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第33話 生産スキル
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「どうぞお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます……」
先ほど学校の駐輪場で話しかけてきた女生徒を伴い、行きつけの某コンビニ、イートインスペースへとやってきた。
長良さんは、まるでワインをソムリエに選ばせるかのように、ホットスナックケースに並べられたファミチキを店員に吟味させると、それを二つ購入して、一つを女生徒へと手渡した。
「……それで、私の生き別れの妹をダンジョン内で見かけたとか?」
「ンぐっ!」
そのあまりにも無理筋な語り始めに、食べていたファミチキが鼻腔を遡《さかのぼ》った。
いやいやいや、流石にそのストーリーで押し通すのは無理があるだろう。まずは至近距離で顔を確認したのか、見間違えではなかったのかと尋ねてからでも遅くなかった筈だ。
「生き別れの妹さんがいたのですね……」
ちょっ……いいの!?
その設定を受け入れちゃうの?
「でしたら、あのとき隣にいた男性は……」
「……俺の…………生き別れた弟かもしれない」
やっちまったー!
これでもう後には引けないぞ。
「生き別れの弟さんがいたのですね……」
よっしゃー! なぜかは分からないが、この娘、とってもチョロいぞ!
「それで、ダンジョンの中で、私たちに似た人物を見たとのことですが、貴女は冒険者なの?」
「いえ、あの時はたまたまダンジョン内に居たんです。……ご存じかは分かりませんが、Rising Summerという動画配信者のツアーに参加していました」
「まぁ、ライさまの?」
ちょっと!? 今のはしらばっくれても良かったんじゃ?
「ライさまをご存じなんですね。私、冒険者に興味があったので、ダンジョン内の様子を知らうと、あのツアーに参加したんです。大勢で行くイベントなら初めてでも怖くないかなって……」
「でもあのツアーは、参加費が5万円掛かるのでしょ?」
……あまりにライさま通すぎる発言だ。
「それは大丈夫です。ライさまのツアーは学割が効くので、高校生なら1000円で参加出来ます」
……やっす! ライさまイイヤツじゃん。
「貴女は冒険者になりたいのですか? ダンジョンは危険ですよ? 大きなイノシシに襲われるかもしれませんし、他の冒険者に後をつけられる事もありますし」
ものすごく実体験を話しちゃってるけど、それ大丈夫なの?
「危険なのは承知しています……。ただ、大金を稼ぐならダンジョンかなって……」
普通に高校生がバイトをするだけでは手に入らないような金額を稼ぎたいなら、その選択は間違っていない。
ただそれは、すぐに実戦で使えるようなスキルを得られた場合に限る。
変に聖魔法や木工スキルを引き当ててしまった場合、大金を稼げるどころか、逆にお金は出ていってしまう。
「その……差し支えなければ教えてほしいのですが、なぜ年若い貴女が大金を求めているのですか? 見たところ派手な生活を望んでいるようには思えませんし」
どちらかと言うと、この女生徒からは慎ましさを感じる。
「ええっと……。今日会ったばかりのお二人に話すのは気が引けるのですが……。私の家は母子家庭で、下に妹と弟も居まして、単に家計が苦しいのと、無理して働いている母をどうにか楽させたいなって……」
おおう……。なんとも有りがちで、それでいて捨ておけない理由だな……。
「ふむ……」
女生徒の話を聞いて、長良さんは少しだけ俯き、目を伏せる。
それからほんの数秒考え込んだ後、目を開いて女生徒に向かって言った。
「今から私たちと共にダンジョンへ行きましょう。時間はありますか?」
「え? 今からですか? 時間は空いてますけど……。その、お二人は冒険者なんですか?」
「ええそうです。今日は色々とダンジョンで試したいことがあるので、ご一緒にいかがですか?」
