風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第36話 ちーぱっぱ

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 着替えを終えて、冷凍施設の商談室へ顔を出すと、マテガイの事務員さんが、他のメンバーは別の部屋で採寸していることを伝えられた。

 出されたお茶を飲みながら、スマホを弄って待っていると、隣の部屋から皮革大将の高橋さんが現れた。


「いつもお世話になっております」

「あ、どうも。今回もよろしくお願いします」

「ええ、こちらとしても良質な皮革が手に入るので助かっていますよ。……それで一点確認したいことがありまして」

 そう言って高橋さんはスマホをこちらに向けてきた。


「このイラストが何を表しているのか、お教えいただけませんか?」

「ん? どれどれ」

 スマホの画面を覗き込むと『ムチ』という文字の横に、きりたんぽの様なイラストが描かれていた。

 これは長良画伯のイラストに間違いない。


「あー、これはそのまま、ムチのイラストですね……」

「ムチ? ですか?」

 確かにこれを初見で看破するのは難しいと思う。


「ええと、あのSエ……じゃない、競馬の騎手が手に持っているような短いムチを表しています」

「あー、あの競馬やSMに用いられるような短鞭ですね?」

 せっかくこちらは言葉を濁したのに台無しだ。


「ま、まぁ、そうですね。ダンジョンで武器として使いたくて……」

「それは中々、前衛的と言いますか、挑戦的と言いますか……」

 そう思われても仕方がない。ダンジョンでは長柄の武器を使うことが一般的で、短い鞭を振り回す冒険者なんてまず見かけない。


「鞭に作用するスキルを持った従業員がいまして、その人のために用意しようかと思っているんですよ。ダンジョン用品店では売っていませんしね」

「珍しいスキルをお持ちの方がいらっしゃるのですね。それは『鞭使い』スキルだったりするのですか?」

「いえ。ズバリ『鞭使い』と言うわけではないのですが、それに近いスキルですね」

「……あっ! 申し訳ございません。不躾にスキルを尋ねてしまいました。どうかお許しください」

 高橋さんは椅子から立ち上がり、こちらへ頭を下げてきた。


「あー、いえいえ、どうぞお構いなく。……モノを用意するにあたって必要な質問だったと思いますので」

「そう言っていただけると助かります。……えー、それで『鞭』を武器として用いるとのことですが、その短い鞭だけで宜しいのでしょうか?」

「と言いますと?」

「鞭には色々な種類がございまして、その競馬やSMで使われる騎馬鞭きばむちや、カウボーイが持つ一本鞭いっぽんむち、あとはSMの女王が持っている、束ねた革紐が先の方でいくつにも分かれているキャットオブナインテイルなどが有名でしょうか」

 高橋さんは妙に鞭に詳しいな……。副業で女王でもしているのだろうか……。


「どの鞭がスキルに向いているのかまだ分からないので、一通り作ってもらうことは可能ですか? あー、そもそも皮革大将さんに鞭の製作はお願いできるんですか?」

「はい、我が社では皮革製品に関して作れないものはございません。きっとお客様がご満足いただける鞭を用意してみせます!」

 さっきから鞭への熱量が高いな……。


「そ、そうですか。……それで全部作ってもらうとなると、どれくらい掛かりますか?」

「ええと、4本の鞭となると……」

「え? 4本ですか?」

「騎馬鞭、キャットオブナインテイル、そして一本鞭には1メートルと8メートルの2種があります」

「8メートル……」

 確かに、武器として用いるのであれば長い方が便利だろうが、それはもう拷問で用いるものではなく、牛も追うために使う鞭のように思える。

「全てをダンジョン牛の革で作りますので、大体150万から200万でしょうか」

 うっ、結構掛かるな。亀3往復分か。

 ……ん? そう考えるとそこまで高くないようにも感じる。


「分かりました。それでしたら是非製作をお願いしたいです」

「ご注文ありがとうございます。では明日の夕方までには、全種類のデザイン画を送らせていただきますので、問題がないかどうか、画像にてご確認ください。なお鞭用のホルダーに関してはサービスさせていただきますね」

