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第35話 査定と股間
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水面に放たれた爆発魔法が炸裂し、鈍い衝撃音とともに巨大な水柱が噴き上がった。
飛沫が雨のように降り注ぎ、波間には腹を上にした魚がいくつも浮いている。
その中心には、まるで恐竜とも思える巨大なワニが力なく横たわっていた。
「はーい、大島さんはロープを引っ張ってー! 中村さんと小野さんは魚の回収。マキマキさんは魚にトドメ刺してってー!」
こちらの指示に従って、皆がテキパキと作業を始める。
今日は全員でダンジョンの地下二階へとやってきた。
お目当てはもちろん巨大ワニだ。
皆の装備を用意するにあたり、初めはダンジョン用品店に並ぶ既製品を買おうと考えていたのだが、『どうせなら全員をワニ革装備で揃えませんか?』と長良さんから提案された。
自分としては特に反対する理由もないし、揃いの服装となれば、皆の結束力も高まるのではないかと思い、その提案を受け入れることに。
初めは、嫌な思い出が残るワニ討伐には及び腰だった三人衆も、2匹目となると気にならなくなったようで、こちらの指示に従って滞りなく作業を進めている。
また、その作業を行う中で、拷問スキルの新しい効果が判明した。
なんとマキマキさんは生き物の『急所』となるポイントが朧げながら分かるらしい。
1匹目のワニを討伐後、中村さんと小野さんが魚を締めるのに手間取っていると、横からマキマキさんが現れ、魔魚の頭に解体用ナイフを刺し込んで一瞬のうちに絶命させていた。
それを見て「魚の締め方に心得があるのか」と尋ねてみたところ、実はそうではなく、拷問に向いていない場所、つまり『傷つけると相手の命を奪ってしまう場所』が見えるんだそうだ。
長きに亘り、苦痛を与え続けるための技能とはなんとも恐ろしい。
さっきからマキマキさんからの視線を感じるが、人間の急所が光って見えていたりするのだろうか……。
◻︎◻︎◻︎
「これってロッカーに入りきる?」
「いやもう大分厳しいっすねー」
ワニを乗せた大型の台車を指差して、中村さんに尋ねると、そのような答えが返ってきた。
この、大型モンスターを運ぶための台車を、クリリンさんから購入した木材で作ってもらったのだが、そろそろ既存のレンタルロッカーには入りきらなくなってきた。また新しく契約しなくてはならないが、月額が妙に高くて、正直躊躇ってしまう。
もちろん、支払うだけのお金は十分に稼げてはいるのだが……。
「でしたらクランハウスを契約しましょうか」
そう話すのは長良さんだ。
「クランハウスって?」
「倉庫兼事務所のことですね。マテ買さんの冷凍庫の先に、同じような形の建物が何軒も並んでいますよね。あの建物が冒険者用に貸し出されているんです」
あの殺風景な部室棟みたいな建物群か。
冒険者ギルドの職員宿舎だと勝手に思っていたな。
「あれ借りれるんだね。いくら掛かるの?」
「月額で50万ほどですね」
「たっ…………かくも無いか? これからのことを考えると妥当?」
「そうですね、今はまだ全員の装備が整っていないので、ダンジョン前更衣室を利用する必要がありますが、揃った後でしたら、クランハウスで着替え、そのままダンジョンに向かえますよ」
「おお! 立派な冒険者みたいじゃん!」
「このダンジョンのクランハウスは、あまり借りられていないようで、冒険者ギルドから打診があったんですよ。どうか借りてくれないかと」