「あ、え、はい。じゃあ……行きます……」
女生徒は目を瞬かせながらも、店の外へ歩き出した長良さんの後を追っていった。
◻︎◻︎◻︎
女生徒は、帰りが遅くなることを家に連絡をするため、少し離れた場所で電話をしている。
「……うん。良いと思う」
「あら? 私の考えを?」
「それなりに?」
長良さんの考えは大体分かる。
まずは、あの女生徒をこのまま見過ごすくらいなら、自分たちの目の届く範囲に置いて、互いの信頼を築きつつ口止めした方が良いと思ったのだろう。
また、女生徒がダンジョンで稼げなかった場合、真っ当なバイトだけではなく、いかがわしい話に首を突っ込んでしまう恐れもある。
その懸念から彼女を取り込んでおくことを決めた筈だ。
そして何より、自分たち二人が偶然手に入れた『爆発魔法』。この能力と幸運を、多くの人に利用してほしいと思っているのだろう。それはもちろん自分も思っている。
あとはそうだな……。
「伊吹くんが、小さな体つきの女性が好みだった場合、彼女を介してモチベーションを高めてもらおうかと」
「なんでそこだけ口にするのよ……」
確かにあの女生徒は小動物のような可愛さがあり、長良さんの魅力とは真逆ではあるが……。
と、そんなことを考えていたら女生徒が電話を終えて戻ってきた。
「お待たせしました」
「はい、では参りましょうか」
いつもより一台分増えた車列は、お決まりの縦列走行でダンジョンへと向かった。
◻︎◻︎◻︎
昨日購入しておいたダンジョン用木工道具が収められた工具箱が、武器ロッカーに届けられているのを確認し、着替えを済ませた後はそれを持って入り口ゲートをくぐる。
ダンジョン内には、すでに新人の三人が揃っており、長良さんに向かって一斉に挨拶をしていた。
「「社長、おはようございます!」」
「私は社長ではありませんけどね。おはようございます」
長良さんの返答に、三人は声を立てて朗らかに笑った。どうやら、その言葉を軽い冗談として受け取ったらしい。
「おはようございまーす」
少し遅れて挨拶をすると、全員が笑顔で返してくれる。なんだか、それだけで気持ちが和らいだ。
長良さんが三人に声をかけた。
「皆さん、支払いなどはきちんと済ませてきましたか?」
「はい、おかげさまで返済と滞納分、すべて完了しました。書類はロッカールームに置いてありますので、後で確認してください」
「分かりました。……それでは今日の予定ですが、本日は、こちらの小牧真希さんが見学者として同行します」
「小牧です。よろしくお願いします」
女生徒の名前は小牧さんというらしい。彼女は少し緊張した面持ちで、みんなに向かってペコリとお辞儀をした。
「昨日、中村さん用の木工道具を揃えてきました。今日はそれを使って木工スキルの確認と、私たちが学校に行っている間の安全な金策を考えたいと思います」
「社長たちって、本当に学生だったんすね……」
中村さんが、ぽつりとそう呟いた。
一行は地下一階に広がる森の前まで移動すると、足を止めた。
幾本もの樹木が立ち並び、どれも切り倒すには十分すぎる太さがある。
中でも目立つ何本かを順に見比べながら、幹の直径や樹皮の質感を確かめていく。
木工用の材として扱うには、太さだけでなく、運搬のしやすさも考えなくてはならない。
それぞれが候補を挙げながら、慎重に伐採する一本を選ぼうとしていた。
「これなんてどうかな?」
そう長良さんに尋ねる。
「少し太すぎる気もしますね。初めは練習を兼ねて、隣の少し細いものにしましょうか」
「おっけー、じゃあこっちにしよう」
切り倒す対象を決めると、中村さんがその樹木に手を当て、大きく深呼吸をした。
「……ええと、この木は材木として利用できそうです。スプーンやフォークなどの簡単な木食器なら、このまま作れそうですが、槍の柄や建材として使う場合には、ちゃんと乾燥させた方が良さそうです」
「今のは木工スキルですか?」
「そう……だと思います。……木に触ると何となく浮かんできました」
生産スキルがどう作用しているのかは分からないが、なんとも不思議な力だ。職人の知識でも流れ込んでくるのだろうか?