「ありがとうございます。ではそのようにお願いします」

 商談を終えて、高橋さんは別室へと移動していった。


◻︎◻︎◻︎

 高橋さんと入れ替わるように長良さんがやってきた。


「お待たせしました。クランハウスに関しては全て滞りなく」

「おー、ありがとう。……で、イイ物件はあった?」

「はい。工房付きの物件は全て埋まっていたので、代わりに一番広いクランハウスを借りることにしました」

 長良さんは得意げな表情を見せる。


「それなら作業スペースもとれそうだね。でも賃料は結構高かったじゃ?」

「いえ、その点はこちら側に主導権がありましたので、月額40万で契約してきましたよ」

 武器ロッカー8個分と考えれば、それなりに安いか。

「亀1往復で余裕か……」

「そうですね。今だと人も台車もありますし、問題なく支払える賃料です」

「なんか、拠点が出来るとなると楽しくなってきたな」

「明日の放課後は、家具を選びに行きますか?」

 家具選び……。


「そ、そうしようか……」

 妙な想像が頭に浮かんでしまい、顔が熱を持つのを感じ取り、慌てて話題を切り替えることにした。


「あ、あ、そうだ。さっき高橋さんから、どういったタイプの鞭にしますかって質問があったから、取り敢えず全種類を注文しておいたよ」

「あら、そうだったのですか。……私も鞭にはあまり詳しくなく、伊吹くんの部屋で見かけた本を参考に……」

「は!? え? うそうそ、何で?」

 最近、テスト勉強のため、自室に長良さんが来るようになったので、そういった類のものは人目に付かない場所へ隠しておいたはずだ。

 それなのに何故……。


「もちろんフィクションとして認識されているとは思うのですが、あのような異物をですね──」

 と、長良さんが何かの注意を口にしたタイミングで、採寸を終えたマキマキさんたちが部屋へと戻ってきた。


「おまたせしまし……? あれ、伊吹先輩どうしました? なんか顔が真っ赤ですけど……」

「あ、いや、大丈夫。……ちょっと、話が盛りあがっちゃってね……」

「そうですか……。あっ、それで、あんなに高価な装備、大丈夫なんですか?」

 ワニ革装備の総額は、材料持ち込みでも300万近くかかる。彼女がそう言うのも無理はない。


「はい。今回作製する装備は、会社の制服のようなものですので、気軽に使っていただいて構いません」

 そう長良さんが説明した。


「で、でもすごく高価なものだと……」

「今日皆さんに手伝ってもらったワニは、1匹あたり1000万円近くで売れます。ですので新しい装備を揃えても、会社としては十分な利益となるんです」

「1000万円……」

 あまり高校生の話題に上る額ではないな。


「また、今回のお手伝いにより、マキマキさん達には基本給とは別に、50万円ほどが支払われますので、おそらくは今月中に扶養から外れてしまいます。その点については、ご家族にも必ず説明しておいてください」

「ひっ! 50万円ですか!?」

 もうあと何回かは、ワニと亀を手伝ってもらうつもりなので、今よりも報酬は増えるだろうな。


「それと、もうひとつだけ注意を。今回の報酬でマキマキさんは扶養から外れることになりますので、来月あたりに社会保険証が新しく発行されます」

「は、はあ……」

 だいぶ目がグルグルし始めたぞ?


「今まで親御さんの保険証を使っていた場合、そちらは使えなくなります。病院へ行くときは新しい保険証を持っていってくださいね」

「んーーーーー、全然分かりません!」

 そりゃあそうだよね……。


「でしたら今夜の夕飯は一緒に食べましょうか。そこでゆっくりと説明しますよ。他にも年末調整や、住民税の支払い、親御さんの扶養控除が外れる話、雇用保険の話、とくに住民税については少し注意が必要です。今は扶養内ですので請求が来ていませんが、来年の6月からは──」


 マキマキさん……。

 ちゃんと夕飯の味、するといいね……。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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