先に長良さんへ話がいくんだな……。
社長とは一体……。
「ってことは?」
「もちろんしっかりと、安く借りれるよう交渉しますよ」
その辺りは彼女に任せれば間違いないだろう。
クランハウスが手に入るなら、これからは長良さんの下着を自宅で洗う必要もなくなるのだろうか。
それはそれで……。
「大丈夫ですよ」
何を意味する『大丈夫』かは分からないが、きっと大丈夫なのだろう。
◻︎◻︎◻︎
「どれくらい?」
「1時間以内ですよ」
「ならすぐに冷凍庫に持っていくよって……このゴブリンの死骸は買い取れないな……」
「価値がないんですか?」
「誰も欲しがらないからね……」
流石に人型の魔物素材は不人気のようだ。
ワニを運ぶ途中に現れたゴブリンは、マキマキさんの捕縛術によって一瞬で身動きを封じられ、なんの苦労もすることなく倒せたのだが、魔石くらいしか買い取ってもらえないらしい。
非常に恥ずかしいポーズで拘束されたゴブリンは、中村さんの手によってトドメを刺されていたが、捕縛したマキマキさん本人は、その様子から目を背けていた。
やはり彼女のような人物には、あまり向いていないスキルに思える。
魔石を取り出したゴブリンの死骸を、廃棄物処理用の穴へと放り、買取窓口の前まで戻ってくると、他のメンバーは既におらず、長良さんのみが残っていた。
「あれ? みんなは?」
「冷凍庫に皮革大将の高橋さんが来られているようなので、採寸してもらうために向かわせました」
「おー、ナイスタイミングだね。……長良さんは?」
「私はこのあとギルド棟へ行って、クランハウスの話を進めてきます。……何か要望はありますか?」
要望とは、間取りとかそういった話だろうか。
「ええと、亀の甲羅を削ってもよさそうな作業スペースが欲しいかな?」
「工房スペースですね。分かりました。そのものズバリ『工房』がなくても、作業場として使えそうな空間がある物件を探してみますね」
その他にも、シャワーやら仮眠室やら、いま思いつく限りの要望を伝えると、長良さんはそれを持ってギルド棟へと向かった。
さて、あとは手元の魔石を換金しよう。
「……魔石の買取をお願いします」
久しぶりに一人で冒険者ギルドの買取窓口へとやってきた。
今までは、ここでレンタル装備を借りていたこともあり、毎回この無愛想なおじさんと顔を合わせていたのだが、最近では自前の装備が揃ったこともあって、訪れる用事はすっかり減っていた。
カウンターに魔石を置くと、おじさんは一瞥してから黙って作業を始める。無駄なおしゃべりは一切しない人だが、この無言が妙な緊張感を生む。
「……ん」
無言で、買取札をこちらに差し出してきた。
いつもはその後、紙のパンツをまじまじと見つめられていたのを思い出し、なんだか微妙に気まずい気分になる。
今はちゃんとズボンを履いている。もう、どこを見られたって恥ずかしくなんかない……はずだ。
しかし、今日は少し様子が違った。
おじさんがこちらの顔をじっと見つめてくる。
その目は、無遠慮な観察ではなく、何かを量るような視線だ。
……怖い。
「あ、あのー、もう行っていいですか?」
「いや、待て」
「ひっ!!」
ぴたりと背筋が伸びる。声がうわずってしまった。
な、なんだ? この場で「ズボンを脱げ」とか言われたらどうしよう……。
「お前たちは偶然ではなく、意図して大物を狩れるようだな?」
「え、ええ……そうですね」
「何階層まで潜った?」
「地下二階です……」
質問に答えながらも、頭の中には疑問が渦巻く。
いったいどういう話の流れなのだろう?