中村さんは木の正面に立ち、斧を両手で構えた。
一呼吸置いてから振り下ろすと、鋭い音を立てて刃が食い込む。細身の見た目に反して、幹は硬く粘りがあり、根元は太く地面にしっかりと固定されていた。
だが、それでも数分と経たないうちに、立て続けに振り下ろされる斧の打撃で、あっけなく切り倒された。
「おおおおお! 早い早い!」
「これ…………。どこにどう斧を入れれば効率的に切れるのか、勝手に頭に浮かぶ感じで……少し不気味っす……」
中村さんは、切り倒された木と、手の中の斧を交互に見ながらそう口にした。
その一連の様子を黙って見守っていた長良さんは、何かを思い付いたように小さく「ふむ」と声を漏らす。
そして、少し離れた場所に生えている木へと右手を向けると、その根元に小さな炎を灯した。
彼女の意図を読み取り、すぐさまガス玉を放つ。
次の瞬間、空気を押し潰すような重低音があたりを震わせ、爆風が幹の根元を大きく抉り飛ばす。
ぐらりと傾いた木は、自重に耐えきれず、けたたましい音を響かせながら横倒しとなった。
「………………」
「そっちの方が早いじゃないっすか……」
中村さんがそうボヤいた。
「んー、これだと根の部分が丸ごと残ってしまいますね。後処理を考えるなら、やはり斧で切り倒した方が良さそうです」
爆発魔法で木を倒すと、根元が大きく抉れ、足場がひどく乱れてしまう。最終的な効率を考えれば、結局は斧に軍配が上がるのだろうか。
そして最後にもう一本だけ切り倒すことになり、中村さんが立派な木の前に立ち、ロープを掛ける位置や倒れる方向について周囲に指示を出していた。
「どう? あんまりダンジョン探索には見えないよね?」
すぐ隣で作業の様子を眺めていた小牧さんに声を掛けた。
「私も、生産スキルだったらすぐに活躍できたのに……」
「いやー、あれは道具が揃ってるから活躍できてるんだよ。その道具を揃えるまでが、けっこう大変でさ」
「なるほど。そういった問題もあるんですね……」
小牧さんは少しだけ視線を落とし、切り倒された木をじっと見つめた。
その横顔に、わずかに影が差す。
……ところで、彼女はどんなスキルを得たんだろうか。
「あの……聞いていいのか分からないんだけど、小牧さんのスキルってどんなの?」
そうストレートに問いかけると、小牧さんの肩がピクリと震えた。
しまった……。女性にスキルを尋ねる時には、もう少し親しくなってからにするべきだったか……。
「ええと、その……教えてもいいんですが……その……」
小牧さんは視線を宙に泳がせ、唇をわずかに噛む。声がかすれて、すぐに言葉が続かない。
気まずい沈黙が落ちかけたところで、長良さんがスッとこちらへ近づいてきた。
「私にも教えてください。あ、私のスキルは先ほどお見せした火魔法ですよ」
「火魔法……ですか……」
その一言を聞いた途端、小牧さんの肩がほんのわずかに沈んだ。
「……ええと、私のスキルがダンジョンで役に立つとは到底思えないんですよね……」
それは使い方次第だと思うが。
私のスキルは──
「拷問です」
………え?
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
「あ、ありがとうございます……」
先ほど学校の駐輪場で話しかけてきた女生徒を伴い、行きつけの某コンビニ、イートインスペースへとやってきた。
長良さんは、まるでワインをソムリエに選ばせるかのように、ホットスナックケースに並べられたファミチキを店員に吟味させると、それを二つ購入して、一つを女生徒へと手渡した。
「……それで、私の生き別れの妹をダンジョン内で見かけたとか?」
「ンぐっ!」
そのあまりにも無理筋な語り始めに、食べていたファミチキが鼻腔を遡《さかのぼ》った。
いやいやいや、流石にそのストーリーで押し通すのは無理があるだろう。まずは至近距離で顔を確認したのか、見間違えではなかったのかと尋ねてからでも遅くなかった筈だ。
「生き別れの妹さんがいたのですね……」
ちょっ……いいの!?
その設定を受け入れちゃうの?
「でしたら、あのとき隣にいた男性は……」
「……俺の…………生き別れた弟かもしれない」
やっちまったー!
これでもう後には引けないぞ。
「生き別れの弟さんがいたのですね……」
よっしゃー! なぜかは分からないが、この娘、とってもチョロいぞ!
「それで、ダンジョンの中で、私たちに似た人物を見たとのことですが、貴女は冒険者なの?」
「いえ、あの時はたまたまダンジョン内に居たんです。……ご存じかは分かりませんが、Rising Summerという動画配信者のツアーに参加していました」
「まぁ、ライさまの?」
ちょっと!? 今のはしらばっくれても良かったんじゃ?
「ライさまをご存じなんですね。私、冒険者に興味があったので、ダンジョン内の様子を知らうと、あのツアーに参加したんです。大勢で行くイベントなら初めてでも怖くないかなって……」
「でもあのツアーは、参加費が5万円掛かるのでしょ?」
……あまりにライさま通すぎる発言だ。
「それは大丈夫です。ライさまのツアーは学割が効くので、高校生なら1000円で参加出来ます」
……やっす! ライさまイイヤツじゃん。
「貴女は冒険者になりたいのですか? ダンジョンは危険ですよ? 大きなイノシシに襲われるかもしれませんし、他の冒険者に後をつけられる事もありますし」
ものすごく実体験を話しちゃってるけど、それ大丈夫なの?
