォンスの三人だ。
先程のやり取りを見て、アルフォンスはキョトリと首を傾げている。それに対し、アベルは丸ふちの眼鏡をクイッと人差し指で上げると、その奥にある真っ黒の瞳には明らかな怒りが垣間見えた。
僕はかつて無い程の焦りを感じていた。
今すぐにベルリナを追いかけたい。
でも十二歳の少女に、なんて言えば良いんだ。
君が大人になった夢を見て、君のことばかり考えてしまうんだ。君が他の男と生涯を共にすることを想像すると胸の奥が痛むんだ。
……そんなこと、言えるはずないよ。
「公爵様。なぜ急に姉上を拒絶したのですか」
「拒絶!? 僕がベルリナを拒絶するなんてありえないよ」
「でも、さっき姉上の手を避けたじゃないですか」
「それは……」
「だいたい。ずっと聞きたかったのですが、公爵様は姉上をどうしたいのですか?」
「どうしたいって……」
質問の意図が掴めず困惑する。八歳の子供に睨みつけられて、僕は一歩ずつ後ずさった。さすが国王さえも圧倒する、前公爵ジルフォード卿の孫だけはある。人を威圧するオーラが半端ない。
それにアベルは八歳にして、既に高等学院を卒業できるレベルの学力を持っているのだとか。
「婚約者でもないくせに、ベタベタ姉上のことを触るし、あんな独占欲丸出しのぬいぐるみは渡すし」
「独占欲丸出し?」
「無自覚ですか? 使用人のみんなが言ってます。ね、アルフォンス」
「ぼくしってるよ。キャロルがこのあいだおしえてくれた。『しゅーちゃく』っていうんでしょ?」
「そうそう。アルフォンスは偉いねー」
アベルがアルフォンスの頭を撫でると、「あとね、『おじょうさまをたぶらかすスケコマシ』っていってたー」と更に爆弾発言を続ける。こんな小さい子供に、キャロルはなんてことを吹き込んでいるんだ。
そもそも、僕のような皆から忌み嫌われる容姿で女性を誑かせるわけないじゃないか。
「僕はベルリナのことが大好きなだけだよ」
「それはどういった意味の好きですか? 姉上が公爵様に好意を寄せているから、嬉しいから好きなんですか? 女性として愛していないのであれば、もう姉上に近づかないで下さい」
アベルはそう吐き捨てると、厳しい表情のまま、アルフォンスの手を繋ぎ扉の方へと向かう。
アベルの言う通り、僕とベルリナの間には何の約束もない。彼の言うように、天使のようなベルリナが、僕のような見目の悪い男に惜しみない好意を示してくれたから、嬉しくて大好きだったのだろうか。
僕は十四歳の時からずっと、公爵領を立て直すことばかり考えて生きてきた。事業も軌道にのり、いざ出会いを求めてサクラ夫人にお茶会を開いてもらったら、『他の女性と仲良しにならないで』ってベルリナに言われて……。あれからお見合いは全て断っている。大人のお店にだって、今まで一度も行ったことがない。
大好きで、大好きで堪らない、可愛い天使のような女の子。
大切で、他の男には絶対に渡したくない、僕の全てを捧げても構わないと思える程の女の子。
……この気持ちに名前をつけるのならば……。
「待って」
「まだ何か?」
「ベルリナは僕にとって、可愛い妹のような存在なんだと思ってた。でも……」
「でも、何ですか」
アベルの眼鏡の下から見える視線は鋭く、今にも視線だけで人を死に追いやってしまいそうだ。僕は焦って弁明する。
「ベルリナが他の男の元へ嫁いだり、楽しそうに笑っている姿を想像すると胸が痛む……。妹にはそんな感情は抱かないよね」
「まぁ、そうですね」
「昨夜、その、……大人になったベルリナの夢を見たんだ。僕なんかじゃ不釣り合いだって分かってるけど、大人になったベルリナの隣に立つのは自分であって欲しい」
「……まあ、その答えで許してあげましょう」
アベルは口の端を少しあげ、ニヤリと笑った。天使のようにかわいい顔なのに、なぜか今は小悪魔に見えて仕方ない。
でも今はベルリナを追いかけなくては。僕は足早に扉へと進み、ドアに手を掛けた。
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