ダンジョン攻略の進捗状況を、冒険者ギルドに報告する義務なんて無いはずだ。
「そうか。まだ地下二階か……。それ以上深く潜る予定はあるか?」
「ま、まあ……どんどん深層へ進むつもりではあります。装備を整えてからにはなりますが……」
言葉を選びつつ答えると、おじさんは少しだけ顎を引いてうなずいた。
あの無表情の下で、何を考えているのかまったく読めない。
「地下五階まで行けるようになったら、そのときは俺に知らせろ。冒険者ギルドから正式に依頼を出すかもしれん」
「えっ……」
それを聞いて、思わず目が丸くなる。
依頼。指名依頼だ……。
自分たちに、ギルド直々のクエストが来るかもしれない。
ついに、そんな段階にまで来たのか。
「……分かりました。そう遠くないうちに、地下五階まで辿り着けると思います。そのときは、一声掛けます」
「ん」
短い返事だけを残し、おじさんは視線を魔石へ戻した。
やはり無愛想な人だ……。
だが、胸の奥に小さな達成感を抱きつつ、ダンジョンを後にした。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
飛沫が雨のように降り注ぎ、波間には腹を上にした魚がいくつも浮いている。
その中心には、まるで恐竜とも思える巨大なワニが力なく横たわっていた。
「はーい、大島さんはロープを引っ張ってー! 中村さんと小野さんは魚の回収。マキマキさんは魚にトドメ刺してってー!」
こちらの指示に従って、皆がテキパキと作業を始める。
今日は全員でダンジョンの地下二階へとやってきた。
お目当てはもちろん巨大ワニだ。
皆の装備を用意するにあたり、初めはダンジョン用品店に並ぶ既製品を買おうと考えていたのだが、『どうせなら全員をワニ革装備で揃えませんか?』と長良さんから提案された。
自分としては特に反対する理由もないし、揃いの服装となれば、皆の結束力も高まるのではないかと思い、その提案を受け入れることに。
初めは、嫌な思い出が残るワニ討伐には及び腰だった三人衆も、2匹目となると気にならなくなったようで、こちらの指示に従って滞りなく作業を進めている。
また、その作業を行う中で、拷問スキルの新しい効果が判明した。
なんとマキマキさんは生き物の『急所』となるポイントが朧げながら分かるらしい。
1匹目のワニを討伐後、中村さんと小野さんが魚を締めるのに手間取っていると、横からマキマキさんが現れ、魔魚の頭に解体用ナイフを刺し込んで一瞬のうちに絶命させていた。
それを見て「魚の締め方に心得があるのか」と尋ねてみたところ、実はそうではなく、拷問に向いていない場所、つまり『傷つけると相手の命を奪ってしまう場所』が見えるんだそうだ。
長きに亘り、苦痛を与え続けるための技能とはなんとも恐ろしい。
さっきからマキマキさんからの視線を感じるが、人間の急所が光って見えていたりするのだろうか……。
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「これってロッカーに入りきる?」
「いやもう大分厳しいっすねー」
ワニを乗せた大型の台車を指差して、中村さんに尋ねると、そのような答えが返ってきた。
この、大型モンスターを運ぶための台車を、クリリンさんから購入した木材で作ってもらったのだが、そろそろ既存のレンタルロッカーには入りきらなくなってきた。また新しく契約しなくてはならないが、月額が妙に高くて、正直躊躇ってしまう。
もちろん、支払うだけのお金は十分に稼げてはいるのだが……。
「でしたらクランハウスを契約しましょうか」
そう話すのは長良さんだ。
「クランハウスって?」
「倉庫兼事務所のことですね。マテ買さんの冷凍庫の先に、同じような形の建物が何軒も並んでいますよね。あの建物が冒険者用に貸し出されているんです」
あの殺風景な部室棟みたいな建物群か。
冒険者ギルドの職員宿舎だと勝手に思っていたな。
「あれ借りれるんだね。いくら掛かるの?」
「月額で50万ほどですね」
「たっ…………かくも無いか? これからのことを考えると妥当?」
「そうですね、今はまだ全員の装備が整っていないので、ダンジョン前更衣室を利用する必要がありますが、揃った後でしたら、クランハウスで着替え、そのままダンジョンに向かえますよ」
「おお! 立派な冒険者みたいじゃん!」
「このダンジョンのクランハウスは、あまり借りられていないようで、冒険者ギルドから打診があったんですよ。どうか借りてくれないかと」
先に長良さんへ話がいくんだな……。
社長とは一体……。
「ってことは?」
「もちろんしっかりと、安く借りれるよう交渉しますよ」