「危険なのは承知しています……。ただ、大金を稼ぐならダンジョンかなって……」
普通に高校生がバイトをするだけでは手に入らないような金額を稼ぎたいなら、その選択は間違っていない。
ただそれは、すぐに実戦で使えるようなスキルを得られた場合に限る。
変に聖魔法や木工スキルを引き当ててしまった場合、大金を稼げるどころか、逆にお金は出ていってしまう。
「その……差し支えなければ教えてほしいのですが、なぜ年若い貴女が大金を求めているのですか? 見たところ派手な生活を望んでいるようには思えませんし」
どちらかと言うと、この女生徒からは慎ましさを感じる。
「ええっと……。今日会ったばかりのお二人に話すのは気が引けるのですが……。私の家は母子家庭で、下に妹と弟も居まして、単に家計が苦しいのと、無理して働いている母をどうにか楽させたいなって……」
おおう……。なんとも有りがちで、それでいて捨ておけない理由だな……。
「ふむ……」
女生徒の話を聞いて、長良さんは少しだけ俯き、目を伏せる。
それからほんの数秒考え込んだ後、目を開いて女生徒に向かって言った。
「今から私たちと共にダンジョンへ行きましょう。時間はありますか?」
「え? 今からですか? 時間は空いてますけど……。その、お二人は冒険者なんですか?」
「ええそうです。今日は色々とダンジョンで試したいことがあるので、ご一緒にいかがですか?」
「あ、え、はい。じゃあ……行きます……」
女生徒は目を瞬かせながらも、店の外へ歩き出した長良さんの後を追っていった。
◻︎◻︎◻︎
女生徒は、帰りが遅くなることを家に連絡をするため、少し離れた場所で電話をしている。
「……うん。良いと思う」
「あら? 私の考えを?」
「それなりに?」
長良さんの考えは大体分かる。
まずは、あの女生徒をこのまま見過ごすくらいなら、自分たちの目の届く範囲に置いて、互いの信頼を築きつつ口止めした方が良いと思ったのだろう。
また、女生徒がダンジョンで稼げなかった場合、真っ当なバイトだけではなく、いかがわしい話に首を突っ込んでしまう恐れもある。
その懸念から彼女を取り込んでおくことを決めた筈だ。
そして何より、自分たち二人が偶然手に入れた『爆発魔法』。この能力と幸運を、多くの人に利用してほしいと思っているのだろう。それはもちろん自分も思っている。
あとはそうだな……。
「伊吹くんが、小さな体つきの女性が好みだった場合、彼女を介してモチベーションを高めてもらおうかと」
「なんでそこだけ口にするのよ……」
確かにあの女生徒は小動物のような可愛さがあり、長良さんの魅力とは真逆ではあるが……。
と、そんなことを考えていたら女生徒が電話を終えて戻ってきた。
「お待たせしました」
「はい、では参りましょうか」
いつもより一台分増えた車列は、お決まりの縦列走行でダンジョンへと向かった。
◻︎◻︎◻︎
昨日購入しておいたダンジョン用木工道具が収められた工具箱が、武器ロッカーに届けられているのを確認し、着替えを済ませた後はそれを持って入り口ゲートをくぐる。
ダンジョン内には、すでに新人の三人が揃っており、長良さんに向かって一斉に挨拶をしていた。
「「社長、おはようございます!」」
「私は社長ではありませんけどね。おはようございます」
長良さんの返答に、三人は声を立てて朗らかに笑った。どうやら、その言葉を軽い冗談として受け取ったらしい。
「おはようございまーす」
少し遅れて挨拶をすると、全員が笑顔で返してくれる。なんだか、それだけで気持ちが和らいだ。
長良さんが三人に声をかけた。
「皆さん、支払いなどはきちんと済ませてきましたか?」
「はい、おかげさまで返済と滞納分、すべて完了しました。書類はロッカールームに置いてありますので、後で確認してください」
「分かりました。……それでは今日の予定ですが、本日は、こちらの小牧真希さんが見学者として同行します」
「小牧です。よろしくお願いします」
女生徒の名前は小牧さんというらしい。彼女は少し緊張した面持ちで、みんなに向かってペコリとお辞儀をした。
「昨日、中村さん用の木工道具を揃えてきました。今日はそれを使って木工スキルの確認と、私たちが学校に行っている間の安全な金策を考えたいと思います」
「社長たちって、本当に学生だったんすね……」
中村さんが、ぽつりとそう呟いた。
一行は地下一階に広がる森の前まで移動すると、足を止めた。
幾本もの樹木が立ち並び、どれも切り倒すには十分すぎる太さがある。
中でも目立つ何本かを順に見比べながら、幹の直径や樹皮の質感を確かめていく。
木工用の材として扱うには、太さだけでなく、運搬のしやすさも考えなくてはならない。
それぞれが候補を挙げながら、慎重に伐採する一本を選ぼうとしていた。
「これなんてどうかな?」
そう長良さんに尋ねる。
「少し太すぎる気もしますね。初めは練習を兼ねて、隣の少し細いものにしましょうか」
「おっけー、じゃあこっちにしよう」
切り倒す対象を決めると、中村さんがその樹木に手を当て、大きく深呼吸をした。
「……ええと、この木は材木として利用できそうです。スプーンやフォークなどの簡単な木食器なら、このまま作れそうですが、槍の柄や建材として使う場合には、ちゃんと乾燥させた方が良さそうです」
「今のは木工スキルですか?」
「そう……だと思います。……木に触ると何となく浮かんできました」
生産スキルがどう作用しているのかは分からないが、なんとも不思議な力だ。職人の知識でも流れ込んでくるのだろうか?
中村さんは木の正面に立ち、斧を両手で構えた。
一呼吸置いてから振り下ろすと、鋭い音を立てて刃が食い込む。細身の見た目に反して、幹は硬く粘りがあり、根元は太く地面にしっかりと固定されていた。
だが、それでも数分と経たないうちに、立て続けに振り下ろされる斧の打撃で、あっけなく切り倒された。
「おおおおお! 早い早い!」
「これ…………。どこにどう斧を入れれば効率的に切れるのか、勝手に頭に浮かぶ感じで……少し不気味っす……」
中村さんは、切り倒された木と、手の中の斧を交互に見ながらそう口にした。
その一連の様子を黙って見守っていた長良さんは、何かを思い付いたように小さく「ふむ」と声を漏らす。
そして、少し離れた場所に生えている木へと右手を向けると、その根元に小さな炎を灯した。
彼女の意図を読み取り、すぐさまガス玉を放つ。
次の瞬間、空気を押し潰すような重低音があたりを震わせ、爆風が幹の根元を大きく抉り飛ばす。
ぐらりと傾いた木は、自重に耐えきれず、けたたましい音を響かせながら横倒しとなった。
「………………」
「そっちの方が早いじゃないっすか……」
中村さんがそうボヤいた。
「んー、これだと根の部分が丸ごと残ってしまいますね。後処理を考えるなら、やはり斧で切り倒した方が良さそうです」
爆発魔法で木を倒すと、根元が大きく抉れ、足場がひどく乱れてしまう。最終的な効率を考えれば、結局は斧に軍配が上がるのだろうか。
そして最後にもう一本だけ切り倒すことになり、中村さんが立派な木の前に立ち、ロープを掛ける位置や倒れる方向について周囲に指示を出していた。
「どう? あんまりダンジョン探索には見えないよね?」
すぐ隣で作業の様子を眺めていた小牧さんに声を掛けた。
「私も、生産スキルだったらすぐに活躍できたのに……」
「いやー、あれは道具が揃ってるから活躍できてるんだよ。その道具を揃えるまでが、けっこう大変でさ」
「なるほど。そういった問題もあるんですね……」
小牧さんは少しだけ視線を落とし、切り倒された木をじっと見つめた。
その横顔に、わずかに影が差す。
……ところで、彼女はどんなスキルを得たんだろうか。
「あの……聞いていいのか分からないんだけど、小牧さんのスキルってどんなの?」
そうストレートに問いかけると、小牧さんの肩がピクリと震えた。
しまった……。女性にスキルを尋ねる時には、もう少し親しくなってからにするべきだったか……。
「ええと、その……教えてもいいんですが……その……」
小牧さんは視線を宙に泳がせ、唇をわずかに噛む。声がかすれて、すぐに言葉が続かない。
気まずい沈黙が落ちかけたところで、長良さんがスッとこちらへ近づいてきた。
「私にも教えてください。あ、私のスキルは先ほどお見せした火魔法ですよ」
「火魔法……ですか……」
その一言を聞いた途端、小牧さんの肩がほんのわずかに沈んだ。
「……ええと、私のスキルがダンジョンで役に立つとは到底思えないんですよね……」
それは使い方次第だと思うが。
私のスキルは──
「拷問です」
………え?
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