その辺りは彼女に任せれば間違いないだろう。
クランハウスが手に入るなら、これからは長良さんの下着を自宅で洗う必要もなくなるのだろうか。
それはそれで……。
「大丈夫ですよ」
何を意味する『大丈夫』かは分からないが、きっと大丈夫なのだろう。
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「どれくらい?」
「1時間以内ですよ」
「ならすぐに冷凍庫に持っていくよって……このゴブリンの死骸は買い取れないな……」
「価値がないんですか?」
「誰も欲しがらないからね……」
流石に人型の魔物素材は不人気のようだ。
ワニを運ぶ途中に現れたゴブリンは、マキマキさんの捕縛術によって一瞬で身動きを封じられ、なんの苦労もすることなく倒せたのだが、魔石くらいしか買い取ってもらえないらしい。
非常に恥ずかしいポーズで拘束されたゴブリンは、中村さんの手によってトドメを刺されていたが、捕縛したマキマキさん本人は、その様子から目を背けていた。
やはり彼女のような人物には、あまり向いていないスキルに思える。
魔石を取り出したゴブリンの死骸を、廃棄物処理用の穴へと放り、買取窓口の前まで戻ってくると、他のメンバーは既におらず、長良さんのみが残っていた。
「あれ? みんなは?」
「冷凍庫に皮革大将の高橋さんが来られているようなので、採寸してもらうために向かわせました」
「おー、ナイスタイミングだね。……長良さんは?」
「私はこのあとギルド棟へ行って、クランハウスの話を進めてきます。……何か要望はありますか?」
要望とは、間取りとかそういった話だろうか。
「ええと、亀の甲羅を削ってもよさそうな作業スペースが欲しいかな?」
「工房スペースですね。分かりました。そのものズバリ『工房』がなくても、作業場として使えそうな空間がある物件を探してみますね」
その他にも、シャワーやら仮眠室やら、いま思いつく限りの要望を伝えると、長良さんはそれを持ってギルド棟へと向かった。
さて、あとは手元の魔石を換金しよう。
「……魔石の買取をお願いします」
久しぶりに一人で冒険者ギルドの買取窓口へとやってきた。
今までは、ここでレンタル装備を借りていたこともあり、毎回この無愛想なおじさんと顔を合わせていたのだが、最近では自前の装備が揃ったこともあって、訪れる用事はすっかり減っていた。
カウンターに魔石を置くと、おじさんは一瞥してから黙って作業を始める。無駄なおしゃべりは一切しない人だが、この無言が妙な緊張感を生む。
「……ん」
無言で、買取札をこちらに差し出してきた。
いつもはその後、紙のパンツをまじまじと見つめられていたのを思い出し、なんだか微妙に気まずい気分になる。
今はちゃんとズボンを履いている。もう、どこを見られたって恥ずかしくなんかない……はずだ。
しかし、今日は少し様子が違った。
おじさんがこちらの顔をじっと見つめてくる。
その目は、無遠慮な観察ではなく、何かを量るような視線だ。
……怖い。
「あ、あのー、もう行っていいですか?」
「いや、待て」
「ひっ!!」
ぴたりと背筋が伸びる。声がうわずってしまった。
な、なんだ? この場で「ズボンを脱げ」とか言われたらどうしよう……。
「お前たちは偶然ではなく、意図して大物を狩れるようだな?」
「え、ええ……そうですね」
「何階層まで潜った?」
「地下二階です……」
質問に答えながらも、頭の中には疑問が渦巻く。
いったいどういう話の流れなのだろう?
ダンジョン攻略の進捗状況を、冒険者ギルドに報告する義務なんて無いはずだ。
「そうか。まだ地下二階か……。それ以上深く潜る予定はあるか?」
「ま、まあ……どんどん深層へ進むつもりではあります。装備を整えてからにはなりますが……」
言葉を選びつつ答えると、おじさんは少しだけ顎を引いてうなずいた。
あの無表情の下で、何を考えているのかまったく読めない。
「地下五階まで行けるようになったら、そのときは俺に知らせろ。冒険者ギルドから正式に依頼を出すかもしれん」
「えっ……」
それを聞いて、思わず目が丸くなる。
依頼。指名依頼だ……。
自分たちに、ギルド直々のクエストが来るかもしれない。
ついに、そんな段階にまで来たのか。
「……分かりました。そう遠くないうちに、地下五階まで辿り着けると思います。そのときは、一声掛けます」
「ん」
短い返事だけを残し、おじさんは視線を魔石へ戻した。
やはり無愛想な人だ……。
だが、胸の奥に小さな達成感を抱きつつ、ダンジョンを後にした。
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